【第一話】
著作:御上ユノ イラスト:小路龍流
第一章
「白城(しらき)さん、今、大丈夫ですか? ちょっと、教えてほしいんですけど……」
優有羽(ゆうわ)が、業務用ノートPCを片手に持って、背後から声を掛けてくる。
少し、甘えを含んだ響き。気づいてるのは、フロアで恐らく、白城美久(みく)だけだ。
「なんでしょう?」
美久は、少しこそばゆさを感じながら、チェアの角度を開いた。
「ここなんですけど……」
優有羽は、当たり前のように、持って来たPCを、美久のデスクへ置く。
急にパーソナルスペースに入られて、心が少しざわめいた。
(優有羽、距離の詰めかた、いつも急過ぎるから。せめて仕事中は、少し自重して。昨今、セクハラって言われちゃうから)
「この表って、値をコッチから引っ張って来てるじゃないですか~」
画面を指した手首から、嗅ぎ慣れたフレグランスが、軽く香った。
美久は、少し大人びた香りだと思っていたが、その実、彼はすでに立派な成人で、社会人だ。
その童顔と小顔からフロア全女子に羨望されており、そのせいか身体も小柄に見られるが、実際は173センチもある。150センチ台の美久からすれば、結構な長身だ。
「あ……うん」
美久は、数秒、自分が呆けていたことに慌て、肯定の意で、首をカクカクさせた。
優有羽は、美久の斜め下から、ぱっちりと大きい琥珀色の目を光らせた。
『また、美久は、ボーッとしてんだから……』と、そんなことを、呆れながら思っているような瞳だった。
美久と優有羽が勤めている会社は、500名以上の従業員がいる、IT系の大企業だ。
優有羽は、即戦力として採用されたのではなく、将来性を買われた新卒。だから、多少、どころか、かなり業務を分かってない。人に聞いて回っても、誰も咎めないし、むしろ寛容に教えてもらえる立場だ。基本的な人間性も良いし、将来の幹部候補の一人として育てられているようにも思う。
美久ぐらいの歳なら……スキルシートを埋め尽くす勢いで勉強しないと、この先、一人で生きていくなんて夢物語に思える。就職氷河期世代が見える位置に居たから、余計に不安があるのかもしれない。
社会人としての優有羽を見ていると、美久は、『大丈夫かなぁ』と『羨ましいなぁ』が混ざった、複雑な気持ちになる。
(まぁ、私の感覚が、上の世代寄り。つまり、歳ってことよね)
美久は、自嘲気味に思った。
「……うん、わかりました、ありがとう……ございます」
優有羽は美久の説明を聞き終わると、たどたどしく感謝した。優有羽は敬語も、かなり、あやしい。各種研修は受けているが、反映されているかは疑問だ。
去っていく後ろ姿に、今の説明で理解できたかなぁ、と、美久は心配になる。
優有羽は、庇護欲、もっと温度の高い言葉でいえば、母性本能を掻き立てるタイプだ。『可愛い子』だから、守ってあげたくなる。
しかし、優有羽は、『可愛い』と言われるのを嫌がる。幼い頃から、周囲からそう言われ続けて、心底、嫌になったようだ。
美久は、自分の持ってる武器を生かせばいいのに、と自分を棚に上げて思う。無い物ねだりか、優有羽が良いと言うブランドや時計は、筋肉隆々の男性が身に付けるような、ごっついデザインばかりで、全く似合う気がしない。
……そんな、優有羽と、データを扱う地味業務担当の美久は、肉体関係にある。
恋人といえるのか、美久にはよく分からない。
優有羽が入社して、三カ月ほど経ってから、積極的なアプローチが始まった。優有羽に好かれる要素を、自分に見出せない美久は、何の悪い冗談だと思い、むしろ、軽く腹を立てていた。
何だか、からかわれている……、まるで、メジャーなモノに反発して、好みでもないのに、あえてマイナーを選ぶような『若気の至り』、という印象。
それに、優有羽に対して好意があり、器量良しの同期女子がたくさんいる中、なぜ私?
