異世界で就職したら、花嫁として溺愛されました!?
著作 みなせ遊砂 Illustration 蘭 蒼史
第4話
えっ? という言葉をエヴァンジェリンは寸での所で押しとどめた。
こいつ、いや彼が城主のレイフ・カートライトその人?
(こいつはわたしが誰か知らないで対応してた……まさか、城内に花嫁がいたのを知らずにいたってわけじゃないでしょうね?)
「エヴァンジェリン・バニスター……こう見えて、貴方に嫁いできた女ですけど!」
落ち着いて言おうとしたのに、語尾が急激に上がってしまった。この七日間はいったい何だったのだ?
「ああ」とレイフは藍色の目で、じっとエヴァンジェリンを見つめた。
「客人が来ているというのは聞いていたが、まさか花嫁だとは知らなかった。客人ならゆっくり過ごしてもらっていればそれでいいと思っていたし」
何このゆっくりした人?
「客人であろうと、待たせっぱなしで七日以上もほったらかしなんて、ありえないでしょう! 普通用事があって訪問しているんでしょうに!」
「それは考え至らなかったな。皆、この山奥の城に興味があってのことかと思って、どうぞゆっくりご覧ください、という気持ちだった」
呆れた男だ。
城でレイフを待っていた花嫁候補は、城主が竜を飼っていることなど、知ることもなく王都へ帰っていったのだろう。
ただただ城主を待ち続ける七日間を過ごして、イライラに耐え切れず、それぞれの実家に帰ったに違いない。
改めてレイフを見た。長身でがっしりしていて、髪の色も目の色も美しい。
カートライト家は伯爵。子爵令嬢からすればこれは玉の輿……。
いや、玉の輿にしてはどうなのだ。
城の内装はぼろぼろで、人も家令のじいさんと会計をやっているらしいミズ・クリスティ、エヴァンジェリン付のメイドであるフィオナ、飯炊き女のアンナ、掃除婦のボニー。
一城に仕える人数としてはあまりにも少なすぎやしないか?
「わたし。あなたと結婚する感じ?」
突拍子もない質問だと、自分でも思った。
レイフはきょとんと目を見開いて、「そうらしいね」と返してきた。
(『そうらしいね』ですって?)
「ねぇ、もしかして、何人も花嫁候補がこの地を訪ねてきたのは知らない?」
「それは知っている」
「じゃあどうして迎えに城へ行かないの!」
いや、だって、と背後の湖を振り返る。
「竜たちの世話があるから。用事があるなら、向こうから来るだろうと思ってたしさ。ああ、ちょうどエヴァンジェリンみたいに」
「馬鹿なの? 令嬢は普通、こんなきったない所に自分から足を運ばないものよ」
へぇ? とレイフは薄笑いを浮かべた。
「じゃあ、エヴァンジェリンは『普通の令嬢』じゃないってことなんだ。いったいどういう令嬢?」
「うるっさいわね! おいおいわかるわよ」
「さっきの結婚するのか、という問いについてはYES。俺はエヴァンジェリンを気に入った。名前は長いからジェリィでいいかな」
「わたしがあんたを気に入ったかどうかは?」
レイフが、は? と雑な聞き返しをしてきた。
「ジェリィは結婚するつもりでここに来たんだから、城に到着した時点で選択肢はなし。あと――」
「なによ」
「俺のことは『あんた』じゃなくて『旦那さま』または『レイフ』で呼ぶように」
フーンと鼻に息が通って変な音が鳴った。
「花嫁はご不満?」
「名前で呼んでもいいだなんて、変な貴族ね。物語の王子さまってなんていうかもっと堅苦しい感じの……」
「物語の王子さまって何? その年で絵本が好きなの? それ以前に僕は領主であって王子さまではないからねぇ」
「年は関係ないでしょ!」
真っ赤になって言うジェリィにレイフは子供のように笑い声をあげて「わかった、わかった」と言った。二回言うところが頭にきたけど、それ以上は黙った。
これを機会に別に言っておくことがある。
「レイフは、山奥の城でゆっくりしてもらって……なんて言ってたけど、自分の城見たことあるの?」
「そりゃもちろん城主だから、たまには帰っているよ?」
ジェリィはぐっと距離を詰めて、レイフの胸を人差し指で突いた。
「じゃあ! あのお化け屋敷みたいな城と荒野かと思うような庭と、そもそも城までの道が道ならぬ道だってこともご存じなの? そんなところで客人がゆっくりできるとでも思っているの?」
「なるほど。じゃあ、たった今女城主になった君にまかせよう」
面倒くさがりだな、とジェリィはじろりとレイフを見た。
レイフは降参と言わんばかりに小さく両手を上げて見せた。悪戯っ子の笑みだ。
(こんな顔は少し可愛いなぁ……じゃなくて!)
「城を改装して、仕える人数を増やしてちょうだい。あと、城の前のスペースも花壇を作って、ちゃんと『庭園』に見えるようにして。レイフはこの城の裏側しか知らないかもしれないけど、ここと大して変わらないぐらい汚いんだからね!」
「へーえ。ここと同じぐらい」
「……ちょっとそこは大げさに言いました、すみません」
レイフは「ま、ジェリィが嫌なら、早速人を用意して改装させよう」と他人事のように返してくる。
「あとなんかある?」
「そうね、毎日帰ってくること。あの城、とにかく暇なのよ」
OKと軽く返してくる。
(簡単に帰ってくる約束してくれるけど、本当でしょうね?)
少々納得いかないまま、ジェリィは「それならいいのよ」と頷いた。
「じゃあ、ちょっとあれに乗ってもらうか」
あれ、とは。
ジェリィは固まった。
まさか、ワイバーン?
黙っていたレイフが今度はじっとジェリィの姿を見た。
ぼさぼさになった金色の髪、泥だらけの手で触れられた首、特にふんわりとした胸、細い腰。腰にはドロワーズを穿いていて、その中にウェディングドレスのスカート部分がこれでもかというほど、無理矢理突っ込んである。
足元はフィオナが用意してくれた麻の靴を履いているが、もうボロボロになっていて、ほぼ裸足だ。
レイフはゴム製の長靴を用意すると、ジェリィの泥だらけの足にキスし、そっと履かせた。
「うわっ、何すんのよ、えっち! 変態!」
「お好きに。ドレス姿でワイバーンに乗るのは、アウトかな。鱗に引っかかって危ないけど、まぁ百歩譲ってドロワーズなら……って、知ってる? ドロワーズって下着だよ? 足は見せちゃいけない女性の嗜みというもので──」
「そんな御託はいいわよ。だいたいレイフが城に戻らないから、こういう格好になってんのよ! ていうか、その飛竜にわたしを乗せることになっているけど、それはどうしてなのかしら!」
「変な令嬢だなぁ。その辺り、ほんと詳しく聞いてみたいんだけど」
と、文句ばかりのジェリィの頭に兜を載せ、鎖の鎧を着せるレイフは、自らも同じ格好をした。
戦場に行くのでもないのに、なぜこんな格好をしなければならないのか。