黙ってしまった夏目に小さく笑って、梶山が顔を覗き込んでくる。
「惟って、呼んでもいいかな?」
脈絡のない問いかけ。
「……へ?」
「夏目にピッタリの可愛い名前だし、惟って、呼びたい」
まっすぐな眼差しで言われて、カーッと頬に血が昇った。
そして、どういういきさつで今こうしているのか、打ち明け話に気を取られてすっかり忘れ去っていたことを唐突に思い出す。
「な、なんで……っ」
「好きだから」
サラッと、とんでもないことを言われた。
「な……っ!」
自分は、自分のことをそういう目で見る男が大嫌いだと、切々と訴えたはずだ。なのに、そんなことを言い出す梶山の気が知れず、夏目は呆然と見上げるしかない。
「夏目も、俺のこと好きだろ?じゃなかったら、こんなふうにしてられない」
「――――っ!!」
痛いところを突かれて、夏目は全身を朱に染め上げた。
梶山だけは「違う」と感じた夏目の勘。
梶山ならきっと、欲望を押しつけるのではなく、愛情で包み込んでくれるに違いないと、本能が嗅ぎ分けた。
「そういうの、ひと目惚れって言うんだよ」
ニコニコと言われて、夏目は言葉を失くす。
酸素不足の池の鯉のように口をパクパクさせて、唖然と梶山を見上げた。
朴念仁だと思っていたのに、なんでこう妙なトコばかり敏いのだろう。色事に疎そうな顔してこんなセリフをのうのうと……っ!
「バ……ッ」
「惟、可愛い」
咄嗟に逃げようとしたものの、背にまわされた力強い腕によって、それは許されなかった。大きな手に顎を取られて、唇を合わされる。
「や……っ、んんっ」
手慣れた様子で滑り込んできた舌が歯列を櫟り、口蓋を舐める。官能的な口づけに、すぐに身体に力が入らなくなって、夏目は梶山の胸元に縋った。
「惟、女の子とはしたことある?」
いきなり獣モードを発動させた梶山が、耳朶(じだ)に囁く。スルッと下肢に手を這わされて、自分がはだけられたワイシャツ一枚というとんでもない恰好だったことを、今さら認識した。
「バ…ッカやろ…っ、何言って……っ」
太腿の付け根に到達した、無骨に見えて繊細に動く大きな手が、夏目の欲望を握り込む。と同時に首筋を吸われて、夏目は櫟ったさに首を疎めた。
あれよあれよと言う間にシーツに倒されて、太腿を割られる。
「や……っ、いやだっ!梶山!」
さっきあれほど「痛い」と泣き喚いたはずなのに。
普通なら、「今日はこのまま抱き合って眠ろう」とか、「送っていくよ」とか、そういう言葉がかけられてしかるべき状況のはずなのに。
なのになぜ、自分はベッドに押し倒され、梶山に圧しかかられているのだろう。
「やめろって!やだ!絶対や……っ!
」 「ダメだよ」
即答されて、夏目の瞳に涙が浮かぶ。
どんなに強がったところで、末っ子育ちの夏目は痛いのや怖いのが大嫌いだ。こんなふうに強く出られると、もうどうしていいやらわからない。なのに梶山は、容赦なかった。
「加菅さんも門脇さんも気を許せないし、この先どんな敵が出てくるかわからないから」
口調は穏やかだが、夏目の腰を掴んだ手に篭もる力は、有無を言わせないほどに強かった。
「あのふたりは……っ」
誤解だと訴える。
あのとき……加菅と呑んでいた店に梶山が乗り込んできたとき。外で待っていた門脇の存在を考慮すれば、梶山がなんと言って焚きつけられたかくらいすぐにわかる。
きっと門脇が、あることないこと入れ知恵したに違いない。
けれど、自分と加菅との関係においては、絶対にそんなことありえないと言いきれるのだ。とくにそこに門脇の存在がかかわってくる限り。
だから夏目も、ふたりに口説かれたところで相手にしなかったし、かといって当て馬役になってやるつもりもなかった。自分に声をかけてきた門脇は、さすがに場慣れしてはいるもののそれでもどこか含むものがあったし、自分と門脇が一緒にいるのを見て、加菅がわずかな動揺を見せたとき、加菅の目は門脇しか見ていなかった。
「わかってるよ」
梶山も、夏目の言いたいことはわかっていると返してくる。
数時間前までの夏目なら、梶山に気づけるわけがないと思っただろうが、今この状況では認めざるを得ない。
梶山は、ただのお人好しで朴訥な朴念仁などではない。
飼い慣らされた熊でもない。
普段はおとなしいけれど、その素顔は鋭い嗅覚を持った獣だ。