中途採用で訳あり(ブラック企業からの転職組)契約社員である美久の、社内での自分イメージは、灰色。一方、新卒で、ホワイト大手企業に採用された女の子達は、虹色でキラキラしている。
優有羽は完全にそっちのエンジョイ勢で、その世界線を歩んでいる、という線引きが、美久の中で成されていた。
それなのに。
歓送迎会の帰り。優有羽と最後まで電車の方向が一緒で。優有羽は初幹事の緊張から解き放たれ、酔いが回りはじめていた。一方の美久は場の付き合いで呑んだ程度で、酔いは全くなかった。
限られた乗車時間の中で、酔った勢いもありはしたが、真剣に何度目かの告白をしてくれる優有羽に、美久は結果として、根負けした。
それほど本気で、想ってくれるなら受け入れてもいいかな、と、思った。『いいかな』、なんて。自己評価が低い美久からしたら、上から目線かもしれない、と、感じなくてもいい、小さな罪悪感を覚えながら。
その後、二人で途中下車して、駅近くの歓楽街にある、ラブホテルへ行った。
緊張はしたが、美久自身は、お酒の勢いでない分、後悔はなかった。ただ、それが果たして、良いことか、悪いことか、未だに美久も分かっていないが。
「じゃぁ、これからは付き合おうね」、という、言葉があったわけではないが、その日から、優有羽は美久を恋人と思って、そう扱っている。社内恋愛は禁止されていないが、お互いの立場を考えて、会社では関係を隠すことにした。
一方の美久は、肉体関係を持った今も、優有羽の熱量に追いついていない。だから、プライベートでも、恋人……とは言いづらいし、優有羽を束縛したいかと問われれば、むしろ逆である。
優有羽は、綺麗な子だし、好かれるのは嬉しい。
だが、美久は、優有羽に対して、『可愛い弟』感が先に出てしまう。
未だに、運命の恋人、とか、人生の伴侶、とか、そんな重い位置に据えられないでいた。
◇◇◇
「……今日はずっと、ボーッとしてた?」
優有羽が、シャワー上がりの火照った裸で、美久の上に跨ってくる。美久は、パイル地のガウンを身に付けていたが、一瞬で取り去られた。
美久の内股に手を差し入れながら、優有羽はキスをした。
唇を強めに割って、優有羽が舌を絡めてくる。美久の舌を吸い、内頬を舐め、歯列をなぞる。若者の強引さを含んだ、少し手荒いキスだ。
雰囲気もまだ出来上がっていなくて、美久は少し困惑した反応をしてしまう。
その時、身体をなぞってきた優有羽の指先に乳首を弾かれ、下半身に刺激が走った。
美久の身体がピクン、と収縮する。
「ぅん……っ」
美久がアゴを上げた衝撃で、唇へのキスが解けた。優有羽は、一度顔を離して、自らの膝を、美久の太ももの下へ移動させた。勃起した優有羽の陰茎が、位置を微調整するたび、美久の肌に触れ、先端から液を散らす。
「美久、敏感だよね……」
優有羽は、美久の耳たぶを唇と舌で喰んで、水音をピチャピチャと立てた。
耳は、美久の弱いパーツ。唇より敏感かもしれない。
「ん……っ。んんんっ……」
一気に美久の顔が熱くなる。同時に、指先で乳頭を摘ままれ、下半身が、きゅんと縮まる。快感を生む、膣壁の脈動が、はじまった。
「……あっ、や……っ、そこばっかり……っ」
「……美久が感じるところ、したいし……」
優有羽は美久の耳元から頭を離し、重力で流れ落ちた胸を掬い上げて握り、美久の尖りへ口をつけた。
甘く膨らんだ乳頭を、前歯で甘噛みされて、思わず腰が跳ねる。
「あぁっ……っ!」
お互いの、興奮で湿った部分が、軽くぶつかった。
「美久、反応、激しい……」
優有羽は嬉しそうに口元を緩めた。そして、宙に浮く美久の両手首を、片手で一つに束ね、頭上で固定した。外見が可愛くても、やはり男の手の大きさと力である。暴れているつもりはないが、急に強く刺激されると、身体が反射的に動いてしまう。
「ん……優有羽、ちょっと、力……強いよ……」
手首の下敷きになったロングの髪が、引っ張られて痛い。美久は、首を動かして、少し髪の位置をずらした。髪が長い経験がないと、どういう風にされると痛いか分からないだろうから、これは仕方ない。
「ちょっと、身体、動かすよ……?」
優有羽は、流れがブツ切れになるのも構わず、空いた方の腕で、美久の腰骨を浮かせて、自分の方へ引っ張った。背中の下のシーツが、美久に引きずられて動く。優有羽は、美久の両膝を、両肩に掛けるように上げた。美久の繊細な部分が丸見えの体勢だ。羞恥を覚え、美久は視線を壁に逸らせた。
