書籍情報

田舎者の代理姫は、イジワル侯爵様の寵愛で成り上がる

田舎者の代理姫は、イジワル侯爵様の寵愛で成り上がる

著者:秋水つばめ

イラスト:てば

発売年月日:2024.2.28

定価:990円(税込)

貴族たちの折衝が行われる舞踏会。そこに貴族令嬢の代理として参加する代理姫。それで成り上がることを夢見て王都へとやってきたユーキは、新興貴族のニコラと出会い、彼に協力することに。それから彼女は名門貴族であるアルフォンスに接触するため、より大きな舞踏会に参加するが、エレオノールというライバルの存在に、力不足を痛感させられる。しかし、それでもあきらめないユーキのことを、アルフォンスが妙に気にかけてきて……!?

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登場人物

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プロローグ

 

 

キラキラ、キラキラ――。

そんな音が聞こえてきそうなほどのまばゆさを放つシャンデリアに照らされながら、白鳥の間の白い壁に飾られた睡蓮の花の油彩画や東方の白磁の壺が、輝きを放っている。

おそらくはその一品一品が、庶民が一生をかけて働き、かつ何人もが寄り集まってようやく手が届くようなものだろう。

今日この日、この舞踏会に集められた貴族たち招待客の一部は、それらの品々を熱心に眺め、主題や様式、由来の話に花を咲かせ、感嘆の息を漏らすのだった。

けれど、八歳になったばかりのユーキに、そうした価値はわからなかった。代わりに彼女の目を引いたのは、部屋の中央で踊る何組もの男女の姿であった。

優雅に、流麗に。機械的な正確さでありながら、ときに熱っぽく、情愛すら醸して。

きらきら、くるくると舞う人々の姿に、ユーキは釘づけになっていた。

「ねぇねぇ、オングおじさま。あれはなぁに?」

彼女と一緒に来ていた初老の紳士、オング・ド・ジャント子爵は、我が子に向けるような優しい笑みを浮かべた。

「ダンスだよ。数ある社交界のたしなみの中でも、最も華があるものさ」

「ダンス……」

ユーキは目を輝かせながら、聞こえてくる音楽に合わせて体を揺らしはじめた。オングがそれをほほ笑ましく見つめていると、一人の男が近づいてきた。

「ジャント子爵、お久しぶりですな」

声をかけてきたネサン伯爵は、この舞踏会の主催者であった。まだ三十代前半ながら、その審美眼で、社交界でも一目置かれる人物である。

「おお、ネサン伯爵。ユーキ、ご挨拶なさい」

最初ユーキは視線を動かさなかったが、もう一度名前を呼ばれて、ようやく振り向いた。

「そういえば、今回は娘のためにお孫さんを連れてきてくださるという話でしたが……もしや、その子が?」

ネサン伯爵はユーキを値踏みするように眺め、その黒髪を見ていぶかしげに目を細めた。

その疑念を察したオング子爵は、とっさに口を開いた。

「実は……お恥ずかしい話なのですが、私の孫は体調不良になってしまいまして。しかしお約束を違えるわけにもいきませんので、その、知り合いの娘を……」

「ははは、なるほど。子どもながらに、〈代理姫(シャドレ)〉の真似事というわけですか。構いませんよ。娘も面白がるでしょう。……彼女の出身は?」

伯爵の問いかけに、オングはホッとした。どうやら伯爵は怒るどころか、ユーキに興味を示してくれたらしい。

「さすが、鋭いですな。彼女自身の出身はこの国、メルステラですが、曾祖父がはるか東の島国、ヒノク(日之国)の出身らしいのです。なんでも、傭兵として海を渡り、以来根を下ろしているとか」

「ああ、それでこんなにも美しい黒髪なのですね。先ほどは冗談で言いましたが、もし彼女が社交界にデビューすれば、それなりの話題になるのではないですか?」

「いやいや、お戯れを」

伯爵が目の色を変えて熱っぽく語るので、オングは苦笑する。本当に、珍しいものには目がない人なのだ。

とはいえ、そんな伯爵の人柄を理解していたからこそ、ユーキを連れて来たのだ。社交界で目立った人脈のないオングにとっては、今をときめくネサン伯爵の好感を得るのは、重要なことであった。

そんな大人の思惑など露知らず、ユーキは純粋な瞳で、何組かのダンスをまっすぐに見つめている。

「オングおじさま、私もまざっちゃだめ?」

ユーキがそう訊くと、オングは困ったような顔をした。何と言って納得させるべきか、言葉を探しているようだった。

「……いけないよ。あの人たちは、誇りを持ってあそこに立っているんだからね」

「そーなの?」

誇り、などと言われても、ユーキにはよくわからなかった。だが、かつて父がそれはとても大切なものだと語っていた記憶があった。

だから彼女は残念な気持ちをこらえ、けれど完全には捨てきれず、未練っぽくまた踊りを見つめた。

身を寄せ合い、舞う男女。それはまるで一体のようだが、ユーキは不思議と女性のほうに心を惹かれていた。

「ふむ。ここで踊りたいとは、本当に素質があるのかもしれないな。君、もしここで踊りたいのなら、代理姫にならなくてはね」

「しゃどれ?」

「ああ。この舞台に、夢や希望、己の全てを懸けた女性たちのことさ。その気になれば、王族と一緒の舞台にだって立つこともできる」

「……それって、タイコーみたいに?」

「タイコー?」

「この子の曾祖父がヒノクにいたときに仕えていた人物だとか。なんでも、平民の立場から王のような立場まで上りつめたらしいのですよ」

「ああ、それはいいな。もちろん、その人物のようにだってなれるとも」

ネサン伯爵の言葉に、ユーキは瞳を輝かせた。そして、弾むような声で宣言する。

「なら、私は代理姫になる!」

それは、子ども時代に抱く、一時の希望。そのうち現実を知って、いつかは泡と消えていく刹那の輝き。だからこそ、大人たちは本気で取り合うことはなく、愛でるように彼女の夢を肯定する。

ユーキ・ゴトーという少女の意志の強さを、このときは誰一人信じていなかった。

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