偽りの令嬢~親友の代行で婚活したら御曹司に気に入られちゃいました!?~【第二話配信】

【第二話】

 

著者:有允ひろみ イラスト:蘭 蒼史

 

「大丈夫ですか?」

上から聞こえてきた声は、のびやかで耳触りのいい男性の声だ。

「どこか、怪我は? 痛いところはありませんか?」

「い……いえ、大丈夫です」

男性に助けられ、珠美はどうにか体勢を整えて、まっすぐに立った。

あのまま倒れていたら、ぜったいに大きな音がしてフロア中の注目を浴びる事になっていただろう。

珠美は、男性に礼を言おうとして、ハッと息を飲んだ。

(ちょ……超絶かっこいい!)

珠美は目を大きく見開いて、頭の中で叫んだ。

目の前にいる男性は、艶やかなダークブラウンの髪の毛に、同じ色の瞳をしている。おそらく身長が百九十センチ以上あるだろう。鼻筋はすっきりと通っており、まるで美しい絵画の中から出てきたような美男だ。

彼は間違いなく、珠美がこれまでに見た男性の中で一番のイケメンであり、声もスタイルも申し分ない。

「どうかしましたか?」

男性が優しい声音で、そう訊ねてくる。

「い、いいえ、どうもしません! た、助けてくださって、どうもありがとうございます」

珠美は、その人に向き直り、背筋をシャンと伸ばした。

「礼には及びませんよ。怪我がなくてよかった」

男性が、にっこりと微笑みを浮かべた。

見れば見るほど美男の彼は、デザイン性の高いジャケットとパンツを見事に着こなしており、一見するとファッション誌のモデルみたいだ。

年齢は三十代前半といったところだろうか。

仕事柄、たくさんの人と接する機会があるが、彼のような人は、ほぼ間違いなく代々続く良家のご子息だ。それを裏付けるように、彼の身のこなしは、この上なく優雅で品がある。

