――し、じゅ……。
誰かが自分を呼んでいる。
「紫珠(しじゅ)、紫珠よ」
冷ややかなのに、ふしぎな甘さも含んだ、若い男の声。
「起きろ、紫珠」
軽く頬を叩(たた)かれ、紫珠はうっすらと目を開けた。
「あ……」
焚(た)き染められた香が鼻をつく。甘く熟しきった果実を煮詰めたような、毒々しいほど濃厚な香りだ。宮灯が照らす室内は紅色に染められて、なまめかしく、ほの暗い。
眠りから覚めきっていないため、頭の芯がぼんやりしている。しかし間近に、涼やかな切れ長の目を持つ青年を認め、瞬時に体が強ばった。ここがどこで、自分が何をされているか思い出したのだ。
「ひっ!」
しなやかな指が、すかさず紫珠の細い頤(おとがい)をつかむ。
「お目覚めか、紫珠?」
「よ、陽(よう)……亮(りょう)……さま」
男の手から逃れたくて、かぶりを振るが、それが精一杯の抵抗だった。
四肢を大きく広げられ、赤い絹の紐(ひも)で寝台の柱にくくりつけられていて、まったく自由がきかない。桜色の寝衣は肌が透けるほど薄い上、今は大きく引き裂かれていた。紫珠は、もう何時間もこの状態で弄(もてあそ)ばれていたのだった。
「お許し……ください……どうか」
無駄とわかっていても、手足を動かさずにはいられない。痛みこそないものの、そのたびに絹紐は柔らかく肌に食い込んだ。
「だめだ」
陽亮と呼ばれた若者はゆるりと口角を上げた。
上背があって、絹の夜着姿であってもただならぬ気品を感じさせる。頭頂部でひとつに結った髪は漆黒で、その面差しは思わず視線を奪われるほど端麗だ。高く通った鼻筋と男らしく引き締まった口元。しかし彼の、湖水のような青い瞳は少しも笑っていなかった。
「さて紫珠よ、続きを始めようか」
陽亮は目を細め、子猫をあやすように紫珠へと両手を伸ばす。光を帯びたような白い肌には、彼の唇がつけた痕が点々と散っている。艶やかに波打つ長い黒髪を払いのけ、その指が摘(つま)んだのは、まろやかな胸を飾る愛らしい肉果だった。
「ああっ!」
息を弾ませる紫珠を見て、陽亮は二つの乳首を軽く捻(ひね)る。
「あん!」
胸の頂が切なく疼(うず)き、紫珠は拘束された体をうねらせた。
「陽亮様、どうか……どうかもう……お許しを」
「わかっているはずだ。許してほしければ、どうすればよいか」
「ですが、わたくしは……」
「答えろ、紫珠。誰に頼まれた? 誰の差し金で、私にあのような真似(まね)をした?」
「どなたにも……頼まれてなど……おりません。すべて、わたくしの一存で……きゃあっ!」
陽亮が身を屈め、右の乳首に軽く歯を立てたのだ。やわやわと、けれども少しずつ力を入れられて、紫珠は何度もかぶりを振った。
「いや……痛い」
「誰がそんなたわごとを信じる? いつまで私をたばかるつもりだ。そうやって隠し続ければ、苦しみが長引くだけだぞ」
「いいえ、わたくしは何も……あっ!」
今度は反対側の乳首を強く弾(はじ)かれ、紫珠の体が大きく跳ねた。容赦ない仕打ちに息が乱れて、涙が滲(にじ)む。けれども奇妙なことに、陽亮の指や唇がもたらすのは痛みだけではなかった。いつの間にか腰の奥が妖しく痺れ始めて、紫珠は困惑に眉をひそめる。
すると陽亮は甘噛(が)みしていた肉粒をチュッと吸い上げた。
「いけない娘だ。ここを、こんなに尖(とが)らせて」
そのまま飴玉のようにしゃぶられて、紫珠の滑らかな肌がザッと粟立った。
「ひあっ!」
半裸にされて、手ひどく辱められているのに……恥ずかしくて、みじめで、いたたまれないはずなのに……体は明らかに悦(よろこ)びの反応を示して、紫珠を裏切っている。そしてもちろん陽亮には、それを見透かされているのだった。
「ああ、なるほど。この程度ではご不満ということか? もっと恥ずかしいことをしてほしいのだな?」
「いえ……そんな」
「嘘をつくな。お前のあそこはまだたっぷり濡れているはずだ。先ほどさんざんいじってやったつもりだが、また触ってほしくて、ヒクついているのだろう?」
