ポンコツ魔女です、清純派騎士様を強制発情させてしまいました!?【第一話配信】

【第一話】

 

著者:百門一新 イラスト:龍 胡伯

 

プロローグ

 

ポンコツ魔女と護衛騎士

 

魔法の影響を遮断する魔女の黒いローブを着込んだアリエルは、ぐるぐるかき混ぜる鍋を大きなサファイアの目で見下ろしつつ、いたたまれなさを覚えていた。

大きくウェーブの入ったクリーム色の髪が、動かしている肩にぱさりとこぼれ落ちる。

正面のカウンターには、美貌の騎士様が一人。

――この世界には〝魔女〟がいる。

魔女は、あらゆる難病に効く魔法薬を調合できることから重宝された。しかし数も少なく大変貴重な存在とされ、住まう土地の主に守られる法律があった。

(それは、分かるんだけど……)

ディアンド王国の王都には、現在、第一王子フレデリックがみている魔女がいる。

それが、十九歳のアリエルである。

魔女の中でも、相手が望む効能をそのまま薬に反映できるという才能は格別だった。しかし薬の調合以外、全てポンコツという問題児でもあったのだ。

あまりのひどいドジっぷりに〝魔女の里〟がディアンド王国の王家へ協力を求めた。そして第一王子フレデリックが、自分の騎士を派遣することになった。

魔女の護衛を任されたのは、ルシアン・ヴァレリユス。

今、カウンターを挟んで向かいにいる美男子だ。

アリエルより六歳年上で、彼女が十五歳の時に出会った。その付き合いはもう四年になる。

「ほぼ毎日来るとか、しなくてもいいと思うの。私、もう十九歳よ?」

出会った当時二十一歳だったルシアンも、現在は二十五歳だ。

彼はヴァレリユス公爵家の次男で、伯爵位を持ち、第一王子の騎士として活躍している。

本来なら使用人が付き、部下に指示する立場なのに、毎日この丘の上にあるアリエルの店兼住居に単身通っている。

「料理に失敗した君が、餓死寸前で転がっていたりしたら大変ですからね」

「お腹が空きすぎて倒れていたのも、去年の話じゃない」

「いーえ。町の通りで空腹で倒れていると通報を受けたのは、今年ですよ。僕は可能な限り来ますし、僕がいない時に町に降りるのは、だめです」

手でも『だめ』と伝えてくるルシアンを、鍋をぐるぐるとかき混ぜながらアリエルは悔しそうに睨む。

そんな仕草さえさまになるくらい、彼は端整な顔立ちをした男性だった。優しい魅力的な黄金色の目、髪は濃いベージュ。親切で礼儀正しいところも、女性にすごくモテる。

(本人はモテている自覚はないみたいだけど)

アリエルは、次の薬草を手に取って鍋に入れる。

出会ったばかりだった頃、一緒に町へ出た際の女性達の黄色い悲鳴は忘れていない。

とはいえ女性関係は潔白だ。彼の性格がいいことも分かっているからこそ、四年も続く世話通いには申し訳なさもあった。

「でも、護衛になってずっとここに通っているじゃない?」

諦めるものかと言葉を続ければ、それが何かとルシアンは見つめ返してくる。

「今じゃ、宮廷薬師からの注文書まで持たされるくらい周知されてるし」

「公的機関や団体からの注文に関しては、必ず殿下に印をもらう必要もありますから、それらも含めて城との中継役にちょうどいいんですよ」

確かにそうだが、そのパシリ役をわざわざルシアンがする必要はない。

「毎日あるわけじゃないし、必要なら使者が届けにだってこられるでしょ。私に付き合わせているせいで、時間を無駄にさせちゃっている感じもあるし」

「以前にも話しましたが、僕はそんなことは思っていません」

ルシアンが、やや強めにぴしゃりと告げた。

「僕は殿下の騎士であり、君の護衛騎士でもある。もしまた代役案でも提案しようものなら、僕からの答えは引き続き『却下』です」

「で、でも」

「僕以外に、あなたの護衛役なんてさせない――いいですね?」

普段優しいルシアンの目が、尋問する軍人みたいに鋭くなる。

空気がピリリとして、アリエルは内心「ひぇぇ」と言葉をもらした。やはり四年以上も迷惑を被り続けて、さすがの彼も嫌になっているのかもしれない。

(同じ被害者を出すつもりか、と彼は言いたいんだわっ)

アリエルのポンコツぶりは、四年前より成長を見せていない。

そう思うと、彼女は落胆する。代役案も基本的な解決にならないことを考え、溜息をつき、あとは混ぜながら待つばかりの鍋へと目を戻した。

「そういえば、今回久し振りにお城からきたこの注文依頼だけど、魔法の媚薬というのも珍しいわよね。何か理由を聞いてる?」

ふと当初の疑問を思い出して尋ねると、ルシアンがさらりと髪を揺らして首を傾げる。

「さあ。僕は依頼書を持たされただけですので」

彼も直近では珍しい依頼品だと思っているのか、腕を組んで考えている。

彼が城を出る際に急きょ宮廷薬師から持たされたという依頼書には、男性が使用する魔法の媚薬を一つと書かれていた。

希望する効果の条件は、相手が初めての場合でも痛みをできるだけなくすこと。そして、一度の逢瀬が終われば効果も切れる、というものである。

(宮廷関係だとすると……そろそろ結婚するのかしら?)

