恋沼~エリート幼馴染みとの恋人ごっこ~【第二話】

第二話

著作 有允ひろみ  Illustration きらた

第2話

 

「別にそうじゃないけど、実際傷ついてるじゃないか」

「確かに。……あ、そう言えば、この間職場の近くで元カレ夫婦を見たんだよね」

「元カレ夫婦――って事は、最初に付き合った妻子持ちか」

「そう。だけど、隣にいた女の人、奥さんじゃなかったんだよね」

「は? また浮気か? もしくは離婚して新しいパートナーと再出発したのかもな。そのほうが奥さんも救われるだろうし、あの男の浮気癖は一生治らないと思う」

「そうだね。……その節は、お世話になりました」

志穂は健太に向かって軽く頭を下げ、肩をすくめた。

件の元カレと付き合っている時、当然志穂は彼が妻帯者だとは知らなかった。しかし、ある日元カレの妻が突然志穂のスマートフォンに連絡を寄越し、尻軽の不倫女と罵倒し慰謝料を要求してきたのだ。

寝耳に水の志穂は、状況を理解するなり真っ先に健太に相談した。

当時すでに弁護士として活躍していた彼は、志穂も被害者であるとして妻からの請求を退け、逆に元カレ側から慰謝料を受け取れるように話を進めてくれたのだ。

「知らなかったとはいえ、親や女友達にも本当の事を言えなくって……。あの時は辛かったなぁ。だけど、健太がいてくれたから何とか乗り越えられたんだよね」

話し合いの最中、元カレは卑劣にもすべての罪を志穂になすりつけようとしてきた。そんな事をされた志穂はさらに傷ついたが、誰よりもそばにいて寄り添ってくれたのが健太だった。

「そんな事があったのに、また同じようなのに引っかかっちゃうとか……。私、もうまともな恋愛ができる気がしない……実際、もう二年も誰かと出会う気配すらないし。あ~あ……あと一年とちょっとで三十路だっていうのに……。私、もしかしてこのまま枯れちゃうのかなぁ?」

志穂がテーブルの上に頬杖をついていると、健太が料理を取り分けた皿を目の前に置いてくれた。

「なんだ、今夜はずいぶん悲観的だな。ほら、志穂の好きなスモークチーズとアボカドのサラダ。これを食べて元気出せよ。明日は休みだし、愚痴りたいなら朝まで付き合ってやってもいいぞ」

「ほんとに?」

「もちろん、本当だ」

健太の言うとおり、今日の志穂はいつもよりだいぶ悲観的だった。それというのも、今年度新卒で入社した年下の同僚が本日付けで寿退社したからだ。

結婚自体は喜ばしいし、何の問題もない。しかし、どうしても先を越されたと感じてしまうし、つい先日仲のいい同期社員の結婚式に出たばかりだった。

「人と比べちゃいけないってわかってるんだけど……。また今年も彼氏なしの誕生日を迎えるのかと思うと、ついつい侘しくなっちゃうんだよね~」

志穂は盛大にため息をつき、続けざまにカクテルを飲んだ。

「そういえばもうじき誕生日だったな」

「うん、再来週の土曜日。あ~あ……また一歩三十路に近づくんだよね……。もはやめでたくもなんともないし、誰にも気づかれないまま過ぎちゃえばいいと思ってる」

「それはそれで侘しいだろ? 俺でよければ、ディナーくらいおごってやるぞ」

健太が志穂の口元にフォークで刺したアボカドを近づける。

「えっ……でも最近は休みの日も忙しいって言ってたよね? それなのに私に付き合っている暇なんてあるの?」

「なかったら、言わないだろ。去年の誕生日だって、志穂が見栄を張って嘘なんかつかなければ俺が付き合ってやったのに」

「あ……そうでした。すみません」

去年の今頃、志穂は今と同じように健太と待ち合わせをして街をぶらついていた。その時、話ついでに誕生日の予定を聞かれ、つい新しく出会いがあったふりをしてしまったのだ。

「だって、あの時、ちょうど健太に電話がかかってきたでしょ。やけに親しそうだったし、話してる内容からして、てっきり恋人ができてデートの約束でもしてるんだと思ったから……」

「だから、あれはただのクライアントの女性だって言ったろ? 親しそうにしてたのは、前から事務所に出入りしている業者さんだったからだ。だいたい、恋人がいるとしたら、いくら幼馴染でも一緒に誕生日を祝おうなんて言わないよ」

「ですよね~」

差し出されたアボカドを口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。

「ほら、どうする?」

返答を促され、志穂は口の中のものをごくりと飲み込んで居住まいを正した。

「じゃあ、お言葉に甘えて奢られちゃおうかな」

「わかった。とびきり美味しい和食料理が食べられるところを知ってるから、そこに予約をいれておくよ」

付き合いが長いという事もあり、昔からの約束でイベント時に特別なプレゼントのやり取りはしないと決めている。そのため、毎年の誕生日はたいてい祝いのメッセージを送り合うだけになっていた。

