私(あなた)は誰なの――?
生まれ落ちてからずっと抱えてきた問題は、今日この時でさえも解かれはしない。
正解を知っているのはあなた私であって、私(あなた)じゃないから。
「あ……っ、ぁ」
夢の中で追ってくる影に手を伸ばし、温もりを求めるように指を畳んだ。
掴むのが怖いから。真実を知ってしまったら今の関係が壊れてしまうかもしれないから。
それでも膨れ上がる不安を押しのけ、最後には手を伸ばしていつも目を覚ます。
「歪んだ顔もなおかわいらしいな」
瞼を開けると、獣のような燃える紅の瞳が笑みに細めていた。
蠱惑的な甘い相貌、脱力した腿を抱えてくれるたくましい両腕。汗で照る割れた腹に、下腹部は――二人が繋がる狭間へと視線で辿り、頬を染めるミアティは首を振る。
「っ、そん、な……ぁっ」
「嗜虐的な癖はなかったはずなのにな。お前を抱くとついそうした気が触れてしまう」
「もっと優し、く……してくれても、ぁ」
「それではダメだ、ミアティ。君のかわいらしい顔が見えない」
「い、や……ぁ、はぁ、ん……っ!」
さらに腰を押し込まれ、美しい金の髪を振り乱すミアティは喘ぐ代わりに息を吸った。
恍惚に染まる暴力的な微笑みは、いつも少しの恐怖と安堵を与える。
本当は幸せを感じるだけでいい。不安に思うことなく、盲目的に彼を信じて生きていくだけで幸福がその手に握られるようなものなのに。
欠けた私(あなた)は、いつもそうさせてくれない。
この行為以外を求められていないのではないか、と。
それでも彼に必要とされ、愛されていることに変わりないのではないか、と。
一過性の不安は、男根を知ったその日から絶えることはなかった。彼との行為は幸せでありながら、言いようのない切なさが同居している。それはさも欠けた穴を快楽で埋め、刹那のうちでも忘れようとする代償のように、打ち寄せる海波となってミアティを襲う。
汗を散らす癖のある茶髪が視界を掠め、唇を塞がれた。
「だからもっと鳴いてくれ、カナリアのように。俺にそのかわいらしい声を愛でさせてくれ」
「かわいらしく……なん、かぁ……!」
覆いかぶさられ、シーツを掴んでいた手を取られて指と指とが重なると、舌を掬われる。
「いや、愛らしいとも。ミアティ、君の中で唸る俺を感じればわかるだろう?」
「わか、らな……わかん、ない……っ!」
「理解してもらわないと、な」
最奥に自らを誇示するように、彼の怒張が突き上がった。
「んくぅ、っ……はぁ、……ぅ!」
揺り動かされているわけでもないのに、収まりきらない彼で胎を満たされると息が漏れた。内臓を押し潰される感覚とは別に、雑然とした快癒も手伝って乱れ、自覚させられてしまう。
(膨れ上がってて、脈打って……て)
さっきよりも一回り大きくなった彼のそれが、体内に在る。繋がっていることを改めて確認させられると、恥ずかしくなってミアティは空色の瞳を逸らそうとした。
「そっちではない。こちらだ」
「ぁ……む、んぅ」
すると顎を引かれ、強引に唇を開いて舌を蹂躙された。
粘つく吐息が口内を満たし、下も、上も、彼に染まっていくようだ。
だからなのか、次第に心地よくなる身体を彼に任せ、舌を絡ませていた。少しだけ浮いた腰は、突かれるたびに嬉しそうに悲鳴を上げ、蜜を垂らしてしまっている。
「いいの?」と囁く誰かの声がする。「いいの」と無意識に返す私がいる。
そんな問いに、真面目に答えられる理性は角砂糖の欠片ほども残っていない。
だって、仕方ないじゃない。
「はぁ、……ん、ぁ」
――気持ちいいのだから。
身を委ねて、乱れきってしまいたくなるほどに気持ちいいのだから。
