序章
あ、明るい。
浅い眠りの中、瞼の裏側に外の明るさを感じてあたしは目を開けた。霞んだ視界で、うすぼんやり見える世界は今まで生きてきた記憶にはない風景のようだった。
だからか視界に入る景色を、あたしはしばらく呆然と眺めていた。
知らない場所だ。白い壁に、白いレースのカーテンが窓際で風に吹かれて優しく揺れている。窓からは、青い澄んだ空と真っ白いふわふわで甘そうな雲が浮かぶ姿が見える。
まだ半覚醒のあたしの口の中には、夏祭りで大好きなお兄ちゃんに買ってもらったあの懐かしい綿あめの甘い味が蘇り、じゅわっと涎が溢れた。
あたしの家の窓から見える風景とは大違いだ。
まだ夢の中にいるのだろう。白昼夢なのかもしれない。
波の音が聞こえる。テレビや動画で聞いたことはあるが、実際に聞いた経験はない。生で聞く音はこんなにも心地の良い音なんだ。また、眠りに落ちてしまいそうだ。
――ん? あれ、夢……じゃない?
ならあたしは、なんでここにいるんだ?
微睡みの中にいたあたしは、一気に頭が冴えて飛び起きた。うすぼんやりと見えていた光景が今、はっきりとピントが合う。
どこ⁉ ここ⁉
なんで、裸なんだ?
まるでホテルのベッドに敷かれているかのような白いカバーの羽毛布団を握りしめて、まだ起きたばかりの脳みそに鞭打ってフル回転させる。
『ここはどこ。私は誰?』なんていう言葉を幼いころはよく使い、何が面白いのか今は覚えてないが……友達と笑い合った記憶がスーッと横切って消えていく。
いや、ほんとに。冗談じゃなくて、ここはどこ?
あたしが誰だかはわかる。記憶喪失ではない。
「あたしは花咲美琴……で、あってる、はず」
室内に置いてある姿見の鏡を見つけてベッドから出ると、よろよろと引きつけられるように近づいた。股に違和感があるような気がする。今まで感じたことのない感覚で、言い表しにくいが熱くて痛い。でも奥は、むず痒い。
身体も重くてダルい感じだ。もしかしたら驚きで頭は目覚めても、まだ身体的には寝たりない状態なのかもしれない。
でも、あたしは鏡で自分を確認したかった。
あたしの知っている「花咲美琴」が鏡に映るかどうかを見たいだけだ。最近、流行っている転生したら……とか、そういうのが現実にもある可能性は捨てきれない。可能性が低いのはわかってる。絶対ない、と言い切りたい……が、世の中には想像のつかない摩訶不思議な部分もたまにあるのだ。
「ひぃ!」
声にならない悲鳴をあげて、鏡に映る自分の姿に驚いて腰を抜かした。冷たいフローリングに尻がつく。途端に身体の中で一番熱を持っていた下腹部が床で冷やされ、若干、気持ちいいとか思ってしまうが、そうじゃないだろと頭を振って追い出す。
「というか、なんで……裸?」
加えて首から太腿にかけて無数に点在する赤い徴を見て、考える力が停止した。脳内で「ピー」という電子音が鳴り響く。
「これ、なに?」
左手をついて前のめりで鏡に近づき、右手で首筋の赤い痣をなぞった。ゾクゾクっと勝手に身体が震えて、冷えた下腹部の奥がジンと反応した。
「……んぅ」
え? 今の自分の声? なにこの声。知らない。
「朝から騒がしい女だな」
喉仏にかかる低音ボイスに、あたしは振り返った。寝起きの掠れた声が色っぽいとか一瞬過ったが、すぐにそれ以上の自分の身に起きた緊急事態を理解して、顔面蒼白になった。
