【ウェブ小説】その背徳さえも媚薬と化して<第5話>

その背徳さえも媚薬と化して

著作 如月一花     Illustration 南香かをり

 

第5話

かなり厳しい嘘をついた。

本当は、奏多が夕飯を目当てに帰ることはない。

最近は外で食べることが増えている一方、それを事前に知らせることは減っていて、海はたびたび無駄に料理を作ってしまっている。

ただ、そんな中でも二人で過ごす時間は大切にしたくて、その為にも夕飯作りを手抜きするわけにはいかないのだ。

九重からの誘いは嬉しかったが、今日サボったばかりに奏多との時間がなくなるかもと思うと、勇気は出なかった。

それに、社内で人気の九重と夕飯を食べたことを噂されても困る。

「九重くん、私なんかよりもっといい人がいるじゃない」

「別に、最近町田さんと仕事することも増えてるから、食事くらいいいかなと思っただけです」

「ありがとう。今度一緒に食べようね」

社交辞令だと自分で思いつつ、内心は期待を込めていた。

こんな風にしか九重と付き合えないのも、結婚が全て足枷になっているせいだ。

本当なら、惚気の一つや二つあってもいいはずなのに、海には何もない。

カタログの直しが終わると、九重はそれを紙袋に手早くまとめてしまった。

「じゃあ、後の片付けは俺がやるんで。町田さんは早く帰ってください」

「ありがとう。九重くん」

海はにっこり微笑むと、逃げるように立ち去った。

彼と一緒にいると、なぜか男女の関係を意識させられる。

歳が二歳しか離れていないせいもあるが、九重がたびたびプライベートを詮索してくるせいもあるかもしれない。

おまけに、どうも海の結婚について疑いの目を持っているような気もする。

(私は幸せだって、思って欲しいな)

海はデスクで荷物をまとめると、残業している同僚に頭を下げて会社を後にした。

地下鉄に乗って三十分くらいのところにあるマンションに到着すると、エントランスを抜けてエレベーターに乗る。

新婚当初は眺めのいいこのマンションが大好きだったが、最近は殺風景で生活感もなく、ただ眠るためだけに帰宅するには、もったいないと思えている。

観葉植物を売る仕事をしているくせに、自分たちの暮らしの中には、彩りが増えていかない。

奏多が全く相手にしてくれないから、自分を癒してくれる物は増えるが、二人の時間を幸せにする物は何もない。

電子レンジは中古。トースターは二千円。コーヒーメーカーも炊飯器も安物だ。

奏多の給料はかなり良いはずだが、不思議と、お金が掛かる物は買わないことが多かった。インスタでオシャレ家電を見ると憧れてしまうが、奏多には到底言えないことだ。

エレベーターから降りて廊下を歩き、角部屋のドアを開けると、海は誰もいない室内に向かって「ただいま」と言った。

そしてコートを脱いですぐに手を洗い、キッチンに向かうと、買ったままの状態のようなピカピカのキッチンと、何も置かれていないソファとローテーブルを見て、肩を落とした。

(奏多って、躾がしっかりされてるんだろうな。部屋を汚したことない)

休むとどっと疲れると思い、すぐに冷蔵庫を開けて魚を取り出す。

グリルに二匹乗せて、同時に味噌汁とほうれん草の和物を作る。

もうすぐ出来ると思ったところで、奏多が帰ってきた。

「ただいま」

単調な声に、海は寂しさを覚えた。

「お帰りなさい」

「今日の夕飯なに?」

「さんまだけど」

「季節外れだな」

奏多に言われて、海は肩を落とした。

真冬にさんまが売っていて、思わず飛びついてしまったのだ。

ただ焼くだけだし、それで美味しいなら仕事をしている海にとっては都合がいい。

まさか、文句を言われるなんて思わなかった。

「ごめん、他に何か作る?」

「別に、そういうつもりじゃないけど。俺もそんなに食べないし、丁度いいだろ」

コートを脱ぎながら、奏多はさっさと書斎に引っ込んだ。

(早く帰ってきたと思ったら、書斎に籠るんだ……)

