「え、えっ……!? 待って下さ、……!」
背中に感じた衝撃に思わず顔をしかめたユリアナは、次の瞬間呆然とした。自分の身体が寝台に押し倒されていたからだ。そして身体の上にのしかかり、彼女の細い肩と手首を押さえ、見おろしているのは、ミヒャエル・フォン・フォイエルバッハ──西欧中央から北部に位置するラインラント王国の、王に次ぐ権力を持つ第一の貴族、フォイエルバッハ公爵家の若き当主だった。
ユリアナより三つ年上だから、二十一歳の筈だが、彼はさらに大人びて見えた。軽く流した漆黒の黒髪に同じ色の切れ長な瞳。高く通った鼻筋。引き締まった唇。端正だが日に焼けている為か、その面差しは精悍な雰囲気が漂っている。そしてその目は、今、明らかに強い怒りをたたえてこちらを凝視していた。
漆黒の瞳に、ユリアナは一瞬吸い込まれるような感覚を覚え、思わず見つめ返してしまった。それからはっとなり、慌ててかぶりを振る。彼が視線をそのままに、さらに顔を近づけてきたからだ。その肌からは日の匂いと、彼が顔や手をすすぐのに使っているらしい、ミント水の香りがした。そして、身体を押さえつける彼の両手に、力が込められる。
その視線が再びユリアナの目を捉えた。彼女の二重の瞳は深い青色で、今は怯えて見開かれている為、一層大きく見える。淡い巻き毛の金髪は長く、両サイドだけ編んで後ろでまとめていたのが押し倒された時にほどけ、白く清潔なシーツに波打って広がっていた。形の良い鼻に小さいがふっくらとした唇。その唇も驚き、喘いでいる為、僅かに開いたままになっていた。
義父が亡くなって間もないので、ユリアナが今、身につけているのはハイネックの黒いビロードとレースの喪服である。それが彼女の肌の白さを一層際立たせていた。
そしてその襟元からは、金の鎖に繋がった、瞳と同じ色のサファイアのネックレスが下がり、ランプの光を弾いている。喪服の下に付けていたのだが、先程、ミヒャエルの手で引き出されたのだ。それら全てを彼は凝視し、舐めるような視線を這わせてきた。
「……!」
ユリアナは身を強ばらせた。乙女の彼女でも、これから彼が何をしようとしているのかはわかった。力尽くで自分を抱こうとしているのだ。それも、怒りの感情のままに。
──どうして……。何が、いけなかったの……?──
こうなってしまう直前に、ミヒャエルに投げかけられた言葉が脳裏に甦ってくる。
『いつまで芝居を続けるつもりだ』
『貴女は、婚約していた私の兄、カールを死に追いやり、自分だけが生き延びたのだ。それも思い出せないというのか』
抑制されているが、明らかに怒りの籠った、そして何故か、ひどく辛そうな声だった。
自分と、相続したばかりの領地、そしてそこに住む領民たちの危機を救ってくれた後で、彼はユリアナの失われた過去についてそう告げたのだ。さらに証拠として、古い血の付いた短剣も見せられた。しかもその短剣には、血の他にも、ユリアナを愕然とさせたものがあったのだ。ユリアナはすっかり動転しながらも、必死でこう答えた。
『私は、そんなにも酷いことをしてしまったのですか……!? で、でも、どうか信じて下さい。私には十六歳から、一年間の記憶が無いのです、本当です、芝居などでは決してありません。だから全く思い出せないのです。その兄上のことも、貴方のことも……!』
けれどそう言った途端、ミヒャエルの表情がふいに冷ややかなものになり、彼は何かを決断したかのように、いきなりユリアナを傍の寝台に押し倒したのだ。まるで、彼女の言葉が引き金になったかのようだった。
そして今、間近で見ると、彼の瞳に浮かぶその、強い怒りがさらにはっきりと伝わってきて、ユリアナは身震いした。
