「オススメは、何ですかー?」
「唯(ゆい)さん、アルコールあまり強くないでしょう。店の二杯で酔ってきてる」
店でよくやるやりとりを再現したが、ろれつが怪しい。それを知ってか、川上さんが目を覗き込んでくる。
急に顔が近い! 思わず目を逸らしてしまう。
「……名前、教えましたっけ?」
「いつもカードのお名前を拝見していますから」
「やだそんなとこ見てたんですかー? やらしー」
名前を呼ばれた気恥ずかしさと、顔の近さに赤くなっていることを隠したくて、上体を少し離して、川上さんを指差しながら軽く咎めるように言った。
すると、その手を川上さんが掴んだ。
「!」
とっさに腕を引こうとしたが、掴まれたまま外せなかった。
川上さんはそのままゆっくりと、テーブルの上に腰を下ろし、足を組んだ。
すぐ目の前に彼のシャツから下だけが見える。
顔が赤いのを見られたくなくて、見上げることが出来ない。
「唯さんも見てたでしょう? 俺が指を舐めたの」
私を見下ろす位置から声が聞こえ、掴まれたままの手の人差し指に、川上さんの息がかかる。
指先にヌルリとした生き物のような舌を感じた。熱と粘性が指の根元まで絡みつく。
身体の奥がきゅうッ、とまた締め付けられる。
――だ、ダメ。
「や、めてください……」
目をつぶって、そう言うのがやっとだった。
右手の指だけのはずなのに、全身を川上さんの舌がなぞっていくような感覚。
「ずっと俺の手を見てたよね。なんで見てたの?」
私を見下ろしながら、川上さんが話す。
指からはねっとりと舐る舌の感触が続いている。
気づいてたんだ……。
「だからわざと舐めた。見たいなら見せてあげようと思ってね」
「私は……き、れいな指……だなって、見て……ただけ……」
「そう? そのキレイな指でどんなことをしてほしいって思った?」
手のひらを、舌先がなぞる。
声が出そうになって必死に首を横に振った。
「ハハッ、言えないようなことしてほしいんだ?」
そう言いながら川上さんは、私の指を自分の口から離した。
顔を上げて、違うと言おうとしたら、今度は彼の左手人差し指を口に入れられ、話せなくなる。え、と思っているうちにもう一本、中指も口に含まされていた。
初めての彼氏に自らのM志向を指摘されて以来、彼氏にペットのように、あるいは奴隷のように扱われると、指示に従うことに快感を覚えるようになっていた。
川上さんは彼氏じゃない――けれど、酔いとは別の陶酔感が頭のなかに広がる。
「ほら、舐めてごらん。上手に出来たらごほうびをあげるよ」
舐めてごらん――その言葉を合図に、彼に従順に従うことが自分の喜びとなった。
目を閉じ、彼の手に両手を添えて、丁寧に二本の指を舐め上げる。ぴちゃ、ぺちゃ、と舌が音を立てる。
指を一本ずつ舐めたり、二本を口に含んで顔を上下に動かしたりして、夢中で舌を使った。
「フ……いい子」
低音で呟くと、彼は私の髪をゆっくりと、右手で撫でた。愛犬を愛でるように。
「最初に店に来た時に分かったよ。唯はこうされるのが好きなんだよね。唯がされたいように、かわいがってあげるよ」
そう言って私の口から出した指を顎に添え、上に向かせた私に口づけた。
指を取り上げられた半開きの口からのぞく舌に、彼の舌が絡みつく。
私の意思はもう、彼からの指示にしか向けられていなかった。
部屋に二人の息づかいと唾液が跳ねる音だけが響く。
ようやく舌を離してくれた川上さんを、私はトロンとした視線で追う。
「おいで」
そう言って私の手を取って連れ、ベッドに腰掛けた彼の足元の絨毯に、私は当然のようにペタリと座り込み、餌を待つ犬のように川上さんを見上げた。
「いい子だね、唯。唯は俺のことをなんて呼びたい?」
頭を撫でながら見下ろし、彼がたずねる。
が、自由意志を尊重しての言葉ではなかった。答えは最初から決まっているから。
「ご、しゅじんさ、ま――」
よく出来ました、という笑みを浮かべて彼は言う。
「いいよ。ご主人さまとして、唯が言うことを聞けたらごほうびをあげよう」
彼が私の頬を手の甲で撫でると、その手に顔を傾けて目を閉じる。
「さっき上手に俺の指を舐めることが出来たから、早速ごほうびをあげようね。立ってごらん」
言われた通り、彼の前に立った。
「服を脱ぎなさい。全部」
「……ハイ」
ごほうびをもらえると思って立ち上がったら、思わぬ指示に少し戸惑ったけれど、身体は素直だ。おずおずとブラウスのボタンを外し、タイトスカートのファスナーを下ろしていく。
スカートが足元へ落ち、ブラウスを肩から下ろすと、下着とキャミソールとストッキングという、人にはまず見せることがないアンバランスな格好になった。
麻痺しかけている感覚に、恥ずかしさが混じる。
ストッキングを急いでくるくると脱いでいく。
