第3話
添い寝屋さんの秘密~不眠な私に温もりを~
著作:如月一花 Illustration:きらた
第3話
瑠衣はのそのそ起き上がり普段は滅多に使わない化粧セットをローテーブルに置くと、化粧を施し始めた。
久しぶりで慣れない手つきになったが、初めて会う人に素顔を見せるわけにはいかないと奮闘する。なんとかギリギリ間に合うと、適当に紺色のIラインのニットワンピースを来て、柿田が来るのを待った。
ソワソワしていると、ドアフォンが鳴る。
「はい! 今出ます!」
スタスタと歩き、ドアを開けるとそこには写真で見るよりかっこいいふわりとした印象の男が立っていた。
思わず胸を鳴らせてしまい見つめてしまう。スーツのジャケットにネクタイを緩めて締め、スラックス姿。添い寝屋というより、ホストか何かのような、どこかチグハグな印象だった。
「いきなりドアを開けたら不用心だから」
「は、はい」
「まあ、いいけど。俺の為にメイク頑張った?」
「……は、はい。あの、バレバレですね」
「いいよ。似合ってる。可愛い」
急に言われて、瑠衣は頬を真っ赤に染めた。
思わず俯いて顔を逸らすと、ププっと柿田に笑われる。
「そんなに照れるなよ。褒められたことないの?」
「見た目で褒められたことないです」
「そう? じゃあ、そろそろ部屋に上がってもいいかな」
「すみません!」
瑠衣は慌てて部屋に招き入れると、柿田をそろりと見上げた。
自分より長身でふわりとした雰囲気とは裏腹に、筋肉はしっかりついていて、そのまま抱きついてしまいたくなるような、安心感がある。
もしかしたら、添い寝だけじゃなく、柿田に抱きついている女性もいるかもしれない。
(こういう世界って全てがグレーゾーンだものね。私は添い寝だけだけど)
柿田を部屋に案内すると、ワンルームに男女二人で緊張してきてしまう。
柿田をソファに座らせて、瑠衣はすぐにキッチンに立った。
「柿田さん、何か飲みますか?」
「それなら俺が。美味しいハーブティー持ってきたから」
スッと立ち上がる音がして思わず見ると、柿田が隣に立つ。
胸が早鐘を打ってしまうと、柿田が不思議そうな笑みを浮かべる。
「男性、慣れてない?」
「実は、私、付き合ったこともなくて」
瑠衣は柿田とは二度と会わないと思い吐露する。
すると柿田はポンと瑠衣の頭を撫でてきた。
「職業の備考欄に作家ってあったけど。出会いないんじゃない?」
「そ、そうなんです! いつも部屋に籠るから」
瑠衣は少しだけ嘘をついた。
出会いが全くないわけじゃないのだ。
今ならネットでの出会いもあるし、友達から紹介されそうになったこともある。
でも、恋愛が仕事の邪魔になりそうなことや、上手くやれないことを理由に断ってきた。
瑠衣は恋愛をしたい反面、自分の目標の達成の妨害になりそうで避けていた。
「体に悪いよ。恋愛は大事だと思うけど」
「それは、柿田さんがモテるからで」
「そうかな。モテたことないけど」
「そんなこと言って」
瑠衣は苦笑した。
柿田のような饒舌に話す男を女性が見逃しておくわけがない。
少なくとも、友達として長く付き合っていたいと思うだろうし、見た目もイケメンだから、友達から彼氏になんてパターンも多い気がする。
「あ、そのハーブティーラベンダーですね?」
「そう。香りもいいし、眠る前には心地よくなれるからおすすめしてる」
瑠衣は思わず鼻をヒクヒクさせると、柿田はにっこり微笑んだ。
「そうして嬉しそうにしてくれると、持ってきた甲斐がある。ハーブティー苦手な人もいるから」
「ううん。私は大好きです」
瑠衣は柿田の長い指を見つめながらうっとりした。
綺麗な手だと思っていると、柿田がクスクス笑う。
「俺の手、どうかした?」
「あっ! ごめんさない。私男性に慣れてなくて。なんか、職業病かな、観察しちゃうんです」
「いいよ、観察して」
そう言われて、柿田がほほえむので瑠衣は思わず顔を逸らした。
「あの、では、そろそろ添い寝をしてください」
「まだだよ、俺は添い寝するまでが長いんだ。とりあえず、お茶を飲もうか」
柿田がお茶をローテーブルに運ぶとまるで同棲しているような錯覚になって幸せな気分が満ちてくる。
しかも、柿田もラフな格好だから、部屋でデートを楽しんでいるみたいだ。
ベッドを背もたれにして座ると、二人で横に並びハーブティを飲み始める。
「美味しい」
「それは良かった。お菓子もあるから」
言うなり、すっと入り口に置いてある紙袋から菓子を取り出し持ってきた。
「甘いものを食べて、それからお風呂に入って寝ようか」
柿田に言われて思わず頷きそうになったが、瑠衣は目を丸めた。
(今、お風呂って言わなかった?)
瑠衣が固まっていると、柿田が気付いて苦笑する。
「ごめん、一緒に入るわけじゃないけど。風呂掃除して、その後にドア越しに一緒に話すんだ」
「そ、そうなんですね」
(それでも恥ずかしい)
断ろうかと思ったが、瑠衣は興味が湧いて止められそうにない。
男性と一緒に風呂に入るなんて経験もないから、せめて擬似的に一緒に入るなんて経験もしてみたいものだ。
(私、やっぱり欲求不満だ)
「オプションで、その先も出来るんだけど」
柿田がそっと言うので、瑠衣は目を丸くする。
「オプション?」
「添い寝だけじゃなくて、キスやセックス、一緒に風呂に入ることも俺はしてる。嫌じゃなければするけど?」
瑠衣は赤面して、首を振った。
「出来ませんっ」
「そう。せっかくだから試せばいいのに。風呂くらい、みんな一緒に入るけど?」
「だって、値段上がるし、私、裸を他人に見せたことないから」
瑠衣は勢い任せに言うと柿田は苦笑した。
「風呂は価格に上乗せしてないし、裸を見られたくないなら目を瞑ってるけど」
(第四話は3月22日配信予定です)