充血してそそり立つ乳頭も片手にいじくられ、どうにか理性を保っていた思考でさえ、舌を絡められた途端に蕩けてしまった。溢れる蜜は止まりを知らず、快楽に呑まれる身体は、彼の抱擁を受け入れ、その首に自然と腕を伸ばしている。
「いいの?」と囁く誰かの声がする。
「あ、は……んっ、もっと――」
自ら彼を求めるように腰を上げ、抽送に合わせて最奥へと導く。
息が絶え、背筋を駆け抜ける快楽の稲妻に身を震わせ、ミアティは甘美の紅潮に笑みを咲かせた。
(ああ、これが愛なんだ……愛、なんだわ)
知らないことはいっぱいある。
でもこれは、きっと生きていて一番大事なものなのだと、理解できる。
だって、こんなに素晴らしいものはない。
だって、こんなに気持ちのいいものはない。
「トール……ぅ、トールさ、まぁ……!」
「急に締めるな、馬鹿者」
ぎゅっと抱きしめる彼は――トールは、荒い息に笑みを滲ませた。
「――欲しがりが過ぎるな、ミアティは」
「違っ、そん……なぁ、んっ!」
耳たぶを口に含まれ、続く言葉は嬌声に溶けていた。
でも構わない。否定しても、本当は欲しいのだ。
彼の証を、ここに欲しい。ずっと、いつでも、待ち望んでしまっている。
激しくなる抽送に腰を浮かせ、自ら迎えにいくミアティはつい先日まで乙女だったのが嘘のように男を求めた。
愛ゆえか。その性ゆえか。
どうでもいい答えなど置き去って、ミアティはただ、愛する男の喜びに応える。
彼の怒張が、大きく震えた。
「……もう、持ちそうにないな」
「はい、はいっ……来て、」
「まったく、欲しがりめ」
落とされた軽いキスを皮切りに、繁みを揺らす熱塊が激しくなった。
ただ猛然と獣のように腰を振られ、肩を抱きしめられ、貪るように舌を交わす。
乱暴だけれど、彼が求めてくれている事実が胸を満たしてやまない。
問いかけもなく、自分に素直になって、ただ彼を求めるだけで今はいい、と。
「好き……、好きよ……っ、トール様ぁ……、もっと!」
天蓋のベールが風もなく揺れた。
飛沫する互いの汗が裸体の腹上で交じり合い、硬い胸筋に触れる乳頭が痺れるような快感をもたらす。
何も考えることができなかった。
考える暇さえなく、目前まで迫る光に向かってトールにしがみついていた。
「いくぞ――」
追い立てるように激しく突き上げるトールがその瞬間、吐精した。
それに合わせ、女の、声にならない嬌声が部屋に響き渡る。
灼熱のごとき奔流が蜜壺から溢れ、繁みまでをも濡らし、染めていく。
「ぁ――……はぁ、ぁ……」
息をするだけでやっとだった。
何もかも、どうすることもできず、蜜壺より抜かれる彼の怒張に霞む視線を送るぐらいしかできず、ただ息をする。
「ミアティ……頑張ったな」
金糸のごとき細い髪を撫でられ、ミアティは微笑んだ。
頬は汗に濡れ、トールの額には前髪が貼りついていた。ミアティも変わらず、滴る汗が白い首筋を撫でていく。
「トール様……?」
尋ねるように彼の名を呟き、ミアティは息を吐き出す。
彼の顔を見ているだけで、優しく笑ってくれる紅の瞳を見るだけで、心は弾み、締めつけられるようになる。これは苦しい痛みとは違う。愛なのだとミアティは知っていた。だから嫌じゃないし、むしろ好きだ。
だから、と唾を飲み込み、ミアティはそろそろと下腹部に手を伸ばす。
「まだ、し足りなくはないですか?」
寝そべる自分の股下から、未だにそそり立つ元気な彼の姿が見えていた。
「いや、そんなことは」
「ほんと、ですか?」
「ああ、いや……」
