誰にこのようなこと、教わった――?
「そ、れは……はぁっ、んぅう!」
問われる言葉ひとつひとつに答えを出す前に、充血した花弁は蜜を散らす。
星空が見つめる山稜の一角。
ひっそりと佇む屋敷を背にした庭園の隅で、小高い木々から淫猥な声が再び漏れた。
弓なりになる背に合わせて、金の弧を描く長髪は星空の下で艶やかに踊る。まるで男を誘うようにその豊かな乳房まで震わせると、夜気に晒された乳頭がぷっくりと勃ち上がった。
「ここは俺を誘うのに、どうして君は俺を嫌うのだろうな。不思議でしょうがない」
「そん、な……のっ、決まっ……あぁ、んぅっ!」
すかさず乳首にかぶりつく男に、アネモネは漏れる声を我慢できなかった。
敷き布の上に脱ぎ捨てられた下着を足下に、彼女は快楽に首を振る。
「やめ、あ……んっ、やぁ……っ!」
「嫌がるわりにはいい反応じゃないか」
筋肉質な腕に抱かれた身体は赤熱した鉄のように熱い。意識すらも少し遠退きかかっている。なのに、ぼんやりとした意識の中で唯一、とどまることを知らない悦楽だけは鮮明な色を保ち続けていた。
花弁の内輪を撫でられるだけで、全身の力が入らなくなる。駆け抜ける快楽は、人間の本能を、雌本来の意識を呼び覚ますように、己を抱く男に腕を絡めてしまう。
嫌だった。叫びたかった。でも、口を開けば自分のものではない淫らな声が上がる。身体が求めているのはこれだと、頬は恍惚に緩み、腕はついに彼の背を掻き抱いていた。
理解しているとも。
理性は欲せずとも、身体(わたし)が彼を求めてやまないことなんて。
「指は飽きただろう? そろそろ我慢の限界だ。アネモネ」
そう言って下衣越しに裸の腹に当ててくるそれに、下腹部が疼いてしまう。疑問はもう抱きようもない。毎回のようにされていれば、身体は自然と覚えてしまった。アネモネは手繰り寄せるように張り詰めた下衣の中心を指先で擦って、声を漏らす男を見上げた。
「そんなもの欲しそうな顔をするな。滾(たぎ)ってしまうだろう」
「え……私、そんな顔……んむっ」
顎を掬(すく)われ、否定は荒っぽい口づけに塞がれる。
(もうダメ……私……私は……っ)
口蓋を蹂躙し、熱っぽい息と共に舌を吸われると、アネモネに残る理性の欠片は砂となって風に流された。
「さあ、足を開いてくれ。俺によく見えるように」
妖しい光が灯る空色の瞳が、愉悦に歪む。
今の彼に何を言おうと、聞き届けてくれることはないだろう。
彼はアネモネが知るバート・クロ侯爵ではなくなっているのだから。
月光に浮かぶ黒髪、筋の通った高い鼻梁。見た目は同じでも、薄い唇から漏れる吐息はまるで媚香のように思考を惑わせ、正否の感覚を鈍らせる。
「大丈夫。誰も見ていない。お前の声を聞いて伺いに来る侍従も、すでに夢の中さ」
蠱惑的な囁きに導かれるように木の幹に片手を突き、アネモネはドレスの裾を巻き上げ、丸出しの臀部をバートに向けた。抵抗はある。しかし、彼も、自分でさえも快楽の虜になっている。
小さな理性の抵抗になど構っていられない。
羞恥に顔を背け、しとどに濡れた繁みの奥、涎を垂らす蜜口を指で広げて彼女は言った。
「これで……い、いいです……か?」
「ああ、おねだりもちゃんとして偉いじゃないか」
「お、おねだりなんて……これ、はぁ、あぁん!?」
いつもさせられていた癖で、ついうっかりとしてしまった。
耳まで真っ赤にしたアネモネは、急いで淫らな下唇を広げる指を離すと、入れ替わるようにして侵入する異物に背を仰け反らせていた。
「な……な、にぃ……っ?」
「聞かなくともわかるだろう?」
「あっ、ん……やっ……動、かない、でぇ……んぅぅうっ!」
ミチミチと音を立ててもおかしくない太さと、硬度を持った熱塊。
普段と同じ要領で、腰を掴む大きな手に無理矢理に引き寄せられ、挿送がはじまる。
(繋がってる……私、バートさま、と……また)
振り乱す金糸の髪を汗に濡らし、アネモネは押し殺せない声を咥えた指で塞ぐ。
「やはりお前のここは具合がいい。俺たちは相性がいいのかもしれない」
身体の相性がいいのは否めない。
それはアネモネでさえ感じてしまっていることだ。けれども、耳元で囁く淫靡な吐息を打ち消すように、突き上げる快感にアネモネは首を振る。
(これは、バートさまを正気に戻すための行為なのだから――)
だから、気持ちよくなっていいはずがない。
彼はアネモネに魅了されている(・・・・・・・・・・・・)。不慮の事故でなく、純粋な恋からでもなく。
故意的に魅了されてしまっている(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。
ゆえにこの行為は子作りでも、愛からするものでもない。娼婦が金を貰い、男が性欲を発散する事務的な行為と大差ないのだ。
性欲を発散させれば、白精を搾り取ってしまえば――彼は正気に戻る。
今よりは、まだ話の通じる素面の侯爵さまに。
