冷酷刑事になぜか溺愛されています【第二話】

第二話 どうしてこうなった?

 

一睡もできなかった。

『薫さんと付き合うことになりました! よろしく』

美里からのラインと、友人たちの祝福の言葉が目に焼き付いてしまって、目を閉じると苦しくて冴えてしまう。

隣を見れば、規則正しい寝息を立てている黒崎がいる。美里も今、岡本とベッドを共にしているのだろうか。

『大川、好きだ』

耳の奥で木霊する声がある。

(岡本部長が……好きでした)

愛依は布団の中で身体を小さくダンゴムシのように丸めた。寝ている黒崎の腕がスッと伸びてきて優しく抱きしめられたら、目頭が熱くなって視界が涙で歪んだ。

     ◇◇◇

乾杯、と男女九人でビールをかかげると待ちに待った合コンが始まった。短大からの友人である小川美里に、就職してから男性と知り合う機会がないから合コンをセッティングして、と頼まれた。男性と親しくなるのが下手な愛依には荷が重いお願いだったが、片思い中の岡本と仲良くなれるチャンスかもしれないと気持ちを奮い立たせて、今日を迎えた。

愛依は短大卒業後、就職に失敗した。保育科を卒業したものの、幼稚園にも保育園にも働き口はなく、危うく就職浪人しそうになった。回避できたのは、父親のおかげ。地方公務員である父が、警察事務の臨時職員の空きを見つけてきてくれたのだ。

浦賀うらが署の生活安全課一係で産休者の代理として入り、その任期が切れる頃に今度は、警察の非常勤職員の試験を受けた。見事受かった愛依は同じ浦賀署の地域課総務で今は働いている。

愛依が片思い中の岡本は、生活安全課二係の部長だった。優しくて笑顔の似合う人だ。愛依が書類を渡しにいくと、いつもチョコレートをくれた。

せっかく勇気を出して開催した合コン。愛依の思い描いたとおりにはいかない。仲良くなりたい岡本は、美里の隣に座り、とても楽しそうに話しこんでいた。二人だけの世界を構築して、割り込めそうにない。

幹事として、みんなに満足してもらおうと料理や酒に気を配っていたら完全にタイミングを逃してしまった。

「愛依ちゃん、次は何飲む?」

愛依の隣に座っていた地域課の増永ますなが洋太ようたに声をかけられた。メニュー表を手渡されて、自分の飲んでいたグラスに目を落とした。空っぽだ。周りばかりに気をとられていて、自分の分はすっかり忘れていた。

「ああ。そうですね――」

「悪い、遅れた」

聞き慣れない、でも聞いたことのある低音ボイスが個室に響くと愛依は顔をあげた。刑事課の黒崎蓮がスーツ姿で入ってきた。

後ろを振り向いた岡本が声の相手を確認すると、口を尖らせた。

「蓮、遅いよ……ってか、スーツ? 家に帰ってないの?」

「ああ。明けで仕事を片付けてたら、今の時間だ」

「刑事課は相変わらず忙しいね。鬼の黒崎部長だからかな」

「鬼じゃない」

「あ、隣……どうぞ」

今まで岡本と楽しく会話していた美里が、にっこり微笑んだ。岡本が座っている反対に空間を作ると、目配せをする。

「いやーー、こっちがいい」

軽く首を振って黒崎は、愛依と視線を合わせる。ジッと睨むように増永を見やる。あ、と小さく声をあげた増永が、空間を開けた。

「俺、ビールな」

「あ、はい」

増永が必死に空けた空間に、黒崎が腰を下ろした。背後の壁に黒い鞄を置くと、どこからか回ってきた新しいお手拭きタオルを増永から受け取った。

「蓮の威圧、半端ないねえ。さすが鬼部長」

「だから鬼じゃない。先輩で、上司だからだろ」

「僕も、先輩で上司だけど……タオルは回って来ないし、座る場所も自分で見つけたよ」

「で、ビールは?」

岡本の話を聞いているのかいないのか。黒崎は増永に氷のような冷たい視線を向けた。

「ひぃ……ただいまっ! 片倉かたくら、黒崎部長にビール」

「あっ、注文は私が……」

腰を浮かす愛依に、黒崎が肩に手を置いた。

「大川は座ってろ。何飲むんだ?」

「じゃ、じゃあ……梅酒を」

「増永、梅酒も」

伝言ゲームのように注文が、反対のテーブルの端へと伝わっていく。岡本が言った通り、威圧感が凄い。

「あの、幹事は私なので」

(男性陣はみんな、年上だし。私がやったほうが……)

「こういうのは下っ端にやらせればいいだろ」

「あ、いや。下っ端は私かと……」

ここにいる男性は全て年上で、警察官だ。愛依は非常勤職員であり、警察官ではない。かといって一般事務員でもない。あくまで非常勤な職員で契約社員だ。女子は短大のときの友人たち。

警察官である彼らに注文をとってもらうのは、愛依には気が引けた。

「ずっと食べずに動いてたもんね、愛依ちゃん。ここは蓮に甘えて、あいつらにやらせてもいいんじゃない?」

「食ってないのか?」

「全然食べてないってわけじゃ……」

皿に分けただけの大量の料理に視線を落とした。食べてないのが一目瞭然だ。さらに追い打ちをかけるように、腹の虫が鳴る。

「食えよ。あとはあいつらがやるだろ。食いながらでいい。聞かせてくれ。『宇佐美うさみ保たもつ』って名前に覚えはあるか?」

「えっと、ヤクザみたいな人でしたら。以前、恋人が消えたって騒いでたので、家出人捜索願を受理しました」

「そいつ。刑事課でも厄介なことをしてくれて――。捜索願の書類を見させてもらったけど、なんで大川なの? 生安にいたときのお前、臨職だったよな?」

生安は、生活安全課の略。愛依が去年いたときに、扱った仕事だ。

「あの時、こういうのは女が聞くのが一番だって、部長が煙草を吸いに行ってしまったので」

「逃げたのか。佐山部長らしい。面倒になりそうな奴は、前もって警察官がやれよな」

「あの……捜索願の件でご迷惑を?」

「いや。そいつが大川じゃないと話をしないってごねてるんだと」

(私じゃないと? なんで?)