細い指を絡めるように握ると、口を濁すようにトールは紅の視線を逸らす。
さっきは自ら逸らすなと唇を奪ったくせに、自分は構わないのはわがままだろう。
むっとして、ミアティは上体を起こした。
「ど、どうした?」
「トール様が正直に言わないからです」
「正直になど……」
「ここは、正直なのに」
熱を孕む怒張は、しごけば残った白濁が溢れてくる。愛おしげに器用に指先を絡めると、ミアティはそれを口に運んだ。
「しょっぱい……」
「あまり、飲むものでは……」
「言わないと、知りません」
「ま、待て、ミアティ……ぅ!」
勢いに任せてかがむと、ミアティは彼の怒張を口に含んだ。
舌先で先っぽをほじくるように撫で、残った白濁を搾り取っていく。
「今は出したばかりだから、敏感なんだ」
「ほれは……ひりふぇへん」
「咥えながら、く……喋るな……!」
ふふふ、と珍しく苦悶するトールにミアティは笑う。
口の中でも大きく膨らむ怒張の裏から舌を這わせて上下し、手も使ってしごく。動くたび、びくびくと震えるトールはかっこよくて隙のない普段と違って余裕がなく、かわいらしかった。
攻勢逆転とまではいかずとも、ああこれもいいかも、と胸を弾ませるミアティは掬いきった白濁を飲み込み、顔を上げた。
「ん、ぅ……寝てください、トール様」
「なぜだ? もう満足しただろう……?」
「だって、ここはまだ足りないと口にしてます」
指先でちょんちょんと触れると、びくっと震えるそれは本人よりも正直だ。
「いや、だがお前が……」
「うるさいです、もう。いいんです、今日は」
「おっ――」
頬を掻くトールの決まりの悪さに、ミアティは力任せにその胸を押した。
仰向けになる彼の上に跨り、火照る白濁が滴る繁みを張り詰めた怒張へと合わせる。
「…………」
どくん、と胸が鳴る。
本当は、彼のためだけじゃない。
苦々しく口を歪ませ、ミアティは真っ赤な顔をトールへと向ける。
「だから、私も、その……」
自らあてがっておきながら、しかし口にするのは恥ずかしい。
理性が完全に帰ってきてしまえば、こういった言葉はまともに口にできないだろう。
だから。でも――だから。
秘唇に当たる彼の熱に震えながら、ミアティは淡い桃色の唇を開いた。
「したいんです、トール様と」
「……!」
彼を下に敷く――上に乗せられたことはあるけれど、それとは趣が違う今回は、早鐘を打つ胸が鳴りやまない。
受け入れるならまだしも、自らしたいと口にするのは、はしたない、と思われないだろうか。憚れていた想いが唇を震わせ、かっと頬を熱くする。
「トール様は……お嫌ですか?」
呆然とこちらを見るだけの彼に、不安になってしまう。
本当にこれで合っていたのか。
囁きかける誰かの声に、従っておけばよかったのではないか。
懊悩するミアティの肌を、静まり返った夜の空気が刺した。
「あの、お嫌なら、それなら」
「いや」
股の上から退こうとするミアティの細腕を、トールは引き留めた。
ベッド脇のランプの灯が揺れ、深まる夜の静けさに互いの吐息だけが響く。
薄暗がりの中、トールが頬を染めたように見えた。
「いや、嬉しいんだ。求められたのは初めてだったから」
「トール様……ぁ」
そう言って腕を引く彼は、ミアティの濡れた秘筒へと浅黒い怒張をあてがった。
「これも君の中に入りたいとうるさくてね」
「それはっ……はい。私も……来て、ほしい……です」
「ふふっ、ありがとう」
想いを口にするのは恥ずかしい。
何もかもが初めての人生において、彼との夜は何度越えても初夜と変わりなかった。
「ぁ……ん」
(この続きは製品版でお楽しみください)