アリエルは、世話になっている第一王子フレデリックを思い起こした。

彼は同年齢で、出会った時から良好な友情を築いていた。王子なのに偉ぶらず、気軽に相談もできる相手で、まるで兄弟みたいな関係だ。

彼も十九歳であるのだし、そろそろ縁談の話が出てもおかしくない。

納得したアリエルは、堅物の騎士と媚薬のセットに少し笑ってしまった。

「なるほど、なるほど。媚薬を持って帰る大役を、ルシアンが任されている、と」

「茶化すつもりなら失敗ですよ。ただ、持って帰るだけです」

「でも媚薬よ?」

「僕は恥ずかしくはないですし、瓶に入っていれば危険なものではないです」

それはその通りだが、やはりルシアンは頭が固い。

アリエルは、からかいも失敗したことを思いながら、温度が下がる魔法を鍋にかけた。待ち時間を潰すように考え、ふと思いつく。

「いや、逆に経験豊富だから冷静とか……」

「アリエル。聞こえていますよ」

少し居心地が悪そうにルシアンが口元に拳をあて、咳払いする。

あながち間違いではなさそうだ。しかし、ほんの少し想像した途端にアリエルも恥ずかしくなってきてしまった。

彼も大人の男なのだ。美しい人であるし、女性関係では困っていないだろう。

「そろそろ看板を下げてきましょうか?」

気まずくなったのか、ルシアンが小窓の向こうを見て席を立った。

「そうね。今日はもう、お客さん来そうにないから」

ホッとして見送ったアリエルは、鍋からピンクの煙がもくもくと上がるのに気付く。

最後の調合反応だ。どうやら問題なく成功したらしい。あとは、鍋の中に小瓶一つ分の濃縮エキスが残されていれば成功だ。

早速鍋を持ち、流し台へと運ぶべく移動する。

看板を持ってすぐ戻ってきたルシアンが、扉の脇に置いたところでギョッとした。

「アリエル!」

「ふぇっ?」

彼が叫んだのと、アリエルがつまずいたのはほぼ同時だった。

両手を前に突き出す形で、そのまま鍋がぽーんっと宙を舞った。両手が一気に軽くなった彼女は、その光景に肝が冷えた。

「ひぇえっ、ルシアン鍋を……!」

しかし言い終わる前には、ルシアンがカウンターを飛び越えてきていた。アリエルは、彼の腕の中に閉じ込められてしまう。

「鍋なんかより、君が大事です!」

「違うのっ、熱湯じゃないからかばわなくても大丈夫なのっ。ああじゃなくって、問題なのはあそこに別の魔法薬があることで!」

だが直後、彼の肩越しに、鍋が魔法薬の瓶と衝突するのが見えた。

その一瞬後、カッと強い魔法反応で光が炸裂した。続いて、ぼふんっ、ぼふんっ、と何色もの煙が連続して起こり始める。

「待って待ってっ、魔法薬同士だと混ざっちゃう!」

アリエルは、魔法薬の調合反応に慄いた。けれどそれは次から次へと反応を起こしているし、今の彼女になす術はない。

「このままじゃ別の魔法薬に……あっ、まずい!」

アリエルは、ハッとしてルシアンを急ぎ引っ張った。

「ルシアンここにいちゃだめ! あなたは、今すぐ逃げるの!」

そのあまりの慌てっぷりに、ルシアンが強い戸惑いを浮かべた。しかし同時に嫌な予感も覚えたようで、アリエルの腕を掴んで現場を指差した。

「待ってください。一体どういうことなんですか? これどうなるんですか!?」

「えぇと元が媚薬だから、たぶん強制発情剤に……」

「はあああああ!?」

あのルシアンが、仰天した声を上げている。

それも仕方がない。アリエルだって、口にするのにかなり勇気がいった。男性用にと作ったので、被害がいくとすれば彼の下半身――。

そう考えた時、不意に爆発音が上がった。

部屋中がピンクの煙に包まれた。腕から手が離れると同時に、ルシアンの呻く声が聞こえた。

(完成した魔法薬が、一瞬で気化したんだわ)

