初夏の空は夕刻になっても、さえざえとした青さを保っている。
深山(みやま)家の豪奢な応接室も明るい日差しに包まれ、開け放たれた窓からは爽やかな風が吹き込んできた。
時は大正十年の五月――。
色鮮やかな花が競うように咲き誇り、何もかもが心地よく、どんな人でも心躍る美しい季節。
それなのに唐(から)織(おり)地のソファに腰を下ろした東原(ひがしはら)廸子(みちこ)の顔は青白く、表情も硬い。
とはいえ、白の撫子を散らした青磁色の小紋はたおやかな面差しによくはえ、その姿は清楚な白百合を思わせた。くっきりした二重の目と、形のいい細い鼻、きれいな弧を描く赤い唇――結い上げて白いリボンを飾った黒髪も艶やかで、廸子はいかにも良家の令嬢らしく、愛らしくも気品を感じさせる娘だ。
一方で、向かい合って座る当主の恒輔(こうすけ)はくつろいだ様子で、テーブルに置かれた桐の箱と廸子の顔を見比べていた。
出先から戻ったばかりの彼は、上質な白麻の三つ揃いを着こなした長身の美丈夫だ。彫りの深い顔立ちは凛々しく、胸板の厚い均整の取れた体躯は、活動写真に出てくる異国の俳優を連想させた。
十八になったばかりの廸子は開き始めた薔薇のように初々しく、対する恒輔はちょうど十歳上――申し分ない美男美女の二人は、まさに似合いの若夫婦に見える。
ところが実のところ、廸子の夫となる人は彼ではないのだった。
「開けないのか、廸子?」
恒輔に柔らかく問われ、廸子はおずおずと細い指を伸ばす。
ちょうど茶碗が収められる大きさの箱には古代紫の真田紐がかけられ、いかにも由緒ありげだが――。
「どうも……ありがとうございます」
「ずいぶん探したものなのだぞ、君のために」
恒輔は涼しげな切れ長の目を満足そうに細めている。その様子は茶道を嗜む廸子のために名品を用意したとでも言いたげだが、実際は違っていた。
「あ」
紐を解き、箱の蓋を開けた廸子は小さく息を呑んだ。すぐさま白い頬に朱が差し、慌てた様子で視線を逸らす。恒輔の様子から嫌な予感はしていたものの、箱の中身は想像をはるかに超えるものだったのだ。
とてもまともに見ることができず、廸子は俯いて唇を噛んだ。
(いったいどこからこんなものを?)
なまめかしい光を放つ鼈甲(べっこう)の張形――勃起した男根そのものを模したそれが何なのか、そしてどのように使うのか、わからないほど初心ではない。前にも別の素材のもので嬲られ、さんざん嬌声を上げたこともあるのだ。廸子はそんな自分が恥ずかしく、また、そのように変えさせた恒輔が恨めしかった。
実家の東原子爵家では誰からも慈しまれ、清らかに育てられてきたのに、今では娼婦のように生身の男性器に触れたり、舌を這わせたりしているのだから。
「おや、どうした? 気に入らなかったか?」
「いえ、お義兄様。そういうわけでは――」
そう。言葉や指や唇、そして時には猛った雄で、廸子を毎日のようにいたぶるこの人は、恐ろしいことに夫となる人の兄だった。
「だが、あまりうれしそうには見えないな」
身体を強ばらせている廸子をよそに、楽しげな笑い声が聞こえた。
「さて困った。きっと喜んでくれると思ったのだが……ああ、そうだ」
口調は明るく優しそうなのに、恒輔の声には有無を言わせぬ響きがある。
今も彼は屈託なく、「ここで使ってみてくれないか」と提案した。まるで履物屋の店先で、草履や下駄を試してみろとでもいうかのように。
「使う? わたくしが……ですか?」
「もちろんだ。これは廸子のために用意したのだから。さあ、手に取ってごらん。それから脚を開いて、君のかわいらしい花びらに当ててみるといい。きっといい塩梅だとわかるだろう」
あまりに過激な要求に、廸子はますます身を硬くした。
だが俯いていてもなお、全身に恒輔の強い視線を感じてしまう。まるで麻縄でやんわり縛り上げられているようだった。
「……かしこまりました」
ほどなく廸子は、ためらいながらも頷いた。
ひとたび恒輔が何かを望めば従うしかない。まだ日が高かろうと、いつ使用人が来るかわからない場所であろうと、今もまた命じられるままに、このいやらしい玩具を使ってみせるしかないのだ。
「それならよかった。ただし気をつけたまえ。夢中になり過ぎて、大切なところを傷つけてはいけないよ。廸子の身体は倫太郎(りんたろう)のものなのだから」
そんなふうに咎めながらも、恒輔の声はいつしかわずかに熱を帯びていて、その気配がいっそう廸子を追いつめる。
(どうしてこんなことをなさるの?)
