書籍情報

Get a chance【特別版イラスト入り】

Get a chance【特別版イラスト入り】

著者:ふゆの仁子

イラスト:左崎なおみ

発売年月日:2015年05月01日

定価:935円(税込)

俺がどれだけ貴方を愛してるか、体でもって証明してみせる 自分を認めてチームに引き抜いてくれた憧れの榛名達也のために、日々バスケットの練習に励む宮保卓臣。あるとき彼は、体育館倉庫に榛名と元チームメイト・太淵聖敏が抱き合っているのを目撃してしまう。かつて名コンビといわれた二人には、実は深く激しい確執が……。愛想が交錯するハートエイク・ラブ!!

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登場人物

宮保卓臣(ミヤホタクオミ)
バスケが大好きな高校一年生。一度はバスケをやめる決意をするが…
榛名達也(ハルナタツヤ)
中原大学のバスケ部所属。華奢な外見とは裏腹にバスケの名選手で、優れた頭脳を活かしてチームの司令塔をこなす。
太淵聖敏(タブチマサトシ)
バスケ部所属の高校三年生。オフェンスに定評があり、高校選抜に選ばれるほどの腕前。

立ち読み

契約社員となり、会社に行かなくていい生活は、自分でリズムを作るのが難しい。
夕方、体育館が空くまでは筋力トレーニングに費やすのだが、どうしても怠けたい気持ちになってしまう。それを必死でとどめているのは、悔しさだった。
榛名は毎日全日本の練習で忙しいらしく、夕方になっても、体育館には現れない。仕方ないのだと思いつつも、拗ねたい気持ちになる。
「頭から叩き直すって言ってたくせに」
相変わらずチームメイトとろくろく話もできないが、かろうじて二歳年上の北田という男だけは、たまに練習が重なると、シュートのパス出しをしてくれるようになっている。
大学時代何度か北田という名前を聞いたことはあったが、いかんせん太淵と同時期の選手のため、影が薄くなりがちだった。
「みんなはお前のこと、色々言ってる。でも榛名さんと監督が認めた以上は、受け入れるしかないからな」
物事をはっきり言う男は、榛名を心から尊敬しているのだとつけ足した。
しかしその日、北田の姿はなく、体育館は宮保が貸し切りで使用していた。
午後10時を過ぎる頃になると警備の人が訪れ、電気を落とし、鍵を掛ける。それまでの時間、ボールを触っての練習ができるのだが、一人ではできることが限られている。
フォワードポジションを狙う宮保には、ゴール下で体の大きな選手と争って点を取ることは難しいため、外からのシュートが有効となる。特にスリーポイントの確率は高ければ高いほど、チームにとっても有益だ。
かつては榛名がスリーポイントシューターとして有名だったが、足の故障もあり、昨シーズンのタイトルは太淵が取っている。
ケミカルに入ってからずっと、宮保は自分にできることを考えている。ドリブル、シュート、ディフェンス、リバウンド。どれも人並み。それでは、いつまで経っても変われない。体力をつけ筋力をつけ、試合にフルで出場してそれでも次の試合に出られるだけのスタミナをつけ、その上で特出した技術をつける。
自分にはこれがあると、自信を持って言える、何か。
そして、シュートから取り組むことにした。これまでも、決してシュート決定率は悪かったわけではないし、むしろ練習の段階では、高校のときからかなり高い方だと言えた。
けれど。
「……試合で決められなければ仕方ない」
宮保はぼやいてボールを構え、シュートを放つ。それは綺麗な放物線を描き、ボードに当たらずにそのままリングの中に納まり、網を揺らす。
技術の問題よりも前に、宮保の場合、精神的な面で負ける。入るはずのものを入らないと思い込み、敵ではなく自分に負けてしまう。それでしばしばチャンスを逃し、宇須木には何度も罵倒された。
『どうして、自分で決めねえんだ!』