優有羽は、美久の腰がベッドから浮くぐらいの、真上から挿し込む正常位が好みだ。だから挿入中はほとんど、美久の尻はベッドに付いていない。身体がそれほど柔らかくない美久には、結構、堪えるが、セックス中はアドレナリンが出ているせいか、痛みに気づくのは次の日の朝だ。
「あっ……んん……」
優有羽は、美久の乳首を舐めたり吸ったりしながら、空いている手で、自分の陰茎をさらに擦り、硬く仕上げた。そして、その先端を、美久の秘部へ擦りつける。
「すご……美久、今日も、いっぱい濡れてる……」
優有羽は、谷間を、陰茎の先で、少しずつ深く割っていく。内壁を擦られる期待に、美久の下腹部が震えた。
その時、美久は、ハッとして、焦りに目を泳がせた。
「優有羽……っ、ゴム……付けて」
言うのが遅かった、というか、先に準備しておくべきだった。
ここは美久のマンションの部屋だ。優有羽と、このような関係になってから、ヘッドボードの引き出しに、コンドームを仕込んでいた。
だが、今、お互い身体を離して引き出しを開け、パリパリと音のする無機物を取り出し、装着する、というシナリオが全く見えてこない。
言ってる美久も、優有羽の快感を早く得たくて、腰が貪欲に揺れている。しかも優有羽は挿入しようと、既に、身体を前後に動かしていたから、もう止めようがなかった。
「じらすの……? 大丈夫、外に出すから……」
「あっ……!」
優有羽の笠が、入り口を突き破って、美久は思わず喉の奥から声を上げた。いくら濡れていても、早急な挿入は、痛みを伴う。美久の手は、まだ拘束されたままで、優有羽を止めることも、自らソコをほぐすこともできない。
「優有羽……まだ痛……」
「少しずつ……挿れるから……」
優有羽は少し後退して出っ張りを抜き、身体を前後させながら、亀頭で穴を広げはじめた。その行為を受けて、美久の身体の淫らな穴から、愛液が溢れ出てくる。流れ出した蜜は、尻の溝に沿って、シーツへ伝い落ちた。
間接照明を背にして、乱れた髪を綺麗な顔に貼り付かせた優有羽は、普段にはない色気があって、美久は胸を高鳴らせた。いつもは子犬のようなイメージなのに、セックスの時の優有羽は、野生の狼のようだ。性欲に身を任せている優有羽に支配されると、多少、強引で痛くても、考えなしに受け入れてしまう。
「柔らかくなったね……挿れるよ……ゆっくりするから……」
優有羽は、自分に言い聞かせるように呟き、腰を進めた。
「ん……ふぅ……ぁ」
美久は、侵入してくる異物を、ほぼ無意識に締めつけた。
「あっ」
優有羽が、珍しく声を出す。
「きっつ……」
「あ、ごめ……」
「そのままで良いよ、メッチャ気持ちいい」
優有羽は、美久の額に軽くキスをして、腰を揺らしはじめた。
擦られる快感に、美久は身をよじる。
「あぁぁんっ……!」
「……美久の感じてる声……いつもと違って……エロい」
「ん……」
美久は、そう言われて、無意識に唇を噛んだ。
優有羽は、突然、美久の手首を離すと、両腕をベッドに突っ張り、強く身体を打ちつけた。優有羽の陰茎が、美久の子宮口まで届く。汗ばんだ身体同士が、ピチャン、と卑猥な音を立てた。
「ひぁっ……!」
美久から、悲鳴に似た声が出る。
「あっ……奥過ぎ……ダメ……、痛……」
美久の蜜口は、優有羽の根元の太さにも、まだ対応できてない。多めに濡れているのが幸いだったが、皮膚はパンパンに張っている。
「すぐ慣れるって……。それに、美久、好きじゃん……? ちょっと痛いの……」
優有羽は、少しずつスピードを上げていく。痛みより、膣壁を擦られる快感の方が、勝ってきた。
「ひぁっ、ん…っ、あっ…っ」
シングルベッドのスプリングが、ギシギシ、と、軋みはじめた。壁に落ちる影の動きが、目の端でチカチカした。活きの良い若魚が、美久の上で、しなやかに跳ねている。
「あっ、ああっ、……あぁっ!」
「美久……メッチャいい、……美久……」
優有羽の陰茎が、美久の膣壁を掻き回す。身体の前側や、斜め後ろ。突かれるたびに、美久は理性を失っていく。さっきまで怖がっていた、生でセックスすることさえ、この快感が続くなら、どうでも良くなってくる。なんだったら、精液を中で放たれるのさえ、構わない気がしてくる。
「い、……あ……」
下腹部に大きな快楽の波が来て、美久は思わず膣を絞った。
「ぅ……あっ」
優有羽が、大きな息を吐きながら、声を上げる。
「……そんな……きつくしたら……イク……」
湿った接触音が、一段と大きくなった。
優有羽は、陰茎の大部分を美久の中に挿れたまま、最小限の動きを繰り返していた。美久の身体は、優有羽の陰茎が与える刺激を享受し、淫猥に動き続ける。
(私の本当の姿は……こっち……なのかな?)
