激しく抱擁する逞しい体の下で、神住はうっとりと溜息を吐いた。
直に触れた皮ふは、火傷しそうに熱く感じる。
まともに指も動かせない神住のネクタイを解き、シャツを脱がせて下着ごとズボンを剥ぎ取ったのは、新堂だった。
いったん踏みだしてしまえば、潔い男はもう欲望を隠そうとはしなかった。
新堂は、自分の服も白いカーペットの上へ投げ出して、ゆったりとしたソファーに横たわる神住と待ちきれないように肌を合わせた。
神住の肌は、透き通るような表面は冷んやりとしていても、内側に高い熱を秘めていた。
それが、男の欲情を煽る。そそられるように、新堂は柔肌を幾分荒々しく啄んだ。
「あぁ、っ……ぁ、っ」
敏感な胸を甘噛みされて、神住は艶やかな悲鳴を上げた。
女のような豊かな乳房のない胸には、代わりにささやかなルビー色の突起があった。ミルク色の中央に飾られたその鮮烈な紅は、思いがけず淫らに視界を刺激して、新堂は無意識にきつく舌を絡ませていた。
乳房がなくても、十分に興奮した。
甘ったるい神住の声が、さらに新堂に火を点けた。
抱きしめてみれば、セックスを知らないどころか、おそらく新堂がいままで経験してきた誰よりも成熟した肉体だった。
ぎこちなく指を這わせただけで、しなやかに撓って蕩けた蜜を滴らせる。それなのに、初めて見たときの清冽な印象も決して失わせない、神住のおもてが不思議だった。
見つめていると、濡れた薄灰の瞳が微かに揺らいだ。
「なに……?」
新堂は、そっと首を振った。
「気持ちいい?」
薄い胸に愛撫を加えながら訊くと、神住は頬を染めて素直にうなずいた。
「キス……して、いい?」
吐息を乱して、神住がためらいがちに囁く。
新堂は、微笑んで唇を寄せた。
やわらかな感触がしっとりと新堂を受け止め、もどかしく吸いつき、次第に掻き乱すように翻弄する。
(この人、上手い……)
神住がそれなりの場数を踏んでいるとわかっても、やはり意外な思いは否定できなかった。
けれど、それに失望したわけでもない。惹き込まれるように、新堂はいつの間にか巧みに動きまわる舌をとらえて強引に貪っていた。
新堂の肩を握りしめていた神住の指から、力が抜けていく。
「んっ……ふっ、ぅ」
咽び泣くような声音が、心地よく耳朶をくすぐった。
「神住さん……」
涙の雫が、こめかみをすべり落ちていく。
唇で拭いながら、新堂の手が華奢な内腿を開かせた。
「あ……っ」
少しうろたえたように神住が息を詰め、繊細な睫に不安そうな瞳を隠す。
そこにあるのは、確かに新堂と同じ男の性器で、でもまったく違うもののようにも見える。執拗なまなざしで凝視したが、新堂の欲望は萎えなかった。むしろ、よけいに硬くなっていくようだ。
「見ちゃ、いや、だ──」
神住が、うなじまで真っ赤にして訴えた。
大胆に開かされた狭間で、触れてもらえない神住のものは苦しそうにヒクヒクと脈打って露を滲ませている。いやらしい反応を、新堂に見られることに怯えているようだった。
「いいから……神住さん」
なだめるように撫でた膝に、もっとよく見えるように力をかけた。そこに唇を触れるのにも、おかしいほどためらいはなかった。
「ぁ……はぁっ!」
新堂の口腔に包み込まれて、神住は驚いたように背中を仰け反らして身悶えた。ひと際高く啼いて、ソファーの端をつかむ。
「ぁん……ぁ、あっ……いいっ」
舌を使って刺激されると、あられもない嬌声を上げた。
神住の痴態は、新堂自身も高揚させた。
堪え性がないのは、行為そのものが神住にとって久しぶりだったかららしい。不慣れな新堂の口技にも、呆気なく絶頂まで追い上げられる。
「だめっ……だめ、だ……新堂さんっ、離して」
恐ろしく可愛い声で哀願して、神住は新堂の頭を押しのけるようにして、自分で握りしめた掌の中で達した。
痛々しく啜り泣いている神住の頬へ、新堂はなだめるみたいに無数のキスを降らせた。
「神住さん……神住さん……」
泣き声も泣き顔も、ひどくいとおしく思えた。そして狂おしい熱が、新堂の下肢で疼いていた。
伸ばされた手が、神住の太腿にぴったりと押しつけられたそれに触れて、確かめるように握りしめて動かす。
