御曹司の契約花嫁 【第二話配信】

第二話

御曹司の契約花嫁~期間限定の結婚ですが、溺愛されています~

著作:沙布らぶ  Illustration:ひなた水色

 

第2話

 

「咲李、そろそろ休憩してきたら? どうせお客さんも来ないし」

「……うん」

一緒に店頭に立つ母が諦めたような笑みを浮かべるのも、胸が痛む。

素材に強いこだわりを持ち、最高級の和三盆糖や国産の原料を使用している菊露の和菓子は、スーパーで売っているものに比べて値段が割高だ。

だが値段が高いといっても、利益はごくわずかだ。原料への強いこだわりと、手軽な値段で質のいい菓子を提供したいという願いから、原料の物価が上がってもギリギリまで値上げはしない。

(前は学校からの依頼もあったけど、最近はそれもない……お父さんたちも、もう諦めてるみたいだし――)

父も母も、一生懸命この店を潰すまいと努力している。

咲李にとっても、この店は大好きだった祖父母の思い出が詰まった場所だ。寡黙な祖父が出来立ての黒糖まんじゅうを食べさせてくれたり、優しい祖母と一緒にお客さんと歓談したり――幼い頃の美しい思い出が溢れるこの店を、なんとか存続させたいと思っている。

だが、現実はかなり厳しい。

大口の顧客は値段が割安なチェーン店の方に流れてしまい、かつて祖母を慕って訪れていた友人たちも皆高齢だ。

(この前の和菓子フェアも失敗だったし、SNSのフォロワーも伸びない……これ以上なにかしても、無駄になるだけなのかな……)

咲李とて、ただ手をこまねいて現状を眺めているわけではない。

不慣れなホームページの更新やSNSでの集客、更に若い世代を取り込もうとあれこれと店頭キャンペーンを打ってみたが、どれも鳴かず飛ばずだ。

それに、そうして若い世代を取り込もうとしたちぐはぐな催しのせいで、数少ない常連客の足も遠のいてしまったような気がする。

やることなすこと、全てが空回りだ。

住居スペースになっている店の二階で食事をとりながら、咲李は深いため息を吐いた。

すると、ちょうど昼休憩に入ってきた父も台所にやってくる。

「おぉ、咲李――お前も休憩だったのか」

「うん。ほら、今の時間お客さん来ないし、お母さん一人でも大丈夫だよ」

それまで曇っていた表情を無理矢理明るくして、咲李は父に笑いかけた。

今年で二十四歳になる咲李は、高校時代からアルバイトとして店に立ち続けていた。大学を卒業してからは実家に就職して、この小さな店を守っていこうと決めていたのだが――最近は店の経営難も相まって、家族の中に流れる空気そのものが重い。

「そうだな……なぁ、咲李。お前は別に、この家を継がなくてもいいんだぞ? まだ若いんだし、色々な仕事だってできるんだから」

お茶の入ったペットボトルを冷蔵庫から取り出して食卓に着いた父は、ふとそんなことを言い始めた。

職人として修業を積んできた父は、何度も咲李に「店を継ぐ必要はない」と言い聞かせてきた。

大学を卒業後、新卒でどこかの会社に就職すればいい。咲李は職人ではないから、どのみちこの店を継ぐのは難しい――そう言っていた父をなんとか説き伏せ、咲李はこの店で働くことを選んだのだ。

「な、なに? お父さん、いきなりどうしたの?」

「お母さんとも話したんだが、そろそろ潮時じゃないかと思ってな。このところ特にお客さんも減ってるし……年齢的にも資金的にも、多少体力があるうちに店を畳んだ方がいいんじゃないかって」

「そんな――で、でも、もしかしたらこれから大口のお客さんも増えるかもしれないし……そうだ、わたしも営業とか、色々やってみるよ」

父の口から出た言葉に、後頭部を殴られたような気分だった。

現実的に、父が言っている言葉は痛いほど理解できる。両親だってもう五十代の半ば――長年自営業として生計を立ててはきたが、負債に対する体力がそれほどあるわけでもない。

それならば、いっそのこと今の段階で店を手放した方がいいのではないか。咲李だって、今ならまだ新しい就職先を見つけることもできるはずだ。

(でも菊露が……おじいちゃんとおばあちゃんが作ったこの店が、なくなってしまうなんて)

