「やっぱり姉さまと結婚はしてほしくない……親同士の決定事項だから覆らないってわかってるけど……」
あたしは赤い癖の強い髪を耳にかけながら、寂しく呟いた。
(あたしと……が、いい)
もともと姉さまにはレオ王子以外の婚約者がいたからという理由ではなく、ただ純粋に彼ともっと一緒にいたいと思った。
最初は確かに、姉さまの幸せを願って自分が犠牲になればいいと考えていた。それが最善の策だと思っていた。
しかし、今はレオを想うと温かいなにかが身体を包み込んでくれるような気がする。
彼といると安心する。
彼の体温はすごく居心地がいい。彼の匂いがするベッドはいつもあたしを優しい気持ちにさせてくれるんだ。
自分のベッドで眠るより、レオの体温を感じながら寝るほうが熟睡できる。
「覆らないからってリンジーは諦めるのか?」
「最後まで諦める気はあたしにはない。でも父上は、自分の言葉を曲げたりしない固い人間だ。姉さまも現状を受け入れている。正直なところ……今更あたしが、吠えたり噛みついたりしても、変わらないとも思ってる」
(きっと父上と姉さまで何度も話し合いを重ねて、決めた結果なのだと思うから)
小娘ごときの我が儘な発言など、聞き入れてくれないとは心のどこかで理解している。だからこそレオに、自分に惚れてもらいたいという気持ちがあるが、つい最近まで男子として生きてきた女に惚れるだろうか?
レオがハイランド地方に来るその日まで、ずっと姉の騎士になるんだと息巻いて、男のふりをしてきた。
女性らしさの欠片もないリンジーを、好きだと言ってくれるだろうか。
ローランド地方に住む女性たちは皆、美人だと聞く。そんな綺麗な女性たちをたくさん見てきたであろうレオは、少年のような身体つきの自分に魅力を感じないだろう。
「これでも変わらないと思ってる?」
あたしはレオに急に手首を掴まれるとぐいっと引き寄せられ、唇を奪われた。一瞬のできごとで、彼の温かくて柔らかい唇が重なったと気づいたときにはすでに、離れていた。
そのままレオの胸の中に抱きしめられて、通常よりも速い心臓の音が聞こえてきた。直に感じる彼の温もりはとても心地がいい。
ほわっと香ってくる彼の男らしい匂いに、あたしの鼓動は速さを増した。
「キス、した? どうして?」
「キスしたよ。理由が必要?」
「姉さまに婚約者がいるから……?」
「違う。リンジーが可愛いって思ったから」
「あたし……可愛い?」
自分は可愛いという言葉からほど遠い位置にいると思っていた。
レオが女性と一緒にいるところを見て、愛人と密会していると勝手に勘違いして怒鳴り散らした女が可愛いのか?
「可愛いよ」
「あたし、姉さまみたいに美人じゃない」
レオの腕の中で首を振った。
姉さまは母さまに似て、誰が見ても美人だと言う。
一方、あたしは父上に似て、ハイランド地方特有の赤毛で癖が強い。毎朝、髪を梳かすのが憂鬱なくらい、面倒な髪質だ。
さらに女性らしいふくよかな身体つきでもない。少年と間違われるような凹凸の少ない身体だ。
「あたしの髪、癖が強いんだ。クルクルしてて絡まりやすい。朝、何度も櫛で伸ばしてるけどすぐに絡まる。姉さまみたいにサラサラじゃない。身体だってまるで少年みたいだ。姉さまみたいな豊満……というか、立派で見ごたえのある……というか、思わず触りたくなるような素晴らしいものはないし……これからっていう可能性はあっ……!」
顎を掴まれると、あたしはレオの唇で言葉を封じられてしまった。
触れるだけで終わったさきほどのキスとは違い、今度は熱い彼の舌が口腔内をかき乱してきた。
(なに、これ……身体が熱くなる)
「……ん、んぅ、んっ……」
吐息がキスの合間から漏れてしまう。
レオの舌が甘く絡み付くたびに、あたしの思考と立っている力を奪っていく。
名残惜しそうに糸を引きながら唇を離されると、あたしは考える力を失い、茫然とレオを見つめた。
「リンジーを可愛いと思った。他の誰よりも君が魅力的だ。君が気にしている赤毛のくせ毛も、小さい胸も愛おしい」
「……うそ」
「嘘じゃない」
「姉さまは美人だ」
「美人かもしれないね。だけど俺からしたら、リンジーのほうが好き」
「……うそだ」
「証明しようか?」
「してくれるのか?」
「していいなら」
レオが雄の顔を見せてほほ笑んだ。
彼の笑顔にゾクゾクッと背筋に何かが走り、頬が熱くなる。
「……ここで証明するの?」
「部屋に戻ってからでも俺はかまわない」
レオの返答に、あたしは戸惑う。
あたしが想像した通りなら、これから男女が愛し合う行為をするはず。『好き』を証明するというのは、そういうことだろう。
キス以上の『アレ』をする。
だからといって『アレ』の詳しい内容は、よくわからない。
ふわっとした事柄しか、教えてもらっていない。
