書籍情報

執着するワンコな博士は、引き立て令嬢を召し上げる

執着するワンコな博士は、引き立て令嬢を召し上げる

著者:ただふみ

イラスト:緒田涼歌

発売年月日:2023.12.29

定価:990円(税込)

アリアーヌは薬学博士クローヴィスの助手として働く才女だ。美醜を重視する国民の感覚を逆手に取り、夜会では醜い化粧で《引き立て令嬢》となり妹たちのお見合いを成功に導いている。彼女の過労を案じたクローヴィスは夜会に行かずともいいようにと結婚を申し込む。予期せぬプロポーズに迷うアリアーヌだったが、クローヴィスの想いは仕事熱心だからではなかったらしくて――天然口説き魔かと思いきや……どこから本気だったの?

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登場人物

立ち読み

プロローグ

 

背中に当たる柔らかなクッションの感触。

今しがた、寝台に背後から倒れたところだった。

正確には、不意打ちで軽く押された拍子にひっくり返ってしまったというか。

……どうして、こんなことに?

押してきた相手を直視できなくて、顔を横にそむけて小さく震える。混乱していた。

「……アリアーヌ、こっちを見て」

甘く囁かれると無視できない。

促されて、アリアーヌは彼を少しだけ見る。まだ恋仲ではないのに、距離が近い。

――まだ? 私は彼と恋仲になる気なんてないのに。

頭の中が情報の整理で忙しい。こんなふうに迫られるなんて思い描いたことさえないのだ。

「こ……心の準備が、まだ」

ちらりと見るだけでも大変だ。心臓が忙しく動いて音が響き渡ってしまいそうなほど、強く鳴ってしまう。

彼はとても整った顔をしている。左半分に大火傷を負っていなければ、きっと周囲が放っておくことはなかっただろう。薄紫色の目はまんまるで、それが少年っぽく感じさせるが、中身はアリアーヌよりずっと大人の男性だ。見た目に騙されてはいけない。彼はアリアーヌより十以上歳上なのだから。

その美麗な顔が拳一つ分もない至近距離にあるのを確認して、アリアーヌの心拍数は急上昇した。

「こっちを見てほしいんだ」

彼の癖のある長い黒髪がアリアーヌの首筋に落ちる。ふわりと香るのは薬草の匂い。仕事の都合でフレグランスやコロンを使っていないはずなのだが、彼の髪先から微かに薬草の匂いがすることをアリアーヌは知っている。

アリアーヌにしか感じられない匂い。ほかの人よりも敏感だから、わかる匂い。その匂いを嗅ぐと、いつも必要以上に胸が高鳴った。

アリアーヌはこの香りが好きだ。

「近すぎます」

「近くないとできないよ」

「それは……そうなんですけど」

どうして口づけをされる展開になっているのだろう。こうなる前の出来事が思い出せない。

向かい合えずにいると、彼の手が頬に触れて正面に向くように動かされる。まったく抵抗できなかった。

「えっと、あの……」

「僕はアリアーヌのことが好きだよ。お嫁さんになってほしいってずっと願っていた。君は、違うの?」

悲しげに囁かないでほしい。人の気も知らないで。

アリアーヌはぎゅっと目をつむる。

「お、お気持ちは嬉しいんですけど、そういうことは、私」

「この傷痕が怖い?」

そう告げるなり、アリアーヌに跨がったまま彼は脱ぎ出した。普段の仕事着でも首から下はほとんど晒されない。作業で腕まくりをすることがあれば、左肘から左の手の甲にかけて引き攣った肌を見ることはあるものの、それだけだ。

直視することなんてできない。なおさら強く目をつむる。

「大丈夫。移ったりしないよ」

「それは分かってます」

「子どもにだって移ることはない。これは怪我だからね」

「知っています。あなたの助手をするようになって何年経ったと思っているんです?」

アリアーヌは科学者の助手なのだ。それも、最難関ではないかと噂される試験を一発で突破してみせた実力の持ち主。後天的なこの火傷の痕が子どもにまで及ばないことは論文も読んでいるからよく知っている。