いずれ嫁ぐ相手は彼の弟である倫太郎だ。それなのに、無垢な身体に性戯の数々を教え込んでいるのは恒輔だった。
結果、義兄という立場でありながら、彼は廸子のすべてを、それこそ本人が知らなかったことまで暴きたてた。
だからどんなに平静を装ったところで、何もかも見透かされる気がするのだろう。さっきから脈が心もち速くなっていることも、きっちり閉じた両脚の奥が甘く痺れ始めていることも。
「早く始めたまえ、廸子。本当はもう待ちきれないのだろう?」
廸子は頬を染めながら、そっと着物の裾を割った。青磁色の絹地と襦袢(じゅばん)を膝の上までめくり上げ、雪のように白い腿をわずかに開く。
すると、すかさず恒輔の声が飛んだ。
「それではよく見えない。もっと深く座って、両足をソファの上にのせたまえ」
「ですが――」
裾除けの下には湯文字をつけているものの、そんな恰好で脚を開けば、廸子の秘処は恒輔の前にさらされてしまう。すでに何度となく見られているとしても、ためらわずにはいられなかった。
「脚を開きなさい、廸子」
廸子は頷いて、命じられた姿勢を取ろうとした。だがソファに両足をのせはしたものの、そのまま動けない。
「お義兄様、どうかお許しを――」
無駄とわかっていても抗わずにはいられなかった。こんな明るい中であられもない姿をさらすだけでもつらいのに、廸子の下半身は――。
「だめだ」
恒輔が焦れた様子で立ち上がり、身を乗り出すようにして両膝を大きく割り開いた。
「あっ!」
「ほら、もうこんなに濡らしているじゃないか。おや、驚いた。糸まで引いているぞ」
今や、あらわになった鴇色の秘花を隠してくれるものはない。本来そこにあるべき淡い翳りは、恒輔によってきれいに剃り上げられていたのだから。
長い指が、幼女のように無毛の恥丘を撫で上げた。
「ひっ!」
「廸子は嘘つきだな。本当はすぐにもあてがいたくてたまらないくせに」
「い、いいえ、そんな」
恥じらいに染まる頬を涙が伝う。けれど屈辱や困惑のためだけに泣いているのでないことは、誰より廸子自身が知っていた。その証拠に鼓動はいっそう速くなり、着物の奥に隠された二つの乳首までもが疼き出している。
しかし、だからこそ廸子は淫具を手に取ることができなかった。
もちろん逃れられないことはわかっている。この深山家では、子爵令嬢の誇りなど何の役にも立たない。それでも自ら張形を使ってしまったら、もう歯止めが効かなくなる気がしたのだ。
「しかたがない。自分でできないなら、手を貸すとしよう」
恒輔が笑いながら箱に右手を伸ばした。
「えっ?」
「これだけ濡れていれば大丈夫そうだが……廸子、念のためにこれを舐めなさい。全体をしっかり濡らすんだ。いつも俺のものにしているように」
「まさか――」
グロテスクな塊を顔の前に突き出され、廸子は凍りついた。
わずかに夕焼けの気配を感じさせるものの、なおも明るい室内で、裸の下半身をさらしながら、張形をしゃぶれと要求されたのだ。
「さあ、廸子」
励ますように、しかし断固とした調子で促され、廸子は小さく頷いた。目を閉じ、唇を開いて、薄桃色の舌を鼈甲へと伸ばす。
ためらいながらも先端を口に含むと、なんだか恒輔に奉仕しているような気がした。もちろん感触も硬さもまったく違うけれど。
「そうだ。いいぞ」
なぜだか恒輔の言葉がうれしくて、廸子はさらに懸命に舌を使ってみる。
すると淫具をそっと引き抜かれ、褒美のように軽く口づけされた。
「倫太郎のために、君はもっと淫らな身体にならなければいけない。何としてもあいつの子を授かるんだ」
華奢な身体に覆い被さり、恒輔は潤んだ肉花に張形をそっと押し当てる。
「あうっ!」
亀頭を模した部分が敏感な襞をなぞり始めた。
「や、あ……やめ、て」
「やめてほしくなどないくせに。また蜜が溢れてきたぞ」
男根を受け入れる箇所は慎重に避けながら、恒輔はいやらしい道具を巧みに操り続ける。ほどなくふっくらした恥丘の奥から、ヌチャヌチャと聞くに堪えない水音が響き始めた。
「ひっ! ああ、あ」
ゆるゆると、羽で撫でるように優しく秘裂を探られ、廸子は激しくかぶりを振った。
(こんなこと、いけないのに――)
あさましく恥ずかしい行為の数々も、弟のためにとそれを強いる恒輔のことも、廸子は心の底から拒んでいた。
確かに婚約者の倫太郎にはどこか幼いところがあるし、病のせいで臥(ふ)せりがちなので、兄として放っておけないのだろう。いずれ肌を合わせた時に、間違いなく彼の子を宿すために生硬(せいこう)な身体を慣らすのだと言われれば、廸子としても拒むことはできない。
しかし、だからといって恒輔にこんなことをする権利があるのだろうか? 相手への愛情も敬意もないのに、ただひたすら嬲って身も心も辱めるような権利が?
その時、淫具の先端が繊細な襞をかき分け、小さな宝珠を探り当てた。
「ひぁっ!」
可憐な突起をつつかれて、華奢な身体がソファの上で跳ね上がる。
「そ、そこ、いやぁ」
「嘘だな。廸子はここをいじめられると、たまらなくなるくせに。ほら、腰が揺れている」
「違っ、ああっ!」
それからは廸子の反応を楽しむように、恒輔は鴇色の肉芽ばかりを執拗に弄び始めた。羽で撫でるように優しく、そうかと思えば押し潰そうとするかのように強く。
「やめ――お願、い……あう、う」
強過ぎる快感が思考を白く濁らせていく。
いつしか廸子は限界近くまで脚を開き、自ら腰を突き出して、与えられる快感を貪欲に追いかけていた。
(この続きは製品版でお楽しみください)