自分が追いかけているのはあくまで理想であると、咲李もわかっている。

営業をするにしても、既存の顧客ではなく全く新たな、それでいて相応に大きな規模の取引先を獲得しないと現状を打破するのは難しいだろう。

「本当は、俺も父さんみたいに……最後まで現役の職人でいたかったんだがなぁ」

寂しそうにそうこぼす父の顔を見ることができず、咲李はぐっと唇を噛みしめた。

これ以上業績が悪化する前に――現状が変わらないのなら、年末にでも店を閉めるつもりなのだという。

そんな父の話を聞いてから数日、咲李はどんよりとした気持ちで店に立っていた。

客が来た時には笑ってみせるものの、それでも胸の奥にわだかまるものは晴れてくれない。

このまま業績が回復しなければ、年内にはこの店を畳む――そんな言葉が、頭の中でぐるぐると回っているようだった。

「あ……」

どこかぼんやりとした気持ちで接客に立っていると、店の前に一台の車が止まった。

その運転席から出てきたのは、この店の客層からするとかなり若い、スーツ姿の青年だった。

「いらっしゃいませ!」

自動ドアが開くと同時に頭を下げると、車から降りてきた青年はびくっと肩を跳ねさせた。

「すみません、あの……客じゃないんです。……こちらは、荘野さんのお宅で間違いはありませんか?」

申し訳なさそうに何度か頭を下げながら、その青年は咲李の前に立つ。

グレーがかった細身のスーツがよく似合う、背の高い男性だ。

黒髪はさっくりと整えられて、堅苦しくはないが清潔感はある。外資系企業の会社員、といういで立ちだが、顔立ちはどこか幼さを残していた。

「え、えぇ――荘野ですが……」

「では、こちらに――荘野雪(ゆき)江(え)さんはいらっしゃいますか? 雪江さんに至急の御用があるんですが……」

彼の口から飛び出した言葉に、咲李は目を丸くした。

雪江というのは、八年前に亡くなった祖母の名前だ。今では祖母の知り合いも店を訪れなくなっていたから、その名前が呼ばれるのを聞いたのも久々だった。

「……申し訳ありません、祖母は……荘野雪江は、八年前に他界しております。祖母のお知り合いの方でしょうか?」

ぱっと見たところ、目の前の青年は咲李と同じ年頃だろうか。

交友関係が広い人だったから、これほど若い友人がいたとしても不思議ではない――そう思って尋ねてみると、彼は首をゆっくりと横に振った。

「いえ……その、俺個人というより、俺の祖父が雪江さんにお世話になったようで……」

「おじいさまが……」

祖母が亡くなったことを聞いた青年は、困ったような表情を浮かべて頭を掻いた。

その様子を見て、咲李は何度か目を瞬かせる。もしかして、なにかのっぴきならない事情でもあるのだろうか。

「よかったら、詳しいお話を聞かせてもらえませんか? ここではなんですから……少し歩いたところに、公園がありますので」

不躾を承知でそう聞いてみると、青年はぱっと表情を明るくした。

天の助けとでもいうような表情を浮かべた彼の姿は、その顔に残るあどけなさも相まってどこか母性本能をくすぐってくる。

「いいんですか? その、お店の方は……」

「大丈夫です。この通りお客さんもいませんし――お母さん、いいよね?」

母一人で店が回らなくなるようなことは、奇跡でも起こらない限りはありえないだろう。

ちらりと母の方を見ると、彼女もにっこりと笑ってくれた。

「そうね。なんだか困っていらっしゃるようだし……そうだ、よかったらこちらもどうぞ。甘いものでも食べて、少し落ち着いてくださいな」

そう言うと、母は手近にあったまんじゅうを二つ持たせてくれる。

恐縮そうに頭を下げる青年と一緒に近くの公園に向かい、手近なベンチに座る――すると、彼は咲李に一枚の名刺を差し出してきた。

「名乗りもせずに、いきなりこちらの用件ばかりお尋ねして申し訳ありません。……志津野商事専務取締役、志津野環希と申します」

「こ、これはどうも……ご丁寧に……」

渡された名刺に視線を落とすと、確かにそこには「志津野商事」と記されている。

(こ、ここ……テレビCMで見たことある……)

 

(第三話へ続く)

第三話の配信は2/15予定

 

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