忘却の迷宮~黒騎士は姫君の愛を取り戻す~【第九話配信】

【第九話】告げられた真実は、皆を翻弄する

著作:赤城まや イラスト:かんべあきら

 

「え、えっ……!?」

静かに、だが確かにそこで突きつけられたカールの死と、自分との関わりとに、ユリアナは絶句した。

「ま、待って。そんなことが……本当に!?」

何とか言葉を絞り出す。ハインリヒはそんなユリアナをじっと凝視したが、彼女の言葉には答えずにさらに続けた。

「それを最初に発見されたのはミヒャエル様でした。後で全て、私に話して下さいました。ミヒャエル様とカール様は、前の晩、かなり激しく口論され、ユリアナ様が止めようとなさいましたが出来ない状態だったようです。カール様はその頃、ユリアナ様の看病のおかげで小康状態になっておいででした。ユリアナ様を庇って、ミヒャエル様は一度、お部屋にお返しになり、さらに言い争った後でかなり遅い時間にご自身のお部屋に引き取られたとか。だがその後もお休みになれず、明け方、もう一度カール様のお部屋に出向かれたそうです。ですが、そこには誰もおらず、窓が開け放しになっていました。ミヒャエル様が急いで窓の下を覗くと、そこにカール様と、ユリアナ様が倒れておいでだったと……」

「えええっ……!?」

「ミヒャエル様はその傍に駆けつけましたが、カール様は全身を強く打ち、さらに腹部を刺されて、既に亡くなっておいででした。そして、ユリアナ様はまだ息があり、頭から血を流し、さらに、血に染まったあの剣を持って倒れていたそうです」

「……」

ユリアナは全てが信じられなかった。もう、どうしたらいいかわからず、言葉も挟めずにただ呆然とハインリヒの話を聞いていた。

「ですが、ミヒャエル様はその時、とっさに剣を取って持ち合わせていた布でくるみ、懐にしまわれました。そしてユリアナ様を抱えてお部屋につれていったそうです。その直後、居合わせたバルバラ様とグスタフ様が、カール様の亡骸を発見され、大騒ぎになってしまいました……。さらにミヒャエル様が、血に染まった剣をご自身で持っていたことが皆に知られ、カール様を死なせたのはミヒャエル様ではないか、ということになってしまいました。この時点では、ミヒャエル様が貴女様にペンダントと剣を贈ったことを誰も知らなかったのです。そして……」

「ま、待って……待って下さい」

ユリアナは呆然としながらも、かろうじて言葉を挟んだ。

「じゃあ、私がカール様を刺したのですか!? そして……ミヒャエル様は、私を庇ってそのことを隠し、ご自身が疑われてしまったと……!?」

「仰る通りでございます。そしてその後も、ミヒャエル様はユリアナ様を庇い続けました」

「……!」

再び言葉をなくしたユリアナに、ハインリヒはさらに続けた。全てを話してしまおう、という意志がそこにうかがえた。

「カール様のご遺体が皆に見つかると、お二人の父上ヤーコプ様は、このことをまだ誰にも言うなと申し伝え、急いで調査に乗り出されました。そして、ミヒャエル様を一室に監禁し、厳しく糾弾されたのです。それでもミヒャエル様は、貴女様を庇い、貴女が血染めの剣を握って倒れていたことは断じて仰らず、ただ自分の無罪だけを主張されました。そして、ミヒャエル様は、ユリアナ様にお目にかかりたいと何度も父上に願い出ておられました。ですが当然、こういう事情で、ミヒャエル様は、カール様の死について詳しいことを話すことが出来ず……。息子お二人を愛しておられたお父上は、衝撃も大きかったご様子で、そんな態度のミヒャエル様に激高して、斬りかかったこともございました。……私どもが制しましたが、ミヒャエル様はそれで、胸に深い傷を負われました」

ユリアナはびくりとした。ミヒャエルに抱かれた時、その身体のあちこちに残された傷に驚いたのを思い出したのだ。中でも大きかったのが、胸に斜めに走っていた傷だった。あれはもしかして、戦場で負ったものではなく、父に切りつけられたものだったのか。

「……わ、私は、その時、どうしていたのですか……?」

掠れた声で彼女は聞いた。それも、思い出せない自分が情けなくて仕方なかった。ハインリヒは沈痛な表情を浮かべたが、続けた。

「ユリアナ様は、その後一度もミヒャエル様にお目にかかることなく、意識が戻られた後、直ちに義父の伯爵様に連れられて、ご自身の領地に戻られてしまわれました。伯爵様は何もご存じなかったのか、『こんな状況ではとても娘をここに置いておけない。カール殿も死んだ今、婚約は解消し、領地に戻る』と仰ったのです。無論、お手紙などもございませんでした。お父上のヤーコプ様も、それを受け入れるしか無かったのです。……それきり、先日ミヒャエル様が、メルツェル家を訪れるまでほぼ二年近くの間、会うことはおろか、ずっと何の音沙汰もなかったのです」

