その日の富樫は本当に忙しいらしく、いつもなら診療所を閉める時間になっても戻って来なかった。夕食の準備をしてくれたのは、気を利かせた真理子だ。
「往診にもう少しかかるから、先生が先に帰っていいって言ったのよ」
タオルで手を拭きながら真理子は説明してくれる。
「だけど、往診が終わってから広己くんや自分のご飯の準備してたら遅くなっちゃうでしょ。そういうところ、先生は要領がよくないから、あたしたちに頼むってことができないのよね。仕事と私生活は別って人だから。あたしは、頼まれると嬉しいのに」
「……すみません。ぼく、何もできないから」
「あら、いいのよ。先生ぐらいなんでもできるっていう人のほうが珍しいんだから。待ってなくていいから、温かいうちに食べちゃいなさい」
真理子がご飯をよそってくれたので、広己はテーブルについて先に一人で食事を始める。
広己が食べ終わるのを待つ間、気をつかわないで済むよう話をしてくれていた真理子だったが、あとは一人で大丈夫だという広己の言葉を受けて、帰って行った。
再び家に一人となった広己は、食後、落ち着かない気分で家の中を歩き回る。明日、両親に会うのかと思うと複雑な心境だ。おそらく、怒りはそうとうなものだろう。黙って家を一週間も空けてしまったのだから当然だ。ただ、広己の気持ちも少しはわかってもらいたかった。
明日の話し合いで、自分のこの先のことが決まるのだ。
胸に不安が広がっていき、たまらず富樫の部屋に入る。微かに残っている煙草の匂いを嗅いでから、さらに強く残っているベッドに横になる。不安から逃げるように目を閉じた。
どれぐらい経ったのか、ふと側で気配がして目を覚ますと、富樫の姿があった。優しい表情で髪を撫でられる。
「よく寝てたな」
「……ご飯、小早川さんが……」
「ああ、食った。もう風呂に入って寝ようかと思ったが、お前、その格好だとまだ風呂に入ってないだろ。先に入るか?」 「明日の朝、シャワーだけ浴びます」
「だったら俺もそうするか」
吸い寄せられるように目が合い、枕元に腰掛けた富樫が覆い被さってくる。
「んっ……」
唇を啄むようにキスされ、寝起きの気怠さは消えてしまう。
広己は両腕を富樫の背に回した。
「――……何か、怖いんです」
「何が?」
キスの合間に会話を交わす。
「すごく幸せなんですけど、ぼくが、こういう思いをしていいのかなって、不安になるんです。自分勝手なことをしたから、すごく、つらいバツがあるんじゃないかって……。ぼくはいいんです。だけど、富樫先生に迷惑がかかったら――」
「俺は千沙子のことで、お前に嫌な思いをさせた」
「そんなことっ……」
そこで唇を塞がれ、すぐに離される。
「いい思いをしてるのなら俺も一緒だ。何があっても文句はない。それに、大人の俺が、お前を守ってやるのは義務だ。だけど、恋人を守るのは自由意思だ。俺がそうしたいから、するんだ。お前は余計な心配をしなくていい」
「富樫先生……」
広己は富樫の肩にしがみつき、顔を埋める。少しの間そうしていたが、突然、富樫が体を離そうと身じろぐ。
「どうかしましたか?」
「いや、お前はここで寝ろ。俺は客間で寝るから……」
言いかけて、思い直したように富樫に強く抱き締められる。ベッドに乗り上がってきた富樫と体が密着し、腰の辺りに感じた熱で、ようやく広己は富樫の事情を察した。途端に顔が熱くなる。富樫は成熟した男で、当然のように肉体的な欲求も激しいぐらいに抱えているのだ。
広己はそっと、両腕を富樫の腰に回し、胸に顔をすり寄せる。富樫は広己の行動の意味をわかりかねたようだった。
「――広己?」
「好きです。富樫先生のこと。もっと、知りたいです。いろんなことを」
ようやくわかってくれたらしく、上目遣いにそっと富樫の顔を見ると、笑みを洩らしていた。そして、からかうように耳元で囁かれる。
「広己、一緒に寝るか?」
恥ずかしかったが、広己はしっかりと頷く。
「少し待ってろ。すぐに戻ってくる」
富樫が部屋から出て行く。何をしているのかと思ったが、数分もしないうちに足音が聞こえ、廊下の電気が消される。部屋のドアが閉められ、カーテンも引かれて部屋の電気が消された。唯一の明かりとして、デスクの照明がつけられた。
鼓動が乱れ、ぼんやりと照らし出される富樫の姿もまともに見られない。
再び覆い被さってきた富樫に優しくキスされながら、広己は投げ出した両手を緊張のあまり動かせなくなっていた。
引き出された舌を、微かな濡れた音を立てながら吸われ、胸の奥が疼く。富樫は緊張を解すように長いキスを続けてくれ、広己は抱き締められてようやく、その抱擁に応えることができた。
首筋や喉元に唇が押し当てられる。一方で、大きな両てのひらが、シャツをたくし上げながら肌に這わされる。胸を揉むように愛撫されてから、ささやかな突起を転がす動きをされる。
「あっ、あぁ……」
硬く凝った突起を慎重に指先で摘まれると、快感めいたものが湧き起こる。軽く押しつぶすように弄(いじ)られ、たまらず吐息を洩らした広己は、富樫の腕にすがりつく。
すると富樫に優しく引き離され、胸に顔を埋められた。濡れた舌先で突起を転がされる。
「あっん、んっ、んっ……」
軽く歯を立てられてビクビクと体を震わせる。愛撫の合間に富樫と共に、身につけているものをすべてベッドの下に落とした。互いの肌の感触を覚えるように、裸で強く抱き合う。
