「宮原くん。ちょっと会議室まで来てくれたまえ」
杉浦に名指しで呼び出されたのは、玲子と昼食に外に出ようと思った、そのときだった。
たいして交流のない上司からの突然の命令に、亜佐美は驚いて目をみはる。
隣席の藤崎も同じ思いなのか、パソコンのキーを打つ手をとめ、亜佐美と杉浦を見比べている。
「あ、はい……」
とりあえず返事をしたものの、なんでわざわざ会議室に行かなければならないのか。しかも貴重な昼休みだ。杉浦も承知しているはずなのに、いったいどういうつもりなのだろう?
皆が机に弁当箱を広げたり、オフィスの外へ出たりする中、杉浦の声がそれほど大きくなかったせいか、幸いにして亜佐美に注目は集まっていない。気づいているのも藤崎だけだ。
亜佐美の承諾を確認すると、杉浦はオフィスをあとにした。先に会議室に向かったのだろう。同行しないのも不思議だが、この場で済ませられない用事とはなんだろうか。
「杉浦課長、先輩に改まってなんの用ですかね?」
藤崎の問いに、亜佐美は首を傾げるしかない。
「さあ……少なくともいいことではない気がするわ」
まさか今日、亜佐美がひとりてんぱっていたことを咎められるのか。直属の上司ではないにしろ、挙動不審な亜佐美の動向は、杉浦の目にも余る光景だったことに違いない。
そう覚悟して、亜佐美もまた会議室に向かった。
ビルの三階、四階が『信栄社』が所有するフロアだ。会議室や社長室、応接室など、静かな環境が必要なときは四階に上がる必要がある。
同僚たちが昼に向かうためエレベーターでくだっていく中、亜佐美は上を指すボタンを押す。
四階に着くと、予想通り誰もおらず、閑散としていた。社長の赤坂も、来社した娘の万里恵とともに昼食に外に出ただろう。いまのところ戻ってくる気配はない。
会議室の前まで静かに歩いていくと、亜佐美はドアの前で深呼吸した。まさかあの程度でクビにはならないと思うが、万が一ということもある。いろいろな状況を覚悟し、ドアを二回叩いた。
すると、すぐに部屋の中から誰何(すいか)する声が聞こえた。
「誰だ?」
「宮原です」
短く答えると、すぐに内側から扉が開かれた。
杉浦が顔を出し、亜佐美の姿を認めると、彼女を部屋の中に入れる。室内には当然のように杉浦のほかに誰もいない。長方形のテーブルと椅子、ホワイトボードがあるだけだ。
ぱたんと、ドアを閉める無機質な音がした。次いで、かちゃりと鍵をかける音も。
そんな内密な話なのだろうかと、亜佐美は訝しげに杉浦を見た。
「あの、今日は――」
「単刀直入に言おう。君は例のコンテストとやらで一位を獲っていたな?」
やはりその話かと、亜佐美は覚悟を決める。
「は、はい……でも――」
「制服が好きなのか?」
言い訳をしようにも、杉浦がそのたびに亜佐美の台詞を切るものだから、言葉にならない。
「それは……正直、はい。けど――」
「うちの制服をどう思う?」
「はい――って、え?」
話がいっこうに思った方向に進まないことに、亜佐美はきょとんとする。
しかし杉浦はいたって真面目に続けた。
「リボンの結び方も、スカートの丈も、ちょうどいい。君は制服のよさをわかっているようだな」
