書籍情報

かつての推しの王子様が、ヤンデレ溺愛包囲網を敷いて迫ってきました

かつての推しの王子様が、ヤンデレ溺愛包囲網を敷いて迫ってきました

著者:百門一新

イラスト:ひなた水色

発売年月日:2023.12.29

定価:990円(税込)

ドラゴン討伐活動を続けていた女魔法騎士クラリスは、八年前の少しの間、可愛い王子様の護衛をしていた。笑顔で『またね』と嘘を吐いて別れたことを気にしていた彼女の前に、なんと、成長して立派な王太子になったリヒャルトが現れる。驚く彼女に、彼はさらに「僕は妻を娶れるだけの大人の男になったよ。僕の妻になってくれるよね?」と言って、求婚をしてきた!? 強がりな女魔法騎士と王太子の、八年後の求婚から始まるドラゴンと魔法とラブ。

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登場人物

立ち読み

序章 ショタがイケメンになって、押し倒してきた件

 

この世界には、ドラゴンを倒せる魔法の力が込められた〝魔法の剣〟がある。

そして、それを扱える【魔法騎士】という職業が存在していた。

彼らがとくに求められていたのは八年前だ。当時エルギュナイダー王国は、ブラックドラゴンという国内最大の黒いドラゴン達との最後の戦いに乗り出した。

おかげで、ならず者達も人生を変えるチャンスに恵まれた――と言ってもいい。

孤児出身の女盗賊だったクラリスも、そうだ。

「ドラゴンの目撃情報が入った! 行くぞ、てめぇら準備しろ~」

「はーい!」

自警部隊の一階フロアに顔を覗かせたガディウス隊長に、真っ先にそう答えたのはクラリスだ。彼女が動くと、長いオレンジ色の髪がその背で踊った。

クラリスは、ここよりずっと西にあるアイーダ地区にいた元女盗賊だ。

それが今はシェレスティウ大公が屋敷を構える領地の中心地、バンクームでドラゴンの残党狩りと領地治安管理を任された自警部隊として働いている、なんて当時では考えられないくらいに立派な職にいる。

それを率いているガディウス隊長は、大公の甥である王太子の元部隊長という経歴があった。

彼はブラックドラゴンとの最終決戦となった数年間、中央区第十三魔法騎士隊を見ていた。そこにクラリスも魔法騎士として加わっていたのだ。

人食いドラゴンの中で最悪にして最強の種、ブラックドラゴンの全滅が確認されて勝利宣言と戦争終結が出され、臨時雇用組だった〝一般の魔法騎士〟と呼ばれる者達は解散となった。

『一緒にこのまま騎士をしないか?』

ガディウス隊長は、王太子が持つ部隊の隊長だった。しかし戻ったはずの王宮から出てきて、そう誘ってくれたのだ。

これからどうしようかと考えていたクラリスは、漢らしい心意気に胸を打たれて了承した。そしてシェレスティウ大公が作った自警部隊に入った。

ブラックドラゴンの全滅後も、数種類の人食いドラゴンが残っている。

それらが増えないよう各地で駆除活動は続いていた。一般では対応ができない危険種に関しては、国軍が対応しているとは聞く。

ここは元国軍であるガディウス隊長と、その元部下達によって構成されているので応援要請を出したことはない。きっとシェレスティウ大公も鼻が高いだろう。

(ううん、大公様が自慢できるドラゴン討伐をするわ)

十八歳から二十六歳の現在まで、世話になっている恩がある。

「さっ、今日三回目の討伐! はりきって行くわよ!」

日差しの下だと、クラリスの琥珀色の目はもっと輝く。

やる気が満ち溢れて活発なせいでもあった。女性の身でありながら黒いパンツで、腰にある魔法の剣の重みを感じさせないような身軽さで、翼を持った白馬にひらりと飛び乗る。

ドラゴンは、空を飛ぶ。

彼らに対抗するため、この国では有翼馬が活躍していた。

有翼馬は真っ白い身体が特徴だ。ドラゴンの皮膚もかみちぎれる強靭な歯を持ち、ドラゴンにとっては天敵だ。

頭がよく、きちんと世話をすれば主人として認識し力を貸してくれる。

だから魔法騎士は有翼馬を乗りこなせるのも必須だった。

「ちぇっ、クラリスは緊張もしねぇや」

クラリスの有翼馬が空へ飛び立って、すぐ後ろから同僚達も続く。

「そりゃ女だてらに魔法騎士やってないからな。男でも続けようなんて人材は少ない」

「給料もいいけど、普通ならドラゴン相手に委縮するよなぁ」

八年前までブラックドラゴンの脅威にさらされ、さらに中型から小型の人食いドラゴンに土地も荒らされて人も食われた。

当時の記憶は元魔法騎士をしていた者達にも恐ろしい――とは、クラリスは解散した際に分かれた同じ臨時採用組に聞いた。

(――『普通なら』か)

