「……」

龍斗(りゅうと)は、ベッドから身を起こした。外を見ると、東の空が明るくなりかけている。

ベッドに目を戻すと、全裸の雪(ゆき)香(か)が意識を失い、身じろぎもせずに眠っていた。

長い黒髪が白い肌にもつれて広がり、シーツの上で際だって見える。頬に影を落とす閉じられたままの睫毛が濡れていた。そしてその下半身は、何度も龍斗の放ったものでぐっしょりと濡れそぼっている。

──なんて、綺麗なんだ……──

吸い寄せられたかのように、そんな彼女から目が離せない。あられもない姿なのに、彼女は大層美しく、はかなく見えた。

一瞬、抱き殺してしまったのではないかと不安になり、そっと顔の前に手をかざしてみる。息づかいを感じて安堵した。

ごく自然に、自責の念がこみ上げてくる。昨夜の自分は、さすがに理不尽だったと思う。見舞いに行った、母の言葉に動揺した部分もあっただろうか。

母の麗子(れいこ)は、雪香が警察に拘束されず、龍斗のいる不動家で過ごしていると知って、酷く苛立っている様子だった。父の葬儀に参列した、弟（龍斗には母方の叔父に当たる）の久志(ひさし)から様子を聞いたらしい。

「──来い、雪香」

「えっ!?　あの、社長、夜食の支度を……。それに、お話ししたいことが……」

「いいから来い」

昨日、買い物から戻ってきた彼女を、龍斗は有無を言わせず自室に連れて行き、そのまま行為を強いたのだ。彼女の瞳は、微かに潤んだままで、それが龍斗を一層苛立たせた。桜井(さくらい)や、他のスタッフが驚いて慌てて止めるのも、聞きもしなかった。簡単に今夜の作業の指示を出すと、雪香の腕を掴んで背を向ける。

雪香は彼の態度に目を見張り、何かを言いたそうだった。だが結局、すぐに、素直に彼に従った。

──彼が別件で行っている、ある調査の確認を済ませ、帰宅の途についたのは昨日の夕暮れだった。その時車内から、自宅近くで雪香が晴樹(はるき)に会っているのを目撃したのだ。

雪香の弟だ、というのはすぐにわかった。晴樹のことは知っていたし、二人は本当に似ていたからだ。

だが、弟と対峙する雪香を見た時、龍斗は吸い寄せられるように目が離せなくなった。

何を話しているかはわからなかった。だが、弟を見つめる雪香は、ずっとひどく切なげだった。そして最後には何かきつい言葉を発して背を向け、桜井の運転する車に飛び乗ったのだ。その仕草や表情から、無理にそんな態度を取っているのが、少し離れたところで見ていた龍斗にも、はっきりとわかった。

──何故、そんな顔をする……！──

龍斗は思わずハンドルを握りしめた。そして、焦燥するほどに激しい嫉妬を感じたのだ。

単に、雪香が他の男と話しているから、という理由ではなかった。雪香にとって、父親が亡くなった今、晴樹がただ一人の肉親、つまり特別な人間、だったからだ。雪香は、明らかに彼を心から愛し、気遣っている。それを、まざまざと見せつけられた。

理不尽なのはわかっていた。姉が弟を気遣うのは当然だろう。ましてただ一人の肉親ならば。けれど自分は、激しく嫉妬してしまったのだ。雪香にとって、絶対に特別な存在の彼に。

──そして、龍斗をさらに怒らせることが起きた。雪香が懸命に、晴樹のことを自分に訴えてきたのだ。

「龍斗さん。もしかして先程、晴樹と私が一緒にいたのをご覧になったのですか……？　その時、貴方の車を見かけましたから……」

龍斗が自室の扉を閉ざし、二人きりになったとたん、雪香はそう尋ねてきた。龍斗は顔をしかめたが、それには答えず無造作にベッドに腰を下ろした。それで焦ったのか、雪香はさらに言葉を継いだ。

「勝手をして申し訳ありませんでした。でも、あの、晴樹のことでしたら、私、もう二度と会いません！　彼にもそう言いました。もう、住む世界が違うのだから、と。晴樹もわかってくれたと思います。だから、どうか……」

どうか晴樹に関わらないで下さい。そっとしておいて下さい。

龍斗を見る雪香の瞳には、そんな真剣な思いが浮かんでいた。弟に会っていた時と同じ、切なく、そして必死な表情。

雪香は晴樹に会ったのを知られたことで、龍斗が勝手なことをしたと怒るのを恐れている。いや、恐れているのは、その怒りの矛先が晴樹に向かうことだろう。今、不動組の当主は彼で、雪香はその愛人なのだから。