「くっ……」
紫珠は涙で潤む目を閉じ、血が出そうなほど唇を噛みしめた。陽亮の言葉は正しい。確かに秘所はしっとりと露を孕(はら)んでいたし、少しでも気を抜けば、いやらしい喘(あえ)ぎ声が漏れてしまいそうだ。ここに来るまでは、口づけさえ知らなかった身だというのに――。
――もう、やめて。
これ以上淫(みだ)らなさまを見せたくなくて、紫珠は懸命に心を故郷に飛ばそうとした。この現実は、受け入れるにはつら過ぎる。
――帰りたい。帰りたいの。どうか私をあそこへ戻して。
そこの空は一日中、淡い菫(すみれ)色に染まっている。宝玉の花々に宿る露を集めた朝にも。七色の虹を渡り、瑞(ずい)雲(うん)に乗って遊んだ昼下がりにも。涼しい風に吹かれながら琵琶(びわ)を奏でた夕べにも。
文字どおり天空の彼方にあって、どれほど請い願っても、今の紫珠には決してたどりつけない場所。
「紫珠!」
長い指が再び華奢(きゃしゃ)な頤を捉えた。
「目を開けて、私を見ろ」
陽亮の声は静かな怒りを帯び、いっそう冷たく響いた。紫珠はしかたなく目を開く。
「正直に答えなければ、お前を自由にするつもりはない、体も……心もだ」
人に命じることに慣れた物言いは、彼が斉里国(さいりこく)の皇太子だからだろう。いずれ父の後を継いで皇帝となる身だ。
とはいえ、この国で陽亮のような色の瞳を持つ者はひとりもいない。冬の湖を思わせる濁りのない青さは、西方から嫁いできた亡き母親譲りなのだという。今その双眸(そうぼう)には、怯(おび)え、とまどう紫珠が映り込んでいた。
陽亮は紫珠の顎をつかみ、息がかかるほど顔を寄せてきた。
「紫珠、なぜそれほど頑(かたく)ななのだ? 素直に告白すれば、すぐに解放してやるし、罪に問うこともしないと言っているのに」
「い、いいえ、わたくしは本当に何も――んんっ!」
紫珠は声にならない悲鳴を上げた。すべてを言い終える前に、陽亮が口づけで唇を塞(ふさ)いでしまったのだ。たちまち合わせ目を割って、獰猛(どうもう)な舌が侵入してくる。
「ん……ふっ!」
抗(あらが)う間もなく口内を探られ、舌を絡め取られた。角度を変えては、息を継ぐことさえ許されない強引な接吻(せっぷん)が続く。自分に応えろというように強く舌を吸い上げられ、紫珠はただ身を震わせるしかなかった。
――いやよ、こんなこと!
けれども陽亮から逃れたいはずなのに、口づけされていると、なぜか鼓動が速まり、体が熱くなっていく。まるでさらなる愛撫を望んでいるみたいに、それどころか彼自身を求めているみたいに。
そんな自分に動揺し、紫珠は口内でうねる舌に歯を立てた。
「うっ!」
陽亮は顔を上げ、眉を寄せて口元を押えた。青い瞳が紫珠を射る。あまり力を入れられなかったが、痛みを与えることはできたようだ。
二人は無言のまま睨(にら)み合った。身を貫かれそうなくらい鋭い視線。しかし紫珠も相手から目を背けなかった。
やがて陽亮は薄い笑みを浮かべた。
「――強情な」
おもむろに部屋の中を見回し、紫檀(したん)の卓子(たくい)に目を止める。その上には蓮を象(かたど)った金の燭台が置かれていた。
「これ以上、私を怒らせてどうする? ひょっとして……お前は痛めつけられるのが好みなのか? たまにそういう女もいると聞く。縛られたり、鞭(むち)で打たれたりするのがたまらないとか。たとえば――」
不穏な呟きと共に、陽亮は右手で燭台を取り上げた。
「熱い蝋(ろう)はどうだ? これを体に垂らされるのは好きか?」
揺らめく炎が、男らしく整った顔に妖しい影を作る。紫珠は青ざめ、近づいてくる熱から逃れようと必死に身を捩(よじ)った。
「どこがいい、紫珠?」
「い、いや」
「かわいらしいへそか? 桜色の乳首か? いっそこの淡い下生えを蝋で飾ってやろうか?」
真上でかざされた燭台からは、溶けた蝋が今にも滴りそうだ。半裸の体をかばうものはない。肌に落ちたら、どれほど熱いだろう?
