「帰りは夜中、かぁ」
田中(たなか)すみれはソファに寝そべりながら、灰色のゆったりしたスウェットに白いロゴ入りTシャツ姿で一人、食べたレトルトカレーの皿を洗うこともなくぼんやり空中を眺めていた。結ばず垂らしたままでいる髪は少しボサボサで、自分でもだらしないと思う。
契約結婚で書類上の夫となった持永(もちなが)栄(さかえ)はバーでピアノを弾くことが決まり、一週間通い詰めている。
夜は遅くなるから一人で済ませてと言われ、自分の分だけわざわざ作るのも億劫だからと、こうしてレトルトカレーを温めて食べた次第だった。
二人で過ごしていた時はあまりにべったりで煩わしさすら感じていたのに、いざ彼がいない時間が増えると寂しくてたまらなくなるのは不思議なものだ。
とはいえ、一日や二日ではない、一週間だ。
いくら意識しないようにしても、すぐに持永のことを考えてしまう。
それに、彼は帰ってくるなりぐったりして、ほとんどソファで寝るから余計に心配だった。
「今日は夜中まで起きてようかな」
そう思ったものの、もう瞼は重い。
スマホを見ても、連絡はないし。いつ帰るかわからない彼を待ち続けられるかは賭けだった。
とりあえず皿を洗って風呂に入ろうと体を起こすと、ソファで愛し合ったことを思い出した。
思わず赤面するものの、現状ではしばらく出来ないだろう。
もしかしたらもう二度とないかもしれない。
すみれはシュンとしつつ、皿をシンクに運んで洗ってから、またソファに寝転んだ。
あの時はあんなに拒絶していた持永との関係が、今では恋しくてたまらない。
もう一度スマホを見ても持永からの連絡はなかった。
ため息を吐くと、持永とキスをしたときのことを思い出してしまう。
(ここにいるせいだ)
じわじわと思い出しているうちに、自然と胸に手をやってしまう。
服越しに胸を揉んでいると、さらに持永の姿が蘇ってくる。
「あっ!」
妄想だけの持永だが、それだけでも十分な刺激だ。
Tシャツにスウェット姿で、どこにも行かない一日を過ごしているせいか、何もかもがだらしなくなっている。
持永がいないだけでこんな自堕落になるほど、彼に焦がれているのだろうか。
そんな風に思いながら、すみれは指先で膨らみの先端を服越しに捏ねた。
「あっああっ」
少しいじっただけなのに、体は電流が走るようにヒリヒリした。
捏ねるのを止められず、もっと欲しくなる刺激にもどかしくなって服を脱ぎ捨てる。
直接先端をいじり回すと、すぐにピンク色に染まり立ち上がった。
「あっああっ」
甘い声を上げながら、すみれは自らの弱い部分をいじめた。
そのまま膨らみを鷲掴みにして揉んでいると、持永のことが一段と恋しくなる。
「持永さん、持永さんっ」
うわ言のように呼ぶと、頭が蕩けてたまらない。
「はあっあっあっ……持永さんっ!」
そうして、恍惚の笑みを浮かべていた時だ。
玄関が開いて、「ただいま」と声が聞こえた。
「えっ」
慌てて服を着ようとしたが、脱ぎ散らかしていて拾いきれず、すみれは半裸で、ジャケットにチノパン姿の持永と対面した。
「すみれさん? あれ、もしかして?」
「違うんです!」
「ああ、そうですね。そりゃそうですね!」
そう言って、持永はニコニコしながら擦り寄ってくる。
「これは事故です!」
すみれは手で体を隠したものの、半裸を見られ、どんな言い訳も通らない。
必死に抗弁するも有無を言わせず、持永にふわりとお姫様抱っこをされてしまう。
「僕を思って一人でするなら、最高の場所があります」
「これはっ違うんですっ」
「こんな格好をして、まだ言い訳ですか? でも、必死に嘘を吐こうとするのも可愛いですね」
「だからっ、違いますってば!」
抱えられたまま行った先は、持永がいつも練習に使うピアノが置いてある部屋だった。
まさかと思っていると、ピアノを背に持永が座る椅子に腰掛けさせられる。
「ねえ、話を聞い……って、ん」
「こんな格好を見せられて、誰が止めると思いますか?」
手を振り払われて、ピアノに押しつけられる。
凸凹しているので裸の背に痛みが走るが、持永の柔らかい唇に触れられると自然と心地よさに上書きされていく。
「んっんっ……今日はどうして?」
「三日間もすみれさんのご飯を食べていないので、帰りたいと言って帰ってきました」