視界の端には、常にベッドに掛けて黙する彼の視線が、私をとらえている。
ブラジャーを外し、胸を片手で隠しながら、とうとう最後の一枚だけの姿になってしまった。
容赦なく彼は指示をする。
「全部」
自分の意思とは関係がないかのように、手はするするとショーツを身体から剥ぎ、絨毯の上に落とした。
「いい子だね。こっちに来てベッドに横たわりなさい」
やっぱり恥ずかしくて、腕で前を隠すようにして歩き、言われた通りに寝そべった。
手で胸を隠し、足は少し交差する感じで無意識に前を隠そうとする。
太もも横あたりにあらためて座り直した彼がグ、と私の右足首をつかみ、足を肩幅より少し広めに広げさせた。
私が一番隠したい箇所へ、彼の右手が差し込まれる。
……悲鳴とも嬌声ともとれる声が部屋に響く。
「ああ、濡れているね。どうしてこんなに濡れているのかな?」
中指と人差し指、そして親指が突起に絡みつく。三本の指が独立した生き物のように動くたび、クチュ、クチュと音がする。
その指の動きは、わずかに残る正気を奪っていく。
「あ、……ァ……ッ!」
彼の指の動きが止まった。
もう少し……だった。昇り詰める寸前で波を止められ、身体の奥のうねりだけが取り残されたまま熟れていく。
指の動きに呼応して身体をくねらせて喘ぐ様を、彼は無機物を眺めるかのような冷静な目で見ていた。
肩で息をしてなんとか身体を治め、機嫌を伺うように川上さんを見上げる。
彼の顔はどこか喜色を含んでいるように見えた。
「苦しい?」
乱れた髪を指でなぞりながら、たずねてくる。ベッドをきしませて、私の広げた足の間に移動した彼は、返答を待たずに両脚を持ち上げた。
膝を彼の肩にかける形で、広げた脚を固定される。
彼の視界の真下に、熱を帯びて濡れた部分がつまびらかにされた。
「やッ……!」
本能的に脚を閉じようとするが、彼の力の方が圧倒的に強く、つま先が揺れただけだった。
一番恥ずかしい部分に、彼の顔が近づく。
「あぁ、こんなに赤くふくらんで。後ろまで濡れてしまっているね」
息がかかるほど近いのに、彼は触(ふ)れてくれない。
すると、私が恥ずかしさのあまり顔を隠していた右腕をつかまれ、そのまま指先を赤く膨らんだ突起の上におかれた。
「さぁ、ごほうびだよ。見ていてあげるから、自分で達しなさい」
自分で? 見られながら!?
でも、身体の中でうねる波をどうにかしたい。
どうにか……でも、見られながら?
指を少し動かせば身体の熱はきっと治められる。
でも、どうしても。
「ダメ……恥ずか……、しぃ……」
彼が、小さく息をついた。
「中指で撫で上げてごらん。ご主人さまの言うことなら聞けるだろう?」
ご主人さまの指示――素直に身体は動き、私は中指で自らの欲望の肉核を撫でた。くちゅ、と音がしてからは、
「は……ア……ッ」
一度触れた中指はもう、勝手に快感を生み出す動きを続ける。
「ん……ふ……ぅ、……ッ」
「ああ、唯はそこがいいんだね。そんなに濡らして……人差し指も使いなさい」
一切乱れのないシャツの肩に私の汗ばんだ脚をかけながら、彼はなお指示をした。私のしている様を真上から眺めている。
「はい……ご主人さま……ぁ……」
くちゅくちゅと音を立てながら二本の指で触れると、腰が勝手に動いてしまう。
私の脚を折り曲げて耳元に顔を寄せ、低い声で彼がささやく。
「達する時はちゃんと言いなさい」
「ご主人さま……あ、もう……もう……」
自分の指の動きで羞恥のタガが外れていく。
真上から眺める姿勢に戻っている彼に見られながら、私は――
「い……き……ますぅ――んんッ!」
両脚をつかまれたまま、身体が弓なりに反り、息が止まるほどの強い快感が脳を支配する。
どれほど乱れようと、彼は変わらず冷静に、見下ろしていた。
両脚をつかみ、広げたまま。
「ああよく見えるよ。ヒクヒク痙攣してるね。自分でしたのが、そんなによかった?」
少し嘲りが混じったような口調が、真上から響く。
「チョイ悪?」と軽口を叩いた時の、あのワルそうな笑みを浮かべながら。
でも、聞かれても、自分が今どんな状態なのか、彼からどんな風に見えているのか、そんなことに構う余裕は今はなかった。
ゆるやかに弱まっていく快感の波と共に、意識がだんだん底に沈み、身体から力が抜けていく。ここじゃないどこかに飛ばされそうで……思わず、私は彼に向かってふらふらと手を伸ばしていた。
「キス……を……」
少し目を見開いた川上さんは、しかしすぐいつもの柔らかい笑みを浮かべてくれた。
脚から離した腕を私の頬の左右に添わせて、唇をついばむようなキスをする。
優しく、愛おしむようなキス。
額や頬、まぶたにも、柔らかいキスが降る。何度も、何度も。
深い満足感と幸福感を感じながら……眠りに落ちた。
(この後は製品版でお楽しみください)