プロローグ
シティホテルの一室で、葵(あおい)小夏(こなつ)は悲鳴のような喘ぎ声を上げて声を枯らせていた。
「あっあぁああ! そこばかりっ!」
「そこ? そこってここかな」
ベッドの上で身体を仰け反らせて喜んでいる自分が信じられない。
だが、身体中を支配するように突き抜けていく快楽と刺激は何度抗っても無駄なのだ。恐怖にも似ているそれは、心地よくてたまらなくなってしまう。
すでに全裸の小夏は足を開脚させられ組み敷かれるベッドの上で、さらに艶声を響かせた。
「あっああっ!」
いつもはひとつに結わいている黒髪はほどかれており、ベッドシーツの上にふわふわと広がっている。ぷるんとした口元はいやらしく半開き、二重の目元は次第に淫らな色を帯びていた。
先ほどから蜜芽を指先で弄り回されて蜜が溢れるたび、足の震えは快楽に止まらなくなっている。
だが、それでも、与えられる快感のおかわりを訴えるように、やめてと伸ばしたはずの手が彼を求めて縋りついてしまう。
小夏の痴態に微笑み攻め立てるのは、二十八歳の同い年で同僚の大阪(おおさか)悠馬(ゆうま)だった。
彼はつい最近『彼女にフラれている』。
ちょっとした恋心を大阪へと抱いていた小夏には、それはビッグチャンスだった。
飲みの席でお近づきになり、話が弾んだ拍子には彼の傷心にも触れた。
――しかし、どうしてかその勢いのまま、大阪とのセックスに流れ着いていた。
とはいえ、セックスはまだいい。いずれ恋人になればそうした関係に自然と進展するはずなのだから。
ただ誤算なのは、彼とのセックスでもう何度も果てていることだった。
悲鳴のような嬌声を上げていることだって信じられない。
そんな強烈な快楽を味わったことは一度もなく、セックスは恐怖の塊で痛いものだと小夏は思い込んでいた。それなのに、どうして――。
「あっふあぁあ! ゆ、ゆびぃ」
「二本くらい咥え込めるようになってきた。だいぶ慣れてきたから、もう少し増やしたいな」
「だ、だめっ」
小夏は必死に手で隠したが、にこりと大阪は微笑みその手に口づけてくる。
そんな些細な行動ひとつ取っても、小夏の心を満足させる。
「じゃ、そのまま掻き混ぜようか」
そう宣言すると、蜜壺に挿入していた指をめちゃくちゃに動かした。
「んっあぁああ!」
激しい水音が部屋に響き、頭がくらくらしてくる。
そうして膣をぐちゃぐちゃに荒らす骨ばった長い指に、小夏は酩酊にも似た強い快楽を味わわされてしまう。それが片思いの大阪によるものだと思うと余計に身体がひくついて反応した。
「だ……め……。それ以上しないで……」
「じゃあ、止めよう」
「え……」
自分が自分でなくなるからやめてほしかった。
でも、どこか込み上げてくる寂しさに小夏は大阪を見上げてしまっていた。
永遠とも思える快楽から解放されたのだ。喜ぶべきかもしれない。しかし、彼の指は自分の身体に触れていない。それだけで、どうしても切なくなってしまう。
もう彼は触れてくれない――そうして数秒、十数秒と流れる時間に耐え切れなくなって、小夏がぐったりとベッドに身を預けたその時だった。
小夏のたわわな胸に、大阪の手が覆いかぶさった。
「そんな物欲しげな顔して、どうしたの?」
「……そ、れは」
ゆっくりとした調子で膨らみを撫でる彼は、口ごもる小夏の耳元に息を吹きかける。
「気づいてほしいなんて、甘えだろう?」
そして丁寧に揉みしだくと、ぷっくりと充血して固い先端をこりこりと扱きだした。
「あっ! あっあっ!」
「こっちも弱いんだ。じゃあ、これは?」
そう言って小夏が再び快楽に喘いでいると、大阪が先端に突然しゃぶりついた。
「んっ、あ……はずかし……。そんなことしないで……っ!」
「もしかして、はじめて?」
「違う……けど……」
頬を染めながら、小夏は処女同然だという事実を言い出せそうにない。
なにより目の前で、ちゅぱっと音を立てて吸いつき、あの大阪が自分の胸を夢中で舐めていることが衝撃で頭が回らなかった。大阪との快楽でもういっぱいで、他に思考を回す余裕がない。いや、違うかもしれない。
(私、すごく興奮してる……。大阪くんだから? それとも、上手だから?)
頬を紅潮させながら、小夏は少しだけ冷静になっている自分に気が付いた。
同時に、大阪のことが愛おしく思えてくる。
(でも、好きになってもダメじゃない。失恋した勢いでこういうことしてるだけなんだし……)
無駄な期待だと理解しつつも、身体中に快楽を与えて尽くしてくれる大阪の姿を見ていると、彼も自分を好きだからそうしている、と錯覚しそうだった。
割り切ってセックス出来る、そう思い込んでいたのに、小夏の気持ちは大阪の丁寧な愛撫の前にとろとろに蕩けていた。
「こっちじゃ足りないかな?」
小夏は首を振った。
「もう、身体が」
「まだまだだ。葵さん、あまり知らないみたいだからね。教えたくなる」
「教える……?」
「冗談だよ。こういう関係はあまりよくないからね。今日で終わり。だから存分に尽くすから」
(尽くす……私のために……)
その言葉が小夏の頭の中に響いた。
初めて付き合った彼はこんな風に尽くしてくれていただろうか。大阪は、彼女でもない小夏の身体を想って尽くしてくれている。だから余計な感情がどうしても湧いてしまう。
もやもやして顔を逸らすと、大阪はおもむろに膝立ちした。そしていつの間にか、手に持ったパッケージを開け、そそり立つ猛りにあてがっている。
もう逃げられない、けれど大阪となら、と小夏は潤んだ目を向けた。
足を抱えられて、蜜口にそっとあてがわれると熱がゆっくりと入り込んでくる。
「んんんっ」
「力抜けるかな」
小夏は首を振った。
その途端に口を塞がれる。
頭の中が勝手に蕩け、舌が絡むごとに卑猥な吐息をもらしていた。
強引にねじ込まれるかと思ったのに、とことん小夏の恐怖心を取り除くような行動に、心はもう完全に大阪で満たされている。
息をするたびに舌を絡ませ、唾液を互いに混ぜるようなキスを交わす。すると力は勝手に抜けて、熱が入ってきても痛みはない。それどころか、大阪の猛りを受け入れたことが嬉しくて心臓が跳ねていた。
「入った……」
彼の呟きが漏れる。それを聞きながら、小夏は思わず言葉を紡いでいた。
「大阪くん……すき」
「え?」
「あっ! ううん。気持ち良すぎて、頭が変になってるのかもしれない」
笑ってごまかす自分が情けなかった。
最高の快楽とともに好きな人とひとつになったというのに、これは大阪の失恋を癒すための一時的な行為でしかない。
きっと――いや、今後、彼は二度とセックスをしようなどと言わないだろう。
「あっあっ……あぁあ!」
腰を使われて、さらに奥まで突き上げられると、小夏はもう余計なことは考えられなくなっていた。
(このあとは製品版でお楽しみください)