「……私、そんな酷いことを……。それに、ペンダントは、私が持ったまま、だったの……?」

呆然としたまま、虚ろに呟くユリアナに、ハインリヒは頷き、続けた。

「ですが、ユリアナ様と義父上が出て行かれた直後に、国王陛下からお使いが参り、『早く戦場に参れ、我が軍に加われ』とのご命令を頂きました。お父上は迷われましたが、ミヒャエル様に、ご命令通り戦地に赴け、とお命じになられました。父上は、伯爵様や、カール様の亡骸を見つけたバルバラ様ご夫妻や、使用人たちにかなりの金を払って口止めをし、カール様を病死、ということにしたのです。そしてミヒャエル様には『一刻も早く、この件を内密に済ませたい。お前はほとぼりが冷めるまで、フォイルバッハ家に戻ってくるな』とお命じになられました。ミヒャエル様は、それを受け入れ、戦場に出かける直前、私に今までお話ししたことを打ち明けて下さったのです」

「……」

「その後は、ユリアナ様もご存じの通りでございます。ミヒャエル様はすぐに戦場に赴き、そこで幾つもの功績を挙げて名声を得、国王様からも絶対の信頼を頂きました。やがて戦況もこちらに有利な状況で落ち着いた頃……数カ月前に、お父上のヤーコプ様が亡くなられ、ミヒャエル様は急ぎ戦場から戻り、新しい領主となられたのです。……兄上様のことで、最初は疑いの目を向ける者もおりましたが、ミヒャエル様がめざましい勢いで、領地の経済などを立て直していくうちに、皆、彼を慕うようになりました。

──そしてその後、ミヒャエル様は、ユリアナ様……貴女様に会いに、メルツェル家へと向かったのでございます。その時、ミヒャエル様は、ユリアナ様が記憶を失っているという噂を既に聞いておられました。そのことを確かめる為にも、貴女様に再度、会ってお話ししようとしたのではないでしょうか」

「……」

「ここまでの経緯は……貴女様が当初、剣を握って倒れていたということについては、ミヒャエル様と、私以外は誰も存じません。私の話は以上でございます」

──ハインリヒの話は、そこで終わったが、ユリアナはもう、何も言うことが出来なかった。

──私は、そんなにも酷いことをしたのか……──

椅子に座ったまま、その想いに囚われて、彼女は殆ど身動きできないでいた。沢山のことが、彼女にとって最悪な意味で辻褄があっていった。

それなら、ミヒャエルのあんな態度も当然だろう。自分は、カールの婚約者だったにも関わらず、ミヒャエルと想いを通わせていた。なのに結局、カールと死のうとした挙句、彼を殺してしまい、自分だけが生き残ったのだ。そして、それでも自分を庇ってくれようとしたミヒャエルを、酷いやり方で裏切った挙句、その記憶を無くしてしまった……。

──メルツェル家の館で、ミヒャエル様と再会した時、何も知らず……いいえ、何もかも忘れてしまって、『初めまして、公爵閣下』と言った私を、彼は一体、どんな想いで見ていたのだろう……──

フォイエルバッハ家の使用人たちが不審の目を向けるのも無理はない。カールが不慮の死を遂げたことは皆、薄々知っているだろうし、自分は全て投げ出して、この館から逃げ出してしまったようなものなのだから。

亡くなった義父は、どこまで知っていたのだろう。ハインリヒは、私が剣を握って倒れていたことは、ミヒャエルと自分しか知らない、と言ったけれど、当時自分やバルバラ達と一緒にこのフォイエルバッハ家に滞在していたとしたら、ある程度事情は察していたのではないか。

こんな過去を知られたら、ユリアナやメルツェル家が、どんな罪に問われるかわからない。ユリアナが記憶を失ってしまったのなら、何とかそのままにしておこうと考えたのではないか。だから義父は、ユリアナが記憶を取り戻そうとするとひどく怒り、阻止したのだ。そして、ユリアナの乳母をはじめとして、それまで館にいた使用人達を解雇したのは、彼女がフォイエルバッハ家と婚約したという事実を知っている者たちを遠ざけるためだった。ユリアナが彼女らと接して、そのことを知ってしまうのはまずいと考えたのだろう。それらの心労が重なって、あんな病気になってしまったのかもしれない。

「ユリアナ様……」

その様子を見かねたのか、ハインリヒが声を掛けた。

「……話してくれてありがとう、ハインリヒ。話しにくいことでしたでしょうに」

ユリアナは顔を上げ、かろうじて笑みを浮かべて言った。声が掠れていた。

「お願い……一人にしてくれるかしら。ベルタにも下がっていてほしいの」

ハインリヒはそんなユリアナを気遣わしげに見たが、頷くと丁寧に一礼して部屋を出て行った。

一人残されたユリアナは、震えながら、今聞かされたことを頭の中で繰り返していた。それらのことが、彼女に事実を突きつけてきた。

──私は、恐ろしい罪を犯していたのだ。その為に、関わった皆を不幸にしてしまった。なのに、それらのことを、きれいに忘れてしまっていた……──

思わずうつむく。と、まだ胸に下げられたままの、あのサファイアのペンダントが目に入った。ユリアナははっとし、震えながらそれを外した。自分はこれを持っていてはいけないと思った。これがずっと、自分の……義父の手元にあったということは、ミヒャエルから贈られたこれを、返しもせずに、持ち逃げしていたことになる。あまりに酷い話だった。