海はため息を吐きながら、さんまが焼けるのを待った。

「奏多、ご飯一緒に食べるよね?」

「部屋に持ってきて」

「……わかった」

「ごめん、仕事持って帰ってきてるんだ。時間がないんだよ」

「そう。忙しいんだね」

海が言ったことに、奏多は返事をしなかった。

奏多との結婚生活を楽しいと思えたことはほとんどない。

ハネムーンから帰ると、彼は人が変わったように仕事に打ち込みはじめた。

海を養うために、その理由だけで二年ほったらかされ、ご飯すらほとんど一緒に食べていない。

奏多の仕事は建築会社の営業だが、どんな仕事をしているのか教えてもらったことはない。

たまに明細を見せてくれることはあっても、仕事の内容までは口にしない。

だから海は部屋に仕事を持ち込んでいるという彼の言葉を、素直に信じるしかなかった。

盛りつけた魚とご飯、味噌汁にほうれん草の和物をトレイに乗せて運ぶと、ドアの前に立ち、ノックした。

するとすぐに奏多が出てくる。

「ありがと」

「やっぱり一緒に食べないの?」

「今忙しいんだ。明日の物件案内の用意が大変でさ。海に会いたくて帰ってきただけで、仕事は終わらないよ」

「そう……」

(私に会いたい? その理由、何度も聞いてる。仕事ちゃんと終わらせて帰ってきてくれた方が嬉しいのに)

ポツンと取り残されるようにリビングに戻ると、一人ダイニングテーブルに座り魚を食べた。

この味気ない食事を、もう二年近くしている。

最初は一緒に食事をしていたが、いつしか仕事が忙しいと言い出して、ご飯を別々に食べることが増えた。

仕事を持ち帰って部屋に籠ることも増えていて、先程のようなことを言われてしまう。

でも、今日は九重の誘いを断ってまで奏多との時間を優先したのだ。

少しぐらい一緒にいて欲しいと、食べ終わった食器を片付けながらコーヒーを淹れた。

そしてローテーブルに運ぶと、すぐにサブスクリプションの映画の画面に切り替える。

久しぶりに恋愛映画でも見たら、二人の仲が縮まるかもしれないと、最近話題の濃密なセックスシーンのある映画を選んだ。

そして、奏多のいる書斎に向かいドアをノックする。

「はい」

「奏多。一緒に映画見ない? まだ仕事?」

「ごめん。終わりそうにないんだ」

ドア越しにくぐもった声が聞こえてきて、海は肩を落とすしかない。

せめてドアを開けて顔を見せてくれたらと思うが、彼はそれすら面倒だと言わんばかりだ。

「コーヒーは? 休憩にどう?」

「大丈夫、帰りに買ってきてあるから」

「そう……」

海は唇を噛みしめて、ソファに座った。

奏多は一つ、海に嘘をついた。

帰宅した時にはコーヒーなんて持っていなかった。

買ってある、そんな嘘をついてまで海と一緒にいたくないんだろうか。

海は一人で恋愛モノを見るのかと思いながらも、映画をスタートさせた。

結ばれるはずのない二人が、体の関係から互いの距離を縮めていく、濃密なラブシーン満載の恋愛ものだった。

ただの恋愛ものではなく、セックスシーンが多くて、海は深いため息を吐いた。

(一人でこんなもの見てても、欲求不満になるだけ)

嫌になって途中で止めると、海はマグカップを片付けて寝室にこもった。

奏多が寝室に来るのは、海がすっかり寝入ってからだ。

それまで彼は仕事をしている。

その間、海は火照る体をどうにかしようと、指先で膨らみを弄ってみたりして、眠りにつく束の間、自分を慰めた。

(九重くん……)

(この後は製品版でお楽しみください)

 

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