「相原(あいはら)~?」
「なんだ?」
「ここどこ?」
「俺の部屋だ」
「ふーん……」
会話に脈絡がないのは、言葉を発しているのが酔っ払いゆえだ。
俺より二回りも華奢(きゃしゃ)な身体を抱き上げてベッドに運ぶのはさして苦労でもなかったが、体中から力の抜けた人間から衣類を脱がせるのがこんなに厄介だとは知らなかった。
スーツを脱がせ、ネクタイを抜き、シャツのボタンを外すと、アルコールに上気した肌が露(あら)わになる。その色香に生唾を飲んで、そんな自分に苦笑した。
俺も大概追いつめられてるな……ったく。
これから飢えたオオカミに襲われるっていうのに、当の本人は無邪気な寝顔。ベッドの上で丸まって何やら探すように手を動かしている。
「どうした?」
自分もネクタイを解きながら、生まれたままの姿で横たわる本城に尋ねる。
どうせ相手は酔っ払いだ。まともな応えが返ってくるとは思えなかった。
何かを探していた本城の手が俺の背に触れて、やつは寝ぼけ眼(まなこ)で俺を見上げると、安心しきった顔で微笑んだ。そして、縋りつくように俺の背に擦り寄ってくる。
――ったく、誘いやがって。
その仕種に、はじめて本城のことを意識した、あの日のことが思い出された。
そういえばこいつ、研修のときも変な寝方してたっけな。
壁にくっつけて置かれている研修会館の狭いシングルベッドで、こいつはさらに壁側に寄って、壁に擦り寄るようにして眠っていた。
壁に寄り添って背を丸めて眠る、どこか淋しげな細い背に、俺はどうしようもなく抱き締めたい衝動に駆られて戸惑った。
抱き締めて、口づけて、俺の腕のなかで眠らせてやりたい。
そんなことを考えて、ハタと、俺もこいつも同じ男だということに気がついた。
気がついて……しかし、気づいたときにはもう、遅かった。
不安なのか?
ふとそんな考えが頭を過(よ)ぎった。
身につけていたものを脱ぎ棄てると、俺は本城の隣に滑り込む。すると思った通り、意識のない状態でやつは俺の胸に擦り寄ってきた。
可愛い。
作り込んだ表情(かお)と声で必死に仕事をこなしているときのこいつも充分に可愛いが、しかし、被っている猫を脱ぎ捨てて、子供のような顔で眠るこいつは、文句なしに可愛い。
「俺が、ずっと側(そば)にいてやるよ」
うっすらと開いた唇に口づけながら、華奢な背を抱き締めると、それに応えるように、しなやかな腕が抱き返してくる。たったそれだけのことで、俺のなかにあった僅かな罪悪感も、綺麗サッパリ消え去っていた。
「あ……あぁんっ……やぁ……っ」
アルコールの影響か、感覚が研ぎ澄まされた肌は敏感で、驚くほど感じやすい。
俺の言葉に従順な今の本城は、素直に肢(あし)を開き、恥部を俺の視界に晒(さら)して見せた。
あまり使い込んでいないのがわかる淡い色合いの欲望が、俺の愛撫に反応して勃ち上がり、先端から蜜を滲ませている。
それを掬(すく)い取るように舌先で愛撫しながら、ジェルで濡らした指を、固く閉じた秘部へと滑らせた。たぶんはじめてのはずだから、無茶はできない。
「ん……や……なに?」
ぼやけた視線が、しかし不安を訴える。
「もっと気持ちいいことしたいだろ?」
「もっと?」
「あぁ、もっとだ」
濡れた屹立に指を絡め、刺激する。
「あぁっ」
「気持ちいいだろ?」
「……ん…もっと……して」
正気のやつなら絶対に言わないだろうセリフで、今夜の本城は男を煽(あお)る。
――自分がこれから何をされるのか、ホントにわかってるのか?
あまりに無防備な本城の姿に、今こうしているのが俺じゃなかったとしたら……という不安が襲ってきて、俺はどうしようもない苛立ちに襲われた。
しかし、乱暴に奪ってしまいたいという衝動をどうにか抑えつけて、丹念に細い身体を愛撫する。
壁の一枚一枚を解すように入り口に舌を這わせ、同時に内部に埋めた指をじわじわと蠢(うごめ)かす。最初固く閉じていたそこは、媚薬入りのジェルのせいもあってか、すぐに柔らかく蕩(とろ)けだし、俺の指に絡みついてきた。
「もうそろそろ大丈夫か……」
バックからのほうが楽らしいが……やっぱり本城の顔を見ながらしたい俺は、開いていた下肢をさらに大きく割り、胸につくほどに抱え上げると、爛(ただ)れたように紅く熟れた秘部に、すでに臨界点にまで達して先走りの液を零しつづけていた自身の欲望を突きつけた。
ぐいっと先端を押し込むと、熱い襞が先端を包み込んでくる。
そのあまりに淫らな感触に、俺の欲情は沸騰した。一気に最奥まで押し挿り、根元までを収めると、潤んだ肉襞が絡みついてくるのがわかる。
「あ……あぁ…っ……い…あぁっ!」
探し当ててあったポイントを先端で突き上げてやると、背を仰(の)け反(ぞ)らせて喘ぎ、さらにきつく締めつけてくる。
はじめて経験する気の遠くなるほどの悦楽に、「一度男の味を知ると、女を抱けなくなる」と、昔どこかで聞いた言葉が思考を過ぎった。
「本城……っ」
「あ……あ……あぁっっ」
泉(いずみ)……泉……っっ!おまえを、ずっと抱きたかった……。
腕のなかで眠る、愛しい存在。
情事の後も、本城はやっぱり何かを探すような仕種をして、俺の胸に縋りついてきた。
何か……トラウマでもあるのだろう……無意識の淋しさが、こんな行動をとらせるのに違いない。 ずっと抱き締めていてやりたい。
そんなことを言ったら、こいつはめちゃくちゃ怒り捲るだろうな……。
それでもいい。
怒っても喚(わめ)いても、俺は俺のやりたいようにするだけだ。
決めた。
これからずっと、俺はこいつを抱いて寝るぞ。
もうおまえに、淋しい想いなんかさせない。
絶対に……。