プロローグ
月明かりにきらめく銀髪は、空に流れる星の川のようだと思った。
「セレニア――」
普段は物憂げに伏せられている藍色の瞳も、二人きりの時は少しだけ優しい色になる。
人嫌いだ冷酷非情だと周囲からは言われているが、彼は周りがそう評価するほど冷たい人物ではない。
自ら他人と距離を置きたがるが、本来はとても優しく思慮深い人だ。
「セレニア? 考え事か?」
「えっ……いえ、その――マインツ様の御髪が、綺麗だなって」
二度声をかけてきたマインツが、どうしたのかと小首を傾げる。
(そうだった……ちゃんと、名前を呼ばれたら返事をしなくちゃ。今は、わたしが『セレニア』なんだから)
呼ばれた名前に馴染みがないわけではないが、それが自分の名前であると認識するまでに時間がかかってしまう。
自分の名前は『セレニア・ディ・カレドーニャ』だ――自らにそう言い聞かせて、少女は軽く微笑んだ。
「私は、セレニアの髪の色こそが美しいと思う。太陽を吸い込んだ優しい色だ」
伸ばされた指先が、彼女の髪に触れる。柔らかい金髪は蜂蜜を混ぜたかのように艶やかだった。
「君と一緒にいると、自分でも驚くほどに心が穏やかになる。私は自分自身の変化に驚いているんだ」
「変化、ですか?」
戯れるように髪に触れていたマインツが、するりと指先を解く。
そしてその指先は、布を纏っていない少女の肩に触れた。白くほっそりとしたその肩が跳ねると、マインツはくすくすと笑い出す。
「こんな私でも、もしかしたら再び他人を信じることができるかもしれない……君と一緒にいるとそう思えてくるんだ」
長い指先は少女の肩から、ふっくらとした胸へと降りていく。
彼は柔らかい唇をついばむと、そっと白い体を抱きしめた。
「んんっ……ぅ、ぁ……」
唇を軽く食まれて、少女の体がぴくりと反応する。
甘いくちづけは徐々に深さを増し、舌先がゆっくりと咥内に侵入してくる。
「ぁ、ふっ……ん、ぅぅ……」
蕩けるようなくちづけを与えながら、マインツは胸元にも触れ始めた。お椀型の柔らかい乳肉を優しく揉み上げ、やがてその先端を軽くつまみだす。
「んっ、ぁ――マインツ様っ……」
きゅっと先端をつままれて、甘い痺れが体を駆け巡る。
その刺激は少女の体の中を波状に広がり、下腹部をきゅっと疼かせた。
「セレニア……私の唯一の人。君の前で、私はようやく人間らしい表情をすることができる」
そう切なげに名を呼ばれ、狂おしい愛撫を与えられる度に、少女は自分の胸がひどく痛むのを感じた。
(……もし、わたしがセレニア様じゃないって知ったら――この人は、一体どれほど傷ついてしまうのかしら……)
懇ろに愛され、彼の深い孤独を知る度に胸が苦しくなる。
――少女の名前は、セレニアではない。
「ッく、ぁっ……あ、だめっ……」
身中を満たす罪悪感から目を背けるように、少女――アリアは軽く頭を振った。
優しく愛する人の名前を呼ぶマインツを騙しているのだということが耐えられない。
「どうして? もっと君の顔を、私によく見せてくれ……」
罪深さを感じて顔を背けるアリアの顎を、マインツが指先で捉える。穏やかな藍色の瞳がまっすぐに自分を見つめていることにも、彼女は耐えられなかった。
「私のセレニア。どうして、そんなに辛そうな顔をしているんだ?」
気遣わしげに眉を寄せるマインツだったが、アリアはその理由を口にすることができない。
ここにいるのは、麗しの公女セレニアではない。
傷ついた国王の前にいるのは身寄りのないただの少女だと告げてしまえば、彼女の敬愛するセレニア本人にも迷惑がかかってしまう。
「……故郷が恋しいのか? それとも、誰か君を苦しめる人間が?」
「いいえ――いいえ、違うんです。わたしは……」
わたしはセレニアではない。
そう口にできたら、どれだけ楽だっただろう。
言葉に詰まって首を振るアリアの鼻先に、マインツは宥めるようなキスを落とした。
「あ、っ……」
「言えないというのならば無理に言う必要はない。この国にも慣れない中で、きっと私にはわからない苦労があるんだろう」
背に流れる金髪を撫で、マインツは優しく彼女の体を抱きしめた。
「けれど今は、他のことなど考えないでくれ。ただ私を見て……そして感じてくれ」
抱きしめたアリアの体を横たえ、彼はその上に覆い被さった。
柔らかな銀髪が肌の上を滑るのが少しくすぐったい。アリアが軽く身をよじると、彼の手のひらがお腹の辺りに触れる。
「んっ……」
そろりと下へ降りていく手のひらが、やがてアリアの太腿に触れる。
「マインツ様……」
足を開いた手が、閉じられた秘処に伸びてくる。指先が丁寧に割れ目をなぞると、アリアの体ががくがくと震えた。
「ぁ、ああっ……ン、ぃっ……」
