ああ、とアネットは、深く息をついた。
ここはどこなんだろう。あたりは暗くて、とはいっても完全なる暗闇というわけでもない。
曖昧な、朧気な闇。りの空気はまるで生きているかのようで、アネットの全身を包み込んでいるように感じる。頭では気味が悪いと思うのに、肌に触れる感覚は心地よくてため息が洩れた。
「な、に……?」
自分が衣服をまとっているのかさえもわからない。それなのに、自分が焦燥していないことが異様だった。
どうして、なぜ――そんな気持ちでいっぱいなのに、この正体不明の空間にあってなにやら安堵している自分が、一番気味悪いのだ。
「こ、こ……ど、こ……?」
上も下もわからない。視界が効かないわけではないけれど、まわりになにがあるのか見えなくて、見当もつかない。
それでいてなにか温かい感覚に包まれて心が蕩けて、だからよけいにまわり周囲が見えなくなっている。
「ここは、どこ……?」
自分の声も不鮮明だ。言葉を発しても反射することはなく、声はどこかに吸い込まれるように消えていく。それに不安を煽られるというのに、全身を包む温かく柔らかな感覚に癒やされる相反する感覚は、やはり気味が悪い。
ここはどこで、なぜ、こんな場所に――今は、いったいどういう状況なのか。頭を振った拍子に、自分の長い、淡い青の髪がさらりと踊る。
髪の軌跡が見えるということは、ここは闇の中ではないのだ。それでもなにも見えない――ともすれば問題はアネット自身ではなく、周囲にあるのではないのではないか。目の前の光景の中にあるのではないかと、アネットは思った。
「おい、こちらを向け」
「え、っ……?」
突如呼びかけられて、そんな考えも消えてしまう。はっと、声のした方へと顔を向けたけれど、声の主に心当たりはない――そもそも見えないのだけれど。
(誰の、声?)
聞いたことがあるようにも感じたけれど、それでいて心当たりはないのだ。だけれども、否――やはり知っているような、知らないような。
「誰……あなた、は? ここはどこなの?」
独り言(ご)つアネットは、自分の体が宙に浮いているような気がして、両足をばたばたさせる。
足の裏はどこにも触れていない。そもそも裸足なのか、靴を履いているのかさえ曖昧な中、いきなり足首を引っ張られた。
「きゃあっ!」
アネットは、逆さ吊りにされた。自分の髪が、さらりと垂れる。突然取らされた体勢にはさすがに恐怖が湧いたけれど、がしっと後頭部を手でつかまれた。声をあげる間もなくぐいと引き寄せられて、唇を塞がれた。
「ン、む……ん、っ……」
この柔らかな感触は、まるでくちづけられているような――強く押しつけてくる唇の主は、ひどく緊張しているように感じた。
それを感じたアネットには、このわけのわからない状況の中なのに、見えもしない相手を安心させてやらなくてはとよくわからない慈愛の気持ちがよぎった。
「いあ、う……っん、んッ」
相手は下唇を食(は)んで、ついた歯の痕を、ぺろりと舐めてくる。ぞくぞくと、背筋が震える。
アネットの体は抱き寄せられて抱きしめられて、くちづけがますます深くなった。
「くぁ……あ、あ……んッ」
唇がゆっくりと押しつけられて、くすぐる舌先に口を開かされた。そうして入ってきた柔らかな熱にアネットの舌は絡め取られて、くちづけに息が止まってしまう。
「う、ん……ッア、あ……」
アネットの舌は、ちゅくりと逃げた。奥できゅうと小さく丸まるけれど、追いかけてくる相手の舌は、表面をざらりと撫でると、誘うように舐ってくる。
「だ、め……な、ぁ……に……ッ?」
じゅくじゅくと、唾液を啜られた。
その水音に相手の執着を感じるけれど、逃げる余裕はない。絡まる舌に味蕾を擦られ、口腔をくすぐられ続けて、アネットの脳裏は次第にぼやけて、意識が滲んでいく。