クラリスは、ウルド達の会話に出たその言葉を頭の中で繰り返す。

(そういえば結局八年もいるのって私だけで、他はみんな元王宮の魔法騎士だっけ)

中央区第十三魔法騎士隊の臨時雇用組の大半は、故郷に帰って元の職業に戻ったり、経験を活かしてドラゴンから村を守ったりしている。

自警部隊は、当初はガディウス隊長の元部下達が一部残った感じだった。

王宮の魔法騎士といえばクラリス達からすると『エリート騎士様枠』になるわけだが、そうは感じないくらい職場の空気はいい。

「こらこら、お前らもクラリスを見習え。はりきっていこうじゃないか!」

ガディウス隊長が有翼馬をみんなのそばに滑らせてきてウルド達を覗く。

「俺らはブラックドラゴンとやりあったんだぞ。それで生き残った面々だ。その傘下のドラゴンくらい簡単に退治できないでどうする」

「やる気はありますよ、ええ、じゅうぶんにね」

「ただね隊長、クラリスが一人でもドラゴンに平気で突っ込んでいくリーダーなせいで、俺らも体力が削られるというか」

「現場のリーダーならクラリス、と指名したのはお前らだろ」

「まぁそうですけど、体力が有り余ってるんですかね。いや~、若いですね~」

「ウルドとは二つしか離れてないし! 私だってもう二十六歳よ!」

出会った時は十五歳だったが、大人になってもこれだとクラリスは思って噛みつく。彼らが一斉に肩をすくめて見せてきたので、むかむかした。

「もう、二十六なんです!」

「なんだよ、そういえば最近やけに年齢を主張してこないか?」

「うっ、それは……」

「おいやめろ、自分は恋人もできない怖い女魔法騎士なんだって、ちょっと落ち込んでんだよ」

そばから別の同僚がウルドに言ってきて、クラリスは『聞こえてるわよ』と落ち込み気味に思った。

どうせ結婚なんて諦めている。想定だってしていなかった。

けれど春の社交シーズンとやらで、貴族達に感化されたみたいに仲良くなった女の子達が一斉に結婚相手が決まる、というなんとも強烈な出来事があったのだ。

「おいやめろお前ら」

普段なら部下と共に笑っているガディウス隊長が、珍しく困ったように仲裁した時だった。

上空を飛んでいたクラリス達は、有翼馬よりも大きな飛行物体を発見する。通報があった通り、山側から飛んでくる深い緑色のドラゴンの姿があった。

漆黒の身体が特徴的だったブラックドラゴン以外は、緑や茶色など色があり、雑種は模様が見られる個体もいる。

「ドラゴンだ! 気を引きしめろ!」

ガディウス隊長の声に、全員が抜刀する。

魔法の剣には、ドラゴンを殺せる魔法の力が宿り彼らの固い鱗も斬り裂けた。

――ヴォオオォオオッ。

ドラゴンが威嚇の咆哮をする。

だが、これで怯むような魔法騎士などいない。

「気を抜くなよ!」

ウルド達が動きを止めるべく左右に別れ、周囲から翼への攻撃を開始する。

クラリスはガディウス隊長達と正面から突っ込み、攻撃しながら、大打撃を与えられる瞬間を狙う。

「私、いけます!」

クラリスは一声上げ、有翼馬を一気にドラゴンの背へと滑空させた。

体重が軽い彼女の有翼馬が、一番速い。向かった次の瞬間、彼女の剣の刃はドラゴンの背から長い首の急所へと届いていた。

「ひゅーっ、さすがクラリス。軽業だな」

同僚達が誉めつつ、絶命したドラゴンを受け止める。

元盗賊としての軽い身のこなしに加え、クラリスはそのあと魔法騎士としてブラックドラゴンとの戦いで剣術も獲得した。自警部隊でも、かなりの戦力だと領主であるシェレスティウ大公にも褒められている。

