この日、ラシェル・ド・ラカーユは、名実ともにデルランジュ夫人となった。
トゥールーズの男爵家に生まれ育ったラシェルは、二十一歳。
アベルと知りあう前は、パリのエコール・デ・ボザールに通う画学生だった。
小さめのうりざね顔は青白く、そのせいで、蠱惑的(こわくてき)な唇の赤さばかりが目立った。抜けるように蒼(あお)い大きな瞳は、不安そうに揺れている。
彼女はパーティーでの華やかな出(い)で立ちのまま、新居となる古城の廊下を、押し黙って歩いていた。大理石の廊下に、硬い靴音が響く。
落ちついたピンクベージュと白が基調のイブニングドレスは、ラシェルが歩を進めるたびに、しゅるしゅると軽やかな音を立てる。この日のために、パリの人気デザイナー、マドレーヌ・ヴィオネに依頼した、贅を尽くした瀟洒(しょうしゃ)なドレスだった。
色彩こそ控えめだが、胸の部分の装飾は、幾重(いくえ)にも連なった真珠だ。胸のまんなかと両肩にある真珠飾りを留(と)めるためのバックルには、ダイヤモンドがずらりと並んでいる。
長さを変えて三段に重なったドレスの裾は、それぞれ手編みの繊細なレースと刺繍(ししゅう)で縁(ふち)どられていた。ラシェルのブルネットの髪をおさめたキャスケット型の帽子にも、金銀の刺繍とメレダイヤが散りばめられている。
美しい装いとは裏腹に、極度の緊張と疲労のせいで、花嫁の足はふらついていた。頭の中は、ぼんやりと霞(かすみ)がかかっている。
隣には、夫になったアベルがつき添っていた。彼の表情は、晴れの日を迎えた新郎とは思えないほどに硬く、冷たい。
――アベル?」
不安に駆られたラシェルは、秀麗な夫の顔を見あげる。
まなじりの上がった、くっきりとした二重の眼は、まっすぐに前を見据えたままだった。
隣にいる新妻に、愛情のこもったまなざしを送ることもない。普段は柔らかな笑みを浮かべている唇も、きつく引き結ばれていた。
光沢のあるイブニングコートをまとったアベルの身体は、いつもならば生命力にあふれていて、ラシェルはそばに寄り添うだけで安堵(あんど)感に包まれた。
けれど、いまのアベルの全身からは、近づきがたい不穏な気配が放たれている。
彼は無言のまま、城の東端にある寝室の扉を開けると、ラシェルを突き飛ばすようにして中に入れた。
「きゃあっ!」
慣れないハイヒールを履(は)いていたラシェルは、すぐにバランスを崩す。
倒れる、床にぶつかる――そう思った瞬間、アベルの腕に支えられ、そのまま、横抱きにかかえあげられた。思わず彼のコートの襟にしがみついたが、ほっとする間もなく、大きな寝台の上に放り投げられる。
「――ア、アベル……どうして……」
「僕が気づかないとでも思っていたのか?」
感情のこもらない機械のような声音に、ラシェルは凍りついた。
アベルは、そんなラシェルの顎を強くつかみ、無理やり視線を合わせた。靴をはいたまま寝台に上がると、ラシェルの身体をまたいで馬乗りになる。
「縁談を断わり続けていたラシェル嬢が、あっさり結婚を決めたのには、やはり裏があったってことだな。それなのに、きみの心を手に入れたと思い込んで、子どもみたいに浮かれて舞いあがって……つくづく馬鹿な男だよ、僕は――」
見おろすアベルの蒼灰色(グレイッシュブルー)の瞳には、見たことのない冷酷な険しさが浮かんでいた。自分でもどうにもならない感情に支配されているのが、伝わってくる。
やさしくて穏やかな男の、二面性――ラシェルは初めて、彼が怖いと感じた。
「あっ、いやっ……!」
いきなり、ドレスの胸元を開かれた。
襟ぐりの深いドレス用に作られたブラジャーは、薄い布地で、胸を覆う部分はわずかだ。少しずらしただけで、乳房全体が露出する。
身体つきは華奢なラシェルだが、弾力のある乳房は丸くて豊かだった。下着に押し上げられた二つのふくらみは、いまにもこぼれ落ちそうで、たわわに実った果実を連想させた。
開かれた胸元を見たアベルが、息を呑んだ。
その手が素早くブラジャーを押し下げ、ぶるんとまろび出た胸を鷲づかみにした。蹂躙(じゅうりん)された柔らかい肉に指先が喰(く)い込み、粘土のようにかたちを変えられる。
「いやっ、やめて! 痛い!」
身をよじるラシェルにかまわず、毒を含んだ声が落ちてくる。
「ふぅん……荒っぽいのは嫌いなんだね? なら、あいつ(・・・)は、どんなふうにしたんだ? もっと、いやらしく触ったのか?」
「な、なにを言ってるの、アベル」
理知的で気品のある彼の言葉とは思えなかった。
「ラシェル、きみが僕の妻になったのは……あいつ(・・・)と――ギデオンと僕が、おなじ顔をしているからだろう?」
アベルは冷たく言い放った。
(――やはり、気づかれていた……!?)