彼女は今、十八歳になったばかりである。だがその二年前──十六歳の誕生日の頃から、ほぼ一年分、すっぽりと記憶が無くなっているのだ。
ミヒャエルと同じく、ラインラントの貴族で、メルツェル伯爵家の唯一の嫡子であるユリアナは、ほんの一週間前、保護者である義父を亡くしたばかりだった。その葬儀の席に突然、ミヒャエルがやって来た。
ちょうどその時、ユリアナは、財産を狙って押しかけてきた義姉のバルバラと、その夫の横暴な振る舞いから、領民たちを守ろうと必死になっていた。バルバラたちは武装した傭兵たちまで連れてきて、ユリアナを脅しにかかっていた。だがそんな連中を、ミヒャエルは軽くあしらい、あっという間に追い払ってしまった。
ミヒャエルはラインラント国王とともに、国境を巡る戦いに長く参戦していたが、やはり父の死を受けて数カ月前に戦場から戻り、爵位を継いだばかりだった。その、ラインラント軍の、黒地に金糸の刺繍がされた軍服とマント、そして葬儀の為か、喪章を付けた凜々しい姿に、ユリアナは思わず見とれてしまった。
──確か、僅かな間に、ご自身の領地の財政をすっかり立て直したという評判を聞いたことがあるわ。それに、国王様と文字通り肩を並べて戦ったので、そのご信頼も大層厚いとも……──
その思いを胸に、ユリアナは心からの感謝をミヒャエルに伝えたが、彼はその言葉をさえぎり、『これから是非、貴女に我が領地に来ていただきたい』と告げたのだ。さらに『私は、貴方にどうしても伺いたいことがある。また私は貴方の記憶が失われている間のことを知っている』とも。
これを聞いて、ユリアナは戸惑ったが、失われた記憶について、彼女も少しでもわかればと強く思っていたことと、重ねてミヒャエルが『メルツェル伯爵家の領地は、私の配下の兵士たちが守る』と申し出てくれたので、その申し出を受けることにしたのだった。けれど、二人きりになった途端、彼はそれまでの冷静な態度を一変させたのだった。
「公爵、閣下……」
今、ユリアナは震えながら、間近で自分を見つめる彼を呼んだ。怖いのに、逃げ出したいのにそれが出来ない。なんて黒い、そして深い色の瞳だろう、と思う。塔の上で月のない夜、星で一杯の空を見上げた時のように、吸い込まれてしまいそうだ。そしてそのまま身動きが出来なくなってしまっている。彼の瞳の中には、自分が小さく映り込んでいた。
そうして見つめ合っていると、恐怖のかわりに何故か、ユリアナの心の奥底から切ない気持ちがこみ上げてきた。しかも胸をかきむしられるような切迫した感覚があった。
──え、これは……──
ミヒャエルを見つめたまま、ユリアナはさらに目を見張った。それは、心を集中させて記憶を呼び戻そうとすると、いつも沸き起こってくる感覚と、全く一緒だったのだ。何かとても切なく哀しい、そして何か、切迫した想いに囚われる。そしてそれが何故なのか、どうしてもわからない。自分が記憶喪失だと気付いた当初の頃、ユリアナは、その感覚が辛くて思い出そうとする努力が出来なかったことがある。だが月日が流れるうちに、やはり思い出したいという気持ちが強くなっていた。
そして今、彼と目を合わせていると、それらの想いは一層激しくこみ上げてきた。
──どうしてなのだろう。この人は、やはり何か、私の記憶に関わりがあるの……?──
それらが形になったのだろうか。ふいに彼女の青い瞳から、涙が一筋溢れ出した。透明な涙が白い頬を伝い、こめかみの方へと滑り落ちていった。
「……!」
その時、いきなりミヒャエルが顔を大きく歪めた。何か、ひどく辛そうなその表情に、ユリアナは驚いて何か声をかけようかと思った。だが次の瞬間、ミヒャエルが彼女の唇に自分の唇を重ねてきた。
