プロローグ
長い指先が確かめるように頬を撫で、柔らかい感覚を楽しんでいるようだった。
佳織(かおり)は素肌に絡みつくシーツをそのままに、頬を撫でる手の持ち主の名前を呼ぶ。
「琉珂(るか)、眠れないの? 明日からフランスに戻るんでしょう?」
「うん、実を言うとあんまり眠くないっていうか、寝たくないんだ」
佳織の頬を撫でる手を止めた琉珂は、うんざりしたように息を吐いた。
先ほどまで抱き合っていた熱の余韻が、まだシーツの中に残っている。佳織が少しだけ足を絡めると、彼は目許を緩ませて微笑んだ。
「一週間だよ? せっかく新居に越してきたのに、一週間も佳織に会えない……ねぇ、やっぱりパリまでついてきてくれないの?」
「退職まであと少ししかないから、今回はダメ。引っ越しの時だって、お店に無理を言ったし――もう少しだけ我慢して、ね?」
ベッドライトのほのかな光に照らされて、琉珂の瞳がわずかにきらめく。
青く澄んだ彼の目が、佳織は大好きだった。
「ん……じゃあ我慢するから、その分だけ今触れさせて。そうしたら、向こうに行っても頑張れるから」
「たった一週間でしょ? それにさっきまで――」
「あのね、佳織にとってはたった一週間かもしれないけれど、僕にとってはされど一週間なの。本当は半年くらい休暇とって、志(し)の木屋(きや)さんでゆっくりしたいのに」
残念そうに息を吐く琉珂だが、彼の立場上それは許されない。
フランス最大手のホテルグループ・ヴィネーの次期総帥である彼は、新婚生活もそこそこに日本とフランスを行き来する毎日を送っていた。
「ねぇ、お願い佳織……もう一回だけ。朝までとは言わないから……」
大きな琉珂の手のひらが、そっと佳織の腰に触れる。それだけで、散々蕩かされた彼女の体はぴくんっと跳ね上がった。
「ぁ、うっ……」
琉珂の「もう一回」は、本当に一回だけだったためしがない。
それは佳織が一番よくわかっているのだが、困ったように眉を下げて懇願されると、それ以上強くは出られなかった。
「も、一回だけだよ」
「ありがとう(メルシ)。んーと……なんて言うんだっけな。善処します?」
「それ、結局ムリってことじゃ……んっ」
すりすりと佳織の腰を撫でた琉珂は、ちゅっと彼女の鼻先にキスを落とした。
皮膚から感じる唇の熱さが心地好くて、佳織は目を細めて彼の胸に顔を寄せた。スーツを着るとシャープに見えるが、その下は案外鍛えられている。
「ゃあ、ぁ、琉珂……」
大きな手のひらが、腰から胸の辺りまでするりと伸びてくる。
柔らかな胸の感触を楽しむように、彼はゆっくりと柔らかな肉を揉みはじめた。
「ぁう、うっ……ん」
「佳織、もっとこっちにおいで」
そう抱き寄せられて、唇をふさがれる。
佳織の下唇を舐めた彼の舌は、やがて彼女の咥内へと進入し、おずおずと伸ばされた舌を絡め取る。
「んんぅ、く……ふ、ぅっ……はぁっ、琉珂……!」
誘うようなくちづけは、より濃密になっていった。
歯列をなぞり、唾液をたっぷり含んだ舌が、佳織の口の中をいっぱいに満たしていく。その間に胸を揉む手に力が入れられ、ほのかな刺激が彼女の体に熱を宿していく。
「んぁ、あっ……!」
柔い乳肉を揉みしだかれ、時折気がついたように先端を弾かれる。
すると、鋭い刺激が背筋から駆け上がってくるのがわかった。彼が敏感な場所に触れ、懇(ねんご)ろに転がしてくる度に、足の間からじゅわりと蜜が溢れてくる。
「んんっ……ふぁ、あっ、琉珂……あ、あんまり焦らさないで……」
「うん――でも、キスしてるときの佳織、可愛いから好きなんだ。目許がとろんとして、ずっと見ていたくなる」
じっと紺碧の視線を向けられると、佳織の顔が一気に赤くなる。
(ず、ずっと見てたってこと? キスしてる最中ずっと?)