注文していたビールと梅酒がテーブルに届く。小さくため息を零した黒崎がビールを、喉を鳴らしながら飲んだ。

「仕事の話なんてやめて、もっとフレンドリーに話しなよ、蓮。愛依ちゃんが困ってるよ?」

ちらっと黒崎が岡本に視線をやった。何やら考える間があり、再び愛依のもとに視線が戻ってくる。

「今後は俺が引き継ぐから、大川には迷惑はかからないようにする」

(あ、仕事の話は続けるんだ)

「最初から、迷惑かかってないです、よ?」

「……部下が、お前の異動先を話しちまったんだ。生安から異動になってここには居ないって伝えろって言ったのに。地域課にいるって。宇佐美がもし来たら、すぐに一係に電話くれ。こっちで対応するから」

「……はい、ありがとうございます」

愛依は軽く頭をさげた。黒崎との共通の会話が終了すると、沈黙が訪れる。やけに食べている音が耳に障る。何か盛り上がる会話を、と思うのに何も思いつかない。向かい側からは、美里と岡本の楽しそうな笑い声がして、胸が苦しくなり梅酒に手が伸びた。

     ◇◇◇

「ここに生安にいた大川愛依がいるって聞いたんだけど」

お昼前、給湯室から洗った湯飲み茶碗をお盆に乗せて出てきた愛依は、ドスのきいた低い声に驚いて地域課に入るのを躊躇った。

「席を外しています」

そう答えてくれたのは部長の深山だった。事情はすでに黒崎から話がいっているようで、何かあったらすぐに黒崎に内線をいれるようと釘をさされていた。

(宇佐美……さん?)

「いるって聞いた」

入り口のドアの隙間から背中が見えるが、相手が誰だかまでははっきりとはわからない。声の感じとうっすらと覚えている体形で、たぶん宇佐美なのだろうという程度だ。

お盆を持ったまま、愛依は踵を返した。あちこち動き回るのは得策とはいえない。一番ちかい会議室に入り込むと、電話を探した。

刑事課の一係のダイヤル番号を押すと、受話器を耳にあてた。

『刑事一課一係の黒崎です』

淡々とした低い声に、愛依はドキッと胸の鼓動が高鳴った。

(一週間ぶりの声だ)

ホテルでエッチをして、愛依は黒崎が起きる前に逃げるように姿を消した。家まで送ってもらうのも気がひけたし、目が覚めた後、どんなふうに接したらいいのかもわからなかったから。岡本と美里の交際でもショックを受けていた。

好きな男以外の人とホテルに行って、酒に酔った勢いでセックスをしておいて、友人が自分の好きな人と付き合うからってショックを受けるのも自分勝手な話だ。

「お疲れ様です。地域課総務係の大川です」

『お疲れ様』

「あの……この前、言っていた宇佐美さん……今、地域課に来てるみたいです。深山部長が対応してくれてて。私は会議室にいるんですけど、どうしたらいいですか?」

『……わかった。すぐに行く』

(普通すぎる。動揺することもなく、いつも通りの黒崎部長だ)

やたらと緊張して電話した自分が、何だったのか? 突然の電話で、もっと驚くかと思ったのに。この一週間ずっと、廊下で会ったり電話したときにでも、先週のことを聞かれるかと思っていた。そう思ったのは自分だけで、合コン前と変わらない日々を過ごしてきただけだった。

ほどなくして階段から足音が近づいてくるのが聞こえてきた。地域課は三階。刑事課は二階で、黒崎があがってきた。

黒のスリムパンツに、白色のワイシャツ姿の黒崎が颯爽と現れる。身長が高くピンと伸びた背筋に目を奪われる。ちらりと視線が動いて、愛依がいる会議室に向いた。「出てくるな」という表情で首を横に振って、地域課のドアへと入っていった。

なにやらドアの向こう側で言い争っているような声が聞こえるが、何を言っているかまでは聞こえない。五分くらい過ぎただろうか。刑事課の一係の人が二人、地域課のドアを開けた。宇佐美の腕を掴んで、階段のほうへと歩いていくのが見えると、愛依は慌てて会議室のドアを閉めた。ここにいると見られでもしたら困る。

(終わった……の?)

出て行っていいものなのだろうか。まだもう少しここに居たほうがいいのだろうか。迷っていると会議室のドアが開いた。

「悪かったな。もう大丈夫だ」

「……ご、ご迷惑をおかけしました」

「ん? 迷惑をかけたのはこっちだろ。大川が巻き込まれなくて良かった」

会議室のドアを閉めた黒崎が、少しだけ表情を緩めて笑った。大きな手の平でポンポンと頭を軽く叩かれると、ぎゅうっと抱きしめられた。

一週間前と同じ温もりと、微かに香る煙草の匂いがなぜか愛依を安心させてくれる。

(心地がいいな)

「……で?」

「はい?」

「俺が起きたら居なかった言い訳を聞こうか?」

「……え?」

黒崎の腕の中で顔をあげた愛依は、目を丸くした。不機嫌な顔をしている彼の顔が怖い。不意打ちもいいところだ。ホッと一安心しうたところで、聞かれるなんて――。

 

第二話 了

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