序章
カーテンの隙間から覗く空が少しずつ明るくなっていく。
スタンドの淡い灯りの中、全裸で絡み合う二人の姿がぼんやり浮かび上がって見えた。
「やぁ、あ、あ」
寝台がギシギシと軋み、荒い呼吸と掠れた嬌声が淫靡な空気に溶けていく。
大正十二年の八月――。
夏とはいえ、軽井沢の朝はかなり涼しい。山からひんやりした朝霧が下りてきて、庭も、その先の木立も、ヴェールのように覆ってしまうのだ。
上着が手放せないし、素肌をさらせば粟立つほどだ。すでに秋の気配を感じる日さえある。
それなのに今、鞠子(まりこ)は裸身をくねらせ、聖母のようだと称される美貌を淫らな熱で桜色に染めていた。
「やめ、んぅ――」
拒絶の言葉を口づけで封じられ、鞠子は空しくかぶりを振る。その華奢な肢体を組み敷く青年の肌もまた汗に濡れていた。
彼の名は謙二郎(けんじろう)――華族の間でも存在感のある天部(あまべ)子爵家の次男で、二十一になったばかりの若者だ。鞠子より三つ下だが、わずかに眉を寄せた横顔は大人びていて、視線を外せなくなるほど端麗だった。
透き通るように色白で艶やかな黒髪の鞠子に対して、謙二郎の肌はやや浅黒く、髪は鳶色で、ゆるく波打っている。瞳の色も明るく、明らかに異国の血を感じさせる顔立ちだ。
二人が繋がっている部分からは、濡れた音が絶え間なく響いていた。時に優しく、時に激しく、謙二郎は蜜洞への抜き差しを繰り返す。
「あ、ひっ!」
彼から与えられる快感が強過ぎて、鞠子は呼吸さえままならない。思わず押しのけようとすると、その手をつかまれ、罰するように指先を甘噛みされた。
「あ、ん、もう……もう……許して」
さんざん喘がされて
、鞠子の声は嗄れかけている。しかし謙二郎は細い腰を引き寄せ、自身の欲望をさらに深く突き入れた。
「いいえ、先生。だめですよ」
「ひゃうん!」
身体を震わせた瞬間、中で謙二郎の質量が増した気がした。それに応えるように、男根を咥えている部分がキュンと収縮する。
「ああ、中が締まった。感じてくれたのですね」
「ち、違い、ま――」
慌ててかぶりを振ったものの、謙二郎の言葉は嘘ではなかった。何度も極めて、とうに限界を越えているはずなのに、鞠子の全身はなおもあさましく反応している。
青い筋が浮いたたわわな白い乳房も、その先端にある鴇色の肉粒も、大きく割り開かれて謙二郎に貫かれている隘路も、彼に犯される悦びにわなないていた。
だが、これほど快感に溺れていても、この別荘に来るまでは接吻さえ知らなかったのだ。今はこうして息を乱し、愛蜜をタラタラ零しながら腰を揺らしているけれど。
「隠さないでください。気持ちいいのでしょう?」
「い、いえ、いいえ! 違います!」
「本当に覚えが早いですね。男を知ったばかりなのに」
謙二郎の長い指が、汗に濡れた鞠子の髪を掻き上げてくれた。
「大好きですよ、先生。あなたは本当に……かわいらしい」
「やめて。そんなふうに呼ばな――あうっ!」
ふいに熱塊を引き抜かれ、つい追いかけるように腰を突き出してしまった。鞠子は思わず唇を噛む。
こんなことは望んでいないし、もちろん許されるはずもなかった。謙二郎には許婚となるはずの相手がいる。そして自分は彼を教え導くためにここに来たはずだ。
それなのに、どうして?
けれど、答えを探そうとしても、謙二郎がそれを許さなかった。
「やうっ!」
膝裏に手をかけられ、腰を高く持ち上げられたのだ。間髪入れず、身体が二つ折りになるような体勢で再び剛直を突き入れられた。
その熱さと硬度に、鞠子の背中が大きくしなる。そのままズチュズチュと蜜壁を擦られ、全身に痙攣が走った。
「あ、は――」
「僕の大切な先生」
深い角度で挿入されながら、ほころんだ秘裂も指で探られる。小さな肉珠を摘ままれると、一気に高みへと追い上げられてしまった。
「や、嫌ぁ、あ!」
こうしている間も謙二郎が繰り返し「先生」と呼ぶのは、自分を追いつめるためだろうか? 年かさで彼を指導する立場にありながら、あさましく抱かれている自分を――。
しかしなおも続けざまに穿たれて、鞠子の意識はおぼろに霞み始めた。もう何も考えられず、大きく揺さぶられながら、ただ肉の喜悦に酔いしれる。
「やめ、あ、あ、気持ち……いい」
「そう、それでいい。もっと、もっと僕に溺れてください。決して離れられなくなるくらい」
謙二郎の口調は決然として、迷いがない。しかし一方でその声はひどく切実で、いっそ悲しげにさえ聞こえた。
「あなたを愛しています……この世の誰よりも」
けれどもわれをなくしかけている鞠子には、彼の囁きはもはや届いていなかった。
(この後は製品版でお楽しみください)