詳しく知りたいと問い詰めても、誰もが言葉を濁して最後には「夫になる殿方が教えてくださいます」と逃げられてしまっていた。
皆どの人も、頬を赤らめて恥ずかしそうに口ごもってしまうのだ。
愛情を測る大切な行動のはずなのに、行為自体は恥ずかしいものらしい。女性側があまり詳しく知ってはいけないのは、理解した。
聞いたことがあるのは、雰囲気作りがとても大事だということだ。雰囲気が壊れてしまっては、続けられない……と。
だとするなら、部屋に戻ってからという選択肢を選んだら、今の雰囲気が壊れてしまい、証明してもらえないかもしれない。
「ここで! しよ! 証明……」
あたしは慌てて、レオの腕を掴んだ。
「あ、ああ。リンジー、証明の意味……わかってる?」
「あたしだってレディだ。一通りの教育は受けている。一時は男になろうとしたけど……」
ゴニョゴニョと語尾を濁して誤魔化してしまう。
全部の教育を受けたかというと、そうではないかもしれない。面倒くさくて逃げ出した過去もある。
難しくてつまらない貴婦人の講義を聞くよりも、身体を動かしていたほうが楽しかったから。
まあ、足りない知識があったとしてもきっと大丈夫だ。
どうにかなる気がする。
そもそも詳しい内容は夫になる人に聞けと言われているのだ。あたしが知らなくても、レオが知っているだろう。
「辛かったり、痛かったりしたら、すぐに言えよ」
「……? 身体は丈夫だ! 痛みにも強い」
「ん、まあ……強そうだよね」
呆れたような笑みでレオに笑われた。「無理はしないで」とこそっと耳元で囁かれると、耳朶に噛みつかれた。
「んっ……くすぐったい」
ぴちゃっと水音がすぐそばで聞こえて、あたしの身体が変な感覚に襲われる。身体中に寒気が走り、お腹の奥がキュッと締め付けられるような感じだ。
耳朶を甘噛みされた後、首筋をチュッと吸い上げられて、あたしの全身が震えた。
「んんぅ」
神経が研ぎ澄まされる。
レオの唇が触れる箇所が熱を帯び、さらに敏感になっていく。
「あっ、ん」
「リンジー、木に寄りかかって」
二歩ほど後ろに下がって、あたしは立ったままで木に寄りかかった。
「リンジー、見て」
レオが指をさす箇所にあたしは視線を落とした。彼がさしていたのは、あたしの胸だ。
薄い夜着の上からはっきりとわかるほど、ツンと突き上げた二つの突起。くっきりと形がわかるくらいに夜着を押し上げているのは、初めてだ。
(恥ずかしい)
思わず手で隠そうとすると、レオに「駄目だよ」と止められた。彼の指先で布の上から軽く弾かれると、びくっと肩が跳ねた。
「ああっ、やっ……ゾクゾクする」
ニヤッとレオが嬉しそうに笑うと、今度は親指と人差し指で軽く右胸の先端を抓まれた。
「んぁっ!」
鼻にかかる甘ったるい声が漏れ、あたしは慌てて口元を押さえる。
(勝手に大きな声が出ちゃう)
「リンジー、あまり大きな声を出さないでね。屋敷中の人間が起きちゃうから」
耳元でいたずらっ子のように囁くレオに、あたしはこくんと小さく頷いた。
乳首を抓まれて、コリコリと指を左右に動かされる。
(やだぁ、それ)
お腹の奥がきゅうにソワソワしだして、あたしは腰をくねらせる。
「んぅ、んっ……ぁ、ん」
手で口元を押さえながら、必死に声を抑える。
「夜着の上からでも気持ちよさそうだね。じゃあ、これはどうだろう」
レオの口が開くと、左胸に夜着の上から噛みつかれた。すっかり勃ちあがった乳首の先端を、舌先で突かれたり、吸い上げられたりする。
「んぅ、やぁ……それ、だめぇ……」
(ゾクゾクするのが止まらない)
今まで感じたことのない強い刺激に、あたしの視界がチカチカしてくる。
(なに、これ)
右胸はレオの指先で捏ねられ、左胸は舌先で器用に弾かれていると、身体の奥に熱を感じ、何かを解き放ちたいような感覚に襲われた。
「んぅ、あっ……ん、んぅ、なにか、くるっ……あっ、んぅ」
「イキそう?」
「わかんないっ……なに、これ……ん、あっ、あっ、んんぅ」
小刻みに全身が震え出すと、レオが強く胸を吸い上げた。
(もう、無理ぃ)
止められない高みへの高揚にあたしは、抗うのをやめて身を任せた。
「んんんぅ、ああああっん」
身体をふるふると震わせて、膝から力が抜けていった。
崩れ落ちる身体をレオが支えてくれる。彼の腕の中で、あたしは味わったことのない幸福感に包まれていた。
「大丈夫?」
「くらくらした」
「嫌だった?」
「嫌じゃない……すごく幸せだった」
フッとレオが嬉しそうに笑う。
「横になろうか」
レオが着ていたガウンを脱ぐと、地面に敷いてくれる。その上にあたしは横になると、どっと襲ってくる疲労感にぐったりした。
「証明終わり?」
「まさか。これからが本番だよ」
レオの妖艶な笑みに、あたしの身体がまた疼きだした――。
(この後は製品版でお楽しみください)