同時に、恐れ知らずで何かと一人で無茶しがちだとも言った。

それはガディウス隊長も同意見で、昔から口酸っぱく注意され続けている。同僚達の『さすがクラリス』には、呆れもやや含まれていた。

「まったく、お前は猪のように突っ込むから……」

「それの何がいけないんです? 仕留められてよかったじゃないですか」

ガディウス隊長が溜息を聞きながら、クラリスは剣を鞘に納めて有翼馬の体勢を直す。

「ふぅ、クラリス。男に張り合うはさすがだが無茶はするなよ――さてっ、ドラゴンはいつもの場所で火葬だ! 残る隊員は他にドラゴンがいないか巡回するぞ」

「了解、隊長!」

クラリスも、みんなと一緒になって返事をした。

――女の身で、魔法騎士。

今となっては少ないが、八年前まで、国には戦士の性別さえ考える余裕はなかったのだ。

 

ドラゴンに対抗できる唯一の戦力は、魔法の剣を使える〝魔法騎士〟だけだ。それは魔力を受け入れられる体質でなければ扱えない。

その条件から、魔法騎士はかなり希少人材であった。

全国土で聖職者から犯罪者まで、魔法の剣を握って資格があるかどうか確かめて欲しいと呼びかけられていたほどだ。

その資格を持った者がかき集められていたので、女盗賊だったクラリスも騎士という職につけた。臨時雇用と共に告訴まで免除されるとあって喜んで騎士になる人間はたくさんいた。

それくらい、ブラックドラゴンは国の存続問題に直結する大問題だったのだ。

だが同時にドラゴンの被害で孤児になったり、食うために荒くれ者となった者達が、更生のチャンスを得た最大の数年間でもある。

体長が最大にして、他のドラゴン達も従えられるブラックドラゴンに立ち向かう魔法騎士達は、当時英雄として尊敬の目を向けられていた。

元荒くれ者達も、解散後には新たな職のチャンスまで得た。

クラリスのように戦い続けている者も多い。むしろ国軍から解放された一般の魔法騎士達を、高い給料を払ってでも欲しいと各地は欲していた。

国内に残る人食いドラゴンを殲滅すべく、そして自衛のためにも必要だった。

ドラゴンという驚異をすべて排除するには、もう十年はかかるだろうと言われていた。

 

ドラゴンが他に飛行していないか確認を終えたあと、クラリスはガディウス隊長達と地上へ戻ることになった。

下降しながら、ふと地上の人だかりに気づく。

「あら? 閣下が来ているの?」

シェレスティウ大公の白亜の専用馬車が、自警部隊の隊舎の前に停まっている。

おかげで何やら、見物人のごとく人が集まっている状況のようだ。

(……何か、問題が?)

彼が来るのは珍しい。視察があるとも聞いていなかった。

クラリスは心配になってすぐ、地上に降ろすつもりだった有翼馬を、直前に変更し、地面すれすれで真っすぐ飛行させた。

「クラリス! お前はまたっ……!」

人々の間を器用にも進んでいくクラリスの有翼馬の後ろから、何やらガディウス隊長の呆れた叫び声と共に、ウルド達も続く。

問題が起こっているとしたら話を聞くだけだ。

一人でできる。そう思ったクラリスは、不意に有翼馬の制御が乱れたのを察知した。

(あ、まずい。ドラゴンのあとだから――)

手綱がぐんっと引っ張られる。いくら訓練されているとはいえ、恐ろしいドラゴンに立ち向かうのは有翼馬にとって相当なストレスになる。それに加えて急な指示に人だかり。興奮状態になり、命令に対して混乱してしまったみたいだと察して、背中がヒヤッとした。

翼を広げて嘶(いなな)いた有翼馬に、人々が悲鳴を上げる。

力も普通の馬以上にある有翼馬を、女一人ではどうすることもできない。

心臓がぎゅっと縮こまったような心細さと『どうしたら』という、いさましさとは真逆の思いを抱いて冷静さを欠いた時だった。

「大丈夫、落ち着いて」

不意に、頭からローブをかぶった人物が飛び込んできたのに気づき、クラリスは「え」と琥珀色の目を見開いた。

なんともいい声をした男だ。フードから覗いた美しい顔に、ついぽうっと見惚れる。

その間にも彼は慣れたようにクラリスの後ろに座ってきて、手綱を両手で取っていた。

「あ、あのっ――」

「少し苦しいけど、頭を上げてやればいい」

そう言った男のたくましい腕が、一気に手綱を引く。

クラリスはその力強さに驚いた。有翼馬は嘶きを上げて、あっという間に止まってしまった。見事な有翼馬の手綱さばきだ。

「すごいわっ」

思わず場違いにも明るい声が出た。彼は有翼馬を「どう、どう」と数回の足踏みで完全に落ち着けると、降りて、クラリスに両手を差し伸べてきた。

「おいで。降ろしてあげるから」

自分で降りられるのにと思ったものの、女性扱いがくすぐったくて、どきどきしながらクラリスは彼の手に従っていた。

「あ、ありがとう」

地上で向き合ってみると、彼はとても背が高かった。

ローブに身を包んでいるが、襟元やローブから覗く服は高貴さを感じさせる。

(お忍びで移動中だった貴族かしら?)

