「キスの仕方、覚えてる?」
秀朗は自分の手を、祐喜の頬に伸ばす。そこを指の先で撫でながら、窺うように尋ねる。
「もちろん」
祐喜は自慢げに応じる。
「じゃあ、そのキスが合格点だったら、先のことも教える」
秀朗の言葉の意味することを理解したのだろう。
祐喜は掛けていた眼鏡を外して電話の台に置くと、顔の角度を斜めにして、かすかに開いた唇を秀朗の唇にそっと重ねてきた。
瞬間、カチリと音がする。前歯がぶつかって、二人して苦笑する。
「祐喜」
「ごめん。緊張した。もう一度、やり直しさせて」
言いながら、祐喜の唇に自分の唇を重ねてくる。
教えた通り微かに唇を開き、しばらく触れ合った場所を丹念に貪り合う。舌はすぐに絡めたりせず、啄(ついば)むような感覚を味わう。
まるで夢のような感覚だ。
この間触れたときと同じ、祐喜の唇は甘くて柔らかい。
優しいだけのキスに先に焦れたのは、秀朗の方だった。
祐喜の舌が欲しくて、自分から舌を伸ばしていく。誰と交わしたキスよりも、胸が高鳴り、心が燃え上がる。
しかし、秀朗のそんな気持ちがわかっているのか、祐喜はわざと舌を奥に引っ込めて、簡単には触れさせてくれない。
「祐喜……っ」
ねだるように名前を呼んで、両腕を首に回す。意地悪をしないで、もっと深いキスをしたい。
溢れる想いをもっと燃え上がらせて、ずっとすれ違っていた気持ちを繋ぎ合いたい。
秀朗の必死な想いを汲み取ったのか、祐喜もまた自分の舌を伸ばしてくる。
先が軽く触れ合った瞬間、それだけで全身に鳥肌が立った。腰の奥に熱が生まれ、そこがじんじんと疼いてくる。
これまでなら恥ずかしくて、すぐに体を離すところだ。けれど、祐喜はしっかりと秀朗の腰を抱え、その疼きがわかっているのか、さらに腕に力を込めてくる。
「……ん……っ」
キスだけでは我慢できなくなる。
体中で、祐喜を欲している。布を隔てた関係ではなくて、もっともっと近づきたい。
それは、祐喜も同じ気持ちだったらしい。
唇を重ねたまま彼は秀朗の体を抱え上げ、自分の部屋へと向かう。
明かりをつけることなく静かに自分のベッドに秀朗の体を下ろすと、ギシリとそれが軋んだ。
祐喜は両手をベッドに着いて、秀朗の唇に甘いキスをひとつ落とす。
「秀朗。愛してる」
静かな告白のあとで、秀朗のパジャマに手がかかる。秀朗のまた、祐喜のシャツのボタンに手を伸ばす。
「……全部、脱がして、いいのか?」
心配そうに、尋ねてくる。真剣な眼差しに、秀朗は小さく頷く。
「脱がさなくてもいいけど……初めてだから、祐喜の肌の全部に触りたいよ、俺」
勢いに任せたセックスもある。けれど、これまでずっと待って、やっと訪れた瞬間だ。堪え、溜めてきた想いを、ここで少し焦らしたところで、互いへの愛しさが増すだけだ。
「秀朗……」
祐喜は秀朗の言葉に、無数のキスの雨を降らせる。
「もし、変なことをしたら、すぐに言ってくれ。本当に、初めてだから。秀朗を、傷つけたくない」
「大丈夫」
心配そうな祐喜の頬を撫でながら、秀朗は笑顔になる。
「祐喜の想うように抱いてくれていい。俺は……それが嬉しいから」
こんなにも、互いを想い合っている。どんな行為もすべてが愛しいからだと思える。
「秀朗……そんなことを言わないでくれ。僕は……君を傷つけたくなくて、必死に堪えているんだ」
「堪えないでいい」
秀朗は祐喜の下半身にそっと手を伸ばして呟く。
「祐喜が欲しいから。祐喜の好きなようにしてくれていい」
夢ではなくて現実なのだ。
十年、温めてきた互いへの想いが、今、やっと叶うときがきたのだ。
何を我慢することもない。自分も、相手も、想い合っているのだから。
「秀朗……っ」
祐喜は秀朗の言葉に促されるように、これまでの優しさが嘘のようにがむしゃらに秀朗を貪った。
開いた胸元を、激しく吸い上げる。くすぐったさに無意識に逃げようとすると、強く上から押さえつけ、覆い被さってくる。
一体、どこにそんな獰猛さが隠れていたのかと不思議になるほど、祐喜は貪欲だった。
すべての服を脱ぎ捨て露(あらわ)になった彼の体も、上半身だけなら何度か目にしているはずだった。
それでも、こうして自分の上に覆い被さるようにした形で見ると、まるで別の人間のように思えてくる。
