その背徳さえも媚薬と化して
著作 如月一花 Illustration 南香かをり
第1話
プロローグ
資料室の薄暗さと埃っぽさ、そして何より誰が来るか分からないスリリングな感覚は、町田(まちだ)海(うみ)を後戻り出来ないところまで追いやるには充分だった。
海の束ねてある黒髪が汗で首筋にへばりついている。シャツは半分脱がされていて、グレーのロングタイトスカートには九重が手を滑り込ませていた。
海の潤んでくりっとした目は戸惑うように彼を見つめるしかない。
目の前で自分と同じように息を切らしている後輩の九重(ここのえ)健(たける)は、グレーのスーツを乱して、スラックスをくつろげ、雄々しい猛りだけを引き抜き、最奥まで挿入していた。
九重は満足そうに口元を緩ませている。
それを見て、さらに興奮してしまう。
「九重くん……」
資料棚に手を突き、尻を突き出す格好になり、スカートを捲り上げ、仕事中に突き上げられていると思うと、頭が酩酊して上手く回らなくなる。
ただ少なくとも、長身の九重が覆い被さり、腹の奥深くまで熱が突き上げてきているのは、夢ではないようだ。
「あっああっ」
「町田さん、こんな調子で仕事戻れますか?」
「戻らないと……」
海は苦笑して見せたが、本当はこのまま仕事をサボり、九重とたっぷり一つに繋がりたい衝動に駆られていた。
しかし、そんなことは絶対に出来ない。
「夫がいるのに、これ以上の関係は無理よ」
海は強がって見せたが、内心は胸がじくじく痛むくらい切ない思いでいっぱいだった。
夫の町田奏(かな)多(た)とは、ハネムーンでセックスして以来、一度もセックスをしていない。もう二年以上体が触れ合っていないのだ。
資料室での九重との関係を永遠に続けられたら……、そんなことを思いつつ、奏多との関係をどうしたら良いのか分からないでいる。
「あああっ!」
いきなり突き上げられて、海のたわわな胸が揺れる。
後ろから鷲掴みにされて、先端を捏ねられ始めた。
「何を考えてるんです?」
「別に……」
「当てますよ。旦那さんのことですよね?」
「違うわ」
「そうでしょうか」
耳元で囁かれて、海はくすぐったい思いと蠱惑的な魅力を感じて胸が自然と高鳴ってしまう。
普段の彼からは感じない性的魅力を、資料室ではたっぷりと感じてしまうのだ。
同時に、ずるずると九重と不倫関係に陥っている。
自分に言い訳をしながら。
「ねえ、何を考えてたんですか?」
「教えない」
海はうっすら笑みを漏らしつつ、はだけたシャツを完全に脱いでしまう。
上半身はブラ一枚で下半身もスカートは捲れ上がり下着もズレてほぼ丸見え。こんな状態を誰かに見られたら、会社にいられなくなるだろう。
それだけならまだしも、この状況を面白おかしくネットにばら撒かれでもしたら、永遠に消えない汚点となる。
でも、相手が仕事も有能でみんなが可愛がっている九重で、そんな彼がこの場所では自分だけを癒してくれていると思うと、媚薬をたっぷり飲んでいるような気分になる。
「九重くん。手加減しないでいいのに」
海が煽るように言うと、それに応えて九重が思い切り腰を使ってくる。
「ああっ! もっと!」
「町田さん、仕事中、何考えてます? こういうこと?」
「そう……こういうことばっかり」
「へえ……」
「だから、今満たして?」
「分かってます。そういう約束ですからね」
海は体を揺さぶられ始めると、一気に快楽の坩堝に落ちていく。
「あっああっ! 奥、弱いのっ!」
「知ってます。わざとですよ」
「九重くんのがっ」
ガンと思い切り熱を当てられて、海は気絶しそうなほどになる。
こんな大量の媚薬を毎日飲んで、自分は抜け出せるだろうか。
思わず考えてしまうが、すぐに引き戻される。
子宮がジクジクと疼き、一気に快楽の頂きへと昇り詰めた。
「あああああっ!」
「声……我慢して」
激しい声を吸い取るようにキスをされると、海は九重の胸の中で思い切り果てた。
第一話 秘密の資料室
昼休みはまだだろうか。
そんなことを思い浮かべるたびにパソコンを打つスピードは遅くなり、視線は時計へと向いた。
三十分おきだったのが、十分おき、五分おきになって、いつしか仕事はどうでも良いというような状態になった。
海は黒髪をハーフアップにしてクリップで留め、グレーのロングタイトスカートに白シャツを着て、会社でも目立たない存在だ。
仕事で目立った成果を上げたこともない。
観葉植物のネット販売会社の事務をしており、社員のほとんどはデスクワークだ。
その中でも海は宣伝文句を考えたり、資料や説明文を書いたりするライティング業務を担っている。
他にはホームページ運営、営業、デザイナー、役員がいるものの、大手企業に比べれば小さい規模の会社だろう。
それでも会社自体は設立から十五年までの間に、ビルを一つ借りるほどにまで急成長を遂げている。
海は中堅どころの社員で、若手の育成をしつつ仕事をしなければいけないのだが、この頃はそれどころじゃない。
昼休みまで十分を切ったのを確認して、海はソワソワしてしまう。
(もう少し、もう少し)
そう思いつつ後輩の九重を見ると、彼もなぜか海を見ていた。
普段から一方的に想いを寄せているのだが、意外にも目が合うことが多い。
可愛いくてイケメンで……、日頃から目の保養としている相手と見つめ合うわけにもいかず、慌てて視線を逸らす。
彼は海より二歳年下の二十六歳で、優しそうな雰囲気と長身、そして少し気の強そうな目元が印象的で女子社員や営業先の女性の心を捉えている。
黒髪も長めだが流して整えてあり、清潔感のある人だ。
だが、自分が置かれている立場を思えば、こうしてそっと見るだけでも、何か悪いことをしているように思えてきてしまう。
ましてや、九重にバレたら嫌われる。
すまし顔でパソコンに向っていると、肩をポンと叩かれた。
誰かと思うと、九重だった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、用事があるのかと思って」