巧みなキスは蕩けてしまうほど心地好いけれど、甘美なそれに没頭している自分の姿を見られているのはあまりに恥ずかしい。
「じっと見ないで。目、閉じてよ……」
意趣返しにと彼の胸を叩くが、琉珂は嬉しそうに笑うだけだ。基本的に、佳織は口で彼に勝てない。
「もったいないだろう? 佳織に会えない分、ちゃんと目に焼き付けておかなくちゃ」
「毎日ちゃんと電話するし……ぅぁ、あっ……」
くすくすと笑う琉珂が、それまで丹念に愛撫を続けていた佳織の乳房に吸いついた。
曲線を描くその先端、色づいた蕾を舌先でつつき、唾液をまぶしたかと思うと、ちゅぅっと強く吸ってくる。
「ンぁ、あ――もっ、ひゃぅ、あ、ぁん……」
ちゅうちゅうと何度か乳首を吸われ、更に空いたもう片方の乳房は手のひらで揉みしだかれる。
胸を触れられただけで敏感に反応してしまう体は、無意識のうちに腰を揺らして琉珂を誘ってしまっていた。
「は……佳織は胸触られるの、大好きだもんね?」
「ぁ、そんな、ァんっ」
「だって、もうここもトロトロ……」
そう言って、琉珂は胸を弄(いら)う手をそろりと下腹部へ伸ばした。
柔毛に隠された奥は既にとろりとした蜜を湛え、彼に触れられるのを今か今かと待ちわびている。
「ふぁ、あ――やっ、指……」
「さっきの、まだ少し残ってるかな。それともこんなに濡れてるのは、佳織が僕で感じてくれたから?」
人差し指をつぷりと挿し込まれても、佳織の蜜壺は簡単にそれを飲み込んでしまう。
潤んだその場所を長い指先でなぞられ、コリコリと肉襞を引っかかれると、佳織の視界が揺らぐほどの喜悦が湧き上がってくる。
「んやぁっ……! あっ、あ……そこ、いいっ……」
「佳織の弱い場所、全部知ってるよ。一番感じるのは奥だけど、ここも好きだよね」
「あっ、あぅっ! や、琉珂ぁっ」
弱い場所を的確に擦りあげられて、佳織は何度も首を横に振った。
指先でそこに触れられるたび、もっと奥の場所がきゅうきゅうと疼いた。満たされない切なさを抱えた佳織は、はしたないことだとは思いつつも、琉珂の体に擦り寄るしかできない。
「うん? どうしたの、佳織」
「やだ……あ、あんまり焦らさないで……」
ちゅぷりと音を立てて蜜壺を攪拌する指に、敏感な肉襞は必死で絡みついている。
奥へ奥へと誘導するようなその動きは、琉珂に抱かれる度に彼によって教えこまれたものだ。「な、中が切ないから……お願い、琉珂……」
それ以上の懇願は、とてもじゃないができそうになかった。
顔を真っ赤にした佳織が必死にそう告げると、琉珂は好奇心に満ちた碧眼を細めてにっこりと微笑む。そうやって笑うと、彼は実年齢よりもずっと若く見えた。
「もちろん。可愛い佳織のお願いだもの――もっと僕に、佳織の可愛いところをいっぱい見せてね」
そういいながら、琉珂はゆっくりと佳織の中から指を引き抜く。
その代わり、反り立った自らの雄根を蜜口に押しつけ、くちくちと音を立ててその場所をなぞりはじめた。
「あっ、あ――琉珂、それだめっ」
とぷとぷと蜜を溢れさせるその場所を、丸い先端で刺激される。
勃ち上がった肉芽を軽く擦られただけで、佳織はあえかな声を上げてシーツを掴んだ。
「佳織……いっぱい感じて。一週間も会えない分、僕を佳織に刻ませて」
感じやすくなってしまった花芽を彼の熱塊で擦られる度、目の前が白けるような快感が佳織の体を駆け抜けていった。
