偽りの令嬢~親友の代行で婚活したら御曹司に気に入られちゃいました!?~【第三話配信】

【第三話】

 

著者:有允ひろみ イラスト:蘭 蒼史

 

どこからか、静かなクラシック音楽が聞こえてくる。

微かに匂う花の香りと、頬に触れる上質な布の肌触りが心地いい。目蓋に降り注ぐのは、明るい陽の光だろうか?

珠美は目を閉じたまま大きく背伸びをする。できればもう少し寝ていたい。なんだか気怠いし、まだちょっと眠い。

「うーん……。もう、朝なの?」

誰とはなしにそう訊ね、ごろりと寝返りを打つ。

珠美の住まいは、築二十五年のアパートだ。間取りは1Kで、リビングの広さは八帖ある。

一人暮らしにはちょうどいいが、収納が少ないのが玉に瑕だ。

本当は手足をいっぱいに広げて眠りたいが、狭いシングルベッドではそうもできなかった。

(ん? ベッド……広くなってない?)

さっきみたいに手足を思いきり伸ばしたら、ぜったいにベッドの縁にぶつけてしまうはずなのに、なぜかそうならなかった。

そういえば、今日は何曜日だったか……。

そもそも、今は何時なのだろう?

少しの間、時間と空間の迷路をさまよったあと、珠美はようやく本格的に目を覚ました。

大きく目を開けて瞬きをしたあと、上体を起こして周りを見回してみる。

「……えっ……ここ、どこ?」

目の前に見える大きな窓からは、煌びやかな夜景が広がっている。

部屋はゆったりとして天井が高く、壁は落ち着いたクリーム色、サイドテーブルなどの家具は濃い茶色で統一されている。

「……ホテル? しかも、スイートルームっぽい?」

テレビや映画でしか見た事がない光景を前に、珠美は大いに混乱した。

なぜ、自分がこんなところに……。

もしや夢を見ているのかと思い、ほっぺたをつねってみた。

「痛い! って事は、夢じゃない……」

珠美はもう一度横になりながら首を傾げ、いったい何があったのか思い出そうとした。

「……ホテル……ホテル……? ホテルのレストラン……お見合いパーティ――」

突然頭がはっきりとしてきて、珠美は「あっ!」と叫んだ。

「そうだ! お見合いパーティは? それに、葛城さんは――」

珠美が彼の名を口にした時、ふいにうしろから肩をトントンと叩かれて固まる。

「僕? 僕ならここにいるよ」

「きゃあああっ!」

背後から声が聞こえ、珠美は驚いて身体ごとうしろを振り返った。そこには、片肘をついて横たわっている葛城がいる。

「かっ……か、葛城さんっ……」

「ごめん。びっくりさせまいとしたんだけど、逆効果だったかな?」

彼曰く、珠美が起きてすぐに声を掛けようとしたが、驚かせてはいけないと思い、とりあえずブランケットを被って身を隠したのだという。

「気分はどう?」

「き、気分……わ、悪くはないです」

それにしても、いったいなぜこんなところにいるのだろうか? 普通に考えて、男女が二人きりでベッドに横になっているなど、ありえない状況だが……。

珠美が起き上がろうとすると、葛城がやんわりとそれを押しとどめた。

「もう少し横になっていたほうがいい。また気を失ったりすると困るだろう?」

穏やかな声でそう言われ、珠美は目を白黒させる。

「気を失ったりって……誰がですか?」

「君だよ、理沙さん」

「私が? あの……ここはどこですか?」

「ここは、パーティ会場があったホテルの客室だ」

「で、でも、私、いったいどうしてこんなところに……気を失ったって、どうしてですか?」

珠美の混乱ぶりを見て、葛城が穏やかな微笑みを浮かべた。

「どうやら君は、何があったかまるで覚えていないようだね」

「はい、まったく……」

「そうか。じゃあやはり少し酔っていたのかな? 君は僕がスイーツを持って帰って来た時、椅子から立ち上がるなり気を失ってしまったんだよ」

彼が言うには、戻ってきた彼を見てにっこりと微笑んだかと思ったら、いきなり立ち上がってそのまま倒れてしまったようだ。

幸い葛城が抱き留めて転倒は防げたようだが、その後いくら呼び掛けても一向に目を覚まさなかったのだという。

「ハイヒールを履いていたし、バランスを崩したんだろうね。様子を見ていたら、呼吸も心音もしっかりしていたし、苦しそうでもなかった。一応ドクターを呼んで診てもらったんだけど、やはりただ酔っぱらって、ぐっすり眠っているだけだと言われてね」