「くっ……」
新堂の喉の奥で、噛みしめた息が鳴った。
しどけなく半身を起こした神住が、新堂の股間に清潔な顔を埋める。いっそ不似合いなほどの大胆さで深々と咥え込まれると、ほかに比べものもない初めて知る強烈な快感がわき上がった。
舌で裏側を濃密に舐め上げ、喉の奥まで抽送する。口腔全体で締めつけられて、危うい呻き声を上げていた。キスよりも巧みだったかもしれない。少なくとも、新堂はこんな快楽を誰からも与えられたことはなかった。
「神住さ……もうっ!」
新堂が弾ける寸前に、神住は奔放な動きを止めた。
身を引いて、誘うように大きな背中を抱き寄せる。細っそりした指が新堂の掌を取り、恥じらいながら開いた狭間へと導く。
そこは、さっき神住が放ったもので濡れていた。
「ここ……」
ひそやかな囁きが、焦燥を抑えきれずにねだる。
新堂は、それが何かを察してうなずいた。
人差し指で、熱い襞をそっとまさぐる。
「ぁ……はぁ、ん」
神住が咽び声を洩らして、はしたなく腰を浮かせた。どれだけ欲しがっていたか新堂にもわかって、つい小さく忍び笑った。
「いやっ……ぁ」
羞恥と欲望で身動きもできずに、神住がせつなく涙を流す。
「ごめん……神住さん、泣かないで」
あやすように口づけして、しなやかな腰を抱えた。ゆっくりと指をすべり込ませ、奥のほうを掻きまわす。
「ぁ、ん……ぁ……ぁ」
声を殺せずに、神住は甘やかに身を捩った。
「痛く、ない?」
「ない……もっと、奥まで触って」
恥ずかしさより欲情のほうが勝ったらしく、素直に求め始める。
新堂は、指を増やして付け根まで抉るように沈めた。
「ひっ……ぁ──っ」
白いソファーに受け止められた神住の背中がビクビクと震える。
蕩けそうな内部の感触は、新堂の覚えのある女のものよりもずっと狭くて、繊細に蠢いた。そこを貫いて荒々しく突き上げたい本能を、もう我慢できない。
「挿れてっ……」
熱を孕んで潤んだ声が、新堂の最後の理性を押し流した。抱え寄せた細腰を、手荒に引きつけてしまった。
「あうっ!あ──っ!」
けれども、神住の薄紅の唇が放ったのは艶めいた歓喜の声だった。
新堂はもう抑制も利かずに、最奥まで楔を埋め込んで、掻き寄せたたおやかな肢体を激しく揺さぶった。
締めつける強さに、どれほども抗えずに極みまでさらわれていく。白く滲んだ視界に、さらに鮮やかな純白の肢体が躍った。
「ぁ……あぁ、っ」
か細い啼き声が、新堂の鼓膜を甘く刺激する。
息が止まるほど固く抱きしめて、新堂は蕩けて絡みつく襞の奥へとたぎった欲望を解き放った。
☆
静かに体を引くと、繋がり合っていた下肢へ大量にあふれてきた熱い潤みがこぼれた。
「神住さん……大丈夫?」
声もなく泣いている男を気遣うように、新堂はそっとそのおもてを窺った。
思いがけず、我を失って快楽にのめり込んでしまった。常に女性を扱うときよりもずっと乱暴にした自覚があるから、新堂は神住の体を案じていた。
神住のほうがどれだけ慣れていたとしても、新堂は男を抱いたのは初めてだ。ひどく狭く健気に新堂を締めつけてきたその部分への配慮を知らずに、傷つけてしまったのではないかと心配だった。
「あの……あそこ、痛い?」
どう言っていいかわからずに、あからさまな訊き方をした。
神住は涙ぐんでいる瞳を瞠って、耳たぶまで赤くなった。
小さく頭を振って、恥ずかしそうに睫を伏せてしまう。透ける睫の先端から、透明な雫がぱたぱたとソファーに落ちた。
「ごめん、なさい……」
新堂と目を合わせないまま、叫びすぎて掠れきった声で謝る。
そういえば、新堂に組み敷かれて歓喜に喘いでいる間も神住は何度かそう口にしたけれど、新堂には謝られる心当たりがなかった。
不思議そうに見つめる彼に、神住は困ったようにさらに視線を泳がせる。
「嫌なこと、させてしまって……」
「嫌なこと?」
訊き返してから、新堂はようやくその意味に思い当たった。
「神住さんと、セックスしたこと?」
はっきり口に出して訊くと、薄い肩がビクンと震えた。
怯えているような仕種が痛々しい。けれど新堂には、神住を怯えさせるようなつもりは欠片もなかった。
