プロローグ
箍(たが)が外れた。
赤羽(あかばね)萌音(もね)はスプリングのよく利いたベッドの上で足を広げて、裸のままでそう思った。
開放的な高級リゾートホテルのスイートルーム。
差し込む日差しにテラスへと出れば、目に眩しいほどの新緑が迎える。けれど、その自然を愛でたのは初日だけだ。
自らの胸を揉みながら、萌音は婚約者を挑発するように見つめた。
「教えてくれなきゃ、いや……。その先も全部」
さっきから指先でそっと触れるぐらいで、満足できないのだ。焦らし、煽られているのは分かっている。品定めするように、じっと舐めるように見つめられるのも、最初は心地いいが、もう耐えられそうになかった。
たったそれだけの行為で、たっぷりと蜜が溢れてきてしまっているのだから。
「甘えるなんて、予想外だ。君はそういうことしないと思っていたからね」
「気持ちがいいなんて思わなかったの。あなたに触れられること」
萌音は潤んだ瞳で神田(かんだ)甚之助(じんのすけ)へと縋る。止められない思いが溢れて、さっきから胸の奥がじんじんと切ないのだ。
それに、触れられる度に身体が戦慄き、蜜が溢れ、快感が刺激されてしまう。
たわわな胸の先端を摘ままれて萌音は身体を震わせた。
「あっ」
「君は足りなくなるとすぐに欲しいというけれど、すぐにあげると思ってた?」
「だめ、なの?」
「だめだよ。教えて欲しいなら、その先はたっぷり焦らされる方がいい」
「そうなのね」
萌音がすんなりと頷くと、甚之助は満足気に笑みを浮かべた。
そのまま指先でぐにぐにと先端を圧し潰されると、萌音はあられもない声をあげて悦んだ。
そこへ這うように甚之助の舌が触れると、萌音は逃げるように身体を捩る。しかし、彼は許してくれなかった。そのまま先端を貪るように舐られ、頭は蕩けていく。
いつの間にかうわ言のように、「して、して」と萌音は懇願していた。
「甚之助さん、結婚したら、毎日してくれるのよね?」
「萌音が望むなら」
「結婚って毎日セックスすることよね?」
萌音は真剣に甚之助に訊いた。
甚之助は一瞬表情を固めつつ、何も言わなかった。
間違ったことを言ったかと思ったが、訊かずにはいられなかったのだ。
こんなことを毎日してくれるなら、大好きな執筆活動だって忘れてしまうだろう。
いや、もう忘れている。〆切だって大事なメールの返事だって。
「萌音、その話は少しちゃんとしようか」
「え……」
甚之助はすっと萌音の秘丘に触れると、ぬめりのままに指を往復させた。
ぐちゅぐちゅという音とともに萌音の腰が揺れる。スイートルームに泊まって三日目、もう身体は慣れたように、彼の長い指先を感じる度、快感に応じてしまう。
「ふあっあっ……そこばかり……弱いの……ぉ」
「そうだよ、ここが弱点だ。もっと敏感なところも知ってる」
言うなり蜜芽を摘ままれ、萌音は背を仰け反らせた。
「あっあぁあ! あんっ! それがダメなのぉ」
「気持ちがいいことを受け入れろ」
「もう受け入れてるわ。もう、こんな恰好だってしてる……」
一カ月前には他人だった甚之助と、これほどまで身体を濃密に重ねているのだ。
今までの萌音だったら考えられない痴態だ。ましてや、ホテルでセックス三昧なんてただの快楽主義者のようだ。
けれど、一度覚えたらやめられなかった。
萌音は意図的に、セックスやら恋愛やらを考えないように煩悩を捨てて小説を書いてきたのだ。小説を書くこと、そのひとつがあれば充分な生き甲斐だったから。
二十七歳、独身処女、おまけに引きこもりの小説家。コンビニのお姉さんが唯一の同世代の会話相手。振り返れば、随分と刺激のない毎日だった。
だから、この過剰な刺激を受けて頭は性欲にまみれていった。もう引き返せないんじゃないかと思うほど。でも、そうした湧いて出てくる不安や悩みは、楽しげに蜜壺に指を入れてくる甚之助によって吹き飛ばされていく。
「あっあっ……あぁああ!」
「ぼんやりした顔して。まだ小説のことでも?」
「ち、ちが……」
萌音は必死に告げた。今は甚之助のことで頭がいっぱいだと伝えたいのに、口が上手く回らないせいで誤解されているようだった。
「たっぷり教えないといけないようだね。萌音はなんでも知りたがりだから」
そう言って、甚之助は蜜壺をめちゃくちゃに掻き混ぜた。
指が増やされて三本の指が挿入されると、萌音はもはや何も考えられなかった。
「ふあぁっ……あぁああっ……っ」
「蜜も溢れて、胸はピンク色をして物欲しげだ。足りないって意味だからね?」
「それはよく分かるの。自分でも、おかしいくらいに甚之助さんが欲しくて」
萌音が素直に言うと、甚之助は一瞬戸惑うような顔を見せる。
「そう。じゃあ教えないといけないな」
甚之助は着ていたバスローブを脱ぐと、見せつけるように猛りを蜜口にあてがう。
すぐには挿入せず、入り口付近で弄ぶ。ぬちぬちと音が立って、萌音はたまらず腰を振った。
わずかに口元をゆがめる甚之助は、自らの胸まで揉みしだきはじめた萌音の痴態を、まるで楽しむように見つめた。
蜜芽が擦れる度に背徳感が萌音を支配する。
挿入されるよりずっといけないプレイで遊んでいるような気がしてきて、焦れた想いと甚之助への想いが増幅されるようだった。
頬を染めて息を乱しながら、甚之助を潤んだ瞳で見つめる。
「いぁ……それ……ください……」
「女性ってそういうの、本能で覚えていくものなんだな」
「甚之助さん、私の身体じゃ物足りないの? だから意地悪なの?」
潤んだ瞳で見つめると、甚之助がはっとした顔をして蜜口に猛りをもう一度あてがった。
今度は焦らすことなく、ゆっくりと熱が入っていく。萌音はそれで、ようやく安堵のような快楽に支配された。
「ふあぁあ……あっあぁ」
頭がおかしくなりそう――。
そんな言葉がぴったりなほどの刺激に、萌音は甚之助の太い首に腕を絡めていた。腰を使われ、奥を突き上げられると、意に沿わずまた声が荒れた。
「あっあっ!」
「萌音……」
その呟きとともに、甚之助が萌音にキスをしてくる。
口腔を舐るような深さに、意識は蕩けてはあはあと息が漏れていた。
次第に口の中で蠢く舌に快感を刺激され、自然と萌音は舌を絡めて応じていた。
「んっふぁ……きもちいい……」
「萌音……。君は貪欲で素直だ。もっと早く俺というパートナーを受け入れるべきだったと思うよ?」
「甚之助さん……つづき……身体があつくてたまらない……あっあっ」
「キスだけでもイケる身体にしてあげよう」
ひとつに繋がったまま、萌音は口内を蹂躙されていくうちに、さらに蕩けていた。
そして、何もかも忘れるほどの快楽に頭の中を支配されていく。
「んっんんっ」
ホテルにはカレンダーも時計もない。
お互いに仕事も、その〆切があることすらすっかり忘れていた。
スイートルームにはお互いの淫靡な水音だけがくちゅくちゅと響いていた。
(このあとは製品版でお楽しみください)