言われてみればさほどアルコールに強くないのに、パーティ会場でカクテルを二杯も飲んでしまった。

「もしかして、お酒はあまり強くない?」

「はい、普段はビール一杯でぐっすりです」

「そうか。カクテルを美味しそうに飲んでいたから、てっきり強いのかと思っていた。追加で勧めたりして悪かったね」

「いえ、私が調子に乗ってしまっただけで葛城さんは悪くないです。すみません、いろいろとご迷惑をおかけしてしまって――」

珠美は横になったまま、頭を下げた。

そうだ。彼は悪くない。

こうなった原因は、慣れない場所で浮かれすぎた自分にある。

それにしても、初対面の男性に、これほど迷惑をかけてしまうとは……。

珠美は、恥じ入ってベッドの中で小さくなる。そうしながら葛城のほうを窺うと、目が合ってにこやかに微笑まれた。

(うわっ……やっぱり素敵……)

会場で見た時もそう思ったが、間近で見ると一段と美男だ。これも何かの縁だろうか?

そう思うものの、彼との出会いは富裕層向けの見合いパーティ会場だ。

今はただ、あの場限りだと思っていた縁が思いがけず続いているだけであり、それ以上でも以下でもない。

「どうかした? 急に顔が赤くなったね。また酔いが戻ってきたのかな?」

葛城が、珠美のほうに手を伸ばし、頬にそっと触れた。

「あ……いえ……大丈夫です」

「そう? もし少しでも気分が悪くなったら、遠慮なくそう言ってくれていいから。それと一応言っておくけど、君が気を失っている間に悪さとかしていないから、安心していいよ」

「わ、悪さ……。いえ、そんな事思ってません! 葛城さんはそんな人じゃないです。私、ちゃんとわかってますから!」

日頃接客業に携わっている珠美だ。

人を見る目はあるほうだし、葛城は決して悪い人ではないと思う。とはいえ、普段接するのは半数以上が中年以上で、お年寄りの数が圧倒的に多いのだが。

「もっとも、君が起きたら、さっそく口説こうと思って、待ち構えてはいたけど」

葛城が思わせぶりな表情を浮かべて、そう言った。

「く、口説く? 私を? じょ、冗談ですよね?」

「いや、冗談じゃなくて本気だ。理沙さん、僕は君がパーティ会場に来た時から、なんとなく気になっていたんだ。会場に入るなり壁伝いにフロアの奥に移動して、カーテンの陰に隠れたかと思ったら、すばやく料理を皿に盛ってまた隠れて。まるで女忍者みたいな身のこなしだったよ」

「やっ……見てたんですか?」

「ああ、一度受付を済ませて、化粧室に向かったところからね」

さらりとそう言うと、葛城が珠美のほうにほんの少し近づいてきた。

「ダメかな? せっかくこうして出会ったんだ。もう少し理沙さんと親しくなりたいと思ってるし、君もそう思ってくれていると感じてたけど、違う?」

「ち……違わないです。違わないですけど……」

自分は、あくまでも「榎田理沙」としてパーティに参加したのであって、本来はあの場に入る事もできない庶民だ。

いわば、自分は嘘のお嬢さま――。

そんな自分が、このまま葛城と親交を深めてもどうなるものでもないし、むしろ嘘の上塗りをする事になってしまう。

「違わないけど、なに?」

葛城が、さらに珠美のほうに近づいてきた。

珠美は、あわててベッドから起き上がり、葛城の前で正座をする。

そうしてみて、ようやく自分がバスローブ姿である事に気づいた。

「あ、あれっ? 私、なんでこんな恰好を――」

「ああ、それは君が気を失った時演壇にぶつかって、載せていた皿のものがワンピースを汚したからだ」

葛城が身を起こし、珠美のそばに座った。

ゆったりと伸ばされた長い脚と、がっしりとした広い肩幅。彼も珠美と同じように真っ白なバスローブを着ており、緩く合わせられた襟元から逞しい胸の筋肉が覗いている。

「わっ……」

思わず目を伏せ、ふと自分の胸元に視線がいく。すると若干寝乱れた襟元が、葛城と同じくらい開いている。

それだけならまだしも、あろう事かバスローブの下は裸だった。

「きゃあっ! ブ、ブラ……ないっ……!」

珠美は小さく悲鳴を上げ、急いで襟元を掻き合わせた。

「ど、ど、どうしてっ……わ、私……は、裸――」

うろたえる珠美を見て、葛城が宥めるように眉尻を下げて微笑む。

「あいにく、下着まで料理のソースが染みこんでしまっていたんだ。だから、仕方なくぜんぶ脱がして、シャワーで洗い流した。着ていたものは、ぜんぶクリーニングが済んで隣の部屋に置いてあるから、心配はいらないよ」