「そんな……はぁ……勝手な……あぁっ……」
(やだ……気持ちよくてたまらない)
先程までの刺激で快感が呼び覚まされ、持永とのキスだけで頭が蕩けてしまう。息を切らせ、まるで欲しくてたまらないとばかりにすみれは夢中で舌を絡めていた。
「はあっ……あっ……」
「どんな感じか教えてください」
「何……を」
「一人でする時です」
言われて、すみれは耳朶を染めた。
「それが分かれば、僕もかなり本気になれます」
「何にです?」
「すみれさんにです」
「も、もういいので。見なかったことにしてください」
すみれはもがいたが、持永は許してくれない。
それどころか、その場で果てるまでダメだと言わんばかりに膨らみにむしゃぶりついてくる。
「ああっ! ああぁあっ」
「すでに尖っていて、欲しくてたまらない状態ですね? それに、こんなところだと燃えるでしょう?」
すみれは首を振って違うと否定した。
しかし、持永は先端を舐めつつ、指で反対側を扱いてさらに追い詰めてくる。
「やあっ」
「こんなに悦んでいるんだから、素直になってください」
イヤイヤと首を振って否定したが、ソファで一人妄想した相手は持永だ。
いざ本人を前にして素直になれないでいるだけだと思うと、恥ずかしくてたまらない。
それなのに、力が抜けた瞬間にスウェットを、下着までも脱がされて裸にされては、さらに押し寄せる羞恥にもう死にそうだった。
持永は暑いのか、同じようにジャケットとシャツを脱いで半裸になる。
ぼんやりした頭で目の前の端正な肉体を見つめていると、足をおもむろに広げられて、蜜壺に指が突き入れられた。
そしてめちゃくちゃに掻き混ぜられると、すみれは一気に頂きを昇りはじめてしまう。
「んあっああっ!」
「蜜があふれて止まらないですね。欲しくてしょうがないですか?」
「これは、ちが……」
「僕を思ってしていたことが恥ずかしいことだと思っていますか?」
「違うんですっ」
「僕は嬉しいですよ」
耳朶で囁かれて、すみれはくらりとした。
先ほどから心臓は早鐘を打ち、心のどこかではこの状況を嬉しいとさえ思っている。
もはや持永の言葉を全て否定する方が嘘みたいで、どこまで否定していいのかわからない。
すみれは、蕩けた頭で持永を見つめた。
「これは、今日だけです」
「好きな時にどうぞ」
「そんなこと……」
否定しようとすると、蜜壺をめちゃくちゃに掻き混ぜられ、一気に頂きを昇り詰めていた。
「あっあああっ!」
ピアノに体を預け、すみれは背を仰け反らせる。明滅しかけた意識が戻るや否や、果ててしまった事実に猛烈な恥ずしさがこみ上げてきた。
「あっあああっ! またぁっ!」
しかし羞恥に悶える間もなく、抽送は再開した。満足そうな顔をする持永はさらに指を増やし、三本の指で抜き差ししてくる。
「蜜が指に絡んできますね。すみれさんが心地よさそうで嬉しいです」
「ちが……これはっ!」
「体がこんなに反応してるのに、僕を待っていたことをまだ否定するんですか?」
すみれは恥ずかしげに目を伏せて、喘ぎながら持永に言った。
「急に、一人の時間が増えて……ご飯まで一人になったから」
「僕を思ってしてしまった?」
「ンンッ! はあっ……指を、抜いてくださいっ」
「だめです。ここできちんと聞きます。すみれさんの声を」
(持永さんの変なスイッチ入ったみたい……)
グチュグチュとはしたない音を立てていると、持永は嬉しそうに口角を上げた。
「ピアノ以外の音を聞くのも楽しいですね」
「恥ずかしい……ヤァ……」
「耳にこびりついて離れそうにありません」
持永が思いきり掻き混ぜてくると、すみれはまた頂きを昇り詰めてしまう。
「あっあああっ! またぁっ」
そして背をしならせて、また果てていた。
体を震わせ、真っ白の頭でたっぷりの蜜を溢れさせる。
耐えきれずにがっくりとピアノに身を預けると、すみれは息を乱しながら持永をとろんとした目で見つめた。彼もこちらを見ていて、まだ足りないとばかりに内股を摩ってきて感触を楽しんでいた。
まるで楽器に見立てて演奏しているようなその指先は柔らかく、官能的な旋律は体だけでなく心まで乱していくようで。
「はあ……んっ」
「まだまだですね。すみれさんは、最後までしないと快感を得ないですから」