「──あ、ンッ……」
驚きのあまりにユリアナの声は、ミヒャエルの唇の中に消えてしまった。同時にゆっくりと、だが有無を言わせぬ仕草で、彼の舌が自分の唇を割ってきた。
むろん、そんな口づけは初めての筈で、ユリアナはびくん、と身を震わせた。けれどその時、温かく力強い腕に抱きしめられた。
──えっ……?──
彼の唇や舌よりも、その腕や、身体に触れる胸の感触を強く感じ、目を見開いた。この温もりと、密着した為に一層強く彼の髪や肌から伝わってくる、日差しとミントが混ざった香り。それらを感じた途端、ユリアナは何よりも先に大きな安堵を感じたのだ。
それは、義父や数年前に亡くなった母、仲の良い乳母や侍女達などと触れ合ったどの時とも、全く違っていた。これまで感じたことのない大きくて深い安堵。このまま彼の腕の中で、その温もりと香りとを一杯に感じ、いつまでもそうしていたいような。
それまでずっと、記憶が戻らないということに不安を感じ続けていたユリアナは、その感覚がとても心地よいものに思えた。だから自分でも意識しないまま、素直にうっとりと彼に身を委ねてしまっていた。が、
「──ッ……! ンンッ……!」
その時、焦れたようにミヒャエルが舌を絡ませてきて、ユリアナははっとした。同時に強く抱き寄せられ、絡ませた舌を強く吸われる。わずかにざらりとした感触がしたとたんに、ぞくりと強い快感がこみ上げてきた。その心地よさに押し流されそうになり、喉から微かに声が漏れる。それから、はっと目を見開いた。
──私、この感覚も、知っている……!──
抱きしめられ、その香りと温もりに身を委ねて感じる安堵。そしてその後に与えられる快感。それらを以前、確かに自分は感じたことがある。
──それなら、その感覚を与えてくれたのはこの人、なの……?──
「……」
と、ユリアナの反応に気付いたのか、ミヒャエルがゆっくりと身を起こした。絡んでいた舌がほどかれ、口中から抜かれる。そんなに長い間、口づけしていたのでもないのに、彼の唇は赤く腫れ、濡れていた。行為の濃厚さを示すかのように、唾液が細い銀の糸となり、一瞬二人を繋ぐ。
ミヒャエルはそれを惜しそうにすすり上げながらも、じっと彼女を見つめたままだった。そしてユリアナも横たわったまま、彼から目が離せない。
するべきこと、聞くべきことが沢山あるはずなのに、彼の視線を受けた途端、ユリアナはそれが出来なくなった。何も考えられなくなる。かわりに何か、ひどく切ない感覚がこみ上げてくる。そう、何かを激しく求め、欲するような……。
その時、ミヒャエルの瞳に強い光が宿ったように見えた。先程のように顔を歪ませることもなく、ひどく真剣な眼差しでもう一度彼女を見つめると、そのまま再び覆い被さってきた。
「あ、ッ……!」
ユリアナは思わず声を上げた。ミヒャエルの手が、喪服の背の紐を手早くほどき、緩めてしまったからだ。とたんに白い胸が襟元からこぼれる。
ユリアナは頬を染めた。彼女はほっそりとした身体つきで、どちらかというと小柄な方なのだが、胸は身体に比べて豊かだった。それを何度も義姉のバルバラに『男を誘うようないやらしい身体ね』とからかわれたことを思い出してしまった。
「だ、だめ、……!」
慌てて手を前に回し、隠そうとしたが、ミヒャエルの手がそれを押さえた。ユリアナは目を見張った。その仕草が意外にも優しかったからだ。力づくでなく、制するようにそっと触れている。それだけでなく何故か、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
