カタブツ年下公爵は引きこもり淑女を溺愛する【第一話】

第一話

著作 ひなた翠  Illustration 龍 胡伯

 

第1話

序章

 

体温が心地よくて、ソフィアは離れられずにいた。

彼が何度か離れようとするたび、ぎゅっと腕に力を入れて「まだ駄目」とすり寄せる。

仕方がないとばかりに抱きしめ返してくれる彼にずっと甘えていたいのと、これから始まる睦事への緊張のせいで離れられないのかもしれない。

窓から差す月明かりが雲間に隠れると、ベッドサイドの燭台の火が細く揺れた。

あれから、どれくらいの時が過ぎたのだろうか。

「ソフィア、ごめん。その、君が満足するまで抱きしめていたいんだけど」

夜更けの静けさに耳を傾け、少しずつ速くなる愛しの心音に微笑む。

ただ、これだけでいい。いいはずだけど。

不意に、熱を帯びた声で彼が――ルーカスが耳元で囁いた。

フォルスト公爵ルーカス・ターナー。

若くして国の軍事統括を担う、王太子のいとこに当たる人物だ。本来ならこうして触れることも、愛し合うこともなかった。そんな彼が、申し訳なさそうにゆっくりと抱きしめる手を解き、熱い視線を注いでくる。

「我慢しようとしたんだ。身体のラインがわかる夜着姿のソフィアがどんなに魅力的でも、欲望に突っ走るような行為は順を追ってやるべきであって……だから、不安そうに座って待ってた君が安心してからって……心に言い聞かせていたのに」

耳まで真っ赤にして欲に抗う彼は、距離を空けて座り直す。

落ち着きない仕草を繰り返し、言い訳のような言葉を述べるルーカスの瞳は、少しでも逃げる姿勢を取れば途端に襲われる――獲物を狙う肉食獣に似ていた。

「ルーカス様?」

「ちょ……っと、今は、触らないで、ほしいんだ」

肩に触れようとするソフィアの手をかわして立ち上がると、ルーカスは室内を回りだした。

「ソフィアにとって初めての夜だ……いや、もちろん、俺にとっても初めての夜で。嫌な思いや怖い思いはさせたくない。最初が肝心だろ? だから……今、落ち着くから、ちょっと待っててほしい」

独り言なのか、ソフィアに話しているのかわからない話しぶりで、ブツブツと呟いている。

大丈夫と何度も声にはせず、口だけを動かして深呼吸を繰り返すその姿は、先の欲に呑まれかけていた時とは別人のようだった。

(可愛い)

夜伽のことを考えるだけで緊張に身体が震えていたが、ルーカスも同じように……いや、この分だと自分以上に気を使い、気持ちに余裕がなくなっているのだろう。

「ルーカス様」

「待って、すぐだから。落ち着いたら、また抱きしめられるんだ」

「もう……、ルーカス様っ!」

ソフィアはベッドから降りると、歩き続けるルーカスの前に立ちはだかった。両頬をパチンと音を鳴らして叩いたあと、優しく包み込む。

「ソフィア?」

ここは年上である自分が事を収めるべきでは、などと湧いてくる責任感で、まるで迷子の子犬のようになったルーカスをソフィアは正そうとする。本当に十代かと思うくらい大人びている普段の彼に戻すために、まずは妻である自分がしっかりしなくては。

上目づかいできょとんとするルーカスを見つめ、ソフィアは息を飲んだ。

「私たちは今日、夫婦になりました。ルーカス様は私の夫です。今夜は夫婦になった暁に、しなくてはいけない行為があります。大丈夫です。私はルーカス様となら嫌だと思わないし、怖いとも感じません。だからどうか……我慢しないでください」

「ガチガチに緊張してたじゃないか」

「ええ。緊張しております。ルーカス様に嫌われないように、完璧に妻としての役割をこなさなければいけないって……失敗は絶対にしては駄目だと思うと心臓がおかしくなりそうなほど早くなります」

「俺たち、まるで一緒だな」

「ええ、そうですね」

フッと笑みを零したルーカスが、全身の力を抜いた。

コツンと互いの額をぶつけ合い、どちらからともなくクスクスと笑う。

「我慢しなくていい?」

「はい。我慢しないでください」

「じゃあ、まずはソフィアとキスがしたい」

ルーカスの頬を包むソフィアの手が、さらに温かい手に包まれる。ゆっくりと頬から手を剥がすように離されると、彼の唇が近づいた。触れるだけの口づけを交わし、瞼を閉じる。一回だけでなく、何度も啄むように繰り返し、熱を合わせた。

(もっとほしい)