ラシェルは息を呑み、眼を見開いた。後悔と絶望で、全身から力が抜けていく。
けれど、このまま黙っていたのでは、アベルの言ったことが事実だと認めたことになる。
違うと、誤解だと、はっきり伝えなくては――そうとわかっていても、頭の中は真っ白で、言葉がまるで浮かんでこない。
(どうして、こんなことになるの……?)
偶然の悪戯(いたずら)を、心の底からラシェルは呪った。
(ギデオン・アズナヴールと、よりによって今日、結婚披露パーティーで再会するなんて……)
「あ……っ」
白いレースのパンティとガーターベルトがあらわになる。下着のレースの上から、アベルは遠慮のない手つきで秘所に触れた。
ラシェルは反射的に腿(もも)を閉じたが、彼の指は、無理やり割れめに入り込む。敏感な肉の芽を捕らえると、ゆっくりと、絶妙な力加減で捏(こ)ね始めた。
「……ここも、触らせたんだろう? どうなんだ? 奴は、どんなふうにしたのか、教えてくれないか?」
眼を細めて訊(き)いてくるアベルの表情は、眠りをさまたげられた不機嫌な猫に似ている。
ラシェルには、もう抵抗する気力もなかった。
好きな男の手で快楽の源に触れられているのに、悦(よろこ)びとは、ほど遠い場所にいる。悪い夢を見ているとしか思えない。
ギデオンのことで、たしかに、心の葛藤はあった。
けれど、いまのラシェルにとってのアベルは、恋に落ち、晴れて結ばれた、ただ独りの男性に違いないのだ。
その愛(いと)おしい、夫となった男からの愛撫が、こんな苦痛に満ちたものになろうとは――。
「誤解よ、アベル。たしかに、初めてあなたに逢ったときは、びっくりしたけれど、でも――あ、あっ……!」
上体を倒したアベルは、ラシェルの胸に唇を被せた。乳房を搾(しぼ)るようにつかみながら、ピンクがかった薄茶色の乳輪を舐め、小粒な野いちごを思わせる突起を口にふくみ、吸い立てる。
「……う、ふう……」
唇のすき間から、吐息が漏れる。
アベルは、右乳房の愛撫が済むと、もう片方に移った。
ラシェルの脚の間にある花芯を撫でながら、空いたほうの手では、さっき口にふくんだばかりの乳房を捏ねるように揉む。固くしこり始めた乳首を舌先で弾かれ、甘噛みされると、くすぐったさに、じん、とした痺れが混ざった。
やがて、甘いさざ波のような悦楽が、ラシェルの下腹にやってきた。
「あっ…あぁ――」
鎖骨の上を滑る、アベルの髪の感触が心地いい。
ラシェルはそっと薄目を開けて、自分にむしゃぶりついている男を盗み見た。彼の灰色がかった蒼い眼は、欲情のためか、きらきらと濡れて輝いている。
(――美しい。愛おしい。わたしは、間違いなく、彼を愛している……)
アベルの金髪に近いアッシュブラウンの髪は癖がなく、襟足はすっきりと短く揃えられている。せつなくなったラシェルは、そっとアベルの頭を掻(か)き抱き、乱れた長めの前髪を指で梳(す)いた。
そのとき、彼の冷たい瞳が、ひたと、こちらを見据えた。
「眼を閉じていれば? 僕の声はギデオンより少し高いけど、顔を見なければ、どちらかわからないはずだ。あいつに抱かれていると思えばいい。ああ、そうだ……目隠しをしてあげようか?」
聞くに堪(た)えない、自虐的な言葉だった。
アベルがどれだけ傷ついているか、絶望しているか――ラシェルは、思い知らされた。
二人で築きあげてきたすべてのものが、いま、波にさらわれる砂のように崩れていく。
夫の顔を正視するのがあまりにつらくて、ラシェルは両手で顔を覆った。
膝の裏をつかまれ、思いきり拡(ひろ)げられる。下着の中で、腿(もも)の間の果肉が、ぱっくりと口を開けるのがわかった。
淫らに開いた柔らかい果肉に、布の上から唇が押しあてられ、熱い息を吹きかけられる。
「ひ……っ」
果肉の襞に歯を立てられると、ラシェルは小さな悲鳴を漏らした。
くり返し、擦(こす)るように甘噛みされる。
快感よりも、不安と、大きく開かされた鼠蹊部(そけいぶ)の痛みのほうが勝った。
「……やめて、お願い……」
アベルは容赦するつもりはないらしい。
もはや愛の行為というより、凌辱(りょうじょく)に近かった。ラシェルの意思は、完全に無視される。
けれども、陰核を食(は)むアベルの指が胸の尖りをいじりだすと、ラシェルはまたたく間に恍惚感に襲われた。
下着の上から押しつけられている彼の舌先が、会陰(えいん)部に降りていく。
二枚の陰唇の襞を押し分けるように左右に動き、再び陰核に戻ると、じらすように軽くはじいたり押しつけたりをくり返した。
薄い布一枚にへだてられた愛撫のもどかしさに、ラシェルの腰が揺れた。
「…はぁ……ああ――」
喘ぎ声に反応したアベルは、パンティの腰紐をほどいた。両脇の紐を結ぶことで腰に引っかかっていた下着は簡単に剥がされ、秘部が空気にさらされる。それも、思いきり開かれて――。
「ああっ、いやっ、見ないで……!」