第1話 プロローグ
愛しい人を待つ時間は、どうしてこうも長く感じられるのだろう?
もうじき健太(けんた)が来る。
そう思うとソワソワして落ち着かないし、馬鹿みたいに胸がときめく。
ついこの間会ったばかりなのに、彼を想うだけで自然と身体が火照り、脚の間がじんわりと湿ってくる。
志穂(しほ)は今一度洗面台の前で髪の毛を整え、迷った末にさっき引いたばかりのルージュをティッシュペーパーで拭った。
(どうせすぐにキスするんだし、このほうがいいよね?)
ピンポーン――。
ドアベルが鳴り、志穂は大急ぎで洗面所を出た。
逸る気持ちを抑えつつ玄関に進み、ドアスコープを覗く。
(健太だ!)
一気に頬が紅潮し、待ちかねていた気持ちが爆発する。思わず口元が緩みそうになるが、どうにかそれを抑え込み、一呼吸おいてからドアの鍵を開けた。
「いらっしゃ……んっ……ん、ん――」
ドアが開くなり押し入ってきた健太が、志穂を壁に押さえつけて唇を重ねてきた。
「会いたかったよ、志穂。……今日会えると思うと昨夜は興奮して、なかなか寝付けなかったくらいだ」
カットソーとスカートの裾を捲られ、乳房と尻肉を捏ねるように愛撫される。ブラジャーのホックが外れ、キスが唇から胸元に移動した。
「ちょっ……健太ったら……。会いたかったって……ヤリたかった、の間違いじゃないの?」
そんな憎まれ口を叩きながらも、心身ともに彼を待ち望んでいる。
乳先にぢゅっと吸い付かれ、思わず大きな声を上げそうになった。いつの間にかずらされていたショーツを脱がされ、下半身があらわになる。
「ぁっ……け、健太っ……こ……こんなところで……」
言葉では非難しつつも、もうすでに身体は燃え上がってしまっている。
志穂は無意識に右足を上げ、背中とは反対側の壁に押し当てて挿入を促すような姿勢をとった。
すぐに膝裏を腕の中に抱え込まれ、秘裂を指でまさぐられる。喘ぐ唇をキスで塞がれ、互いの舌がねっとりと絡み合った。
「そっちこそ、ヤリたくてたまらなかったんじゃないか? そうじゃなきゃ、こんなにグチュグチュに濡れてるわけないだろ」
勝ち誇ったような目で見つめられ、志穂はかろうじて眉間に皺を寄せた。スラックスを脱いだ彼の腰に手を伸ばし、硬い膨らみに掌を押し当てる。
「なによっ……。自分だってガチガチに硬くしてるくせに」
「バレたか」
ニヤリと笑うと、健太が慣れた手つきで避妊具を装着する。先端を蜜窟の縁に押し当てられ、じっと目を見つめられた。
「〝早く挿れて〟って言ってごらん」
低い声で囁かれ、胸の高鳴りが大きくなる。
「そっちこそ〝早く挿れたい〟って言いなさいよ」
「ふん……どうした? 今日はやけに反抗的なんだな。いつもの可愛い志穂はどうした?」
唇に素早くキスをされ、軽く上唇を噛まれた。
「は? 何よ――」
「だけど、そんな志穂も大好きだ。すごく可愛いし、早く挿れたくてたまらないよ――」
唇がぴったりと合わさると同時に、硬い熱塊が志穂の中に入ってきた。待ち望んだものを咥え込んだ蜜窟がヒクヒクと収縮する。
「っ……ぁん、っ……!」
ドアは閉めているが、大声を出せば誰かに聞かれないとも限らない。
志穂は奥歯を噛みしめて声が出るのを我慢した。
「そうやって声を我慢している時の志穂は、一段と可愛いよ」
下から突き上げるように攻め立てられ、一瞬息ができなくなる。
あまりの快楽に腰が抜けそうになり、志穂は健太の肩に腕を回して彼に縋りついた。両方の手で双臀を掴まれ、交わっている部分がいっそう密着する。切っ先を深々と突き立てられ、悦びに全身が震えた。
「か……可愛くない……って、言ったくせにっ……」
文句を言う唇をキスで塞がれ、舌を絡め取られる。唾液に濡れた乳先を指の腹で弄られ、志穂は身を捩って甘い声を上げた。
「そうは言ってないだろ? ふてくされた志穂の可愛くないところも、たまらなく可愛いよ」
「あんっ! あ……健太っ……」
好きな人に抱かれる幸せが、志穂の肌を熱く粟立たせる。
もうこれ以上我慢できない。
志穂は自分から健太にキスをし、爪先立って腰を揺らめかせた。
「志穂っ……今の動き、すごくいいよ」
「そう……? じゃあ、もう一回やってあげる――」
健太が感じているとわかると、それだけでどっと蜜が溢れてくる。