(だから、感じちゃいけない。私がバートさまを感じさせないといけないのに――)
しかし、アネモネの瞳は彼と同様に妖しい光を湛えていた。
「ぁ……んっ、ぅあっ……!」
「声を抑えるな。もっと鳴いて俺を楽しませろ」
口を塞ぐ片手を取られ、木の幹に突いた腕さえ引かれ、アネモネは葉を揺らす木々を見上げる格好となった。
「だめ……バートさ、まぁ……それ、深ぃ……っ!」
「ここがいいのか?」
声を塞ぐこともできず、爪先立ちにされ踏ん張ることもできず、突き上げられるたびに飛びそうになる意識を、歯を食いしばって耐える。
「おお、締まるな……あながち嘘でもないようだ」
「んぅっ……あぁあっ!」
ぞわぞわと背筋を駆け上がってくる快感に、もう何度達したかわからない。
小さな波は幾度も思考を真っ白に染める。それは何もかもどうでもよくなるぐらい気持ちがよかった。しかしそれ以上の快感が近くまで迫っている。恍惚に頬が緩んでしまう。
「締まった次は自ら腰を動かすのか? 貪欲な奴だ」
「だ、だって……ぇっ」
羞恥する間もなく、腰が揺れてしまう。自ら大波に漕ぎ出すように、アネモネは深緑に遮られた星空を仰ぎ、彼のものを締め上げた。
「バートさまのせ、い……です……っぅ!」
「どうかな。お前の性(さが)に違いあるまい」
「ち、違……、んぅっ、ああっ!」
荒げる息を継ぐようにバートに顎を掬われ、唇を吸われた。
腕を離してアネモネの胴を片手に抱える彼は、そうしてぴったりと肌を重ねる。
(バートさまの体温……熱いのに)
心地よさを感じている自分がいる。
汗ばんだ上衣の感触は、彼が自分に夢中になってくれている証拠なのだろう。まだ春先、夜は冷える日が多いというのに、彼は夏の太陽よりも焦がれる熱を孕んでいた。
「あっ、いぃ……やっ、あぁん!」
さらに深く繋がる体位になったことで、打ちつける速度が変わる。
激しくなる挿送に、ただアネモネは快楽に夢中になるしかなかった。
「も、もう……私っ……!」
「ああ、俺ももうすぐだ……!」
もうすぐ来てしまう。
待ち望んでいた大波は、遠くに見据えていたものよりも随分と大きかった。こんなもの感じたことはない。誰かに聞かれているかもしれないという羞恥に快感が増していたのだろうか。いや、すぐに周囲のことなど忘れていた。今思い出したぐらいだというのに。
「いくぞ、アネモネ……!」
「あ、あぁっ……ば、バート……さま、ん、んぅっ、あぁっ!!」
一際深く突きさされて、アネモネは星空を仰ぎ見た。
どくっ、と粘性のある熱が蜜洞に広がる。
止まることを知らない白精に、視界が明滅する。繁みを濡らす白精の混ざった蜜が敷き布に染みを作った。
「逃げた罰だ、アネモネ。君は王女である前に、今は俺のものであることを忘れないでほしい」
「……違、い……ます」
「答えは聞いてない。君は外に出ていい存在ではなくなったんだ」
彼の瞳からは、妖しい光が消えていた。
一度果ててしまえば、魅了から解放される。卑しい呪いだ。欲しくて手にしたものではないものゆえに、頭が冴えれば冴えてくるほどに忌々しく思う。
「ほら、掴まって」
「要らない……です」
砕けそうな腰をなんとか木の幹で支え、差し出された手を払う。股からぼたぼたと落ちる情事の痕跡が気になって手のひらで繁みを押さえると、アネモネは彼に背を向けた。
「私には、構わないで……」
「いや、君は戻らなくてはいけない。民を脅かす危険因子は、隔離しなくてはいけないんだ」
そう言うなり腕を握ろうとするバートに、アネモネは「来ないで」と叫んだ。
「自分で戻れます……だから、触らないで」
「冷たいな。さっきまであれほど俺を求めていたというのに」
「それは……っ」
反論しようと思っても、情事の最中にバートを求めていたのは真実だった。
微かに残っていた理性さえ、本能のまま捨て去り、夢中で腰を振っていたのを憶えている。
顔が熱い。月明かりに晒されなければ、表情が見えない夜の木陰が小さな救いだった。
「今日はもう寝ます。何かあれば、また明日にでも」
「アネモネ」
ナイトドレスを着直し、下着を拾い上げ、呼び止める声を無視して歩を進めた。
(私は、どうして……)
うなじに手をやる。真新しい火傷の痕が、艶やかな金髪の隙間から覗く。それは奇妙な紋様のような形をしていて、その下には番号が振られていた。
一〇七――なぞってみれば、焼き印を当てられた時の痛みが甦る。
「痛むのか?」
「いえ……なんでもないです。おやすみなさい」
振り返ることなく、アネモネは屋敷の扉を開いた。
ここでは、彼女を奴隷と呼ぶ者はいない。
彼女を蔑み、身体を目当てに舌なめずりする者は端からいなかった。
在るのは、首輪に繋がれた安寧のみ。
――北の辺境国家フィリーゼが墜とされて一カ月。
王女アネモネ・フィリーゼは生き延びた先で、奴隷となっていた。
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