太腿に触れてくるものは火傷しそうに熱く、昂ぶり始めた秀朗のものを直接煽ってくる。
「祐喜」
上半身だけの愛撫では我慢できなくて、秀朗は自分から膝を立て、祐喜のものを軽く擦った。その瞬間、込み上げてくる快感を堪えて祐喜の顔が微かに歪む。
「秀朗」
「……触って」
自分の顔を見つめる祐喜に、そっとねだる。消えてしまいたいぐらいに、恥ずかしかった。けれど、言わずにいたら後悔する。
「俺も触るから」
「どうやって?」
真顔で尋ねられる。ぎりぎりまで追い詰められていた感覚が、その瞬間少しだけ緩む。ぎりぎりなのは、自分だけではない。祐喜もまた、夢中になっている。
童貞である事実を、祐喜は正直に秀朗に打ち明けている。秀朗を傷つけたくなくて、祐喜は必死なのだ。
「……こう」
秀朗は祐喜の手を導き、熱く脈打つ自分のものに触れさせる。彼の冷たい指先が微かに触れたその瞬間に、脳天まで電流のようなものが走り抜けた。
「秀朗。感じてる?」
祐喜は手の動きを止めず、確認してくる。指の微妙な刺激に、腰が浮いてくる。
「言、わなくても、わかる、だろう?」
確実に快感を示し、彼の手の中で秀朗は形を変えている。祐喜は秀朗の唇にキスをしながら、さらに愛撫の手を強くする。 祐喜のキスに応じながら、秀朗も彼のものへ手を伸ばす。熱くて、大きくて、硬い祐喜もまた、秀朗の愛撫でみるみる形を変えていく。
強い快感がそこから生まれるらしく、祐喜は何度も腰を動かしている。
「ひ、でろう……」
「祐喜も、感じてる?」
耳朶を嘗めるようにして尋ねると、祐喜は肩を竦めて秀朗の顔を見つめる。眉間に皺を寄せながらも、幸せそうな笑顔を作る。
「感じてる。自分でするのとは全然違う」
照れることなく、正直に自分の気持ちを伝えてくれる。
愛されている。そして、この男を愛している。
こうして、抱き合えてよかった。途中で諦めずによかった。ずっと好きでよかった。
秀朗はシーツに肘を突いて起き上がると、祐喜の体に跨(またが)った。そして頭をもたげている祐喜のものを両手の中に包み込むと、それを口で含む。
「ひ、秀朗っ」
驚きに、祐喜が声を上げる。
けれど秀朗にはなんの躊躇いもなかった。ただ、祐喜をよくしたい。気持ちよくなってもらいたい。その一心で、祐喜のものを舌で丹念に嘗め上げる。
祐喜はそれまでも十分怒張していたが、口腔内に含んだ瞬間に、さらに硬度を増した。根元まで嘗め上げようとすると、喉まで届く。
「秀朗……駄目、だ。出る」
まだだろう。そう高を括っていたが、祐喜の手が強く秀朗の髪を掴んだ次の瞬間、離し損ねた口中に、祐喜の解き放ったものが注ぎ込まれた。
「……あ……」
「すまない」
予期していなかったせいで、秀朗は咳き込んでしまう。
口の周りや胸にまで飛び散った精液を、祐喜は自分の手で拭いながら、背中を撫でてくれる。
「早くない?」
冗談めかして言うと、祐喜は拗ねたように唇を尖らせる。
「だから、駄目だと言ったのに」
しかし祐喜はそれで引きはしない。彼のものは一度解き放ちながらもまるで萎えることなく、濡れた先端をびくびく震わせていた。
「秀朗が気持ちいいことをするから、我慢が効かなかった。今度は、僕が秀朗をよくする番だ」
祐喜はそう言って、秀朗の下肢の間のものを両手で再び愛撫し始める。先端を指の腹で撫で、根元までを掌で微妙に撫でる。じれったいその愛撫に、秀朗はあっという間にぎりぎりの状態にまで、高められる。
「……祐喜、達き、そ」
広い肩口に額を押しつけて、秀朗は訴える。
「いいよ。もっとよくしてやるから、出せばいい」
祐喜は優しく、それを扱(しご)いてくれようとするが、秀朗は両手で拒む。
「秀朗……」
「……一緒に」
体を起こして祐喜の手から逃れると、膝立ちになって体を前に進める。先ほどよりもさらに雄々しく猛っている祐喜の先端からは、すでに愛液が溢れ出している。
秀朗は祐喜の指先でそれを拭うと、浮かせた腰の後ろへ導く。
「秀朗……」
祐喜が心配そうな顔をする。
秀朗自身、女性とのセックスの経験は豊富でも、男を相手にするのは初めてだった。
慣れたふりをしてリードしようとしても、実際は膝は震え、体には余計な力が入っていた。
「そこを慣らして……」
躊躇する祐喜の手に自分の手を添えて、閉ざされた場所を探る。