「体から力を抜くんだ。そう……ゆっくり、息を吐いて」
浅い場所を擦られるだけで、体が燃えるように熱くなる。
閉じていた場所を解すように、マインツは人差し指でくぷくぷと入口を慣らしていった。
「んんっ……ぁ、あぅっ……」
長い指が入口からそろそろと内壁をなぞると、かすかな刺激が生まれてくる。
わずかに生まれた快楽を逃すまいと、膣内がきゅっと収斂するのがわかった。
「ぁふっ、ァ、ん――」
「私の指に、いじらしく吸いついてきているのがわかるか?」
口に出してそう言われてしまうと、恥ずかしさで顔が熱くなった。唇からこぼれてくるあえかな声もいっそうにアリアの羞恥を煽る。
「あぁっ……だめ……っ」
優しく触れられると、まるで自分が大切にされているのだと錯覚してしまいそうになる。
マインツが囁く愛の言葉も、こうして触れてくる指先も、アリア本人に向けられたものではない。
(これは、セレニア様の……マインツ様は決して、わたしに触れているわけじゃないのよ)
自分に言い聞かせて唇を噛みしめると、それに気付いたマインツがもう片方の手で頬に触れてくる。
「唇を噛んではいけない。傷になってしまうよ」
「んっ……でも」
我慢していないと、自分から彼を強請ってしまいそうになる。
セレニアではない自分が、もっと触れてくれと強請るのは厚かましすぎる――その思いを言葉にできないまま、アリアはそっと目を伏せた。
「恥じらう君の姿も美しいが、今は私に身を委ねてくれ」
長い指先が蜜口を広げ、より奥へと侵入してくる。にちっと音を立てたその場所が確かな悦楽を生み出すのを、アリアはとうとう我慢できなくなった。
「あっ、あ――そこっ……」
「ここが感じるんだね? たくさん触れてあげるから、存分に感じるんだ」
耳に息を吹きかけられ、ぞくりと身震いを起こす。
一際快感が強くなるその一点を、マインツは丁寧に愛撫しはじめた。
「ぁあうっ、ンっ……は、ぁん」
鼻にかかった甘ったるい声が、じりじりと理性を焼き焦がしていく。
いつしかアリアはマインツの首に腕を回し、うっとりと目を細めて愉悦に身を浸らせていた。
「ぁんっ……ッふぅっ――く、ぅうっ……」
ちゅぷちゅぷと水音を立てながら膣内をかき混ぜる指は、やがて一本から二本に増やされる。バラバラに動く指先の感触に、アリアはいっそう甘く声を漏らした。
「んく、ぅ――ぁ、あっ」
「もうそろそろ、良い頃合いかな……」
そう言うと、マインツはちゅぷりと指先を引き抜いた。
すっかり蕩かされたアリアの体は、指が引き抜かれる動作だけでかすかに揺れ動いてしまう。
マインツが自身を取りだして、濡れそぼった蜜口にぐっと押し当てる――たったそれだけのことに、アリアは大きく息をのんだ。
「ッふ――ま、待ってください……まだ、わたし……」
口で待てと言っても、体は彼を求めてしまっている。蜜口は物欲しげに先端に吸いつき、先ほどから子宮はじんじんと疼いてしまっていた。
「待て、か。悪いけれど、そればかりはできそうにない」
うっすらと笑ったマインツは、そう言って屹立した肉茎をゆっくりと蜜壺の中へと挿入し始めた。
「んぁ、ぁ――」
ぐぐっと体を押し開かれる感覚とともに湧き上がる愉悦が、アリアの体を押し流していくようだった。
「あぁ――セレニア……っ」
甘く切なく妻を呼ぶマインツが、雄茎を根元まで突き立ててくる。
「あ、くぅっ……」
挿入だけでふるふると体を震わせたアリアは、体を弓なりに反らして快楽を逃がそうとする。だがマインツはそれを許さないとばかりに、細い彼女の腰を掴んで何度か打ちつけてきた。
「んぁっ、や、ぁあっ……あ、ぁんっ」
緩やかな律動が徐々に激しくなるにつれて、繰り返される呼吸もどんどんと早くなる。
「セレニア、好きだ……君だけはどうか、私の側から消えないでくれ。裏切らないでくれ……」
うわごとのようにそう呟きながら眉を寄せるマインツの顔を見て、アリアは泣きたくなるほどに胸が痛んだ。
(わたしは、この方をずっと騙して――)
彼に優しくされればされるほど、アリアの中で申し訳なさが降り積もっていく。孤独な国王の愛を知る度に、自分がひどく冷酷な人間に思えた。
「……マインツ様」
ずっと側にいるとも、決して裏切らないとも口にはできない。
自らの正体を偽っている自分にはその資格がない――アリアは一度唇を噛んで、マインツの頬に両手で触れた。
「愛しているよ、セレニア。初めて出会った時からずっと、君のことを想っていた……」
二人の出会いがどんなものだったのかを、アリアは知らない。
「……マインツ様、どうか唇に触れて――」
答えの代わりにキスを強請りながら、アリアはこみ上げる謝罪の言葉をなんとか飲み込んだのだった。
(このあとは製品版でお楽しみください)