──しかも昨日、私は、ミヒャエル様と……最も酷い目に遭わせてしまった方と、あんな淫らなことをしてしまったのだ……──

一人、部屋に残ったユリアナは、暖炉の炎を見つめたまま、そんな想いを巡らせていた。強い罪悪感がこみ上げ、彼女の心を激しく苛んだ。

窓の外は強い風が吹き始めて雲が走り、急速に天気が悪くなってきていた。

「……!」

──どれくらい、そうしていたのか。

不意に、言い争う声が聞こえて、ユリアナははっと顔を上げた。既に部屋の中は真っ暗になっていた。

窓の外を見ると、すっかり暮れて、真っ暗になっていた。朝は晴れていたのに、今は雨が降り始めている。さらに強い風が、窓枠とガラスをガタガタと鳴らしている。嵐になりそうだった。

慌てて扉を開け、さらに誰もいない控えの間を通ってそこの扉も開けた。明かりの灯された廊下に出る。とたんにミヒャエルの、きつい叱責の声が聞こえてきた。

「ハインリヒ、お前は、主人の命令に逆らうのか! 勝手なことをするなと言ったはずだ!」

ユリアナは、思わず身を竦めた。明らかに強い怒りにかられた声である。それにハインリヒも応じていた。こちらは沈痛な声だった。

「ですがミヒャエル様。あのご状態では、ユリアナ様に話す必要があったかと存じます」

話の内容に、はっとなる。昼に、カールの死や自分の失われた記憶について教えてくれたことを、ミヒャエルが知ってハインリヒを叱責しているのだ。そうと知って、ユリアナは必死に廊下に出、走った。稲妻が外で閃く。背後で、様子に気付いたベルタが驚いて声を掛けてきたが気付かなかった。

「黙れ! それが、勝手だというのだ! 記憶を失ったふりをしているユリアナに余計なことを話しおって……」

「ミヒャエル様、どうかお聞き下さい。貴方様も本当はお気づきだと存じますが、ユリアナ様は……」

「あ、あの……!」

外で雷が鳴り、風に庭の樹木が大きく揺れる中、口論していた二人は、ふいに階段の上から掛けられた声に、はっと振り返った。

「ユリアナ様……!?」

驚いて最初に声を掛けたのは、ハインリヒだった。ユリアナは彼に頷きかけると、懸命にミヒャエルを見つめ、階段を降りながら声を絞り出した。外から帰ったばかりらしい、黒いマントを身につけたままのミヒャエルは雨に濡れて、その黒髪が艶やかに光り、一層精悍に見えた。

「ミ……いえ、公爵閣下。私が、ハインリヒさんに、話してくれるように頼んだのです」

緊張のあまり、酷く掠れた、震え声になっていた。情けない、とユリアナは思った。正直なところ、ミヒャエルと今、言葉を交わすのは怖かった。だが駄目だ。自分が勝手に願ったことで、ハインリヒだけが叱責されるのはいけない。

「だ、だから、彼のせいじゃありません、私が、知りたいと言ったから、……!」

そこまで言って、階段を降りた途端、ユリアナは息を呑んだ。聞いた途端、ミヒャエルがひどく辛そうに顔をしかめ、こちらに手を伸ばして近づいてきたからだ。

だがその時、一際強い稲光が、一瞬、玄関ホールの中を眩しく照らしたかと思うと、地面に轟くような雷鳴が響き渡った。そして激しい衝撃音とともに、ホールの窓がいくつか割れた。

「うわぁっ……!」

「きゃああっ!」

使用人たちの悲鳴が近くからいくつも聞こえてきた。おそらくあちこちに隠れて、主人たちの様子をうかがっていたのだろう。風がどっと吹き込んで、ランプやろうそくの明かりをかき消した。ミヒャエルがさっとそちらに向き直る。

「明かりを付けろ! そして、すぐに窓を塞ぐのだ!」

ミヒャエルの声が、暗闇の中で響いた。ユリアナははっと窓の方を見た。

「……!」

出入りできるフランス窓がこの風のためにガラスが割れて、大きく開け放たれ、風に揺れている。それが稲妻の光で、一瞬、見えた。

「申し訳ございません。全部、私のせい、なんです……」

ユリアナはそう呟くと、身をひるがえしてそこから外に飛び出した。

「ユリアナっ……!?」

ミヒャエルの声が、背後で聞こえた。だがユリアナは足を止めず、そのまま、風雨の吹き荒れる外へと駈けだしていった。

──駄目だわ。こんなにも罪深い私は、ここにはいられない……──

その想いだけが、ユリアナの頭の中を支配していた。

 

 

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