「あ、あの……杉浦課長?」
上から下までじっくりと舐めるように見つめられ、亜佐美は身体を震わせる。けれど、不快な身震いとは違う性質のものだった。ぞくぞくと、下肢から何かが迫り上がるような感覚だ。こんな経験は、いままでしたことがない。
「私服だったときには気づかなかったが、顔もスタイルも悪くない」
さすがにそれは失礼だし、セクハラではないかと言おうと思うも、杉浦が距離を詰めてきたので亜佐美は口をつぐんだ。
手を伸ばせば触れられるぐらい近くに、彼が立っている。整った顔立ちに、色気のある首筋、上品なスーツにネクタイ――杉浦はやはりカッコイイと、亜佐美は思った。だからついじっと見つめていると、ふいに顎に手をかけられ、亜佐美は上向けさせられていた。
「それは挑発か? 俺を誘っていると思っていいんだな?」
「えっ……」
違う、と、開きかけた口は、気づけば杉浦のそれによって塞がれていた。
「ん、んぅっ!?」
驚愕に目をみはる亜佐美に構わず、杉浦は強く唇を押しつけてくる。
すぐに息が苦しくなり、亜佐美は呼吸のために口を大きく開くが、その瞬間を待っていたようにぬるりとしたものが口腔内に侵入してきた。
「んぁ!? か、かちょっ……くるし……!」杉浦の胸元を押して距離を取ろうとしても、屈強な腕に抱き締められる亜佐美には叶わない。
敵わないと知ったのか、それとも策を巡らせているのか――彼の腕の中でもがく亜佐美は、やがて抵抗なく口づけを受け入れていた。
亜佐美の敏感な粘膜を擦り、唾液を流し込んで、舌先で舌をすくい上げる。そのまま絡め、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、深いキスが続く。杉浦の舌技は巧みだった。
「んっ……んん……ぁ、ふあ……っ」
自然に閉じていた目から、身体のうちから込み上げる熱いものが奔流し、涙となって滲む。
足と腰は力を失い、がくがくと震えていた。
完全に杉浦に体重をかけて寄りかかる亜佐美を、彼は力強い腕で支えた。休む暇を与えることなく、亜佐美の舌を吸い続ける。
ちゅ、くちゅっと、淫らな水音が、会議室に反響する。
頭の芯がぼうっとなってきた頃、杉浦がようやく唇を離した。
つうっと唾液の糸を引き、熱い唇が離れると、途端にどうしようもない虚無感に襲われる。こんなこと願ってなどいないのに、なぜか杉浦の唇が恋しくなり、亜佐美は彼に縋りついていた。
「思った通り、甘いな」
「え……?」
霞む目で杉浦を見上げれば、彼はにっと口角を上げて笑っていた。
杉浦のスーツに頬をつけていた亜佐美は、自身を落ち着かせようと深呼吸する。杉浦から、甘い香りがした。愛用のコロンか、香水だろうか。いまにも酔ってしまいそうだ。
だが、彼の婚約者である赤坂万里恵の存在を思い出し、亜佐美は慌てて杉浦から離れた。
「ちょっ……課長! こんな急に、無理やり、酷すぎます! 職権乱用ですよ!」
反射的に口元を袖で拭うと、杉浦は申し訳なさを出すどころか、とんでもないことを言った。
「君も俺のキスで感じていただろう、宮原くん?」
「なっ――」
開いた口が塞がらない。杉浦悠斗とは、こんな横暴な人間なのだろうか?