これから訪れるだろう未知の感覚に動揺していないわけではない。抱きたい、抱かれたいというのとは違う。とにかく、祐喜とひとつになりたい。
「痛くないか?」
祐喜は指を中へ少し進めてから、秀朗の様子を確認してくる。
多少の違和感はあるが、痛いほどではない。
秀朗は言葉で答える代わりに祐喜の肩に手を置いて、そこにしがみつく。微かな震えに気づいたのだろう。祐喜は秀朗の腰に手をやってそこをしっかり支えながら、さらに中へ指を潜り込ませる。
濡らしているとはいえ、周囲の内壁と擦れ合う感覚に背筋がぞくりと粟立つ。
「やめようか?」
静かな声の問いに、秀朗は首を左右に振る。
「ここでやめたら、絶対に後悔する。だから、俺が泣いても叫んでも、続けて」
強い決意を込めて、秀朗は自分から腰を動かし、さらに祐喜の唇を求めていく。自由になる手を祐喜のものに伸ばし、丹念に愛撫すると、それは秀朗を求めて先をべたべたに濡らしていた。
「秀朗……」
「もっと」
秀朗は祐喜の指から逃れ、自ら愛撫するものへ腰を動かした。祐喜は秀朗の胸の突起に舌を伸ばしながらも、眉間の皺を深く刻んでいる。秀朗がその皺に舌を伸ばすと、祐喜はさらに強く胸を吸い上げてきた。
「あ……」
その刺激が、腰へと直接響き、立てていた膝から力が抜け落ちる。そして体重がかかると同時に、猛った祐喜が秀朗の中へと潜りこんでくる。
「ああ……っ」
内壁を擦り、狭い場所を抉る感覚に、秀朗は思い切り背中を反らす。痛みというより、刺激だ。言葉にならない声が開いた口から溢れ、全身が総毛立つ。
「秀、朗」
予想より遥かに強い締めつけに、祐喜もまた苦しげな声を上げる。
全身を走り抜ける衝撃が落ち着くまで、秀朗は息ができなかった。
「……秀朗、秀朗」
唇を噛み締め、硬く閉じられた瞼に、祐喜が啄ばむようなキスをくれる。その優しさに、秀朗は目を開き、唇へのキスを求めた。
体内にある自分以外の脈を感じるたび、体内に祐喜の存在を実感する。さらにそれは、内壁を強く締めつけながら、己の存在を誇示しびくびくと震えている。
祐喜が微かに腰を動かすと、その振動が直接伝わる。
「ん……っ」
「痛い?」
祐喜は自分の方が痛そうに眉を潜めている。
秀朗は笑顔を繕って、キスで返す。
「秀朗……」
彼の唇は首筋を嘗め上げ、自由になる手で秀朗の萎えたものに愛撫を加えてくる。さらに、中で再び動き出す感覚に、秀朗の体の中で何かが目覚める。
擽(くすぐ)ったいような、むず痒いような、言葉では言い表せない感覚が、体を支配していく。
「秀朗?」
「う、ごかないで」
しかし、祐喜が動いているわけではなかった。その感覚を求め、無意識に秀朗の腰が揺れている。さらに、祐喜の手の中に存在するものが、目を覚まして勃っていく。
「……感じてる?」
耳朶を甘く噛むような囁きに、全身がさらに震え上がる。祐喜を含んだ場所にも力が入り、ぎゅっとそこを締めつけると、反動で中のものがさらに大きくなった。
「や……祐喜。あ……」
「今のは、秀朗が悪い」
一点から広がる快感を堪えている祐喜の声は、ひどく掠れていた。その声がまたとてもセクシーで、秀朗の体が熱くなる。 「秀朗が強く締めるから……僕も我慢できない」
「は、あ……っ」
彼は両手で秀朗の双丘をしっかりと掴み、ぐっと腰をつき上げてくる。堪えきれない声がその瞬間に溢れた。続けざまに祐喜は腰を前後させ、急激に秀朗を追い立ててくる。
その動きに合わせ、秀朗の口からは甘い声がひっきりなしに溢れる。
「や、あ……祐、喜……祐喜」
「可愛い、秀朗。……ホントに、可愛い……感じてる?痛くない?秀朗」
祐喜の言葉にも意味がなくなっていた。
汗が全身に浮かび、腹の間で擦られる秀朗からは先走りの液が溢れてくる。
「祐喜……」
頭の中までも貫かれているような気がするほど、祐喜のものは秀朗の体を支配していく。触れ合った場所も、繋がった場所も、抱き合った場所も、すべてで祐喜を感じている。
快感、という言葉では済まされない強烈な感覚に、全身が支配されていく。
「……秀朗っ」
一際祐喜の腰の動きが強くなった瞬間、体内で破裂する。
「祐、喜」
体の細胞のひとつひとつにまで染み渡っていくような感覚を得ながら、秀朗もまた思いの丈を解き放っていた。