「……」

再度、怒りと苛立ちとがわき起こった。龍斗は座ったまま、冷ややかに命じた。

「脱げ。すぐに、全部だ、髪もほどけ」

「龍斗さ……」

「脱いだら、俺を満足させてみろ。その口で」

雪香は目を見張り、それでも懸命に、また何か言いかけた。だが龍斗が有無を言わせず軽く顎で示すと、すぐに俯き、従順にスーツを脱ぎ始めた。今ここで逆らったら、晴樹がどうなるかわからないと思ったのだろう。

──そうだ、いつものように俺の言葉に従え。お前は俺の性奴隷なのだから……──

心の中で、そう呟く。そうしながら、わざと容赦なく、視姦するような視線を彼女に向け続けた。

雪香はスーツとブラウスを脱ぐと、下着を外し始めた。龍斗の強い視線を避けるように俯いているが、その手は震えていた。

やがて生まれたままの姿になり、結っていた髪を解いて立ちすくむ。そのむき出しにされた白い肌に、再度絡みつくような視線を向けた後、龍斗は再度命じた。

「来い」

「……」

雪香は素直に頷き、その格好で龍斗の足元に跪いた。彼が座ったまま膝を広げ、手振りで指示すると、躊躇いながらもその間に移動し、そっと龍斗のスーツの、ベルトに手をかけた。金具を外し、ボトムを緩め、下着を少し下に降ろす。

「……！」

すると、まるで待ち構えていたかのように龍斗の雄根が姿を現し、雪香がびくりとするのがわかった。若い男の証は既に激しく怒張している。そんな自分の身体が、この時の龍斗にはひどく忌々しく感じられた。

──ちくしょう。何故こんな時でも、こいつはこんなに綺麗なんだ……！──

同時に、そんなことを思ってしまう。それは再会してからずっと──いや、綺麗、という意味では、最初に出会った十五歳の時から、ずっとそう思い続けていたことだった。

当時はよくあることだったが、その日も龍斗は父に理不尽なことで怒鳴られ、暴力を振るわれたのだ。母にもいつものように知らぬ振りをされて辛く、だが泣いているのを他人に見られるのはもっといやで、広大な庭の、普段は行かない奥の方へと逃げ込んだ。

その、つるバラやアカシア、コデマリなどの白い花が咲き誇り、風に揺れている庭で、白のワンピース姿の雪香に会った時、龍斗は心臓が止まりそうになった。

彼女はまるでそれらの花の化身のように見えた。白い肌とさらさらとした黒髪が清楚で清潔な印象で、こんなに綺麗な人がいるのか、と思い、一目で恋に落ちたのだ。

しかも言葉を交わすと、雪香は、綺麗なだけでなく優しかった。傷の手当てをしてくれ、龍斗の話も聞いてくれた。彼は驚き、信じられないほど嬉しかった。

──その時の俺は、その思いだけで一杯で、彼女がどんな立場なのかも、考えていなかった……──

もう少し時間があれば、気づいただろう。だがその頃の龍斗は、初めての、それも美しく優しい年上の女性への恋にただ夢中で、他のことは考えられなかった。両親の愛に恵まれなかった龍斗にとって、彼女のもとで過ごす時間はまさに至福だった。

だが、わずか二週間ほどで、その幸福な時は破壊された。父の剛(つよし)によって、最悪の形で、だ。

あの日、龍斗は初めて、雪香に自分の悩みを詳しく打ち明けた。彼女は真剣に耳を傾け、そして、思いもかけない言葉で励ましてくれた。龍斗はそれが本当に嬉しく、思わず自分の想いを彼女に伝えてしまいそうになった。──そこに、いきなり父がやって来たのだ。

何故父が来たのか、と呆然としたが、ただならぬその様子と、蒼白になった雪香が自分を庇おうとしたことで、龍斗は慌てて彼女の盾になった。絶対に雪香を傷つけたくなかったからだ。だが父はそんな息子を容赦なく殴りつけると、その場で彼女が、自分の愛人であることをはっきりと告げたのだ。

──この女はな、金のために身を売ったんだ、龍斗。だから俺は、こいつを好きにする権利がある──

あの時の父の、嘲笑うような声。そしてそれを、震えながら聞いていた雪香。彼女は、父の言葉を否定しなかった。そして一旦、無理矢理その傍から引き離された後で、まだ心も頭も混乱しきった状態のまま、いきなり全裸にされ、再び引き合わされた。その時、雪香はいつもの彼女ではなかった。

──雪香、さん……！──

彼女を見た途端、龍斗は頭が真っ白になった。弛緩した身体と、大きく開いた足。むき出しにされた、股間の花びら。上気した頬と、潤んでとろりとした瞳。そして彼女の身体は、父や自らの零した体液でぐっしょりと濡れそぼっていた……。

