深い水の底から浮かびあがるように、ふうっと意識がもどる。
歩梨(あゆり)は、目覚めた直後のぼんやりとした状態で、しばし暗闇を見つめた。なかなか眼が慣れてこないので不安になり、少しだけ動いてみる。
歩梨の身体は適度な弾力のあるマットのうえに横たわっていた。おそらく、寝室のベッドに寝かされているのだ。
それがわかると、ほっとした。
(でも……どうして寝室にいるのかしら、わたし……)
徐々に記憶がよみがえる。
(……たしか、親族の人たちと食事をしていたはず)
歩梨は二カ月ほど前に、片倉(かたくら)倫明(みちあき)という、親子ほども年齢の離れた男性と入籍した。
訳あって結婚式は挙げなかった。
その代わり、倫明が所有する別荘に片倉家のごく身近な親族を集め、有名レストランのシェフを招いて豪華な会食をしたのだ。
三年前に父親を亡くし、母親も難病を患っているひとりっ子の歩梨には、披露宴代わりの会食につき添ってくれる親族も、祝ってくれる友人もいなかった。
『財産めあてに二十八も年上の男をたぶらかした』という中傷から歩梨を守るという名目で、倫明が入院中の母、由香利(ゆかり)以外に結婚の報告をすることを禁じたからだ。
五十八歳になる倫明は、老舗製薬会社『カタクラ製薬』の現社長だ。端正な容姿は、実年齢よりずっと若く見える。
倫明は、不運が重なって困窮していた歩梨と、母の由香利を助けてくれた。
彼と知りあってから歩梨の生活はぐっと楽になったし、先行きの不安もなくなった。
由香利も東京都内の名医を紹介され、それまで入院していたS県の総合病院から転院した。六人の大部屋から落ち着ける個室に移り、充分な治療とケアを受けている。
けれど、倫明を愛しているかと問われると、歩梨は返事に困ってしまう。
嫌いではない。尊敬もしているし、感謝もしている。だから、愛してはいるのだろう。
でも、恋ではなかった。
父を亡くし、古民家カフェの経営で作った借金と病気の母を抱え、恋愛を楽しむこともなく三十歳になってしまった自分を冷静に見つめ、決断した結婚だった。
(どうして、こんなに真っ暗なの……?)
先ほどから眼をあけているはずなのに、何も見えてこない。普通なら、少しすれば暗闇に慣れて、周囲のようすがわかるはずなのに――。
そこまで考えて、はっと気づいた。
(目隠しを、されている……?)
いったい、どうなっているのだろう? 怖くなり、反射的に手探りをしようとした。
(え――?)
歩梨は息を呑んだ。
手が、腕が、動かなかった。両手とも背中側で縛られている。
「いやっ! どうして!?」
闇のなかに自分の声だけが響く。
そのとき――。
マットレスがわずかに撓(たわ)んだ。すぐそばに、誰かがいる。
「み、倫明さん……?」
震える声で、結婚したばかりの夫の名を呼ぶ。
「……倫明さん、なの?」
返事はない。
歩梨は全身の神経をとがらせ、倫明であるはずの『彼』の気配を感じ取ろうとした。
「きゃ……っ!」
いきなり、『彼』の手が歩梨の頬に触れてきた。その手は顎から首へと動き、鎖骨をたどり、肩に触れ、背中にまわる。
ブラジャーが軽く後ろへ引っぱられる感触があって、ホックの外れる小さな音が聞こえた。
下着から解放されたふたつの乳房がぷるんと揺れて、まろび出たのがわかる。
「倫明さん、お願い……返事をして」
混乱する心を落ち着かせようと耳を澄ましてみるが、右側を下にして横たわる歩梨の背後からは、倫明のものと思われる荒い息づかいが聞こえるだけ。
視覚を奪われると、こんなにも不安と恐怖をかき立てられるものなのか――。
「あ――」
手が、歩梨の左胸に触れた。
円を描くように揉まれ、柔らかい先端を指で捏(こ)ねられると、思わず押し殺した声が漏れる。
歩梨が身体をくねらせても『彼』の手は動きを止めることなく、乳房のかたちを変えるのを楽しむかのように、やわやわと揉みしだいた。
ときおり、乳首を爪で引っ掻いたり、つまんで引っぱったりする。
そんな風にされると、歩梨の下腹には、温かい湯を注がれたみたいな疼(うず)きが起こった。
「……倫明……さん……」
そうだ、きっとこれは、倫明の戯れなのだ――歩梨は、そう思うことにした。
倫明は四十歳のときに前立腺癌を患い、男性機能を失っている。
けれど、性交はできなくなっても、男としての欲望はある。むしろ挿入行為が不可能になったぶん、性欲は増していくのかもしれない。
執拗に身体を弄られ、舐めまわされ、『大人のおもちゃ』と呼ばれる性具を使って徐々に身体を開かれていった歩梨は、抵抗を
覚えながらも逆らうことはできなかった。
自分だけではなく、母の由香利の命運も、倫明しだいだったから――。
倫明の手が歩梨のショーツにかかり、素早く脚から抜き去った。
盛りあがった臀部(でんぶ)や太腿を撫でられる。
腿のつけ根を掠(かす)めるようにして指先が触れると、期待ともどかしさで、歩梨は自然に両脚をすりあわせるような動作をしてしまう。
肩を軽く押され、仰向けにされた。
目隠しをされているので視界は真っ暗だ。倫明の顔を確かめることも、縛られた腕を伸ばして『彼』の身体に触れることもできない。
「やっ……あ、ん……」
右の乳房の先端が、ぬめりのある何かに包まれた。「ちゅっ」と湿った音がして、乳首が吸いあげられ、舌先で弾かれ、左右上下に転がされる。
左の胸は相変わらず捏ねるような動きで、ゆっくりと揉まれていた。
(……なんだか……いつもと違う……?)