ユリアナの胸が強く脈打った。またしても彼から目が離せなくなっていた。ミヒャエルが自分に笑いかけたのは、これが初めてだと気がつく。
その間に、ミヒャエルはさらに、ドレスの下のコルセットと、下履きの紐をほどいた。ユリアナは細身の上、他の貴族の娘たちと違い、きつくコルセットを締め付けるのが好きではなかったので、それらは簡単に外れてしまった。そのまま、下に着ていたシュミーズも含め、着ていたもの全てを引き下ろされる。
付けたままのペンダントを除き、生まれたままの姿にされ、ユリアナは恥ずかしさのあまり、全身が上気するのを感じた。
「あ、ッ……!」
その時、ミヒャエルの手が露わにされた彼女の胸にそっと触れてきた。ユリアナは思わず声を漏らした。その手の平は少し荒れて、固い感触があった。けれど大きく温かく、如何にも男性らしく、触れられると、とても心地よかった。
その手ですぐに胸の突起の片方を包み込まれ、もう片方を口に含まれる。とたんに、ジン、と強い快感が両胸から伝わり、ユリアナはびくんと身をのけぞらせた。二つの突起がたちまちピンと固く張り詰めるのを感じた。その一方の突起を熱い唇で吸われ、舌で転がされる。もう片方の突起は彼の手の平のくぼみに捕らえられ、胸全体を掴まれて柔らかく揉みしだかれた。彼の手が触れ、動く度に、先程与えられた快感が次々とそこからわき起こり、鳥肌が立つような心地よさが全身に広がっていく。
──えッ、どう、して……。すご、く、気持ち、いい……──
あまりに心地よい、全身が蕩けるような感覚をいきなり与えられ、ユリアナはただうっとりとしてしまった。彼に触れられている部分から、その熱さが伝わってくる。
「あ、あぁ、ンッ、……!」
思わず声が漏れ、その声の誘うような響きに気づき、ぎょっとした。
「だ、駄目ッ……。私、こんな、はしたないこと……」
身体の奥底から沸き起こってくる何かを確かに感じながらも、ユリアナは懸命にかぶりを振り、もがいた。こんな行為はしたことがないはずなのに、自分がそれでこんなにも心地よくなってしまうなんて。しかもそれを露わにしてしまうなんて。
──もしかして、記憶のない間に、私はこういうことをしていたの……!?──
そう思い至り、思わず身が強ばる。でなければあまりに速やかな自分の反応に説明が付かない。
「ユリアナ……」
だがその時、低く呼びかけられ、はっとまた、目を見開いた。名で呼びかけられるのは初めてだった。先程よりも、さらに強い視線で、彼はこちらを凝視していた。
「どうかそのまま、じっとしていてくれ。君を、傷つけるようなことはしない……」
囁く声は熱く、どこか切羽詰まったような響きがあった。その時、彼が僅かに身体を動かし、ユリアナははっとした。彼の股間が、むき出しにされた太腿の辺りに触れていたのだ。その穿いているサージの布を通しても、その男の証の怒張がはっきりと伝わってきた。思わず声が漏れる。
「あ、ッ……」
──この人は私に触れて、それで、感じている……──
とたんに、自分の秘められた部分もまた、密かに蜜を滲ませていることに気付いた。足の間の膨らみの下に隠された、蜜壺とそれに繋がる茎が火照り、その先の花芯から蜜が溢れ、それを包む花びらまで濡らしている。新たに蜜が溢れる感触にびくりと震え、頬が染まった。
そして、ミヒャエルはその反応を見逃さなかった。こちらを見つめたまま、片手を下に延ばし、太腿を少し開かせた。そして間に隠れていた、柔らかな花びらにそっと触れる。
「──あ、ンッ……! そ、そこ、は、……!」
花びらをかき分けられ、指をそこに差し込まれてユリアナは小さく声を上げた。だがその声も、次に与えられた快感に、途切れてしまった。
(このあとは製品版でお楽しみください)