何かあった場合のために、彼はパジャマではなくカジュアルな服装だった。
(こんなときに襲われたらどうするんだよ)
俺は、次々と服を脱ぎ捨てていく彼を見ながら内心悪態をついていた。
そんなことでも思っていなければたまらなかったのだ。
彼の身体はがっしりとして逆三角形で逞しかった。分厚い胸板。引き締まった身体。
成熟した大人の男。俺は思わずそんな彼を感嘆の眼差しで見上げていた。
だが、冷静になって考えれば、俺は思いっきり貞操の危機という奴だった。
だけどそれを忘れてしまうくらい、彼の身体はギリシャ彫刻のように美しかった。
(男なんだよなぁ……)
当たり前のことなのに、今さらながらそう思う。
すると彼はそんな俺をジッと見る。
「怖くなりましたか?」
「いや……その、なんていうのか。松坂さんは、なんでこんなことをするのかと思って」
「え……?」
「だってさ、格好いいし、エリートだし、もてそうじゃないか。すくなくとも不自由はしていないだろう。それなのになんで俺なんか」
「遠矢君」
「お礼なんていらないんだけど……」
俺が自虐気味にそう言うと、彼は真面目な顔になる。
「私はあなたを気持ちよくしてあげたい。そう思っているのですが、それだけではいけませんか?」
「え……」
「私の本心を言ったら、あなたを追いつめてしまいそうな気がするんですが」
「本心?」
「聞きたい?」
(それは……)
聞きたかった。だけど、それを聞いたら底なし沼に落ちそうな気がする。
それに俺はそれほどガキじゃない。世の中は知らない方が幸せなこともある。
「今はまだ言いません。だから、今は、気持ちいいことだけをしましょう」
そう言って彼はニッコリ微笑むと、俺を自分の胸に引き寄せた。
俺は裸の彼に抱き締められた。
ふれ合ってみると彼の肌は硬く引き締まっていた。
それに、彼の背中は広くて逞しかった。
そんな彼に思わずギュッと抱きつくと、なんとも言えない安心感があった。
気持ちがフワフワとしてくる。
(俺……変だ)
同性に裸で抱き締められているというのに、ドキドキしてくるなんて……。
だが、腰の辺りに何か硬いものがゴリゴリと当たって痛い。
それが彼の昂ぶりだと気づき、俺は驚いて彼を見る。
すると松坂さんは少し苦笑した。
「遠矢君が可愛いからです」
「俺が悪いのか?」
「そうですよ。そんな潤んだ目で見られたら自制が利かなくなります」
間近で見た彼の目は艶を帯びて妖しく輝いていた。その瞳に俺の姿がぼんやりと映っている。
なんだか無性に泣きたい気分になった。