プロローグ
薄暗い室内は、二人分の吐息で満たされていた。
決して狭くはない部屋だ。いずれ王妃となる女性に与えられた一室は、彼女がかつて暮らしていた城の自室よりはるかに広い。
「あ、んっ……んぅ、う……」
そんな薄暗い室内で、一人の少女――アシュリーが艶めかしく息を吐いた。愛しい体温を追うように手を伸ばすと、長い指先がほっそりとした彼女の手を握りしめる。
「ここにいるよ、アシュリー」
耳元で聞こえる声と一緒に、右手が強く握りしめられる。
声の主はアシュリーを落ち着かせようとしているのか、繰り返していた腰の動きを止めて頬に唇を落とす。
「メルキオール様……」
ほろりとアシュリーの唇からこぼれ落ちた名前は、この国の王太子――一年後には国王としての即位が決まっている、若い青年のものだ。
不安げにその名前を呟いたアシュリーは、彼の逞しい胸板に軽く触れるとそっと目を閉じた。
「なにを不安がっているの? 言葉に出して、私に教えてくれないか」
「……不安というわけでは、ないんです」
とはいうものの、アシュリーのその声はひどく不安定で、強風の前で揺らめく蠟燭のように儚いものだ。今にも消えてしまいそうな声で囁く少女の手をさらに強く握り、メルキオールは彼女の中に埋めていた肉の楔をぐっと押し込んだ。
「ぁ、うっ……!」
「隠し事はいけないな。ちゃんと、私に話して聞かせてごらん」
感じる場所を深く突き上げられて、思わず甘ったるい声が漏れる。メルキオールはアシュリー以上に彼女の体をよく知り尽くしているらしく、貫くように突き出された膣奥まで響く刺激に、声を堪えることができなくなった。
「あっ、んぁ――ち、違います! 不安じゃなくて、その……」
美しい銀髪を寝台に散らしたアシュリーは、濃紺の瞳でメルキオールを見上げた。
「メルキオール様の、お体のことで――ま、まだ病み上がりですし……」
今自分に覆いかぶさっている、均整がとれた美しい肉体――この体は、ほんの少し前まで毒に侵されていたのだ。
あまり激しい運動はしないように、というのは、王宮の筆頭侍医からもしっかり言い聞かせられている。けれど彼は、ほとんど毎晩のようにアシュリーを求めてきた。
自分に体力がないのはわかっているが、こう毎晩だと彼の方も疲労がたまるのではないか――そんな考えが、アシュリーの頭によぎって行為に集中できない。
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと、じゃありません……! こんなこと、わたしが言えたことではないかもしれませんが……でも、どうかご自愛を」
そもそも、彼が毒を食らって倒れたのはアシュリーの過失によるものが大きい。
その責任を感じているだけに、余計に彼には安静にしておいてほしかった。
「……君の寝室を訪れる頻度を減らせと?」
「い、一緒に眠るだけでしたら、わたしだって止めたりは――でも、それでは済まないことが、多いじゃないですか……」
「そうだな。眠るだけでは到底満足できなくなってしまった」
アシュリーもそれは理解している。メルキオールと共寝をして、本当に眠るだけで済んだことなど一度もなかった。
それに、アシュリー自身だって、それでは我慢ができない体になってしまっている。
「私はもっと、君に触れていたいんだ。ただでさえ執務の時間は一緒にいることができないし――君が心に抱えている不安を全て消し去ってしまうくらい、共にいることができたらいいのに」
優しく頭を撫でられ、アシュリーの胸がぐっと苦しくなる。
メルキオールは自分のことを、これ以上ないほどに愛してくれている。
アシュリーもそんな彼のことを愛しているし、もっとそばにいたいとも思う。
(でも、本当にいいの? わたしがそんな、身の丈に合わないような願いを抱いてしまって――)
ふと、我に返ってしまう時がある。
自分はメルキオールという立派な人の側にいてもいい人間なのか――彼を欺き、密命を帯びていた間者が側にいては、次期国王という彼の輝かしい未来まで穢してしまうのではないだろうか。
「余計なことを考える必要はない。君は私の花嫁になるんだ――誰が反対しようと、誰が邪魔をしようと、私は絶対に君を妻に迎えてみせる」
「ひぁ、あっ……ンぁっ、メル――」
ぐぐっ……と奥をこじ開けられて、頭の中を占めていたほの暗い考えが霧散する。
力強い抽送が再開され、肌と肌がぶつかる淫靡な音が響き渡ると、不安はたちまち掻き消えてしまった。
「ッあぁっ! あ、ふっ……んぁっ……!」
気持ちいい場所を先端で擦り上げられ、メルキオールの指先で淫芽を転がされる。
抵抗できないほど激しい快楽に襲われたアシュリーは、白い肌を波打たせながら喜悦に喘いだ。
「私のアシュリー――なにも心配しなくていい。ここに、君を脅かす者は誰もいないんだ」
まるで子どもに言い聞かせるかのように優しく、穏やかな声。
けれど、繰り返される力強いピストン運動は、淫らな愉悦を伴って不安と後悔を解きほぐしていく。
「あ、んんっ……メル――」
ぐっと胸を締め付けられながらも、アシュリーは彼の名を呼んだ。褥(しとね)でしか呼ばない、彼の愛称――その名を呼ぶと体が熱くなって、理性のしがらみがリボンのようにほどけていく。
「愛してるよ、アシュリー。だからどうか、私を信じてくれ」
熱っぽい声が聞こえて、唇が塞がれる。
彼の手で崩れ落ちていく理性と不安の中で、アシュリーはゆっくりと頷いたのだった。
(この後は製品版でお楽しみください)