勢い余ってバランスを崩して、尻もちをつき、二十一年間誰にも見せてこなかった秘部をさらけ出してしまう。慌てて足を閉じるが一瞬遅く、しっかりと見られてしまった。
「ほう? また愛してほしい、と?」
「また? ……はあ? ちがっ……て、た……た、た……たかっ」
憎き男が、あたしが寝ていたベッドから出てくる。今まで記憶に焼き付けてきた姿と多少違うが間違いなく本人だ。オールバックの髪から少しだけ垂らした揺れる前髪、獲物を狙うかのような切れ長の瞳に、ニヒルな笑いをいつも浮かべている大嫌いな男の姿……というか、雑誌で見て覚えたあいつの容姿。
今は、洗いざらしのストレートな黒髪が外から入ってくる風によって、揺れている。前髪で若干隠れる鋭い切れ長の目は健在だ。勝ち誇ったような苛立ちを増長させるニヒルな笑いも残っている。
「た、たか……高御堂樹!」
行儀が悪いとはわかっていても、屈強な身体をさらけ出す男を指でささずにいられなかった。腹立たしいくらいに整った顔立ちに、男らしい筋肉質な体型はパジャマを着ていてもわかってしまう。あたしの感情が目の前の男をいくら憎らしいと訴えても、理性では抑えられない部分が反応する。
蕾の奥がきゅんとなるのを隠すように、目の前に近寄ってくる男を睨んだ。
「なん、で……ここ、に?」
「私の別荘だから」
「……は? べ、べ……」
「二人きりになりたい、と言ったのはお前だ。だからここに来た」
「……え? は?」
言った! 確かに、『二人きりで』と言った。でも『なりたい』なんていう色っぽい言い方はしてないはずだ。『話したい』と詰め寄った。
他の人間に聞かれて困るのは、憎らしい目の前にいる男のはずで、あたしは別にどこで話をしようが構わない。
じりじりと近づいてくる男と距離をとろうと、あたしは腰が抜けたままずるずるとフローリングを滑りながら下がっていく。
「覚えてないと?」
「なにが⁉」
「……覚えてないのか。一晩中、愛し合ったことを」
「はあ⁉ 愛し合うわけない! あんたはお兄ちゃんをころっ……」
壁まで追い詰められたあたしは、膝をついて意味ありげに微笑んだ高御堂に唇を封じられた。暴れようとする手を掴まれて、頭上で壁に縫い付けられる。
閉じた唇に舌先が割って入ってくる。
「ん……んふっ、んっ」
歯列をなぞり、舌を吸い上げられるとお腹の奥がむず痒くなり、じっとしていられなくなる。太腿を擦り合わせて、中から溢れでてくる愛液を隠そうとした。
お兄ちゃんを殺した男になんで……身体が、熱くなるの?
いやだ。触るな。キスするな。
「昨日はこれ以上ないくらいナカを柔らかく解してやったんだから……すぐ、イケるだろ?」
「……は? ちょっと、やめっ」
唇を離した高御堂が、頬を紅潮させて微笑んだ。
膝をつく彼の股間に視線を落とせば、パジャマのズボンを少し降ろして何かを出している。そこには見たことないほど膨張して先端から汁を垂らしている男根があった。
「なんだ、濡れてるじゃないか。一晩中、抱き合ったんだ。もう痛みもないはずだろう?」
膝を持ち、足を広げられた先の蜜の溢れ具合を見て、高御堂の表情が動く。嬉しそうに眉を下げると、再度唇を顔に寄せてきて啄むようなキスを繰り返した。
「や、だ……はな、せ。嫌っ……!」
昨日? 解す?
一晩中、抱き合った?
