「別れよう。もう一緒にはいられない」
クリスマスイブの前夜、広瀬(ひろせ)琴音(ことね)は恋人の武田誠也(たけだせいや)に突然の別れを切りだされた。
住んでいるアパートのソファに腰かけていた琴音は、信じられないといった面持ちで隣に座る誠也を見る。
言われた意味が分からず、彼の言葉を頭の中で反芻した。
「……えっ……どうして? ……だって、クリスマス……一緒にすごそうって言ってたよね?」
電気ポットが電子音を鳴らし、お湯の沸騰を知らせる。
その音が鳴り終わったあと、誠也がソファから立ち上がり、琴音に向かって深々と頭を下げた。
「ごめん。これまで琴音にした約束、もう守れなくなった。本当にごめん」
いったい何が起こったのか――。
琴音が茫然自失となっている間に彼はソファから離れ、玄関のほうに歩いていく。
頭が混乱して、どうしていいのかわからない。
だけど、誠也をこのまま行かせてはいけないことだけはわかっていた。
「ま……待ってっ……!」
琴音は、とっさに彼のあとを追い、去っていく背中に縋り付いた。
「お正月も一緒に初詣行こうねって、言ってくれたでしょう? なのに、どうして?」
「……本当に悪いと思ってる。……とにかく、もう琴音とはいられないんだ」
誠也の言葉を聞いて、琴音は頭の中が真っ白になる。
聞こえてくる彼の声が急に遠くなり、それまで立っていた床がぐらりと揺れたような気がした。
「琴音っ……大丈夫か?」
ふいに両脚から力が抜け、崩れるように床にへたり込みそうになったところを、とっさに伸びてきた誠也の手に支えられた。
覗き込んでくるその顔には、いつもと変わらない優しさが溢れている。
「……嘘……よね? そんな……冗談……だよね?」
琴音は無理に口元に笑みを浮かべた。そうすれば、彼もまた微笑んでくれるかもしれないと思ったのだ。
「冗談じゃなく、本当の話だ」
だが、見つめてくる彼の顔には、嘘偽りのない真剣な表情が浮かべられていた。
誠也は常に冷静で真面目だ。
優しくて紳士的な彼は、同時に朗らかで明るい一面も併せ持っている。
そんな彼が、これほどまで意地が悪く、タチの悪い冗談を言うはずがなかった。だから、彼が本当だと言えば、それは真実に他ならない。
彼は本気だ――。
そう理解すると同時に、琴音の目から大粒の涙が溢れだした。
「そんなの……嫌っ……。だって、愛してるもの……。心の底から愛してる……。一生そばにいるって……言ってくれたよね? なのに……もう、私のこと……愛してないの?」
流れ出る涙で視界が歪み、誠也の顔が見えなくなる。
嗚咽が込み上げ、呼吸するのもままならない。
瞬きすらできずにいると、彼の指が涙をそっと拭ってくれた。
こちらを見下ろしてくる彼の顔に、苦悶の表情が浮かぶ。
琴音は力なく首を横に振り、ただ「愛してる」と言い続けた。
「……琴音っ……」
誠也が琴音を身体ごと壁に押し付け、いきなり唇をキスで塞いだ。そして、スカートの裾をたくし上げ、荒々しくショーツを脱がせる。
激しく求められ、琴音は声を震わせて彼の名前を呼んだ。ブラウスの前を開けられ、ブラジャーをずり下げられる。胸の先を強く吸われて、快楽のあまり息が止まった。
誠也がジーンズの前を寛げる音が聞こえる。荒い息とともに彼のキスが唇に帰ってきた。
繰り返し唇を合わせ舌を絡める間に、硬い屹立が琴音の蜜窟の縁を浅く抉る。
そして、そのまま深々と挿入され、全身の血が沸いた。
「んっ……、せ……いや……っ、あ……ああっ……!」
下から強く突き上げられると、すぐに快楽の渦に巻き込まれた。息が上がり、琴音の肌が薄いピンク色に染まっていく。
「……琴音……、琴音……」
名前を呼ばれるたびに深く奥を突かれ、右のつま先が床から浮き上がった。
琴音は夢中で誠也の首に腕を巻きつかせ、続けざまに嬌声を上げる。
さっき聞いた言葉がまるで嘘だったかのように、琴音を求めるキスが降りかかる。それに応えるように、琴音も自分から唇を開いた。
「誠也……好き……。愛してる……、んっ……」
震える唇をまたキスでふさがれ、強く腰を振られた。
立っていられなくなった琴音は、誠也に縋り付きながら彼の腰に足を絡みつかせる。
「ひぁっ……!」
一段と挿入が深くなり、琴音は小さく悲鳴を上げた。
そのまま誠也の腕に両脚を抱えられ、ベッドのほうに連れていかれる。
歩くたびに身体が揺れ、琴音は強い愉悦を感じるあまり、一瞬意識が遠のきそうになった。
ベッドの上にあおむけに寝かせられ、彼のものが角度を変えて琴音の恥骨の裏を突く。
「誠也……、あっ……あああんっ!」
アパートの両隣には、同じような年齢の女性が入居している。
いつもできる限り声を抑えているけれど、今はそんな余裕は欠片ほどもなかった。
こちらをじっと見つめてくる誠也の目には、これまでにないほど激しい欲望の色が浮かんでいる。
彼は琴音の腰を持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。そして、指先で花房を押し広げ、花芽を右手親指の腹で嬲(なぶ)ってくる。
「あぁんっ!」
途端に蜜窟が強く収縮し、屹立をきつく締め付ける。
誠也が眉間に縦皺を寄せ、低く呻いた。彼は琴音の乳先を指で摘まみ、強くねじり上げる。
「ふぁっ……あ、ひぁ……あああ……!」
感じるところを同時に攻め立てられ、あられもない声が上がる。
むさぼるように求められ、早々に絶頂に追いやられた。
琴音と同時に達した誠也が、表情を緩めながら深い吐息を吐く。
そのあと、甘くとろけるようなキスをされて、琴音は夢心地になった。
(きっと、さっきのは聞き間違い……。ぜったいに、そうに決まってる――)
琴音が快楽の余韻に浸っていると、ふいに誠也の身体が離れた。
いつの間にか閉じていた目蓋を上げると、彼が立ち上がってこちらを見下ろしていた。
「琴音……。五年間、ありがとう。心から感謝してるよ。……じゃあ――」
それだけ言い残すと、誠也は琴音の視界からいなくなった。
ドアが開閉する音が聞こえたところで、琴音はようやく我に返りベッドから起き上がった。
「まっ……待って……誠也っ……!」
急いでブラウスの前を合わせ、前につんのめるようにして玄関に駆け寄る。ドアを開けて廊下に出たけれど、そこにはもう誰もおらず、階段を駆け下りる靴音が聞こえるのみ。
琴音は裸足のまま廊下を駆け抜け、二階に続く階段の踊り場から地上を見た。
呼び止めようと手すりから身を乗り出したけれど、彼が乗った車はもうすでに動き始めていた。
「誠也っ!」
琴音の叫びもむなしく、遠ざかっていくテイルランプが、すぐに見えなくなる。
琴音はどうする事もできず、ただ車が走り去った道を見つめ続けていた。