カーテンの開け放たれた大きな窓から差し込む月明かりに照らされて、シルクの天蓋(てんがい)布(ふ)が発光するように淡い光を放つ。
高い天井と、贅(ぜい)の限りを尽くした調度品の数々。
窓際に置かれたソファセットのテーブルには、いつもと同じ年号が記載されたラベルの巻かれた赤ワインのボトルと、呑みかけのまま放置されてしまったワイングラスがふたつ。ガラスのボウルに盛られたフルーツはすでに瑞々(みずみず)しさを欠き、精彩を失くしている。
これらがテーブルの上に放り出されてから、もう何時間経つのだろう。そのときはまだ低い位置にあった月も今は高く昇り、夜が深まっていることを告げている。
青白い月明かりに照らされて、ベッドの上、折り重なるふたつの人影が揺れていた。
この部屋を包み込む濃密な気配は、ここから生まれている。
「や…ぁっ、は…ん、ふっ」
潜めようとして叶わず、掠(かす)れた吐息が空気を震わせる。ひときわ高い嬌声(きょうせい)が上がるたびに、ベッドも軋(きし)んだ音を立てて、同じく悲鳴を上げているようだった。
「ダ…メ、あ…ぁ……っ」
震える指先がシーツに敏を皺(しわ)寄せ、哀しいわけではないのに、涙が頬を伝う。
「あぁ…っ、そ、ん…な……深…いっ」
非難とも懇願(こんがん)ともとれる濡れた声。
力を失った上体はシーツに崩れ落ち、 悩ましく腰を突き出すような、淫らな体勢を強いられる。
涙に濡れた頬をシーツに擦りつけて、半開きの唇から途切れ途切れの喘ぎを零す。唾液に濡れた唇は、赤く腫れたように濡れていた。
「や……あぁ!」
ぐっと深い場所を抉(えぐ)られて、しなやかな背が仰け反る。
背後から、艶やかな肢体を思うまま攻め立てる男が、その様子に目を細めた。
「ゆ…いち、さ……っ」
涙に濡れた瞳が、背後を窺う。
いつもは清廉なその相貌に今は媚(こび)さえ滲ませて、悩ましい声がもっととねだる。
それに応えるように男が腰を密着させてきて、根元まで突き入れられた欲望が、内壁を容赦なく擦り上げた。
「あぁ……っ!」
ガクガクと、細い腰が揺れる。
腹につくほど反り返った欲望の先端からは、もたらされる悦楽の深さを知らしめるように、止め処(ど)なく蜜が滴り、シーツに染みをつくっていた。
「も……ゆる、して……っ」
ふるふると、弱々しく頭(かぶり)を振る。
過ぎた喜悦はもはや苦痛となって細い身体を焼き、行為に慣れているはずの肉体が悲鳴を上げていた。
「嘘はいけないよ。本当は、もっと欲しいのだろう?」
艶めいた声が耳朶(じだ)に囁(ささや)く。
そう言う男の声も掠れていて、それがさらなる肉欲を焚(た)きつける。
「そん、な……っ」
後ろから回された大きな手が、快感の証を零しつづける欲望を握り込んだ。
「やぁ……っ」
「ここをこんなにして……後ろも、こんなに熱く絡みついてくる。ずいぶん寂しい思いをさせてしまったようだね」
男は、十日ほど留守にしていた。
仕事で、海外に行っていたのだ。
出かける前夜にも、意識を失くすほど激しく求められて、求められるまま甘く乱れてみせた。
たかが十日。
けれど、ふたりにとっては長すぎる時間だった。
帰宅した男を出迎えるなり抱き竦(すく)められ、口づけられて、そのままベッドへ運ばれた。十日ぶりに過ごす恋人との時間を演出するために用意したワインもフルーツも、口にすることは叶わず、かろうじて口づけとともに喉を潤す程度に赤い液体を注がれただけ。それからずっと、こうして男の腕の中、欲望を貪(むさぼ)りつづけている。
すでに何度果てたのか。
何度、男の欲望を体内に受け入れたのか。
意識さえ朦朧(もうろう)としはじめているというのに、ストイックな外見からは想像もつかないほど淫らな肉体は、男の愛撫に蕩(とろ)かされるまま、すぎた快楽も柔軟に甘受しつづけているのだ。
しかし、さすがに限界が近い。
「や……おねが、いっ」
背後の男に、懇願する。
やめてくれと言っているわけではない。
訴えたいのは、もっと別のことだ。
「湧逸(ゆういち)…さ、ん……っ」
すると男は、目を細めうっすらと口許に笑みを浮かべて、苦しげに仰け反らせた白い喉(のど)を撫(な)でるように愛撫してくる。
「は…ぁっ」
熱いため息を吐いたとき、後孔を埋め尽くしていた肉捧が抜き去られた。蕩けきった場所が切なげに戦慄(わなな)き、半開きの唇からは不満ともとれる吐息が零れる。
喜悦に犯され、自由のきかなくなってしまった身体を、男の腕に引き上げられる。あっと思ったときには、胡坐を掻いた男の膝に乗せられて、下から突き上げられていた。
「あぁ――……っ!」
一度は寂しさを訴えた場所が、再び歓喜に戦慄く。
対面で抱き合いながら、ひしっと男の頭を抱き締めた。悪戯な唇が鎖骨を喉を啄(ついば)んで、下からの荒々しいほどの突き上げに、彩りを添える。
「晶綺(まさき)……っ」
耳朶に注がれる、艶めいた声。
低く掠れたそれが、晶綺を襲う快楽の波をより深く荒々しいものへと変えてゆく。
「湧逸さ…ん、あぁ……!」