「ありがとう。……それにしても、健太ってつくづく変わったよね。昔は私より背が低くて弱々しかったのに、今じゃ威風堂々としたハイスペックイケメンだもの」

子供の頃の健太は痩せていたし、かなりの泣き虫だった。

志穂はそんな彼をいつも庇う立場だったし、健太をいじめるやつに対しては容赦なくケリを入れ二度と手出しはしないと約束させたものだ。

「泣き虫だった健太が、今じゃ飛ぶ鳥を落とす勢いのエリート弁護士か~」

「大袈裟だな。別に普通の弁護士だ」

「この間実家に帰った時に健太のお父さんが言ってたわよ。『健太のおかげで優良なクライアントが増えた』って」

「それは、俺だけじゃなくて事務所全体の功績だ。それはそうと、昔の俺はよく苛められて、志穂に守られてばかりだったよな。前にも言ったけど、ほんと感謝してるよ。志穂がそばにいてくれたおかげで、今の俺があるといっても過言じゃない」

「大袈裟なのは健太のほうだよ。私はただ、健太がいじめられるのを黙って見ていられなかっただけ」

「それでも感謝してる。志穂がそばにいてくれて本当によかった」

真剣な顔で見つめられ、志穂は少なからずタジタジとなった。

きりりとした眉に整った目鼻立ち。昔から見慣れているとはいえ、近くで見るとつくづく男前だ。激務だと聞いているのに思いのほか肌の色艶はいいし、このままファッション雑誌の表紙を飾れそうなくらい完璧な容姿だ。

「そういう健太はどうなのよ。私と一緒で、もう二年近く恋人いないって言ってたよね」

「そうだけど、俺は別に焦って見つけるつもりはないから」

「ふぅん……。まぁ、私と違って、健太はモテるもんね」

彼の身長は優に百八十センチを超えており、立っているだけで人目を引くほどスタイルがいい。

十点中七点の容姿をした志穂に対して、健太は十点満点――いや、それ以上の男だ。その上、弁護士で家柄も性格もいいのだから、モテないわけがなかった。

もしかすると、自分が知らないだけで、もうとっくに彼女がいるのではないだろうか?

そんな事を考えながら健太の横顔を眺めていると、彼が通りすがりのフロアレディに声をかけ、二人分の飲み物をオーダーした。

いつもの事ながら、健太は志穂が何も言わなくても好みの品をベストなタイミングでオーダーしてくれる。

スマートで気遣いのできる健太は、いつだってもてなし上手だ。

そんな彼といる時の志穂は、まったく気を張らずに、ゆったりとした時間を楽しむ事ができるのだった。

「健太って、本当にいい男だよね。彼女じゃなくても、彼女っぽいのなら何人かいるんじゃないの?」

「彼女っぽいのってなんだよ。そんなのいないって」

「なんでいないのよ。健太なら引く手あまたでしょ」

「俺にも選ぶ権利くらいあるぞ」

「なによ、偉そうに~。もしかして選り好みしてる? もしくは、その気になればすぐにでも相手は見つかるけど、今はなんとなく面倒だ――そんな感じ?」

「さあ、どうだろうな」

「お待たせいたしました」

オーダーの品を持って来たフロアレディが、二人分のグラスをカウンターテーブルの上に置いた。何気なく彼女の顔を見ると、健太を見てにっこりと微笑みを浮かべている。

健太にロンググラスを手渡され、志穂は彼と杯を合わせた。

「まあ、それだけイケメンなら彼女いなくても余裕だよね。その上、気配り上手で優しくて真面目で」

「俺より志穂のほうが優しくて真面目だろ」

「私は別に……。ね、さっきオーダーを受けてくれた人、美人だったね。彼女、ずっと健太のほうばっかり見てたよ」

「へえ、気がつかなかったな」

「そうなの? かなり綺麗な人だったのに」

「志穂だって美人だし綺麗だ。少なくとも、俺はそう思ってるよ」

サラリとそんな事を言われ、思わず頬が火照った。

「じょ……冗談言って……。そんなふうに無理に持ち上げてくれなくてもいいわよ」

「冗談とかじゃなくて、本気でそう思ってるよ。性格もいいし、俺が知っている女性の中じゃ志穂が一番いい女だ」

そう言い終えると、健太がグラスを傾けてカクテルを飲む。窓の外の夜景をバックに、彼の横顔が際立って見える。

(健太……かっこいいのは十分すぎるほど知ってたけど、今夜は特別かっこいいな。それに、なんだかいつもとは違う感じがする……)

志穂はグラスに口をつけながら、上下する彼の喉元に見入った。実際、これほどの男性と親しく付き合えている自分は、かなりラッキーなのだと思う。

そんな事を考えつつカクテルを飲んだ。さほどアルコール度数は高くないのに、今夜はやけに頬が熱くなっている。

話している間に慢性化しているさみしさが募ったのか、今まで考えもしなかったような事を思いついた。

「どうした? 急に黙り込んで」

「うん……ねえ、健太……」

「なんだ?」

「二人とも恋人いない歴二年だし、当面はフリーだよね。だけど、いつまでも一人だと、恋愛の仕方を忘れちゃいそうじゃない?」

「そうかもしれないな」

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