頭がボーっとして、セックスをはじめる前に、優有羽に対して抱いていた考えが、水平線の向こうへ飛んでいった。
(気持ちイイのは、愛……があるから……? 私、優有羽のこと……本当は……)
「……イク……イッちゃいそう……イッてもいいよね……? 美久の中に、出したい……」
優有羽の声で、美久は薄目を開けた。いつの間にか、まぶたを落としていた。快感で、一瞬、意識が飛んだのかもしれない。
優有羽はずっと動いている。優有羽の頬から、汗が伝い落ちて、美久の胸で散った。
「は……、ゆ……う……」
名前を呼ぶ途中で、突然、優有羽が奥を、激しく攻め立てた。
「ぃ……あっ!」
予想外の痺れが、身体を走った。ごく軽く、美久も達したのかもしれない。膣が一瞬、ヒクッと縮んだ。
「イイ……美久……すごい」
優有羽は快感に目を細めながら、狭くなったり緩んだりする蜜窟を、彼が一番感じる角度で突き続ける。
「はっ、あ、はっ……」
優有羽が、全力疾走しているような、乱れた息を吐く。ベッドが激しく揺れて、美久の頭もクラクラした。
「……うっ」
優有羽は、急に前のめりになり、苦しそうに、目をぎゅっと瞑った。優有羽が、美久の中へ精を放つ。
優有羽の精子が、流し込まれる間、美久はボーっと天井を見ていた。
「は……ぁ」
優有羽の身体が、ゆっくりと弛緩していく。下降していく優有羽とは違って、美久の内部は、まだ強く脈打っていた。
浅ましいかもしれないが、何だか少し、物足りない。
しかし、優有羽はもう射精してしまったし、平日で二回する時間もない。美久は満足したようなフリをして、このぎこちない時間をやり過ごす。
優有羽は、大きな息を吐くと、果てた陰茎を抜き、美久の両脚を降ろした。そして、美久の上に身体を重ねた……かと思いきや、ゴロンと仰向けに半回転した。
優有羽の背と肘が、壁に当たって、ドン、という、大きな音を立てる。
びっくりして、美久は一気に目が覚めた。
「しー」
優有羽の方を向いて、美久は唇に指を当てた。優有羽は、少し苦笑いをしたが、半分、賢者タイムに入っているので、美久に構おうとはしなかった。
美久はまだ、身体が性的な意味で火照っていて、落ち着くまで優有羽に腕枕をしてもらったり、頭や身体を撫でたりしてほしかった。
しかし、美久の経験上、セックスが終わると、言葉少なく、そのまま疲労で寝落ちしたり、淡白な反応の元彼が多かったため、優有羽がそうしてくれないのも、慣れていた。
美久は、指先で、ベッドの端に引っかかったバスローブを引き寄せて自分に被せた。
優有羽は、まだ汗が噴き出し続けていて、何かを掛けるには暑そうだった。そして、息が整ってくると、眠たそうな目になってくる。
(優有羽が完全に寝落ちしたら、下の後始末をして寝よう……)
美久は、仰向けになって、優有羽が静かになるのを待つ。
隣に優有羽がいるのに、美久は、なんだか淋しかった。
◇◇◇
午前十時、業務用の個人チャットに、理奈(りな)から、「お昼、一緒に食べよ?」と、メッセージが来た。
理奈は美久の、職場で唯一の友達だ。ランチは基本、コミュニケーションスペースの隅か、自席で一人で食べるが、誘われれば一緒に摂る。
仕事関係の人とは、基本的に、プライベートで時間を割かないが、理奈はその点、例外で、休日一緒に出かけることもあった。100パーセント、理奈が誘い、美久は気が向いた時に付き合う程度だが。
その外出のほとんどが、理奈が推してる男性アイドルユニットのイベント参加だ。
美久は音楽やアイドルに興味は薄かったが、ひたむきに頑張っている男の子の姿を観るのは、気持ちが良かった。