「ありがとうございます――って、今なんて……? ぬ、脱がしたって……葛城さんが、私を、ですか?」

「ほかに誰がいる? だけど、さっき言ったように悪さはしてないから安心して」

「は、はい。それは、わかってます……けど――」

よもや寝ている間に襲われたなどと思っていない。

しかし、そもそもバスローブ一枚で吞気に語り合っている場合ではないのだ。

さっさと服を着て、ここから立ち去らないと――珠美がそう思った時、葛城が一気に目の前まで近づいてきた。

膝に彼の太ももの筋肉が当たり、上からじっと目を見つめられる。その視線が、びっくりするほど魅惑的だ。

「僕は君を、もっとよく知りたいと思う。僕たちは、何かしらの縁があってここでこうしているんだ。見合いパーティの会場で知り合った事だし、せっかくだから、このまま付き合ってみない?」

「つ、付き合うって……」

どう考えても、それは無理――そう言う前に、葛城の腕に優しく抱き込まれ、額にそっとキスをされた。

「『はい』って言ってほしいな。ぜったいに後悔はさせない。理沙さん、僕と付き合ってくれませんか?」

いまだかつて、これほど惹きつけられる男性には出会った事がなかった。それに、これから先、彼以上に素敵な人には巡り合えないだろう。

そんなふうに思えて、気がつけばこっくりと頷いて「はい」と言ってしまっていた。

今だけの縁だとわかっていながら、珠美は葛城の魅力に抗う事ができなかったのだ。

「よかった。そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、今から僕達は恋人同士だ――」

「えっ? こ、恋人って、それはあまりにもいきなりすぎ――ん、んっ――」

微笑みながら唇にキスをされ、そのままベッドの上に仰向けに寝かせられる。

「確かに急かもしれない。でも、出会った途端、惹かれたんだ。だから、声を掛けた。それに応じてくれたって事は、理沙も多少なりとも僕に興味を持ってくれてたって事だろう?」

「そ、それはそうですけど……」

確かにそうだし、自分でもそんな態度を取った自覚はある。

けれど、それはあの場限りのものだと思っていたからであり、まさかこんな展開になるとは予想だにしなかった。

「じゃあ、問題ないね。要は、本気かどうかだ。僕は、理沙に本気だよ」

バスローブの前を開けられ、左乳房の上に吸い付かれた。

久しぶり過ぎる愛撫を受け、珠美は横になりながら腰砕けになる。

「ぁんっ! か、葛城さんっ……」

出会ってその日のうちにベッドインするなんて、いくらなんでも展開が早すぎる。そう思うものの、今さら逃げ出す気持ちになれない自分は、なんて意志が弱くて流されやすいのか……。

「理沙、僕の事は〝諒一〟って呼んでくれると嬉しいな……」

そう言い終わるなり、彼は乳先をペロリと舌で舐めた。そして、そのままそこをコロコロと転がすように愛撫してくる。

「ぁあああんっ! あっ、ぃやああんっ!」

「理沙は、とても可愛い声で啼くんだね。たまらないな……。すごく興奮する」

葛城が、珠美の見ている前で、これ見よがしに舌で乳先を弾いた。その顔は、紳士的でありながら、たまらなくセクシーだ。

珠美は小さく喘ぎながら、彼の愛撫に身体を震わせる。男性と付き合った事があるとはいえ、その全員と性的な関係になったわけではないし、片手で数えても余るほどの経験しかない。

いずれも考えた末の事だったが、今となっては別れの苦い思い出が残っているのみだ。

「ほら、言ってごらん、〝諒一〟って」

「りょ……諒……ああんっ!」

名前を呼ぼうとしている途中で、諒一が右の乳房にそっと噛みついてきた。歯で甘やかに胸の先を掻かれ、全身の肌が熱くざわめく。

そうしている間に、諒一がバスローブを脱いでベッドの隅に追いやった。彼の広く逞しい肩があらわになる。驚いた事に、諒一はもう何ひとつ身に着けていない。

もしやと思い、それとなく自分の腰骨のあたりを触ると、やはりショーツを履いていないみたいだった。

「途中で邪魔してごめん。ほら、今度こそちゃんと〝諒一〟って呼んでくれるかな?」

諒一が、おもむろに上体を起こし、珠美の太ももを跨ぐようにして顔を近づけてきた。じっと見つめられ、チュッと軽く唇にキスをされる。

「理沙……?」

甘い声で囁かれ、心がキュンと疼いた。

「……は、はいっ……。り、諒一さんっ……」

 

〈第四話へ続く〉

偽りの令嬢~親友の代行で婚活したら御曹司に気に入られちゃいました!?~【第四話配信】

 

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