第2話
添い寝屋さんの秘密~不眠な私に温もりを~
著作:如月一花 Illustration:きらた
第2話
さらに見ると、添い寝が出来ない場合はおしゃべりだけでもいいとあり、瑠衣はウキウキしてしまい、くまなくサイトを見ていた。
いつの間にか男性の紹介ページを見てしまうと、瑠衣はすっかり利用する気になっている。
利用料にもよると思い一晩の利用料金を見てみると、一万円。
(高いのか安いのか分からないけど、添い寝だけだと思うと高いのかな。でもこういうのって風俗の扱いとか? だったら気が引けるな)
よく分からないと思いつつ、サイトを見るだけならタダだと思って男性を見つめていた。
顔の整った頭の良さそうな男性、濃い顔立ちの男性、アイドルのような男性と色々な人がいる。
中には俳優業と兼業しているなんて人もいて、人気があった。
とはいえ、瑠衣は自分が冴えない女だと自覚していて、そんなイケメン相手に添い寝なんてお願い出来ないと苦笑する。
(確かに、お金さえ払えばいいだろうけど。でも、私のことブスって思いながら添い寝されるのも嫌だし)
瑠衣は悶々としながら男性を見ていた。
すると一人の男性に目が留まる。
『俺と寝れば誰でも気持ちよくなれます』
少しチャラそうに見える髪の毛はゆるく癖毛で、茶髪でワックスをつけていてふわふわしている。
けれど、瑠衣は一気に妄想させられた。
作家ゆえに、日頃とは全く別世界の人に妄想をかきたてられるのは性分だろう。
(誰でも気持ちよくって断言してるところも、なんだか凄いな。他の人は優しい言葉の羅列なのに)
瑠衣は他の男性の売り文句を見ていく。
『俺の膝をご利用ください』
『頭、なでなでしてあげる』
『可愛いあなたが大好きです』
などなど、その気にさせて客を取るような言葉だが、瑠衣には響かなかった。
なぜなら、そういう言葉を小説の中でたっぷりとヒーローに言わせているからだ。
女性の口説き文句をたっぷり考え、そして読者を魅了するような言葉を捻り出す。
似たような言葉を別の言葉で言ってみたり、そのキャラクターにあった台詞を言わせてみたり。
どちらにせよ、見飽きた台詞だったのだ。
それに比べて、その男性の言葉は飾らないけれど自信のある言葉に思えた。
もちろん、その手の言葉に女性が弱いことも知っているのだろうけれど。
(チャラ男くんは女性の扱いが上手いとか)
そんなことを思いつつ、どんな人かとプロフィールを見た。
すると彼のプロフィールにはたっぷりと添い寝相手の女性に尽くしたいことが書かれている。
しかもそれが具体的なのだ。
(眠れない女性にはハーブティーを淹れたり、お話をしたりして和ませてあげてから、必要ならマッサージもしますよ、だって)
マッサージと聞いて、瑠衣は思わず性的なマッサージを思い浮かべてしまう。
胸を鷲掴みにされて揉まれたり、内股を摩られて困らされてしまったりして、そして挙句にセックス、なんてことにならないか心配になる。
同時に、下着がじわりと濡れてしまった。
(考えただけで……。私の疲れの原因って欲求不満も混じってるとか)
それだったら最悪だと思った。
彼氏もいないし、結婚しているわけじゃない。
狭いワンルームに一人暮らしを細々しているだけで、男性と付き合ったこともなく処女を二十八歳まで守り抜いてしまった。
作家という仕事をしていなかったら、処女だとバカにされていたかもしれない。
休日は引きこもりが大好きで小説か漫画を乱読している、なんてことを同じ年頃の子に打ち明ける勇気はない。
作家だからこそ、今まで彼氏なしでも良かったし、誰からも何も言われることはなかった。
けれど体は熟れていて、男性を欲しがりだしている。
女性として、男性に愛されてみたい、そんな欲望がないわけじゃない。
(頼んでみようかな、添い寝だけだもんね)
勇気を出して、ホームページに自分の名前とメールアドレスを書き込み悩みなどを書き込むとすぐに返事が届いた。
『ご希望の日にちはいつがいいですか?
添い寝相手をご指名できますが、どうされますか?』
正直なところ、心惹かれていたのはあのチャラ男、柿田だけだった。
自分が真っ当に生きていたら絶対に会わないような男性に添い寝されてみたいという欲望もある。それに、彼が意外にも優しいのではないかと妄想もさせられた。
柿田にお願いし、明日にでも来て欲しいと書き込むとすぐに柿田を向かわせると返事が来た。
午後七時に柿田が部屋に来るらしく、瑠衣はソワソワしてしまう。
申し込んだ後でソワソワしてしまうと、見たことのないメールが届いた。
アドレスに『kakita』とあるので思わず開くと、明日お願いする柿田本人からのメールだと分かった。
『はじめまして。柿田翔駒です。
この度はご指名ありがとうございます。
明日午後七時にお部屋に向かわせていただきます。差し支えなければご住所と電話番号を教えてください』
瑠衣は思ったよりしっかりした内容の文章に驚きつつ、言われたまま住所と電話番号を送った。
すると柿田がまた丁寧な文章で返してくる。
『ありがとうございます。
差し支えないようでしたら、明日のご希望を今聞いておきますが。
どんなことを添い寝の前にしたいですか?』
その問いに瑠衣は固まった。
部屋に男性と二人きりで何も出来なくなるのがオチだろうから、すぐに添い寝して終わりでも良かった。眠る前に色々してくれるなんて思ってもみないし、柿田を相手に何を要求すればいいのか想像も出来ない。
『なんでもいいです』
『緊張されているようでしたら、こちらからご提案しますので。
それでは、明日どうぞよろしくお願い致します』
柿田とのやり取りが終わると、まるで恋人とのやり取りを終えたような気になってウキウキしてしまう。
男性とデートのやり取りをしたことがないせいだから、余計にだろう。
妄想の世界では何度もイケメンと美女の話を作るのだが、自分のことになるとうまくいかない。
柿田が優しくエスコートしてくれたら、きっと疲れも吹き飛んで不眠も治るだろう。
そんな期待をしながら、瑠衣は疲れからか睡魔に襲われた。
心地よい温かさに包まれて今日こそは眠れると思ったものの、緊張してその日もなかなか眠れなかった。
はっと目を覚ますと、窓の外はもう夜で瑠衣は昼夜逆転して昼に寝ていたことに驚いた。
仕事らいし仕事もせず昼間寝てしまうなんてもったいないことをしたと思いつつ、もっともったいないと思うのは、柿田の添い寝を堪能出来ないことだった。
昼間寝てしまったら夜眠れないのは当然だ。
(断ろうかな)
そう思って時計を見れば、もう午後六時半を回っている。
(無理だよね。今キャンセルなんて。せめて化粧くらいしてお迎えしよう)
(第3話は3月19日配信予定です)