富樫は唇や舌を使って、広己の全身に触れてくれる。大げさではなく、体が甘く溶けてしまいそうだった。ただ抱き締められるのとは違う、意識がどこまでも高揚させられる気持ちよさに、広己の体は素直な反応を示していた。
腰の線を唇でなぞられながら、富樫の片手が両足の間に差し込まれる。すっかり反応して先端を濡らしていた広己のものは、突然の強い刺激に晒(さら)されていた。
「ひうっ、はっぁぁ……、ふあっ、ふあぁっ」
大きなてのひらに握り締められ、優しくゆっくりと上下に扱かれる。両足の力が緩み、意識しないまま左右に開いてしまう。そこに富樫が体を割り込ませてきた。
すべての反応を富樫に見つめられる。無意識のうちに揺れてしまう腰の動きも、先端を優しく撫でられて溢れさせてしまう悦びの涙も、快感を感じているときの露な表情も。
「やっ、やっ……、見ない、で、くださ……。ぼくを、見ないで――」
「見てないとわからないだろ。お前が感じてるかどうか」
広己は小さく首を横に振る。すると富樫が笑みを洩らした。
「だったら、こうしてやる」
両足の間に富樫の顔が埋められ、広己の熱くなったものはさらに熱いものに包み込まれた。それが富樫の口腔だとわかり、声にならない悲鳴を上げる。
先端を舌で舐められてゆっくりと吸引される。絡みつく愛撫から、広己はもう逃げられない。快感の波間に投げ込まれていた。狂おしく富樫の頭を抱き締め、髪をかき乱す。
「あっ、あっ、も……う、許し……」
限界が近づき腰を震わせると、富樫に両足の膝裏を掴まれて押し上げられる。爪先を空で揺らし、恥ずかしいほど両足を開いた格好のまま、広己は富樫の口腔で達していた。放ったものを富樫が嚥下(えんか)するのを、泣き出したい気分で感じる。 ぐったりとした広己は、新たな甘い悲鳴を上げていた。富樫の唇が、後ろへと這わされたのだ。
「やだっ。富樫先生っ、そんなとこやだっ。やめて……」
硬く窄(すぼ)まった場所に富樫の唇が押し当てられ、舌先を這わされる。感じたのは、信じられない疼きだった。抵抗するというより身悶(みもだ)えて、大きくのけ反りながら頭上の枕を握り締める。洩らしたのは、甘く掠(かす)れた喘ぎだった。 時間をかけて富樫は舌を這わせ、ゆっくりと指を挿入してきた。痛みに、反射的に広己は声を洩らす。これまで感じたことのない異物感に、気分も落ち着かなくなる。ようやく富樫は顔を上げ、広己の顔を覗き込んでくる。
「つらいか?」
小さく頷いて、広己は富樫の背に両腕を回す。指はすぐに引き抜かれたが、かわって富樫は枕の下に手を入れて何かを取り出した。見ると、薬のチューブを手にしている。
「なん、です……?」
「軟膏(なんこう)。自分の欲望を抑えられそうにないから、せめてお前の負担が少なくて済むようにと思ったんだ」
意味を理解し、広己は顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。それでも、嫌だとは言えなかった。富樫をきちんと受けとめたかったので、苦痛のせいで行為を拒否するのだけは避けたかったのだ。
富樫が指先にたっぷりの軟膏を取るのを、広己は見つめる。
「……なんか、富樫先生にこれから、傷の手当てをしてもらうみたいです」
「でも、俺がこれからすることは、お前を傷つけるかもしれない」
「大丈夫です。こんなに優しくしてもらってるんです。ぼくは平気です」
ひんやりとした軟膏の感触に、広己はビクリと体を震わせる。円を描くようにして浅い部分を広げられ、軟膏を塗り込められる。最初は息を殺し、じっと行為に耐えていた広己だが、少しずつ指の侵入が深くなるにつれ、熱い吐息を洩らすようになっていた。
富樫の指を受け入れている部分が、敏感になっていくのがわかった。それだけではなく、喘ぐように綻んでいく。
そして、指を付け根まで挿入され、軟膏を丹念に塗り込められた。
「ふっ……、あふっ……」
内奥をぐるりと撫で回されて、背筋が痺れる。指が引き抜かれる瞬間、切ない感覚に広己は声を洩らす。小さく笑った富樫は、もう一度軟膏を指に取り、たっぷりと塗り込めてくれた。気がつけば、指の本数も増やされていた。
湿りを帯びた音を立てながら、指が出し入れされる。異物感に抵抗がなくなり、むしろ気持ちいいと感じた広己は快感の声を洩らす。
内奥の体温で溶かされたのか、とろりと軟膏が溢れ出す感触があり、身震いする。すかさず富樫の指にすくい取られ、すぐにまた挿入された。
富樫の肩にすがりついていた広己は、甘く喘ぎながら指を締め付ける。一度は達したものが、再び硬く反応していた。 「広己……」
耳元に囁かれ、何かを問いかけられたわけでもないのに広己は頷く。それが合図のように指が引き抜かれ、かわって熱く硬い富樫のものが押し当てられた。
「ひいぃっ」
堪え切れないように一気に押し入ってくる富樫を、広己は懸命に受け入れる。気も遠くなりそうな痛みはあるが、嫌だとは思わなかった。
「あつ、あっ、富樫、先生……――」
深く貫かれ、確かめるようにゆっくりと内奥を突き上げられる。信じられないほど体の奥に富樫の熱が届き、しっかりと息づいていた。広己の上で慎重に動きながら、富樫は律動を繰り返す。次第に痛みは和らぎ、広己は喘ぎながら富樫の肩にすがりつく。
「広己、いい子だ」
囁き、腰を動かす富樫の唇に胸の突起を捕らえられる。これまでになく強く吸われ、抱えられた両足を突っ張らせる