パスされたボールを決めながら、彼は怒鳴った。
「どうしたらいいんだろうか」
宮保はボールを抱えたまま、床に胡座(あぐら)を組んで、ゴールを見つめる。 幼い頃、ゴールポストは空よりも高く感じられた。そのゴールにシュートを決める人々は、まさに鳥人だった。
子供の目から見てものすごく大きな人達が、とてつもなく高く飛び、小さなリングの中にボールを入れる。
「あのときから俺、なんにも変わってないのかもしれないな……」
見ているだけで、わけもわからず興奮した。いつか自分も彼らと同じように、高く飛べると信じて疑わなかった。
宮保はボールを手の中でぐるぐる回して、そのままゴールポスト目掛けて投げると、見事にシュートが決まる。
「ちぇ、こんなときばっかり決まる」
少し自虐的な気持ちになりながらもう一度立ち上がって上着を脱ぎ、ボールを拾って続けざまに一時間ほどシュート練習を続ける。
気がつくと、閉館の時間が迫っていた。使ったボールを片づけて、床にモップをかけて、ぎりぎりだ。
あちこちに転がっているボールを拾って篭に入れて倉庫に戻し、モップを持って体育館の端から端までを何度か往復する。
学生時代、体育館の掃除は罰として行った。試合で負ける、ミスをする。そのたびに、念入りに床を磨いたが、今も変わっていない。
大きなコートを往復すると、かなりの運動になる。汗びっしょりになった額を手の甲で拭い、寮へ向かう。
「寒……」
梅雨を控えているが、まだ外の気温は春の穏やかさを残している。全身にかいた汗が乾くと、僅かに寒さを感じるのは、そのせいだろう。
宮保はまず風呂に入り、汗を流して着替えを済ませ、何かが足りないことに気がつく。
「……と、しまった。忘れた」
あの場所で脱いだジャージの上着を忘れてきた。明日の朝ランニングするときに、必要だ。
時計を見ると、10時半になるところだった。もう鍵が掛けられているかもしれないが、運が良ければぎりぎり間に合うかもしれない。
宮保は濡れた髪をそのままに寮を飛び出し、体育館まで走る。せっかく流した汗が、また背中を流れていたが、あとでもう一度シャワーを浴びれば済むことだ。
今日入れなければ明日の朝にでも探せばいいが、できれば今日中に見つけたい。
「……よかった、まだ開いてる」
体育館には、まだ明かりが見えた。
もしかしたら、合宿に参加している誰かが使っているのかもしれない。
とりあえず宮保は、開いている扉からそっと顔を覗かせて中の様子を確認するが、人の姿はなく、片付けそびれたボールがひとつ、転がっているだけ。明かりが灯(とも)っているのも、体育館のフロアではなく、倉庫のようだった。
月明かりだけが照らすフロアに裸足で入り、すぐにジャージを見つける。
「よかった……」
宮保はジャージを拾い上げると、転がっているボールを拾い、倉庫へ向かう。
重い鉄扉に手をかけると、中からぼそぼそと話す声が聞こえた。
こんな場所で誰が何をしているのだろう。当たり前の疑問を抱いた宮保は、出来る限り音を立てないように、そっと扉を右に開く。
「……太淵……」
聞こえてきた声に、宮保は目を見開く。微かに見える視界の中に人の姿はないが、この声は榛名のものだ。
そして、彼が呼んだのは、太淵の名前。中に、太淵と榛名がいる。宮保はどうしようもなく気になって、さらに扉を開く。
息を殺し耳を澄ませると、息遣いと衣擦(きぬず)れが聞こえた。そして宮保の目は、驚くべき光景を目にした。
ボールの詰った篭の奥に、照明に照らされているせいで白く見える人間の足が揺れ、その間に揺れる、他の人間の足がある。
「……榛、名さん……?」
喉の奥で、声にならない声が、その名前を呟く。はっきりとは見えない。けれど、何をしているのかは、認識できる。 上に伸ばされた手首を押さえている大きな手の持ち主。それが、榛名が名前を口にした男。ほとんど服を身に着けたまま、彼らは交わっている。そう、セックスというより、交わりという言葉が、似合う行為だった。