睫毛が触れ合う位置で見つめ合うと、志穂は改めて彼にキスをしながら淫らに腰を動かし続けるのだった。
第一章 幼馴染とのイケナイ関係
「あ~あ……私って男運ないのかな。このままだと、一生独身を貫いちゃいそう……」
飲みかけのカクテルを一気に飲み干すと、志穂はガックリと項垂れてため息を吐いた。
都心に建つシティホテルの上階にあるこの店は、二人がはじめてアルコールを酌み交わした思い出深い場所だ。
来る時は、いつも健太が窓際の席を予約してくれており、今夜も座り慣れた場所から煌びやかな夜景を眺めている。席はフロアの一番奥にあり、あまり人目を気にせずに寛ぐ事ができた。
「まだ二十八歳だろ。まあ、そう焦るなって」
「焦るわよ。男の二十八歳と女の二十八歳は違うの。男は年齢とともに渋さが出ていい感じになったりするけど、女はピークを迎えたらあとは下降するばかりなのよ」
志穂は目前の窓に映る自分を見ながら、掌で顔の輪郭をなぞった。
卵型の顔に奥二重の目元。鼻筋は通っているし唇の形もいい方だが、全体的にやや女らしさに欠ける顔立ちをしている。
「男だって、いい感じになるとは限らないぞ。それに年齢を重ねて妖艶になる女性はたくさんいるじゃないか」
「そりゃあ、モデルや女優さんとかならそうだろうけど。私は見た目どおりの一般人だし」
宝田(たからだ)志穂、二十七歳。
過去付き合った男性は、三人いる。
しかし、いずれも期間は短く、しあわせだった時間はほんのわずかだ。
「もうじき寒い冬がくるのに、このままじゃ心が凍えちゃう。だけど、もう二度と偽物の恋愛はしたくない」
志穂の頭の隅に、元カレ達の顔が思い浮かぶ。
最初の相手は自称独身の妻子持ちで、あとの二人には二股をかけられていた。その事をこぼすと、隣に座っている筒井(つつい)健太が志穂のこめかみを指で突いた。そのついでに、頬にかかっていた髪の毛を耳のうしろにかけてくれる。
「髪の毛、だいぶ伸びたな」
「うん、そろそろカットしに行くつもり」
「そのこだわり、そろそろ捨ててもいいんじゃないか?」
「そうだよねぇ……。私もそう思ってるんだけど、ヘアサロンに行くと『いつものとおりでいいですか?』って聞かれて、つい『はい』って言っちゃうんだよね。一度緩めのウェーブヘアにしてみたい気もするんだけど、結局はそうできないままだし」
元カレ達は、なぜか揃いも揃ってストレートのロングヘアスタイルの志穂を好んだ。
もともと癖のない髪質だから、維持するのにさほど手間はかからない。志穂自身も伸ばしたほうが楽なのだが、三度の失恋を機にバッサリカットして肩までのボブスタイルに変えた。
「ロングもショートも似合ってるし、志穂がしたいようにすればいい。それはさておき、いつも言ってるけど、志穂は人を信じすぎる傾向にある。もう少し人を――特に男を見る目を養ったほうがいい。それに、焦って探すとまた次もハズレ男を引いてしまうぞ」
「わかってる……つもりなんだけど、男性に関してはどうにも巡り合わせが悪くて」
「巡り合わせだけの問題じゃないだろ。ろくでもない男は、どこにでもいるし、そういう奴を避けて本当にいい男を見つけるんだ。相手の見た目に惑わされず、言動を観察して本質を見抜かなきゃダメだ。とにかく、次に彼氏ができそうになったら今度こそ前もって俺に紹介しろよ」
最初の元カレと別れた直後、志穂は健太にそうするよう忠告を受けていた。
しかし、あとの二人はいずれも連絡をする間もなく別れるに至ったのだ。
「わかった。今度は出会ったその日のうちに連絡するから」
「約束だぞ。スマホが繋がらなかったら、事務所にかけてくれ」
志穂の幼馴染にして男友達の健太は父親と共同経営の「エターナル弁護士事務所」に所属する敏腕弁護士だ。
二人の実家は隣同士であり、同じ幼稚園に通い学校も高校まで一緒だった。今はお互いに一人暮らしをしているが、時折こうして会って話をする仲だ。
「でも、健太に紹介すると、あれこれと難癖をつけられちゃいそう」
「そんなの、当たり前だろ。大事な幼馴染が傷つくのを、これ以上見過ごせるか。連絡をもらい次第、人物と素行を徹底的に調査してやる。もちろん、職権乱用にならない範囲だがな」
「それって、私が傷つくの前提で言ってる?」