理奈は、まだ無名な彼らのイベントやグッズに、毎月かなりの額を貢いでいる。さらに、彼らのイベントに来てくれるならと、美久のチケット代まで持っていた。
美久は、毎回、遠慮しているのだが、来てくれるなら、と、完全に推しの母親目線な理奈に押し切られている。
なので、美久は、当日のチェキを多めに買ったり、ツーショットを撮ったりして、可能な限り、お金を落とすことにしていた。
「聞いて、バイト、始めたの」
理奈が、カップラーメンを箸でつつきながら言った。
飲食可能なコミュニケーションスペースの端、豆型のテーブルに、二人は座っていた。
「そうなの」
理奈の経済状況から、遅かれ早かれ、そうするだろう、と分かっていたので、美久は別段、驚かなかった。
「忙しいね」
そう付け加えて、美久は、会社が契約している業者の弁当を開いた。職場に社食はないが、専用のページから注文をすれば、手頃な値段で、弁当とみそ汁一式を買うことができる。
美久は自炊派だが、一週間に一回は、栄養士が監修したものを食べるようにしていた。
理奈は、食事を気にかける手間もお金も、全て推しに注いでいた。今も、カップ麺の他に、副菜やデザートがなく、健康が気にかかる。が、理奈の肌ツヤは、美久がうらやむほど、キラキラ輝いていた。
何かを夢中で好きになるって大事だな、と、美久は箸を進めながら、忍ぶように理奈を見た。
「どんなバイト?」
美久の会社では、副業が認められているとはいえ、昼間一日仕事した後に働ける時間は限られている。
「夜の仕事。銀座で終電までね」
「えっ」
理奈はあっけらかんと言い、思わず美久は箸を止めた。
「それって……ホステスってこと?」
「うん、キャバとかはさすがに無理……、大学生の頃、少しやったけどさ」
「そうなの?」
理奈の話はいつも刺激的だが、今日は特に驚くばかりだ。
「キャバに比べたら、時給は落ちるけど、全然楽。お客さんのボトルだから、無理して呑まなくていいし」
「?」
美久に、キャバクラとクラブの違いなど分かるはずが無かった。
一般家庭で、親が『普通』で『素直』に育つよう願った結果のような娘であったから。鉄砲玉の面影が残る、理奈とは、個性が違った。
「お酒作って、話聞いてるだけ。ミニクラブで一見さんお断りだから、変な客とかいないし。ドレスもロング丈じゃないとダメなんだ。キャバじゃ、あんま考えられないよ」
「へぇ」
美久の心に、『ミニクラブ』と、『一見さんお断り』という言葉が響いた。
「興味ある?」
理奈が、一瞬、揺れ動いた美久を見透かしてニヤリとした。
「えっ? どういう意味?」
「バイト、してみる?」
「ちょ、……っと、それは無理……かな。その、私、喋るの下手だし、気が利かないし……」
美久は、業種を差別しているわけではない、という配慮を込めながら答えた。聞いている理奈は、『仕事』と割り切った風で、気にしている様子はない。
「美久、お金貯めてるんでしょ? 海外に住みたいって、言ってたじゃん」
「住みたいっていうか……うーん……」
美久は、自分でもよく分からなかった。フワフワして目的が定まらないが、今の自分を変えたい、このまま、ただ年老いていきたくない、という気持ちがあった。かといって、理奈のように、すぐ行動を起こせるタイプでもない。海外に出たら、手っ取り早く何かが変わるのではないか、という期待はあった。だが、そこで思考停止していた。
「ま、いいや、気が向いたら言ってね」
その後は、理奈の推しの件に話題が移った。饒舌になった理奈の聞き役に徹しながら、美久は、結論の出ないモヤモヤを、胸の中で回転させた。
〈第二話へ続く〉