彼の温もりを感じたい。

ソフィアはルーカスと手をつないだまま、距離を詰めようと一歩前に出る。

「ソフィア、唇……開けて」

「……ん、ふっ、ん」

手を繋いでいない彼の反対の手がグッと腰を掴んでくると、薄く開いた唇から温かいものが入り込んできた。

熱い舌がソフィアの口腔を探るように掻き回す。ゆっくりと、着実に、奥に逃げ込んだソフィアの舌を追い詰め、蹂躙するかのようにルーカスは絡み合わせてきた。

(身体がどんどんと熱くなっていく)

夏の暑さで感じる熱とは違う。風邪の時とも違う。

身体の芯から湧き上がる熱によって、肌がより敏感になる。

「ソフィア、ベッドに行こう」

名残惜しそうに水糸を引きながら、互いの唇をゆっくりと離した。

ルーカスに誘われ、ソフィアは「はい」と小さく答えると、手を繋いでベッドへと向かう。

枕を背中に入れてベッドに座ると、四つん這いになって覆い被さるルーカスと甘いキスの続きが始まった。

ちゅ、ちゅくと水音が鳴り響く。

キスがこんなに甘いものだなんて知らなかった。

緩やかに蕩かされていく身体は肩を撫でるルーカスの指先にも過剰に反応してしまう。くすぐったくて身を捩ると、指は鎖骨をなぞって下降し、薄い布越しに膨らみの山を登っていく。

「んっ、あっ!」

頂上に辿り着いた記念とばかりに、すっかり突起した乳首を指先で弾かれる。一瞬、電気のようなものが身体に走り、声があがる。

自分のものとは思えない甘ったるい声に、恥ずかしさで顔が紅潮した。

「ごめんなさい……声が……」

「謝らないで。可愛い声だよ」

「でもこんな声……ひゃっ、んっ、あっ……やめて、そこばっかり」

夜着を着ててもわかるくらい押し上げる尖端を、ルーカスは指で抓んだり、弾いたりする。楽しそうにいじくり回すその姿は無邪気な子どものようで、容赦のなさは身体の芯を熱くする。

「だ、めぇ……やっ、ん、ああ。くすぐったいの」

「くすぐったいだけ?」

頭を振るソフィアは悪戯好きな指をなんとか押しのけようとするが、止められない。

「んんぅ、ゾクゾクして……おかしくなりそう。あっん、やっ、お腹の奥も……」

(熱い気がするの)

初めて味わう感覚にどう表現していいかわからないソフィアは、今の自分にぴったり合うワードを探す。しかし頭が思うように働かない。

いつもならいくつかの単語がぱっと浮かんでくるのに、今は薄霧がかかったように単語の一つも見えてこない。

考える力が格段に落ちている。ルーカスに触られている箇所に意識が集中してしまう。

「ソフィア、お腹の奥がどうしたの?」

「あっ! んぅ……適当な言葉が見つけられないのぉ、あっん、んぅ、奥がくすぐったいような、熱いような……なんと表現したらいいのか」

きゅっと胸の先端を摘まみ、嬉しそうに微笑みながら問いかけるルーカスに、内から寄せる波にビクッと身体を震わせ、ソフィアは首を横に振った。

(わからない)

ジンジンしている。

胸を弄られるたび、足が勝手に動いてじっとしていられない。

「ねえ、ルーカス様。私はどうなってしまうのでしょうか?」

「怖い?」

「怖くはないです。ただ……くすぐったいのに、それとはまた違う感覚で……嫌じゃないのに、思わず身体が動いてしまう自分がわからなくて」

「慣れてくると、それが『快感』に繋がってくると思う。俺も確信は持てないけど」

自信なさげに眉尻を下げながら、ルーカスが答えてくれる。

(そうよね。ルーカス様は男性だもの。女性の感じ方はわからないわよね)

奇妙な感覚はきっと今だけ。慣れてくれば、じきにわかることだろう。

「ソフィアの肌にもっと触りたい。服、脱がせてもいい?」

「……はい。恥ずかしいので燭台の明かりを消してもいいですか?」

「嫌だ」

「え? ルーカス様?」

「ソフィアの身体を見たいから、消さないよ」

「恥ずかしい、です」

脱がそうとするルーカスの腕を掴んで、ソフィアは頬を赤く染めた。

誰かに見せられる体つきじゃないのは自分が一番わかっている。暗い室内ならまだ隠しようがあるのに、それを拒まれてしまうなんて。

ベッドサイドの燭台へと視線を送るが、すぐに「駄目だよ」と囁かれる。

関連記事一覧
Related Post