「あのコンテストを開催したのは藤崎だが、君に投票したのは俺だ」
「えっ、藤崎くんが!? 私に投票って、えっ!?」
戸惑う亜佐美から少しだけ距離を取り、杉浦が両手を使ってカメラを撮るポーズをした。
「俺は制服に萌えるたちなんだ。フォーカスした結果、君が一番制服が似合うと思った」
杉浦の意外な性癖に、亜佐美はたじろぐ。
「そんなだから制服のない会社に入ったつもりだったが、社長が導入などしたから、こうして君が狙われることになったわけだ」
はははっと、自虐的に笑う杉浦。
なんの因果か、杉浦は事情は違えど、亜佐美と同じ理由で『信栄社』を選んだらしい。
「狙うって……課長、課長には婚約者がいらっしゃるじゃないですか」
「そうだな」
つまらなさそうに、杉浦が答えた。
「だが、万里恵さんがうちの制服を着たとしても、俺は間違いなく君を選んでいたよ。亜佐美」
急に下の名前で呼ばれ、亜佐美の心臓がどくんと跳ねる。
いま目の前にいる上司は変態なのに、いますぐここから出て助けを求めるべきなのに、なぜか杉浦から離れられない。
それをどこかでわかっているのか、杉浦も無理に亜佐美を拘束しようとはしなかった。いつでも亜佐美が逃げられるように、ドアまでの道も空けてくれている。自身が逆にクビになるかもしれないというのに、なぜ余裕のある笑みを浮かべていられるのか。
「か、課長は、何が目的なんですか……?」
想像は容易いのについ尋ねる亜佐美に、杉浦は双眸を細めた。
「亜佐美自身だ」
はっきりと告げられ、どきどきと鼓動が速まっていく。
「で、でも、それは私が制服を着ているからですよね?」
「否定はしない」
亜佐美の確認に、杉浦が頷いた。
がっかりしなかったと言えば嘘になる。
課長は制服を着た自分が好きなのだと、自分自身が好きなのでないのだと、別に愛の告白をされたわけではないのだと、いくら心に言い聞かせても、なぜか期待に胸が弾んでしまう。それは杉浦が稀に見るイケメンだからだろうか?
二十八年の人生の中で、彼氏がいたこともあったが、こんなに端正な顔のひととは付き合ったことがない。王子さまのようにさっそうとした杉浦に迫られ、理不尽で不条理な感情を押しつけられているとわかっていても、どこか悪くないと思っている自分がいる。
「どうだ? 会社にいるときだけ、俺のものにならないか?」
だからそんな問いを向けられても、即座に首を横に振ることができなかった。
「万里恵さんはどうなるんです?」
「結婚することにはなるだろうな。よって、君とは秘密の関係になる」
疑問符で返すと、杉浦は苦笑した。
秘密の関係――なんて甘酸っぱい誘惑なのだろう。
彼氏がいないのだから、承諾することに罪悪感は伴わない。だが、不純な関係に違いはない。
とはいえ、迷いがあろうと、選べる答えなど最初から決まっているものだ。
杉浦は逆らえない上司だと思うことで、亜佐美は疑念を抹消する。
「……わかりました。断って、私の出世に響くのはいやなので」
あくまでそう付け足す。自分はいやいや、命令されて杉浦のものになるのだ、と。
でも本当は、制服に萌える自分と杉浦に共通点を見出し、もっと彼が知りたくなったのだ。このままシャットアウトすることは簡単だが、それを惜しいと思ってしまった。制服への情熱を、もっと共有したくて。語り合いたくて。着て、見てもらいたくて。
それは愛よりも甘い遊戯の始まりを意味していた。
「交渉成立だ」
杉浦は口角を上げると、自然と顔を寄せてきた。
亜佐美は拒まなかった。少しだけ上向き、杉浦を受け入れる。
覆い被さってきた杉浦の唇が、亜佐美のそれを捉えた。
「ん……ふっ……」
なぜ受け入れてしまったのか、亜佐美は胸のうちで自問自答する。制服に萌える杉浦に興味を持ち、あっという間に心を奪われたからにほかならない。
互いの呼気が混じり合い、口腔内に溶けていく。
忍び込んできた舌が、己の舌に絡みつき、唾液をまとわせながらうねる。
「んぅ……んんっ……ぁ……はっ……」
舌先で粘膜を擦られるたび、得も言われぬ快感が下肢から迫り上がってきた。最初のキスは突然のことに驚き、堪能する余裕はなかったが、今度は違う。覚悟した口づけは甘く、亜佐美を淫らに蕩けさせた。