次第に激しくなる呼吸。堪えて堪え切れない声。喘ぎ。嗚咽(おえつ)。水分を含みいやらしい音が宮保の耳に届き、体を内側からじわじわと熱くしていく。
「……あ」
時折聞こえてくる榛名の押し殺した声が、さらに煽ってくれる。
「声、出せ、よ」
太淵は低く責めるような口調で、榛名に命令する。体と体がぶつかる音が耳に響く。
「誰もいないんだから……聞かせろよ、いい声を」
激しくなる呼吸と太淵の言葉が、彼らの行為が一度きりではないことを、想像させる。
空気が密になっていく。すえたような匂いが漂い、宮保の頭までを、榛名の声が覆い尽くしていく。
いつまでも、ここにいたらいけない。頭の中でそう思いながら、宮保の足は動かない。
背筋が寒く感じられるのは、走ったせいでかいた汗のためだけではない。逆に掌には汗が滲み、喉の奥がやけに渇いている。扉を強く握り締めていた左手は痺れ、感覚が鈍くなっている。
「太淵……太淵っ」
小刻みに揺れる声が何を意味しているか、姿が見えなくてもわかる。途切れがちになる呼吸に、激しくなる衣擦れ。揺れる肩。足。
「……ああ」
消えそうに掠れた声が、終わりを合図する。痙攣したかのようにまっすぐ伸びたあとで、まるでスローモーションのように、足が床に落ちていく。
あまりにリアルな光景に変化していく己を堪えるため、宮保は唇を強く嚙んだ。
「もう、やめてくれ」
どんよりとした空気の中に、これまで聞いたことのないような頼りなげな榛名の声が、漂う。宙に伸びる腕には綺麗な筋肉がついている。決して女性の細くてしなやかな腕ではない。
そこにいるのは、男だ。鍛えられた体を持った、宮保の知っている榛名と太淵が、獣のように抱き合っていた。
そして行為を終えて、まるで何事もなかったかのような口調で、榛名は太淵に訴える。
もう、やめてくれ、と。
何をやめうと言うのか。何が「もう」なのか。宮保は太淵の反応を待った。
「俺は、お前にとって、用なしだろう」
しかし、もう一度榛名の声が聞こえる。卑屈な響きを持った言葉に、宮保は体を震わせる。
「どうして」
「俺はもう選手としてプレイできない。それに」
「それに?」
太淵の声には、どこか揶揄するような色合が感じられる。
「……お前は、結婚するじゃないか」
「そんなことを気にしてたのか」
喉を振り絞るような榛名の言葉を、太淵はあっさりと流す。宮保は思わず、強く手を握る。
僅かな会話を聞いているだけで、見えてくる人間関係がある。知るべきではないとわかっていても、知りたいと思ってしまう、二人の関係。
「そんなことと言ってしまうかぎり、俺とお前はもう、相容れない」
榛名の言葉のあとに、何かを叩く音がする。
「達弥」
「もう、部屋に帰れ。そろそろ警備員がやってきて、鍵が閉められる」
感情のない言葉を投げつけて、榛名が立ちあがる。乱れたシャツのボタンを留めた彼は、ふと顔を扉に向けた。
しまった。
宮保が思ったのは、一瞬遅かった。隙間は広くない。けれどそこに立っているのが誰か、目のいい人間なら、おそらく判別できる。そして榛名は、宮保の目を見詰め、認識した。
驚いたような目がやがてゆっくりと細められ、厳しい視線へと変わる。蔑むようなその目つきは、宮保に無言の圧力をかけている。
――ドウシテ、オマエハ、ソコニイル?
音として聞こえてくる榛名の心の言葉に、宮保は後ずさるしかない。背中の後ろに手をつき、そのままの視線で数歩下がり、扉から離れたところで体の向きを変える。
音を立てないよう、せめて太淵には気づかれないように息さえも殺し、宮保は体育館の外まで逃げる。いつ彼らが倉庫から出てくるかわからない状況で、心臓は破れんばかりに激しく鼓動していた。
脱いだ靴を手で持って外に出ると、さらに寮まで全速力で走る。一分でも一秒でも早く、逃げたかった。

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