【第四話】
彼はニュースキャスター!~TL小説編集者の私~ 後編
著作:如月一花 illustrator:龍 胡伯
第4話
どちらの言い分が正しいのか理解出来なくなる。
そもそも、作品を良くしたい、その思いは一緒なはずなのにすぐに作品を取り下げるなんて言うのもおかしい。
先程の文面はそんなにきつい内容だったろうか。
それとも、気に障ることを書いたろうか。
「指摘すると作品を取り下げるって言ってゴネるよって、別の出版社の編集さんに教えてもらってるの。それは分かってたけど、こういうのも経験だと思ってね」
(この作家さんの性格を知ってたんだ。とはいえ、私はどうしたら……)
加奈が途方に暮れていると、片桐から肩を叩かれる。
「まあ、向こうの意見を飲んだ形にしましょう。今回の作品出さないとお互いに辛いでしょう? まずは原稿を戻して、赤字の多さを確認してもらって、それからよ」
「あの、それで直るとは思えないのですが」
「仕方ないわよ。見直しが下手なのは本当みたいだし」
加奈は首を傾げる。
「どうしても文字を見落とすんですって。国語も得意じゃなかったんだそうよ」
「はあ……」
片桐が話す内容は、その作家のことを嫌うようでもあった。
もしかすると、業界では厄介者の扱いなのかもしれない。
「じゃあ、私からメール送るから、赤字に集中して。これ以上は諦めるしかないわ」
加奈はふと、片桐と考えの違いがあるような気がした。
それまで仲良くやっていたから、彼女の発する突き放すような言葉に違和感を覚えたのかもしれない。
ただ、メール越しにゴネてきた態度を思うと、片桐の対応も頷ける。
なんだか自分だけが作家の本性に気づけず、取り残されたような気分だった。
もやもやしつつも赤字の作業に戻っていると、高津(たかつ)が開きっぱなしのメールを覗いてくる。
「ああ、これが噂のゴネメール。俺はこういうのはまだないけど、締め切りの交渉とかされた時なんかは、どうしようって思うよ」
「どうしてるんですか?」
「待つしかないからね。ギリギリのちょっと手前で設定して、後は信じるだけ。締め切り破りの常習犯に気をつけて」
「誰ですか?」
「誰というか、ほとんどの作家さんだね」
加奈はポカンと口を開けた。
「あまり酷い人に当たらないことを祈るしかないよ。中にはものすごい早さで原稿上げてくる人もいるけど、見直しが大変だったり。完璧って人は珍しいね」
加奈は思わず小さく頷いた。
まだ慣れていないとはいえ、あまりに加奈は何も知らないと実感する。
それというのも仕事中に誰かがそうした対応をめぐって意見を仰ぐのを聞いたことがないからだ。
つまり、他の人は自分で何とかしていて、加奈だけがそれを出来ていない。
(正直、まだ疎外感あるんだよね)
加奈は肩を落としながらも、どうにか原稿に視線を戻す。
真っ赤になった原稿を見て、クラクラした。
(これをパソコンに打ち直して、それだけでも大変なのよね。でも、プリントアウトしないと分からないこともあるし)
加奈はどッと疲れが出てくる。
肩を回して腕を回し、首を動かした。
しかし、全く気持ちが晴れた気がしない。
「休憩少し行ってきます」
「行ってらっしゃい。さっきのことだけど、問題ないそうよ。怒ってないから続けて」
「すみません。ありがとうございます」
加奈は頭を下げながら、隅に隠れたくなった。
ほんの僅かなことで、うまく回っていた歯車が回らなくなりそうだった。
しかも、片桐も少しくらいアドバイスしてくれればいいのに、加奈に丸投げしているようにも思える。
あまり深く考えたくはないが、加奈を思いやるフリをしているのではないか、そんなことすら頭をよぎった。
他の編集者だって似たような経験をしていると聞いたが、まずは加奈に成功体験をさせたいとは思わないのだろうか。
(はあ、結局、この部署の人たちって黙ってるから何考えてるか分からないのよ)
加奈は休憩室に着くと、コーヒーを買って椅子に座って飲み始めた。
外に出て美味しいカフェのコーヒーを飲みたいところだが、あんなことがあった直後に一人外に出てカフェにぶらり、なんて出来そうにない。
加奈は機械が淹れたブラックコーヒーを見て、ため息を吐いた。
(南(みなみ)さん、どうしてるかな。綺麗な島とか旅館とか行きたいな)
加奈はぼんやり遠くを見つめながら考えてしまう。
旅行雑誌の良いところは、大変ではあるのだが、企画さえ通れば自分の行きたい場所に行けることだ。そして楽しく新しい発見があるので、刺激も常にあった。
今の職場は、作家のご機嫌うかがいをし、原稿をチェックし、売り上げに繋がりそうな本を読み、とひたすらデスクに座っているだけなので、自分のモチベーションを維持するのも大変だった。
今回担当した作家がもしも大きな売り上げを出してくれたら、加奈だって嬉しい。
でも、それまでに様々な我慢をしつつ、その中で原稿を完璧にしないといけないことに、神経をすり減らしていた。
他の編集者は慣れていて、加奈だけが慣れていないのも辛い。
コーヒーを飲みながら、加奈は空中を見つめた。
(この部署って何もかもぬるい感じなのよね)
加奈は思わず考えてしまう。
自分が新人だから、単純に部署の空気になじんでいないのもある。
成果が出ていないから焦っているのもあるだろう。
それにしたって、今の部署は色々と緩いのだ。
「もう少し、作家さんとの関係を密接にするとか、締め切り守ることを厳しくするとか出来ないのかな。少なくとも、印刷所に入稿する時は余裕を持ってやりたいし」
加奈はうーんと頭を悩ませる。
以前の新刊本の発売の時、イラストレーターが締め切りを大幅に遅れて納品してきたのだ。
仕上がりは申し分なく、片桐も分かってお願いしたから問題ないと言っていたが、加奈からすれば、心臓が飛び上がる思いだった。
パソコン前に加奈が待機して、ひたすらデータが届くのを待つ。
結局、早朝ギリギリに入稿して、加奈は寝ないで待っていたこともあって翌日は半休を貰って休んだのだ。
みんなは慣れている、と言っていたが、加奈はあの時ほどTL小説部門の人たちの懐の深さを感じたことはない。
そして翌日に出社すると、そのイラストレーターにまた頼んでいる。
どうやら、締め切りよりも絵の出来栄えを重視しているようで、自分たちがすり減ることなどお構いなし、というみたいだった。
(それで良いのかな。だって、片桐さん、家族いるのに家に帰らなかったし)
子供は親に預けて、徹夜をして、他の同僚も校了作業に追われて帰れなかった。
そして翌日は普通に出勤。
加奈だけが使い物にならなかったのだ。
(第五話へ続く)
第五話の配信は2/21予定