どきどきとそう思いながら見上げていると、フードで影になっている彼の表情が、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべる。

(……あら? どうしてそんな顔を?)

そう、クラリスが思った時だった。

「どうして無茶を? 有翼馬の低空飛行は高等技術だ」

相手が先に質問してきた。彼女はハタと思い出して、しゅんっとなった。

「ご、ごめんなさい。お手数をおかけいたしました……その、大公様の馬車が停まっていらしたから、何か緊急事態でも起こったのかと思って」

クラリスは彼に両手を取られたまま、いてもたってもいられずこちらを見ている町の人達の方を見て「ごめんなさい」と謝った。

すると彼らは「平気だよ」と答えてきた。だが、何か。とても気になっているみたいで男の方へとすぐ視線が戻っていく。

なんだろうと違和感を覚えた時、クラリスは笑い声を聞いた。

「ふふっ、相変わらず思い立ったら行動するみたいだね」

フードから覗く彼の口元が、美しい笑みを浮かべている。

その言葉に、クラリスは違和感を覚えた。すっかり変わってしまっているがその声にも、そして話し方の感じにも覚えがある気がする。

(もしかして、どこかで会ったことが――)

ふっと頭に浮かんだのは、一人の人物だった。

クラリスがずっと忘れられないでいる可愛い子供。でも、まさか、そう自分に言い聞かせた次の瞬間、聞こえてきた声にぎくんっとした。

「殿下! 急に動かれては心配いたします!」

「ああ、すまない。あのままだと彼女も怪我をしていた」

クラリスの両手をまだ取ったままでいるその男が、護衛騎士とおぼしき魔法騎士達を振り返る。

――これは、間違いない。

そうクラリスが確信した時、彼が察知したみたいにふっと目を戻してきた。

「ふふ、ようやく気づいてくれた?」

「ま、まさか、あなた――」

「嬉しいな。すぐには気づかないくらいに僕は〝あなたが最後に見た当時よりも立派になれた〟ということだよね」

彼が両手でフードを下ろす。そこから覗いた美しい灰銀色の髪に、クラリスは思わず息を呑んだ。

大公と同じく、王族が持つ灰銀色の髪がフードの下から現れた。

日差しの下の明るさのもとで、クラリスを再び見下ろしてきた彼の双眼は、吸い込まれるような深いブルーサファイアだ。

(嘘、どうして……)

クラリスは『リヒャルト殿下』と頭の中で呟いた。

国王と王妃の唯一の子、王太子リヒャルト・フォン・エルギュナイダー。成人したと、先日の生誕祭も騒がれたばかりの二十歳の王太子だ。

そして、クラリスが会うことはないはずだと思っていた人物。

「ああ、やっと会えたよ、――クラリス」

低くなった男の甘い声に、やたら背がぞくぞくと震えるのは気のせいだろうか。

身長が高くなっただけでなく、彼は当時の『可愛い』もなくなって、声だけで女性を魅了するなんとも色っぽい王太子様になっていた。

幼い感じは一切なくなってしまったが、その端正な顔立ちも眼差しの感じも、クラリスが記憶している『可愛いリヒャルト殿下』に一致した。

「……ど、どうして」

クラリスは戸惑い、後退する。その際、後ろで同じく目を丸くしていたガディウス隊長達に、背がぽすっと触れた。

八年前、数カ月の間、クラリスはガディウス隊長と一緒に王子の護衛をしていた。

避難のためリヒャルトが別荘に移ってきて数カ月後に、ブラックドラゴンの全滅宣言を受け、彼は王宮へ戻ることになる。

十二歳だった彼は、すっかり懐いていて『一緒に来ないの?』と泣きながらクラリスに何度も聞いた。

クラリスはもう二度と会えないことを思いながら『また、会えるから』と嘘を吐いて、可愛い王子様が別荘から出立していくのを見送ったのだ。

(――合わせる顔なんて、あるはずがないわ)