くちゅ、ちゅっと、粘ついた水音が室内に響く。
「ぁう……んふっ……はん……あっ……」
腰に力が入らず、立っているのがつらくなった亜佐美は自ら杉浦の首に腕を回して抱きついた。
すると、杉浦は支えるように亜佐美を抱き締め返してくる。
その腕の温もりに、めまいがするほどの安心感を覚えてしまう。
このひとは自分のものではない。けれど、いまは確かに自分のものである。
相反した感情、矛盾した理論が、亜佐美の脳内を駆け抜け、甘く痺れさせた。背徳的な行為に、ぞくぞくと身を震わせる。
杉浦の手が腰から背中に伸び、背中から脇、脇から胸元へと移った。
思わずびくりと身体を揺らした亜佐美だが、杉浦の手はふっくらと盛り上がった乳房ではなく、制服のリボンにかけられていた。
しゅるりと音を立てて、リボンがほどかれる。
制服が乱れることにいち早く反応した亜佐美に、杉浦が言い聞かせるようにささやいた。
「心配するな。完全に脱がしはしない」
「でも――」
脱がないでこの先の行為に及ぼうというのだろうか。
亜佐美の疑問を無視して、杉浦は制服のリボンを襟の下に垂らした。
「このほうが興奮する」
耳元に熱っぽく息を吹きかけられ、亜佐美は首をすくめる。
「そ、そうですか……」
そう言われてみれば、中途半端にほどかれたリボンも悪くはない。左右非対称に垂れているところにも情欲をそそられる。
「私、学生の頃から制服フェチなのですが、こんなのは初めてです」
「そうか。俺の制服への妄想はもっと淫らだぞ?」
くすくすと笑いながら、杉浦が亜佐美の耳朶を食む。
「ひぁっ!?」
軽く噛まれ、亜佐美は驚いて跳び上がった。
「そ、そんなとこっ――」
「耳が弱いのか?」
杉浦の舌が、つうっと耳殻をなぞっていく。
その刺激に、亜佐美はぞくぞくと身を震わせた。
「そんなことは、ない、はず、なんですけどっ」
杉浦が不規則的に舌を耳の穴に挿し込んでくるものだから、発する言葉が途切れ途切れになる。ずちゅ、くちゅと、水音が間近に聞こえ、たまらないほどの羞恥を感じた。
「かわいいな、亜佐美は」
杉浦は耳を舐めながら、手で亜佐美の首筋に触れる。そうっと下に向かって撫でやり、襟に届いたところで、ボタンをひとつ外された。
すっと空気が入り込み、ぞくんと身体が痺れる。
「あ……やっ……!」
谷間が覗き、亜佐美は思わず手で胸元を隠した。
「いまさらやめる気か? 悪いが俺はもうとまれそうにない」
まっすぐに自分を見つめる杉浦の目力に圧倒され、亜佐美は一時的に口が利けなくなる。
その間にも杉浦がやんわりと亜佐美の手を外し、そっと柔らかな膨らみに触れてきた。
「ぁううっ!」
途端にぴりりと電流が走ったような衝撃に襲われ、亜佐美はわななく。
「制服を淫らに押し上げているこの胸には、お仕置きが必要だな」
言いながら、杉浦がひとつ、またひとつとベストのボタンを外していく。最後のひとつまで外し終えると、今度は下に着ている白いシャツのボタンも外しにかかる。リボンはそのままに、ボタンを途中まで外すと、紫色のブラジャーに包まれた双丘が現れた。
「ぬ、脱がさないって、言ったじゃないですか!」
抗議の意味も込めて顔をしかめるが、しかし杉浦はにやりと笑むだけだ。
「完全にはと言っただろう? 全部は脱がす気はない」
それは屁理屈では? と思うも、杉浦の大きく骨張った手がブラジャーの上から乳房を鷲掴んだことで、亜佐美は何も考えられなくなった。
「ああっ……!」
「うん。うちの制服には紫の下着も合うな。だが、いろんな色を試してみたい」
冷静に制服の分析をしつつ、杉浦が乳房を揉み始める。始めはやわやわと、次第に力を入れ、ぐいぐいと形を変えるように指を押し込んできた。
「あんっ、あ……や、はぁっ」
押し回されるたびに、目がくらむような快楽が下肢から迫り上がってくる。触れられてもいないのに、股間がきゅんきゅんと痺れ、じわじわと熱くなった。足に力が入らなくなってしまう。
(このあとは製品版でお楽しみください)