無意識のうちにだったけれど、正気に戻ったアネットは、相手を押しのけようとした。手のひらに厚い胸筋を感じて、どきりとする。
「だ、れ……?」
「行くな」
「う、く……っく、は……ッ」
低い唸り声とともに、ぐいと抱き寄せられた。力強い男性の腕に包まれて、胸がひどく大きく高鳴る。これは先ほどまで、闇の中で味わっていた奇妙な安堵とは真逆だ。
「は、ぁ……っ!」
にわかに不安を煽られて、アネットは逞しい腕の中でもがいた。抱きしめられて、押さえつけられていて、身動きが取れない。アネットの抵抗が弱まったのを、受け入れたと取ったのだろうか。拘束する手に、するりと体の形をなぞられた。
「え、あ……っ?」
アネットを落ち着かせるように、頬に、目もとにちゅちゅとくちづけが降ってくる。胸もとにまで触れられて、自分でも自覚していなかった自身の体の存在を、はっきりと意識させられた。
「や、め、て……!」
にわかに羞恥が湧きあがる。しかしどこにも、逃げられない。
触れてくる繊細な指が、アネットの柔らかい乳首をそっと摘まんだ。
人差し指と親指で挟んで擦る動きは優しくて、アネットの体内に走るのは羞恥と快感になった。
「い、や……ア、ッん……あ!」
「なにを……いやではないだろう?」
聞こえる声には、少しばかり嘲笑が混ざっている。恥ずかしいのは確かだけれど、同時に安堵を感じるのはなぜなのか。どこか、あたりを包む柔らかい闇の印象と似ている気が、した。
「んッ、あ、はあ、っ……ん、んっ」
手のひらに乳房を包まれて何度も揉まれて、体の芯の熱がどんどんあがっていく。もがいても逃げられない、抱きしめられる腕の中、今まで知らなかった感覚が体の中心を貫いて、アネットは嬌声をあげた。
「こ、んな……熱くて、へんっ……!」
「もう、こんなに感じて……」
「ひう……っく、はあ、ッ」
触れてくる手が、両脚の間を探る。ちゅくっと濡れた音がして、ぎょっとした。
「な、に……う、うっ、んんッ!」
「じっとしろ……おとなしく、身を委ねてくれ」
聞いたことがあるような、ないような声の調子だ。不可解な感覚の中、声の主の縋るような調子に、今までで一番、胸が大きく跳ねた。
「ン、んんっ……っふ、は……ァ」
濡れそぼった箇所に、なにかが触れてきた。熱くてずしりと大きな、なにか。耳に届く声が、荒く乱れているのがわかった。
「あ、ッ……あ、ひっ」
秘所に押し当てられた熱が、くちゅくちゅと挿ってくる。その熱いものに、濡れた蜜壁をいっぱいに広げられて、自然と声が出た。
「っふ、はあ、ッ……あ、ああっ!」
「なか……ァ、きもちいい、か……?」
柔らかい闇の中にはアネットの声と、相手の声が広がる。頭の中が、受け止める快楽でいっぱいになった。
「あ、ああ……い、いい……」
なぜ、そんな声がこぼれたのか。ここがどこかもわからないのに、なぜか安心して素直な気持ちを吐露できると感じたのだ。
「あ……あ、すき、あ……う、ッ」
耳を打つ熱いため息は艶めかしくて、アネットの感度もあがっていく。奥を突かれて、じゅくりと引き抜かれては、また突かれる。腹の奥だけではない、頭の先からつま先にまで、ぞくぞくした感覚が走っていく。
「ああ、あっ、きちゃ、あ、ああ……なにか、く、るぅ…っ……ァ」
すうっと意識が遠くなって、薄れていった。それでも中を埋める熱さと大きさ、抱きしめてくる腕の力は薄れることなく、残っているのだ。
(なに、これは……? な、に……)
なにもかもが曖昧な感覚の中、翻弄されながら、アネットは懸命に意識を引き止めようとした。
「な、に……これ、はっ……?」
だんだんと自分の声すらも、聞こえなくなっていく。
(この続きは製品版でお楽しみください)