「でも、こんなところで。持永さんの大切なピアノが」
「そんなことはいいんです」
(いいんだ……そういうところがアバウトだと思うんだけどな……)
すみれがそんなことを思っていると、持永はおもむろに、男根を引き抜いた。
そして手近なところから避妊具を取り出すと、すぐに装着する。
すみれは慌ててもがいたが、持永に腕を押さえ込まれた。
「そんなに嫌がられると、少し傷つきます」
「だ、だって」
「夫婦です。ただの営みだと思えませんか?」
「それは――」
逆にただの営みだと思えないから、苦悩しているのだ。
持永を好きになりかかり、気持ちが溢れそうになっているから、彼がどうして体を求めてくるのか知りたくなってしまう。
ただの営み、なんて言葉で片付けてほしくはない。
熱が侵入してくると、すみれは目を見開いた。
「あっ!」
「少し狭いですね」
足を抱えられ、無理な格好にさせられていく間にも熱はどんどん侵入してくる。
「あっあああっ!」
隘路を押し広げられて、すみれは一気に蕩けていた。もう、何も考えられなかった。
内壁を擦る熱塊のせいで、体の奥から波状する快感に淫靡な声まで上げてしまう。
「はあっああっ……あっああっ」
「以前より心地いいみたいですね。上擦った声が聞こえてきます」
「やぁっ」
恥ずかしさで顔を隠そうとすると、持永に腕をぎゅっと押さえ込まれて拘束されてしまう。
一瞬、冷めたような目をして楽しむ持永に、罰だとばかりに強引に口付けられる。
「ンンッ」
懸命に受けるすみれだが、舌を絡めて唾液を混ぜるような熱烈なキスに頭が蕩けてしまう。少しは残っていた抵抗感も消え、ゆっくりと腰を使う持永にすみれは体を委ねていく。
「あっああっ! 持永さんっ!」
内壁をずりずり擦られ、たわわな胸を揺らして喘ぐすみれは、無意識に自らも腰を揺らす。そこに羞恥はすでになく、心地よさを求めるだけの、彼だけの女になっていた。
「とても感じていますね? 以前と同じ声が聞こえてきます」
「ひあんっ」
恥ずかしくてさらに出したこともないような声をあげると、熱が腹の奥でさらに膨張する。
「すみれさん。最高に感じているんですね」
脈打つ様から、持永だって興奮しているのが分かる。
それだけで昂ぶり続ける体を止める理由はなかった。押し寄せる快感の余波で抑えきれない欲望のまま、すみれは持永の言葉に頷く。
「もう……だめです……」
そう言った瞬間、持永は目を輝かせて、抽送を速めた。
「ああっ! だめっ! イクっ」
「すぐにでもっ! すみれさんの最高の瞬間を僕は逃さないです」
「やあっやああっ! 奥までっ」
思いきり突き上げられ、快楽で頭が漂白されていく。
何度も突かれているうちに、彼の熱が腹の奥で今にも爆発しそうなほど膨らんだのがわかった。
ああ、もうすぐ来るんだ――ラストスパートを前に互いに息を乱して抱き合うと、数瞬後、持永が余裕のない声で囁いた。
「――限界です」
その刹那、腹の奥で熱が放たれる。
「あっあああっ!」
すみれも果てると、ぐったりしてピアノに身を預けた。
息を乱しながらふと下を見ると、持永がぐったりとして椅子によりかかっていた。
「持永さん、大丈夫ですか?」
体勢を整えつつ様子を窺うと、持永はニヤリと笑い、すみれを抱き寄せる。
そして、耳元で囁いた。
「今度はここで一人でしてくださいね」
言われた瞬間、魔法にかかったようにすみれは持永に従いたくなった。
寂しさも忘れて、ここで持永を待つことが正しいと――彼自身が望むことに、何も抗う必要なんてないとさえ思ってしまった。
けれど、自分たちの関係はあくまで書類上だけ。夫婦だ、営みだと、形だけだったはずの関係が、どんどん変化していっている。
ついには、持永のことを――よぎる思いに、すみれはつい反射的に彼を突き飛ばしていた。
「そんなことしません!」
すみれは逃げるように浴室に向かい、熱をさますようにシャワーを浴びた。
持永との関係がどんどんあやふやになっていく。それを心地よく思ってしまういつからか抱きはじめた淡い恋心のせいで、求めていた答えは暗闇の中へと落ちてしまった。
手を伸ばせば届くのか、それとも。
「……わかんないや」
顔に水を当てていると、モヤモヤした思いが少しだけ紛れるような気がした。
(このあとは製品版でお楽しみください)