「ところで、どうしてこんな陰に隠れているのかな?」

「えっと……それは……」

この場合、何と答えたら正解なのだろう? 人と話す予定ではなかったから、答えなんか用意していない。

珠美は必死になって考えを巡らせて、思いついた言葉をそのまま口にした。

「わ、私、かなりの人見知りなんです。だから、こういう場所は、あまり得意ではなくって……」

咄嗟に上手い事を言った――しかし、それは嘘の自分を演じるための虚言だった。

珠美は逆に人懐っこい性格をしているし、誰とでもすぐに仲良くなれるほうだ。職場ではそれがかなり役に立っており、珠美を目当てに来てくれる常連さんも少なくない。

「なるほど。それなら、あまり気取った感じだとかえって話しにくいでしょう? もう少しフランクに話してもいいかな?」

「は、はい。かまいません」

珠美は極力しおらしい顔をして、そう答えた。

「よかった。――ということで、このままここにいて、僕とだけ話すっていうのはどうかな?」

気軽な調子で言われ、思わず「はい」と答えてしまった。

「それじゃ、まずは自己紹介をしよう。僕は葛城(かつらぎ)諒一。君は?」

代理でここにきたはいいが、まさか自己紹介をする羽目になるとは……。まったくの想定外だが、ここは何とか上手く切り抜けなくては。

「え、榎田理沙です」

いきなり嘘を吐いてしまった。しかし、ここで本名を名乗るわけにはいかなかった。

「理沙さんか。今日は自分からここへ?」

「いえ、両親に無理矢理勧められて……」

これは嘘ではなく、本当の事だ。ただし、理沙の両親であり、自分のではない。

「なんだ、君もそうか。実は僕もそうなんだ。いい歳なんだから、いい加減身を固めろ――なんて古臭い台詞に背中をグイグイ押されてね」

葛城が、実際に背中を押されたジェスチャーをする。

その様子が可笑しくて、珠美は小さく笑い声を漏らした。

「そうなんですね。私も同じようなものです。両親が早く伴侶を見つけろってうるさくて」

これも本当だが、あくまでも理沙から聞いた事を、そのまま言ったまでだ。

「どこの親も一緒だな。こういうところに来て、ベストパートナーが見つかるとは限らないのに」

「ほんとに」

葛城は、超絶イケメンなのに気さくだしとても話しやすい。

珠美は少なからずテンションが上がり、せっかくだからと自分なりにお嬢さまの役柄を演じ始める。

「でも、葛城さんを含めて、皆さん素敵ですよね。私なんか、なかなか出会いがなくて……」

ザ・しおらしいお嬢さまを演じてみたが、どうにもしっくりこない。

やはり、自分にはお嬢さま役は似合わないと思いながら、手にしたグラスを傾ける。

「理沙さんなら言い寄ってくる男性がたくさんいそうだけどな。可愛いし、雰囲気がとても柔らかいし」

「いえ……私なんか、ぜんぜんで――」

そこまで言って、ふと今の自分は「保坂珠美」ではなく「榎田理沙」である事を思い出す。

それにせっかく褒めてくれているのだから、素直に喜んでおくべきだろう。

「そう言ってくださってありがとうございます。葛城さんこそとても素敵だし、美人の花嫁候補が山のようにいらっしゃるんじゃないですか?」

「さあ……。僕は、容姿よりも中身を重視するほうだから。それに、外見を見ればだいたいその人がどんな性質を持っているかわかる」

「あ、それ、私もそう思います。人柄って顔や立ち居振る舞いに出るんですよね。仕事をしているとそれがよくわかります」

「仕事か。理沙さんはどんな仕事をしているのかな?」

「えっ……と……た、たまにファッション誌の読者モデルを……」

本当の理沙は、確かに読者モデルだ。

まださほど知名度はないが、持ち前の美肌と整った顔立ちのおかげか、少しずつ人気が上がってきている。

理沙の代理で来ているのだから、そう答えざるを得なかった。嘘を吐くのは好きじゃないが、この場合、致し方ない。

(だから、誰とも話さずに帰ろうと思ってたのに)

葛城は、珠美の顔を見つめたまま何も言わない。

いくら普段よりも盛れているとはいえ、あくまでも自分自身が基準だという事を忘れていた。

(失敗した……。そこは適当に誤魔化せばよかった……)

理沙に比べると、圧倒的に地味で華がない自分は、どう見ても読者モデルには見えない。

これはかなり気まずい……。きっと葛城も、ヘンだと思っているに違いなかった。

どうにかしてこの場から逃げ出したい――そう思った時、葛城が白い歯を見せて笑った。

「なるほど、読者モデルか。どうりで可愛いはずだ。なんていう雑誌? ぜひ見てみたいな」

信じてもらえた!

けれど、ひとつ嘘を吐けば、バレないようにするために、また嘘を吐かなければならなくなる。

珠美は焦り、なるべく嘘を重ねなくてもいいような答えを探した。

「え⁉ いえ、そのっ……まだ駆け出しなので、目立つような仕事はしてませんし、写真も小さいものばかりで、ほんと、お見せできるほどのものじゃありませんから!」

「謙虚なんだね。こういう場所で会う女性は、たいてい皆自己評価が高くてプライドも高い人が多いのに。すごく好感が持てるし、僕は好きだな、理沙さんみたいな女性。君なら、今すぐじゃなくても近いうちに誰か素敵な男性に見初められると思うよ」

葛城が、そう言ってにっこりする。その笑顔が、いかにも女性を扱いなれている感じだ。

(これだけかっこいいんだもの、当たり前だよね)

葛城は、きっと普段から女性にモテまくっているに違いない。

どうせ、この場限りの付き合いだ。

珠美は、めったにないこの機会を目一杯楽しむ事にした。しばらく他愛のない話をして、だんだんと打ち解けてくる。

「グラスが空いたね。よかったら、どうぞ」

話している最中に、新しいカクテルを手渡された。

珠美はグラスを受け取り、淡いオレンジ色の飲み物で満ちたそれを目の前にかざした。

「わぁ、綺麗な色ですね」

「そうだね。綺麗で、優しい色合いがとてもいい。今日の理沙さんの装いにぴったりだ」

「ふふっ、そう言っていただけて嬉しいです」

自然と笑みが零れ、心がふんわりと軽くなる。

「その笑顔、とてもいいね。可愛いし、見ているだけで心が和むよ」

「ありがとうございます。私、人当たりだけは抜群にいいんですよ。特に、お年寄りとか子供とか……あ、動物とも割とすぐに仲良くなれちゃうんです」

「へえ、人見知りなのに?」

「え? あ……ああ、その……内弁慶っていうか、一度慣れたら平気っていうか……。そ、それにしても、まさかお見合いパーティで葛城さんみたいに素敵な人と、こんなふうにお話しできるとは思ってもみませんでした」

これは、素直な感想だし、本心だ。もし自分が本当にお嬢さまなら、このまま彼と付き合いたいくらいだが、それは叶わぬ夢と諦めるしかない。

「僕も、ここで理沙さんみたいな女性に出会えるとは思ってなかったな。散々渋っての参加だったけど、心から来てよかったと思うよ」

「私もです」

思いがけず、そんなふうに言われて、図らずも本気で胸がときめいてしまった。

稀に見るイケメン相手ではあるが、こんなに短時間で男性に好意を持つなんて、はじめてだし自分でも驚きだ。

これも一目ぼれの一種だろうか?