目の前にいる男は何を言っているのだろうか。そんな淫らな記憶、あたしにはない。
あたしは処女だ。
いきなり棍棒のような勃起した男のアレが入るはずがない。生理用の小さいタンポンを入れるのでさえ、痛くてつらくて一回しか使った経験がないんだ。
キスをしたまま、腰を強く掴まれて持ち上げられた。高御堂の腰が足の間に入ってくると蕾が大きく開き、高御堂の熱を飲み込んでいった。
「ああっ、嫌! いたっ……、く、ない? え? なんで?」
「……くぅ、あたり、前だ。あんだけ解して、一晩中セックスをして朝方に寝たばかりだ。後半、お前の方から私の上に乗り、自ら腰を振って喘いでいたんだぞ……ってその様子だと覚えてないんだろうがな」
フッと馬鹿にしたように笑われる。
「そんなはずは……」
ない、と言い切ろうとして、写真のような記憶の断片がフラッシュバックして脳裏に浮かんだ。耳に媚びつくような甘ったるい自分の声と、荒々しい男の息遣いも同時に蘇る。
う、そ、だ。
違う違う違う。これはあたしじゃない。
何かの夢……もしくは、ただ忘れているだけの何かの動画だ。誰かが見ているのを、ちらっと見てしまったものが記憶の隅に残っているだけ。
『やっ……イッ……くぅ』
『何度でもイケ、美琴』
高御堂の上に跨り、両手を繋ぎ合った状態で背中をのけぞらせて痙攣している状況が今、はっきりと思い起こされた。思い出したくないのに、『もっと』と強請っている姿がちらついた。
「ああっ、んんぅ」
「思い出した? ナカが締まったぞ」
「違う。思い出してない。この……強姦魔ヤロウ!」
あたしは目の前で腰を振る男をキッと睨んでから、頬を平手打ちした。パチンと乾いた音が部屋に響くと、高御堂が楽しそうに喉を鳴らして笑い始めた。
「そうだった……威勢のいい女だったな」
全然、悪びれない。至極、楽しそうに笑い、さらに奥へと腰を突き上げてくる。
「ああっん! ん、そこ……や、だめ……やだ……」
イッちゃう。
「昨日もここを突くと、腰を振って鳴いてたな」
「な……鳴いてない!」
「言い換えようか? 『もっと突いて』と喘いでいたぞ?」
「あ、喘いでもない! 嘘ばっかり」
「強請って、噛みついて……私のを離さなかったくせに」
蘇った記憶の断片と合っているから、自分が嫌になる。違うと大声で言いたいのに、事実だから何も言えない。
ムカつく男の言う通り、あたしは自ら足を開いて覚えたての快楽に溺れた。欲しいと強請り、腰を自分から振った。
最悪だ……お兄ちゃんを殺した男なのに。
自殺へと追い込んだ張本人なのに。
「あっ……ああっ、だめぇ。奥は……やっ……んぅ」
「わかるか? 美琴のナカを支配してるのは私だ。お腹を触ってみろ。ナカに入ってるのが外からでもわかるだろ?」
高御堂を叩いた手を掴まれて、自分の下腹部に手をあてさせられた。膣の中をかき回すあいつの男根が動いてるのがわかると、どうしても快楽から逃れられなくなる。
「やめ……んんぅ、ど、しよ……イッ……き、そう」
「イッていいぞ」
「やだっ! イキたくない」
「好きにしろ。私はイクからな」
抽送が速くなった。ガンガンと奥を何度も突きあげられ、身体の芯から熱がこみ上げてくる。
やだ。だめ……イキたくないのに。
お兄ちゃんを殺した男の下で抵抗を試みるも、湧き上がる快楽を必死に止めたい意思とは裏腹に腰が大きく揺れ、身体は激しい痙攣を繰り返した。
「ん、んんっ!」
「あ……締め付け、るな……く、そっ」
離したくないとナカが収縮しているのに、壁に手をついた高御堂は無理やり男根を引き抜き、「ああっ」と呻きながら白濁の液体を吐き出した。
あたしの腹の上に、ぼたぼたと精液が落ちてくる。
「ゴムもつけないで……最低だ! 強姦魔! 人殺し!」
あたしは悔しくてどこにもぶつけられない感情を目に涙としてためると、まだ興奮冷めやらぬ高御堂の頬を叩こうと手を振り上げた。
しかし、呼吸が乱れていてもにやりと口元だけ緩めて笑う余裕を見せる彼に、また手首を掴まれ、ビンタを阻止される。
「二人きりになりたいと言ったのは、『人殺し』と私をなじりたかっただけか?」
「違う!」
「オンナの身体を武器に、私に取り入りたかったのか?」
「違う! あんたになんか、甘えない!」
「そこは甘えといたほうが後々、楽なのにな。兄同様、不器用なんだな」
フッと楽しそうに微笑むと、高御堂が深くて甘いキスを落とした。
(このあとは製品版でお楽しみください)