アリエルはその甘ったるい匂いに、咄嗟にローブの袖で顔の下を覆った。慌てて窓へと走り、開け放ってピンクの煙を追い出す。

しかし、そもそも作っていた媚薬は即効性だ。

ハッと思い出して振り返ったところで、彼女は短い悲鳴を上げた。

「だ、大丈夫!? ……なわけないわよね」

ルシアンは床に膝をつき、背を丸めていた。アリエルも大人なので、彼が〝発情〟に苦しんでいるのだと分かった。

推測した通り、他の魔法調合薬と混ざった媚薬は〝強制発情剤〟になったようだ。

すると、視線を感じ取ったのかルシアンが顔を上げた。

「くっ。あなたは、なんてことをしてくれるんですか」

何かを一生懸命こらえようとする顔に青筋を立てて、彼が低い声を出す。

「ご、ごごごごめんなさいぃっ!」

どうにかしなくちゃと、アリエルは慌てて薬品を探った。動くたびにローブが尻の形を浮かび上がらせるのを見つめ、ルシアンの目が熱を増す。

欲情のつらさを抑える即効薬なんてない。

予備で作って置いていた一般的な鎮静剤も、媚薬の効能を抑えるのには効かないだろう。

(でも、このままだったらルシアンはつらい一方で……!)

その時、アリエルは不意に思いついた。

「そうだっ。確か、淫魔を呼び出す方法があったような――いたっ」

床に転がっていた瓶のコルクが、スコーンッとアリエルの頭にあたった。

「余計危険なものを呼び出すのはやめてください!」

危険とはなんだ。せっかく対策を考えているというのに。

そう思って振り返ったアリエルは、かなり苦しそうなルシアンにギロリと睨まれ、その気迫に萎縮した。

「そもそも君は、箒で空を飛ぶこと以外の大きな魔法は不得意でしょう。うまくいかないことの方が圧倒的に多いじゃないですか」

「うっ。そ、それはそうだけど」

「もし魔法で誤ってオスの淫魔が出てきたとして、召喚者であるあなたを気持ち良くしようと僕の目の前でおっぱじめようものなら、さすがの僕も切れますよ」

彼が切れるだなんて、よっぽどだ。

激怒を見たことがないアリエルは、想像もつかなくて震え上がる。それだけ怒っているのだろう。彼の広すぎる堪忍袋の緒も、そろそろ切れかかっている説は濃厚そうだ。

「ごめんなさい……でも、ど、どうしよう? 何も思いつかないのよ。ここには役に立ちそうな薬草だってないし」

彼の言う通り、召喚が成功する確率は低い。けれど苦しそうなルシアンを前に、このままにしておくわけにもいかない。

「私、外に出て、誰か他の女性を呼んできた方がいい?」

部屋中を素早く見渡したアリエルは、弱った末に扉を指差した。

ルシアンはすごくモテる。町に買い物に行くたび、誘われたいとする女性も多いことは知っていた。

「――他の、女」

ルシアンの雰囲気が急に怖くなって、低く呟いた。

「君は、普段生活をしているこの場所に、僕と女性を二人きりにする、と?」

「え、ええ、そうよ」

「嫌だとは思わないんですか?」

「どんなことをするのかは想像がつくから、できればして欲しくないけど……でも、仕方ないもの。ルシアンは丘を下りられないだろうし……」

こんなことになったのはアリエルのせいだ。

どうしていいのか分からなくて、申し訳なさすぎて、涙が出そうになる。

「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい。私っ、どうにかルシアンを助けてくれる女性を捜してくるから――」

走り出そうとしたその時、アリエルはルシアンに手を掴まれた。

少し痛いと感じるくらい強い力だった。こんな風に触ってくる人ではなかったので、彼女は驚いてしまった。

「こうなったら、責任、取ってください」

「え?」

振り返って目が合うと同時に、何かを決めた顔のルシアンにそう言われた。

「僕を助けてくれるんでしょう?」

突然彼が立ち上がり、抱き上げられた。先程までこらえるように苦しんでいた様子はどこへいったのか、奥の扉を開けて住居スペースを歩いていく。

「ル、ルシアンッ」

「離しませんよ。他の女性をあてがわれるなんて絶対に嫌ですし、僕は君を逃がしません。君が責任を取ってください」

抵抗しようとしたら彼の腕に力が込められ、たくましい胸板にぎゅっと押しつけられてしまう。

「で、でも、私は男の人を鎮めたことはなくって」

「君が他の男のモノに触れる機会があったとしたら、僕が相手を殺しています」

つらい発情状態でおかしくなっているみたいだ。あの温厚なルシアンの口から、とんでもない言葉が恨み声で飛び出てきてびっくりした。

「それに、君は何もしなくていいですよ」

「え? そうなの? 私、何もしなくていいの?」

まだ緊張も抜けない状況の中、ついホッとしてしまった。

「君は僕の下で、可愛く啼いてくださればいいんです」

はい……?

そうぽかんとした時、小さな寝室に入った。靴を脱ぎ捨てたルシアンが、アリエルを抱えたまま一緒にベッドへ倒れ込む。

のしかかられ、全身に彼の温もりを感じてアリエルは慌てた。

「待って待って、心の準備が……!」

「僕は待てません」

肩をぐいっと抱かれ、頭を屈めてきた彼に首へキスされた。

「あっ」

 

〈第二話へ続く〉

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