必死でシーツを掴み、押し流すような愉悦の波に耐えようとしても、淫らにくねるばかりの肢体はその熱を逃すことができない。
「んぁっ、ぁあぅっ……ンっ! ふっ、く……」
「声、我慢しなくていいんだよ。佳織の感じてる声も、いっぱい聞きたいな」
「る、琉珂のいじわる……!」
普段はなんだって佳織のいうことを聞いてくれるような琉珂が、ベッドの中でだけは彼女のことを翻弄する。
栗色の髪を揺らして艶っぽく笑う琉珂は、そっと佳織の髪を撫でるとその鼻先にキスを落とした。
「ごめんってば、ね? そんな顔しないで――今、君のことをいっぱいにしてあげるから」
そうやって笑った琉珂は、芯を宿した自身の屹立を蜜壺に押し込んだ。
ずぷぷっと水っぽい音を立てて沈み込んでいく雄茎の感覚に、佳織は涙の膜が張った目を大きく見開いた。
「あ、ぁっ……! ア、んっ――ふぁ、あっ、あぁ」
「は……ァ、佳織。奥まで全部、僕を受け止めて」
普段は柔らかく人当たりの良い琉珂の声が、低く艶めいた響きに変わる。
その声を聞いただけで、佳織の媚肉はきゅぅっと疼き、更に抽送を開始されることで敏感に快楽を生み出してしまうようになった。
「ひあ、あっ……あっ、あぁっ……」
最初は緩やかだったその動きが、徐々にテンポを速くしてくる。
入り口の部分ギリギリまで引き抜かれた雄芯に奥まで貫かれると、張り出した部分が肉襞をずるりと擦りあげていく。
「ぁくぅっ……! あ――ッい、あっ……だめ、やぁっ! そこ、だめぇ……」
「ダメ、じゃないでしょ? 気持ちいいときは、ちゃんとそう言って」
激しく佳織を攻め立てながら、琉珂は優しくそう囁きかける。
動きと声がまるで別人のようで、極限まで高められた官能が更に燃え上がるのがわかった。
「ッは――い、いぃっ……そこ、ぁっ、奥が……」
「うん、奥がどうなの?」
誘われるように耳元で囁かれ、佳織はとうとう羞恥を手放した。どうせ言葉にするまで、彼は許してはくれないのだ。
「お、奥……コツコツされるの、が……いい……の」
情けなく震えた声でそう呟くと、琉珂は彼女が言ったとおりに最奥を何度かノックした。
「きゃ、ふぅっ……! ァあっ、あ、琉珂っ!」
これ以上されたら、本当におかしくなってしまう。
激しい抽送に身を震わせた佳織は、琉珂に向かって手を伸ばした。
腕は気怠く、突き上げられる度に胸が大きく揺れる――抱きしめてほしいといわんばかりに伸ばした腕の中に、琉珂の体が収まる。
「ぁあっ、あ――すき、好きっ……琉珂、寂しいよ……」
彼は仕事でフランスに行くのだから、妻である自分は我慢をしなければならないと思っていた。
だが、やっぱり寂しいものは寂しい。
奔流のように溢れ出した想いを口に出すと、琉珂がよしよしと頭を撫でてくれた。
「やっと言ってくれたね……僕も寂しいよ。ねぇ佳織、お願い――もう少し、こうしていてもいい?」
「ん……ぎゅって、して」
佳織がか細い声で懇願すると、彼は言われたとおりに強くその体を抱きしめた。
「あ、ぁっ――琉珂……」
心地好い体温を感じながら極みに押し上げられた佳織は、うっすらと閉じた目蓋の奥に一人の子どもの姿を見た。
栗色の髪に、大きな青い瞳――美しいがあまり笑わない、まるで人形のようなその子どもと目の前の愛しい人の姿を重ね合わせ、佳織は陶酔の淵へと堕ちていった。
(このあとは製品版でお楽しみください)