「どうかお許しを!」
「やめてほしければ話せ、紫珠! 私に、真実を」
陽亮がさらに蝋燭(ろうそく)を傾ける。瞬間、溶けた蝋がドロリと垂れるのが見えた。
「知りません!」
襲い来るはずの苦痛に震えながらも、紫珠は首を振った。それ以上は堪(こら)えきれずに、きつく目を閉じる。
しかしいつまでたっても、痛みも熱も感じない。恐る恐るまぶたを持ち上げると――。
「陽亮様!」
体の上に陽亮の左腕が差し出され、熱い蝋を受け止めていたのだった。とっさに紫珠をかばってくれたらしい。傷つけようとしたくせに、結局は守ってくれたのだ。陽亮の行動が理解できず、紫珠は目をしばたたく。
「あの、大丈夫……ですか?」
「大事ない」
たとえ夜着越しとはいえ熱くないはずないのに、陽亮は表情も変えずに燭台を卓子に戻した。腕から蝋の固まりを払いのけて、紫珠に向き直る。
「痛みを与えたいわけではないからな」
続いて衣擦れの音と共に、陽亮が夜着を脱ぎ落とした。
「お前のような頑固者には、やはり違うやり方が向いているようだ」
まるで鎧(よろい)をまとっているような、たくましい肉体。そして反り返るほど育って、力強く息づく牡芯。衣をまとっている時はむしろほっそりして見えるのに、その裸身には圧倒されずにいられない。紫珠はうろたえて陽亮から目を背けた。
少し高めの体温も、なめらかな肌の感触も、愛用している香の匂いまで覚え、彼の存在はいやというほど紫珠に刻み込まれている。すでに幾度となく組み敷かれ、貫かれてきたのだから。
低い笑い声が響き、陽亮はゆっくりと寝台の上にのってきた。
開いた下肢の間に体を入れられて、紫珠は身を固くする。気を失う前にしていたように、再び秘所に淫靡(いんび)ないたずらをしかけるつもりらしい。だが――。
「ああっ!」
「いい具合に濡れているな」
肉の花びらをかき分けて、あてがわれたのは指ではなかった。はるかに大きく、熱くて硬い、陽亮自身。
「正直に話すまで、何度でも犯してやる」
張り出した切っ先が、小さな蜜口をこじ開けるように侵入してきた。凶器はズチュズチュと音をたてながら、淫蜜にまみれた隘路(あいろ)を容赦なく擦り上げる。
「あっ! ああ!」
充分過ぎるほど慣らされているはずなのに、紫珠の華奢な体は衝撃に震えた。けれども強烈な違和感は、間をおかずに蕩(とろ)けるような切なさにすり替わる。
「う……うう」
「紫珠、いくら抱いてやっても……お前の中はきついままだな」
「い、いや……あ……」
「そんなふうに言いながら、ここは私に絡みついてくるぞ」
陽亮は大きく息を吐いて、細い腰を抱え上げ、さらに体を進めてきた。焦らすように抜き差しされると、全身がわなないて、意識が飛んでしまいそうになる。
「いやっ! ああっ!」
「さあ、全部入ったぞ」
淫らな摩擦音が響く中、とうとう最奥まで貫かれ、紫珠は細い悲鳴を上げた。感じたくないのに、ゆるやかな抽挿(ちゅうそう)がたまらない。
「あ……」
白い頬を、ひとすじの涙が伝った。
自由を奪われた悲しみ、男の慰みものにされている屈辱、だが何より紫珠を苛(さいな)んでいるのは、肉の悦びを覚えてしまった罪悪感だ。決して自らの咎(とが)ではないものの、これではますます美しく清らかな故郷から遠ざかってしまう。
「紫珠よ、お前はどこから……いったい何のためにここへ来た?」
長い指が、そっと涙を拭ってくれた。気遣わしげな柔らかい声。まるで優しい想い人のような仕草に、紫珠はつぶらな目を見開く。
「本当に記憶がないのか? 頼むから話してはくれないか? 私はどうしても知りたいのだ。お前のような娘が、私に刃物を向けた本当の理由を」
「陽亮様」
わたくしが、あなたを襲おうとしたわけは――喉元までせり上がってきた言葉を、紫珠は必死に抑え込む。
たとえ何をされても、陽亮に真実を言うわけにはいかない。第一、信じてもらえるはずがないのだ。自分が本当は人間ではないなんて。
「特別な理由があるのだろう?」
藍色の瞳が紫珠を見つめる。何もかも見透かされてしまいそうな、真っ直ぐな眼差しだ。
瞬間、青々とした竹林が脳裏に浮かんだ。傷つき、草の上に倒れた陽亮の姿。真っ赤な血に染まった衣や、そのせいでいっそう蒼白に見えた死人のような顔。
こんなことになったのは、あの時、彼を――。
しかし紫珠は迷いを振りきり、自分を犯す男の瞳を見返した。
「いいえ」
気持ちを奮い立たせ、視線に力を込めて、はっきりと首を振る。
「妬(ねた)ましかっただけです。皇太子様のお暮らしは……何もかもすばらし過ぎて。わたくしは卑しい身でございますから」
「そうか」
ふいに陽亮は指の痕がつくほど強く、紫珠の腰をつかみ直した。怒りをぶつけるように、猛茎が荒々しく動き始める。蜜壷の中で、彼自身がいっそう嵩(かさ)を増したような気がした。
「あうっ!」
激しい抽挿に喘ぐ紫珠に、陽亮は柔らかく微笑みかけた。
「あいにくお前は卑しくも、人を妬みそうにも見えないな。真実はやはり忘れてしまったか?」
「あっ……ああ……あんっ!」
「いずれは思い出してもらうぞ、紫珠。私たちには時間がたっぷりあるのだからな」
容赦なく柔襞を抉(えぐ)られながら、尖りきった乳首に舌を這わされ、拘束された手足が小刻みに痙攣(けいれん)する。悦楽の波が続けざまに押し寄せてきて、宮灯の赤い光の中、紫珠は再び闇の中に落ちていった。
(このあとは製品版でお楽しみください)