何故そんなことになったのか、今ならわかる。あれはたちの悪い、催淫剤のせいだった。そうとは知らず、六年後、再会した際に、自分も同じ薬を彼女に使ってしまったのだから。また、その時彼女が必死に抵抗した理由も、わかる。同じ痴態を見せたくなかったのだろう。

だが、十五歳の自分は、そんなこととは想像も出来なかった。そして、雪香からどうしても目が離せなかった。彼女の方は真っ赤になって必死に顔を背けたのだが。

──そんな姿でも、雪香は、本当に綺麗だった……──

それがその時の、偽りのない龍斗の気持ちだった。上気しながらも、哀しげに伏せられた顔。体液で汚された身体はむしろ痛々しい様子で、彼女の肌の白さをかえって際立たせていた──ちょうど、今の雪香のように。

「……！」

──そこで、龍斗は我に返った。雪香は自分の足の間に跪き、こちらを見つめている。あられもない格好で、長いこと思いを巡らせていたように思えたが、ごく短い間だったらしい。

龍斗は雪香を見返した。

その白い肌や漆黒の髪と瞳、整った優しい顔立ちは、時が止まったかのように変わっていない。少年の頃と同じく清楚で清潔な印象のままだ。自分より五歳年上というのが、そして、彼女が父を殺したということが、到底信じられない。龍斗が何も言わないので不安なのか、目を見開いているのが、無防備な様子でむしろあどけない印象すらある。

「口でしろ。今すぐだ」

そんな彼女にまた、吸い寄せられるように視線を向けてしまっていることに気づき、龍斗はできる限り冷ややかに、短く命じた。

雪香は目を伏せ、頷くと、素直に彼の雄根を口に含んだ。硬くなり始めているそれは、既に、彼女の小さな口に収まりきらないほどになっていた。それを、懸命に口を開いて受け入れていく。

小さな舌が、そっと龍斗の雄根に絡んだ。その温かくぬめるように濡れた、えも言われぬほど心地よい口中の粘膜にすっぽりと包まれる。

「く、ッ……」

龍斗の口から、思わず声が漏れる。痺れるような心地よさが含まれたところから伝わってくる。

雪香に触れられると、龍斗はいつも凄まじいまでの快感に見舞われる。新たな血液が流れ込み、どくん、と、雄根が激しく脈打ち、精悍に怒張していく。それが雪香に伝わったのか、びくんとその細い肩を震わせた。

「ンンッ……」

同時に雪香が小さく呻き、息をついて、その瞳が恍惚に細められていく。口いっぱいに含んだ彼の怒張を感じ取り、それに快感を感じているのだ。

その表情が一層龍斗を煽った。そしてもう一つ、

──そんな表情を、親父にも見せたのか……！──

思いがこみ上げてきた。それは、雪香と再会してからずっと、彼女を抱くごとに、龍斗が感じていることだった。

雪香はとても感じやすい。彼の指で、または男の証で翻弄すると、強く反応し、しなやかに身をくねらせ、のけぞらせて切なく声を上げる。それは龍斗を激しくかき立てる。

だがそれを、前の愛人である父にも見せていたのか、いや、父によってそんな身体にされたのかと思うと、どうしようもない怒りと、もどかしさに似た感覚がこみ上げてくるのだ。そしてそれが一層、龍斗を荒々しい行為へと駆り立てていく。

「……！」

「う、ンッ……!?」

その想いと、晴樹への嫉妬とを強く感じ、龍斗はいきなり腰を動かし、雪香の唇から雄根を手荒く引き抜いた。いきなりの行為に、頬や喉が突き破られそうになったらしく、雪香は思わず声を上げ、むせた。龍斗の雄根は、彼女の唾液で濡れて、淫らな銀の細い糸を幾つも引きながら唇からあふれ出る。

「ベッドに上がれ。這って腰を掲げろ」

「え……」

その状態で目を見開いて見つめる雪香に、龍斗は再度命じた。雪香はさすがに呆然とした様子だったが、すぐにまた従順に目を伏せて頷き、従った。全裸で四つん這いになり、獣のような姿勢をとらされているので、黒髪がさらさらと背に流れ、形の良い尻や太腿がむき出しで、ベッドから身を起こした龍斗の目の前にさらけ出される。双丘の間で花びらが密やかに息づき、蜜を溢れさせているのがわかる。直前に強いた行為で、それでも感じていたのか。

「……」

龍斗は無言で彼女を見おろした。その視線をどう感じたのか、雪香は頬を染めて顔を俯かせる。

こんな淫らな姿をさせても、雪香は美しかった。潤んだ瞳で、悲しそうにうなだれている様子が囚われた白い鹿のようで、痛々しいと同時に、男の征服欲を激しく煽ってくる。身体に、特に男の証に、熱が一層みなぎっていくのがわかる。

そしてその感覚は、初めて雪香を抱いた十五歳の時と変わらないものだった。