その梶山が、加菅と門脇の関係に、気づかないわけがない。
「だったら……!」
ならばこの場は引いてくれてもいいはず。
下世話な心配をする必要はないし、妙な輩に狙われたら、いつかの同期会のときのように、梶山が守ってくれればいいではないか。
「痛いのヤだ!」
さっきはすっごく怖かった。
凄く凄く痛かったし、チラッと見た梶山自身は身体に見合った信じられない大きさで、絶対絶対そんなの入らない。
「大丈夫。今度はうんと慣らしてからにするから」
なのに梶山は、全然夏目の話を聞いてくれない。
恥ずかしい体勢を取らされて、梶山の視界に恥部が晒される。
「や…ぁ……っ」
「惟の可愛いトコ、全部見せて」
淡い色の欲望に舌を這わされて、夏目は身悶(みもだ)えた。けれど、がっしりと腰を掴まれていて、逃れることはできない。
「や……っ」
「嘘。惟のココ、気持ちいいって言ってる」
そんなふざけた言葉で返されても、事実だから反論の言葉もない。
やさしい口調と裏腹の強引さにときめいてしまって、先ほどから心臓は早鐘を打ちつづけている。梶山の隠された一面――牡の顔に、肌は熱を上げていくばかりだ。
自分はまだ梶山の指摘を認めたわけではないのに、なんて図々しいと思っても、それ以上に身体は正直だった。
それに梶山は、先ほどのような無体は強いてこない。
夏目の弱々しい抵抗に、言葉では「ダメ」だとそっけなく返すものの、その声も肌を辿(たど)る指先もイケナイ場所に愛撫を落とす唇も、ただただ夏目を甘やかすためのものであって、痛いことも怖いことも何もないのだと、言葉などなくても伝わってくるのだ。
「梶山ぁ……」
「惟の気持ちいいことしかしてないだろ?ほら」
「ひ……、あぁっ!」
勃ち上がった欲望の先端に爪を立てられて、細い腰が撥ねた。トロトロと先端から蜜を零しながら、梶山の手のなかでビクビクと震えている。
内腿のやわらかな皮膚に啄(ついば)むようなキスを降らせながら、握り込んだ夏目の欲望を扱く。そのあやすような愛撫が、少しずつ少しずつ夏目から恐怖を取り去っていった。
「あ…んっ、あ、あっ」
甘い蜜を零す欲望を追い上げながら、白い太腿に、ビクビクと撰ねる腰に、梶山はキスの愛撫を降らせつづける。夏目の弱い場所を挟る指の動きに急速に射精感が襲ってくる。
「や、だめ……手、離し……っ」
梶山の手を外させようと力の入らない指先で引っ掻くものの、夏目を追い上げる動きは止められない。
「このままイっていいよ。可愛い顔見せて」
「ヤだっ、や……、あぁっ!」
爪先をシーツにピンッと突っ張って、梶山の手に握られたまま夏目が果てる。腰を抱えられた体勢のせいで白濁が腹部にまで飛び散って、夏目はカァーッと頬を赤らめた。
「いっぱい出たね」
「バ……ッ、やめろよっ」
夏目の吐き出したものに濡れた指を舐めようとした梶山を、夏目が慌てて止める。
「なんで?」
「なんでって……」
お人好しの熊のはずだったのに。実態はこんなだったなんてっ。
真っ赤な顔で睨んでも、梶山を喜ばせるばかりだ。
「じゃあ、キスさせて」
「さ、さっきいっぱいしただろっ」
覆いかぶさってきた顔を必死に押し退ける。それを片手でアッサリ制して、梶山は涙と唾液に濡れた唇を啄んだ。 「もっといっぱい」
「ヤだっ、あ……っ」
梶山の指が腰の奥まった場所に触れたのがわかって、夏目は顔色を変えた。自分の吐き出したもので濡れた梶山の指先が、狭い場所を再び拓こうとしている。
「ヤ、ヤだ……っ、やめ……っ」 痛みと恐怖が蘇ってきて、夏目の瞳に涙が浮かぶ。
「大丈夫。気持ちいいことしかしないから。俺を信じて」
そんなこと言って、次こそは絶対、夏目が泣いても喚いても、やめてくれない気がする。
恨みがましげな眼差しで睨むと、梶山は口角を上げて小さく笑うだけ。
「嘘っ。絶対や……っ」
言葉は、口づけに奪われた。
逃げ惑う舌を絡め取り、言葉とともに夏目の抵抗を奪う。震える細い身体を宥めるように大きな手が撫でて、そのたびゾクゾクした感覚が湧き起こった。
「んっ、あ……っ」
やわやわと、梶山の指先が入口を櫟る。
先ほど強引に拓かれた場所は、すでにつつましく閉じてしまっていて、梶山の指を拒もうとする。けれど同じ動きを繰り返すうちに、わずかずつ綻びはじめた。