確かに同性を抱いてしまったことは、それまでの新堂のモラルからは考えられないことだった。なぜこれほどたやすく神住を抱きしめてしまったのか、自分自身にいまも戸惑っている。
しかし、行為そのものは決して不快なものではなかった。それどころか、いままでの女との経験では感じたことがないほど昂っていたことを否定できない。嫌だとは、これっぽっちも思っていない。
刑事という激務のせいで、いまは付き合っている恋人もいなかったから、そういう意味で後ろめたさを感じる必要もなかった。
俯いている神住の頬へ、掌でやさしく触れた。澄んだ涙を拭って、弾かれたように見上げた双眸へ微笑みかける。
「俺は、嫌じゃありません。あの……すごくよかった」
迷いながらも、正直に打ち明けた。
「神住さんは、俺としたの、嫌、でしたか?」
後悔しているのは、むしろ神住ではないかと思った。ゆうべ、神住はひどく酔っていた。まともな精神状態じゃなかったことは、普段の神住を知らない新堂にも十分わかっていた。
いまだって、泣いている神住は脆く危うく見える。細っそりとした全身に人恋しさを滲ませているようだ。
これが女性相手なら、酔った隙につけ込んでしまったのはもちろん新堂のほうだろう。
なめらかな肌も甘い声音も、新堂を受け入れた熱い芯も、神住の肢体はどんな女も敵わないほど魅惑的だった。
新堂はホモセクシャルではないけれど、それでも神住のセックスに溺れた。
神住はゲイで、しかも一介の刑事にすぎない新堂には手の届かない世界で生きている人間だ。捜査中の二丁目であんなふうに出会わなければ、きっと互いに言葉を交わすことすらなかっただろう。
彼にふさわしい恋人だっているのかもしれない。
答えを見守る新堂に、神住は大きく首を振った。
それは、新堂を少なからずホッとさせた。
「俺、夢中だったから乱暴にしてしまって……本当に、どこも痛くありませんか?」
意外なことを訊かれたように、神住は新堂を見つめ返した。もう一度、ゆっくりと左右に頭を動かす。
「俺も……よかったから」
薄く頬を染めて言われて、新堂は屈託なく笑った。
サイドテーブルにはずしていた時計を見ると、すでに明け方近かった。時間も忘れてしまうほど、どれだけ激しく神住と求め合ったのか、新堂は改めて思い知らされた。
「俺、もう捜査本部に戻らないと……」
結局、会議もすっぽかしてしまった。所轄の先輩刑事の藤村に、戻ったら大目玉を食らうだろう。
犯人の捜査がどうなっているかも気になった。神住みたいな危なっかしい人間があの街にいると知ったらなおさら、凶悪な犯人を野放しにはできない。一日も早く逮捕して、安心させたかった。
「迷惑をかけて……ごめんなさい」
神住は、また申しわけなさそうに頭を下げた。
「神住さん。もういいから……あなたがそんなふうだと、俺は心配で署に戻れませんよ」
部屋の中は快適に空調が効いていたけれど、細い神住の肩はいかにも寒々として見える。脱ぎ落としていたシャツを拾い上げて、丁寧に包み込んでやる。
起き上がった新堂は、手早く自分の服を身につけた。
最後に上着を羽織る前に、神住の背中と膝に腕をまわして横抱きに抱え上げる。
「寝室は、どっちです?」
うろたえる神住の視線の先で見つけたドアの向こう側へと運んだ。
ゆったりとしたダブルベッドの置かれた寝室には、ヘッドボードの上にほのかな間接照明が灯っていた。
整った部屋だったけれど、整いすぎてあまり生活感がない。神住はこの部屋で恋人と抱き合うことがあるんだろうかと、たあいのない疑問が新堂の頭の隅を掠めた。
生成り色のベッドカバーを剥いで、真っ白なシーツに神住を横たえた。新堂を見上げる頼りない目つきに、明るく笑いかけてやる。
「ここにいますから……目を閉じて──」
ベッドの端に無造作に腰を下ろして、神住の瞼を掌で覆った。
神住は大人しく瞳を閉じた。
「おやすみなさい。神住さん」
新堂の声が、穏やかに神住の耳に届いた。
掌を離し、しばらく神住の顔を見下ろしていた気配が、そっとベッドから立ち上がる。
神住は目を開かなかった。
密かな足音が、やがて寝室を出ていった。