「じゃあ、なにが気になるのかな。僕にできることなら、その障害を取り除く手伝いをしたいよ」

彼に手を掴まれて、そのまま彼の左胸に当てられる。たくましい筋肉の感触に、引き攣った肌の感触が混じる。火傷の痕に触れること自体は怖くはない。

「そ、そもそも、私はあなたに相応しくないので」

「僕には君が必要だよ、アリアーヌ。それは君自身がよくわかっているんじゃないかな?」

胸元に触れさせられていた掌に、今度は彼の頬が触れた。滑らかな肌の感触とは少し違う。驚くことはあるけれど、拒絶の対象になることはなかった。

「能力としては、えっと……求められる水準にあるとは自負しています。ですが、じょ、女性としては、そのっ」

「君はとても愛らしいよ?」

「子どもっぽいの間違いでは?」

身長は低く、たくさんいる姉妹の中でもとりわけ小柄だ。その上、胸もお尻もぺったんこである。八歳離れた末の妹よりも幼く見られることが多かったというのに。

アリアーヌの訴えに、彼は首を横に振る。

「君は魅力的な女性だよ?」

彼の手が腰を撫でてくる。身を捩ったが、逃れられなかった。

「あ、あの」

「君を一人の女性として深く愛したいんだ」

「こ、こういうことは順番が大事でっ」

「僕たちはいい大人なんだから、こういう順番でもいいんだよ、アリアーヌ」

いつになく積極的な様子に、混乱せざるを得ない。彼はいつから自分のことをそういう目で見ていたのだろうと疑問に感じるが、アリアーヌは答えを出せなかった。

唇が触れた。もう言葉は交わさないという意志を感じる。声を出そうと口元を動かせば、ぬるりと彼の舌が口腔内に入り込んだ。

「んっうぅ?」

口づけに意識を持っていかれる。彼の長くて厚みのある舌がどこに触れるのか考えるだけで頭がいっぱいで、彼の大きな手が秘部に触れたことで驚きに目を開ける。

指先が秘裂をなぞる。濡れていることに驚いた。

「や、おやめください」

「アリアーヌ、この反応は君がちゃんと大人の女性である証明だと思うんだけど、違うのかな?」

濡れた指先が小さな膨らみに触れてピクッと身体が震えた。

「ここ、気持ちがいい?」

「だ、だめっ」

「だめじゃないよ」

クリクリと転がされるとジンジンする。何かが迫りくる感覚。男女の営みについて書物で読んだことがあるが、それを実感することになろうとは。

「や、これ以上はっ、だめなんです、クローヴィス様!

「ひやぁっ!」

自分の悲鳴で目が覚めた。心臓がうるさい。

「……夢?」

変な汗をかいている。部屋に満ちた香りが気になった。

この匂い。

長い金色の髪を一房掴んで鼻先に持ってくる。甘い匂いは普段感じないものだった。

「あー……――そっかぁ」

寝る前の顛末を思い出して、アリアーヌは頭を抱えた。

これはあれだ。寝る前に頭からかぶってしまった媚薬のにおい……。

夜会で声を掛けられた知人からいろいろあって受け取るハメになった香水を、手を滑らせて頭からかぶってしまったのだ。

あー、シニョンにしていたところにたっぷり染み込んじゃったのね……。

頭皮だけでなく、毛の先まで甘い匂いがついている。夏至が迫るこの時季は窓を開けて眠っているが、換気がどれほどよくとも、この匂いは抜けてくれなかったらしい。

朝の入浴で洗い流せばいいだろうと思ってそのまま寝ることにしたが、こんな効果があるとは思わなかった。

クローヴィス様、申し訳ありません……。

尊敬する博士であり、上司であるクローヴィスに淡い恋心を抱いていることは認めているつもりだが、体の関係も、結婚も求めてはいない。彼の助手として添い遂げることを望んでいるし、彼もまた長いこと未婚でいるところから、それでいいと考えているはずだ。

そもそも、女性が苦手だろうし。

彼には昔、婚約者がいた。クローヴィスが大火傷を負ったのを機に婚約は解消され、以降ずっと彼は独り身を貫いている。浮ついた噂もなく、研究者として引きこもっている傾向にさえあるので、女性に興味はないのだろう。

とんでもない夢を見てしまったけど……明日はどんな顔をしてお会いしたら……普通に出社すればいいのだろうけど、うん。

とりあえずわかったことは、巷で流行している媚薬入り香水は異性の興味を惹きつけるものではなく、性的な衝動を引き出すような代物だということだ。

可愛い妹たちには注意を促しておこう……。

その後、まだ夜明けが遠いことに気づいて、アリアーヌはうんざりしながらもう一度毛布を被ったのだった。

(このあとは製品版でお楽しみください)

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