舌先の動きや胸を揉む動き、力の加減が、いつもの倫明とは違うような気がする。こんなに優しく、慈しむような愛し方をしてくれただろうか――?
倫明は、歩梨の豊かな胸に執着していた。形やボリュームが好みなのだという。
いつも長い時間をかけて愛撫されたが、その執拗さには、めずらしい生きものをいたぶって楽しんでいるような残酷さがあって、お世辞にも気持ちがいいものではなかった。
(でも、今日の彼は……優しい……)
舌の愛撫が、左の乳首に移った。
くすぐったさと紙一重の快感に、歩梨は身をよじる。
「――あっ」
いきなり太腿を抱えられる感触があって、脚を大きく広げられた。ぱっくりと割れた粘膜に、「ふうっ」と、あたたかい息がかかる。
「……ひ…っ……」
肉芽が、唇で挟まれたのがわかった。そこはきっと、はしたなく充血して硬くなっているのだろう。陰核に軽く歯を立てたまま、嬲(なぶ)るように、ちろちろと舌が往復する。
「あっ、やっ……やっ、やめて……っ」
ぴちゃ、じゅる、ちゅっ――。
膨らみきった肉真珠を舐め、しゃぶる、淫らな音が聞こえた。
強く吸いあげられた瞬間、大波のようにせりあがった快楽が臨界点を超え、手脚を強ばらせた歩梨は、あられもない声をあげていた。
「――いっ、いいっ! いく…っ! あっ、ああっ! あーっ!」
のけ反った胸の谷間を、背中を、汗が伝い落ちる。
ゆっくりと引いていく波の余韻に浸りながら、歩梨は肩で息をした。
いつもの、どこか虚しい絶頂とは、あきらかに違う。身体は戒められていても、満たされた感覚がある。
(……なんて、気持ちいいの……こんなの、初めて……)
余韻に浸っているのもつかの間、ちゅぷりと蜜壺に男の太い指が侵入してきた。そこがこれ以上ないほどに濡れているのが、粘ついた音と滑らかな指の動きでわかる。
「……すごい……びしょびしょだ……」
ため息まじりの、『彼』の声がした。
(これは……倫明さんの声……?)
よく似ている。けれど、どことなく張りがあって、若々しいような気がする。
「ひっ! やっ、やだっ! そこっ……擦らないでっ!」
二本に増えた指が、歩梨の蜜壺の敏感な襞(ひだ)を、円を描くように擦りあげた。
絶頂を極めたばかりだというのに、指で撫でられている部分が熱を持ち、またあの、電流みたいな波みたいな気持ちよさが襲ってくる。
目隠しをされ、後ろ手に縛られた歩梨の身体が、びくびくと跳ねた。
縛られた手首が強ばって、痛い。
「え――?」
広げられた歩梨の脚のあいだに、『彼』の身体が割り込んでくる。蜜口に太くて硬いものが押しつけられ、先端がずぶりと埋まった。
「う……嘘っ!」
(――違う! この人は倫明さんじゃない!)
倫明は、歩梨の夫は、こんなことはしない。できない。
「いやあっ! あなた誰っ!? 誰なのっ!?」
『彼』は歩梨の声を無視して、ずぶずぶと腰を沈めてくる。かなりの大きさだった。焼けるような熱を持った蜜壺が、太い男のものを抵抗なく受け入れていく。
「やめてっ! 抜いて! お願い!」
襞をみちみちと押し開き、やがて最奥に硬い亀頭が当たった。
『彼』はそこで動きを止めると、歩梨の右の乳首を「かりっ」と軽く嚙んだ。続けて、母乳をねだる赤ん坊のように吸いあげる。
「――ああっ!」
悦んだ子宮が、きゅうっと動いた。蜜壺がペニスを締めつける。
「うっ」
『彼』は息を詰めて呻(うめ)くと、上体を起こし、歩梨の尻をつかんで自分の腰にぐっと引きつけた。男の下腹に、歩梨の股間がぴったりと密着する。
やがて、『彼』はゆっくりと動きだした。
引き抜いたペニスを奥へと抽挿(ちゅうそう)するたび、歩梨の濡れて膨らんだ陰核が、男の下腹に押しつぶされ、擦られる。
「あうっ! あっ、い、いや……あぁ――い、いいっ!」
性器の先端が奥まで届くと、『彼』は故意に下腹を押しつけながら腰をまわし、歩梨の肉芽に刺激を与えた。
しだいしだいに抽挿の速度が増す。突かれるたび、穿(うが)たれるたびに、脳天が痺れるような悦楽が歩梨を攫(さら)っていく。
静かな部屋に、二人の荒い息づかいと、肌と肌がぶつかる音が響いた。
「ああっ――それっ……それを――もっと……!」
もう『彼』の正体など、歩梨にはどうでもよかった。ディルドやローターではない、生身の男の肉体に狂わされていく。
幾度めかの頂点に押しあげられたとき――。
『彼』の肌から、どこかで嗅いだことのある、ほろ苦くて涼やかな香りが立ちのぼった。
(……この匂い……まさか……)
背中を丸め、反らし、全身で快楽を訴えながら、歩梨は白く霞んだ頭の片隅で思う。
(まさか――透真さん、なの――?)
(この後は製品版でお楽しみください)