珠美は密かに自問する。

彼くらい魅力がある人なら、たいていの女性は恋に落ちてしまうだろう。とはいえ、嘘のお嬢さまである自分にとって、今の時間はすぐに消えてしまう泡のようなものだ。

「じゃあ、出会えた事に乾杯をしようか」

コクリと頷き、グラスを掲げた。

オレンジ色のカクテルを一口飲むと、さっき飲んだものよりもフルーティな甘さがあって、とても美味しい。

まさか、これほど素敵な男性とカクテルを飲みながら話ができるなんて、夢にも思わずにいた。

珠美は心の中で理沙に感謝し、会話を続けながら調子よくカクテルを喉の奥に流し込んだ。

「そうだ、スイーツは好きかな? よかったら、持ってきてあげるよ」

「大好きです、スイーツ!」

和菓子屋に勤務する珠美は、自他ともに認める甘味好きだ。実のところ、「鷹虎屋」に就職を決めたのも、同店の製品や企業努力などに惚れこんだのが、きっかけだった。

「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐに戻るから、ここを動かないで。いいね?」

そう言った諒一が、珠美の右肩に軽く触れた。

そんな仕草が実にさりげない。話す声のトーンも落ち着いており、聞けば聞くほどうっとりするほどの美声だ。

珠美は彼の背中をそっと目で追いながら、ほうっと感嘆のため息を吐いた。

椅子に座り、触れられた肩を左の掌で包み込む。

(すごく素敵な人……。かっこいいしスマートだし、親切だし。ああいうのを、ジェントルマンっていうんだろうな。あんな人が彼氏だったら、どんなにいいだろう……)

珠美の口から、もう一度長いため息が漏れた。

今度のは感嘆ではなく、落胆のそれだ。

(だけど、どうせ現実の私には、あんな素敵な彼氏ができるわけないんだよね。これまでだってそうだったし、きっとこれからもそうに違いないし)

そう断言できるほど、珠美には決定的に恋愛運がなかった。

付き合った男性達は、みなそれぞれに外見も中身もタイプが違い、出会い方も様々だ。

最初の彼氏は、珠美が製菓専門学校に通っていた時に、同級生を介して知り合った人だった。

以後、同じく在学中にグループ交際からはじまって付き合い始めた人や、就職して同じフロアで働いていた別会社の人や、合コンで知り合った人などなど……。

人当たりがいいせいか、今まで五人の男性と付き合った経験がある。

しかし、いずれも、はっきりと「付き合おう」と言われたわけではなく、気がつけば付き合っていたという感じだった。

むろん、その都度珠美なりに相手と真剣に向き合ってきたつもりだ。けれど、なぜかいつも長続きせず、終わりは決まって向こうから別れを切り出される。

『ほかに好きな子ができた』

『悪いけど、もう終わりにしよう』

『よく考えてみたけど、俺らって合わないよな』

別れの言葉は様々で、いつも唐突だった。

どうして、いつもそうなのか……。

その原因がわからないまま少しずつ縁遠くなり、かれこれもう三年も彼氏がいない状態が続いている。

「おまたせ」

珠美が、物思いに耽っていると、スイーツを載せた皿を持った葛城が帰ってきた。

「あ……おかえりなさい」

振り返った時、少々勢いがよすぎたのかもしれない。

葛城の顔が見えた途端、目の前がぐらりと揺れて、身体のバランスが取れなくなる。

「どうかした? なんだか少し顔が赤いね。具合でも悪くなった? もしそうなら――」

「だ、大丈夫です。ちょっとだけ目が回ったっていうか……だけど、平気ですよ」

そう言ったものの椅子から立ち上がりざま、急に足元がおぼつかなくなる。その拍子に、高すぎるハイヒールがガクリと横に倒れた。

「理沙さん!」

葛城が名前を呼ぶ声が聞こえる。

今度こそ本当に倒れる!

珠美は諦めて目を閉じると、そのまま意識を遠のかせるのだった。

 

〈第三話へ続く〉

偽りの令嬢~親友の代行で婚活したら御曹司に気に入られちゃいました!?~【第三話配信】

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