いや、そもそもなぜ彼がここにいるのか。

視察というにしては、リヒャルトのローブから覗く衣装も上等すぎた。金の刺繍も入っている一級品の高価な白いロングジャケット、腰には護身用の剣さえない――。

と思っていたら、リヒャルトが歩きだした。護衛騎士が動くものの、人々は指示される前にさっと彼に道を空ける。

「あ、あのっ、殿下――」

「ふふ、クラリス、あの時と同じようにリヒャルト、と呼んでいいんだよ?」

そんなこと、王太子にできるはずもない。

すると、目の前にきた彼が、突然片膝をついてクラリスは仰天した。

「な、何してるのっ。やめて、そんなことする必要は――」

「必要ならあるよ。こういうことは、きちんとしないとね」

クラリスは『こういうこと……?』と考えてしまう。

するとそう困惑している間にも、リヒャルトが彼女の手を取り、流れるような仕草で手の甲に口づけてきた。

(……き、貴族の挨拶までさまになっているなんて!)

可愛い十二歳の王子様を記憶していたから、クラリスは八年の歳月を経たその成長っぷりにも度肝を抜かされた。

しっとりとした大人の男の唇の感触に、じわーっと頬がうっかり熱くなる。

「な、なっ、何してるのっ」

「ああクラリス、ようやく、あなたを迎えられる」

「え?」

感極まったようにリヒャルトが呟いた。恥ずかしさの方に気を取られていたせいで一瞬、意味がうまく頭に入ってこなかった。

「ふふ、分からなかった? クラリス、僕は妻を娶れるだけの大人の男になったよ。僕の妻になってくれるよね?」

「は」

クラリスは、ぽかんと口を開けた。

「ずっと求めてた。あなたの手も、肌もこんなにも柔らかかったんだね。夢にまで見ていたんだ、少しだけ味見してもいいかな?」

リヒャルトが甘い微笑みで下からうかがってくる。

なぜか、元王子様の王太子に求婚されている。

ややあって実感が込み上げたクラリスは、震え上がった。しかもその好意はどうやら身体に触れたいという意味も含めているみたいだ。

(味見……うん、よくないよね!)

そもそも、ただの騎士。クラリスなんて王太子の相手にならない。

そう考えた途端に彼女は逃げだそうとした。だが、リヒャルトに「だーめ」と言われて、軽々と肩に担がれてしまう。

「ちょっとっ――」

「ガディウス、よくやった。共に帰還する準備をせよ」

リヒャルトが言い、歩きだした彼にガディウス隊長達が「はっ」と答えて頭を下げる。

「あ……だ、騙したのね隊長っ」

善意で誘ってくれたと思ったら、どうやらリヒャルトと繋がっていたらしい。するとガディウス隊長が、運ばれていくクラリスに溜息をもらす。

「すまないな。俺は、今でも殿下の〝隊長〟だ。保護しているよう命じられた」

(保護……?)

いったい、なんの、とクラリスが思っている間にも、同僚達も「そういうことだから」なとど言って合掌してくる。

唖然としたクラリスは、考える暇もなくリヒャルトに自警部隊の隊舎の中へと運ばれた。彼は真っすぐ上階の宿泊部屋を目指す。

「確かクラリスの部屋はここだよね」

彼が、ぴたりと彼女の部屋にある扉で足を止めた。

「えっ、なんで知ってるの!?」

「ガディウスに教えられた」

クラリスは『隊長ぉおおお!』と心の中で叫んだ。

リヒャルトは扉を開け、中へと入る。一度目をぱちくりとして、女の子らしい化粧台を見つつも他は殺風景な室内へ踏み込む。

「狭いベッドだね」

隊員用の宿泊ベッドだから当然だ。

そう思った時、クラリスは後ろにある扉が閉まり、鍵もカチャンッとかかる音を聞いた。

「えっ、嘘、今の魔法!?」

「ふふ、そうだよ」

驚いていると、ふわっと身体が浮いて驚く。両手を広げたリヒャルトの動きに合わせるようにして、彼女の身体はふわふわと移動する。

「王族の直系は、高位の魔法使いだよ」

それじゃあこれは、浮遊魔法だ。

そう理解した彼女は、次の瞬間ぼふっとベッドの中央で下ろされた。慌てて起き上がろうとしたら、リヒャルトがのり上げてくる。

「剣にブラックドラゴンを倒せる魔法の力を注いでいるのも、王家と血縁の者達だ」

「えっ、そうなの……?」

(このあとは製品版でお楽しみください)

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