【第一話】
著者:百門一新 イラスト:森原八鹿
序章 メイドになった彼女と、獅子王
獅子王が、なかなか子作りの相手を決めてくださらない。
それは、現在のベルナンロッド王国を騒がせている話だった。
国中へ知らせが出されたのは、確か孤児院を出て商人屋敷の下働きを始めた三年くらい前からだったと、オフィーリアは記憶している。
自分は関わることがないだろうと思っていた。
――でも、十八歳になったこの春、その話題に頼らざるを得なくなった。
「続いて、オフィーリア・アンリル!」
「は、はいっ」
突然、自分の名前を呼ぶ声が耳に入ったような錯覚を覚えて、オフィーリアは少ない荷物が入った鞄を持って立ち上がった。
彼女の長い麦わら色の髪が、柔らかく広がった。ぱっと視線を戻した大きなアクアマリンの目が、緊張で揺れる。
確認のために名を呼び上げていた中年紳士の眉が、そっと寄った。
「今は、立ち上がる必要はないが?」
くすくすと周りの若い女性達の笑いが起こった。誰もがオフィーリアと違い、きちんと髪もセットして綺麗な服に身を包んでいる。
恥ずかしくなって、オフィーリアは俯く。
「も、申し訳ございません」
消え入るような声で答え、厚地のスカートを押し込むようにして椅子へと戻った。
必要がなかったとしたら、こんなところには来なかった。
「うぅ、こんなことになってしまうだなんて……」
せっかく成人したのに就職難に直面してしまったのが運の尽きだった。
食うに困ったオフィーリアは、最終手段として、王城から出されている未婚者限定の臨時メイドに応募したのだ。
ここにいるのはみんな、花嫁になるための試験でも受けに来たかのような女性達ばかりだ。見ただけでも分かる貴族の令嬢、いいところの商人の娘達……。
――そして、そのニュアンスは間違っていない。
彼女達は、獣人族である獅子王のお眼鏡に叶いたくて来ているのだ。
気に入られて、あわよくば王妃や後宮妃になることを期待して、こうして王城の臨時メイドの募集に駆けつけているのである。
未婚の女性を、国中から募って王城で一ヵ月間働かせる。
その中には獅子王の〝お相手選び〟の目的があった。現在、二十五歳になっても、彼はいまだ誰も娶っていない。
この国の人口の三割は、獣人族の血を引いている。
その中で唯一、獣の耳と尾を持っているのが〝獅子王〟のベルナンロッド王族一家だ。
彼らは、代々とても子ができにくいという。そのため、できるだけ早く妃を娶ることが望まれた。
だが、軍事で成功を収めて即位した獅子王が、伴侶選びに興味を示さない。
獣人族は〝その気〟になって発情しないと、子作りできないのだとか。
『陛下に見初められたのなら、身分問わず王妃として迎える』
そこでできたのが、平民も応募できる臨時メイドの施策だ。
誰か、獅子王が気に入ってくれるような娘が現われて欲しい。もし獅子王が〝その気〟になってくれたのなら抱かれなさい、と――。
とんでもないことだ、恐ろしい。
オフィーリアは規約を思って震え上がった。集められている女性達の中には、結婚が可能になったばかりの十六歳だっているのに、みんな怖くないのだろうか?
そもそも軍人としても名高い獅子王は、冷酷な王としても知られていた。
「臨時メイドは衣装を分けています。君達は通常のメイドと違い、獅子王へのアピールも許されています――ただ陛下は、ご存知の通り冷酷王でもありますので慎重に」
そこで中年紳士が、説明を締める。
「国内の未婚の者であれば、無条件で高報酬で雇い入れます。ですが、あくまで獅子王の相手になれるかどうかの審査である、ということを忘れないでください。興味を抱かれる、または気に入られたのなら〝何をされようと〟その時は逆らってはいけません」
説明を聞く女性達の顔に、自信と期待感が浮かぶ。
獅子王とて男だ。試すように触れたくなったり、キスをしたくなったりしたのなら、大人しく従うことが臨時メイドのルールであることを彼は述べていた。
それが許されるだなんてと、オフィーリアは恐ろしくなる。
けれど職に困っていた彼女には、短い期間でも王城で働けて食い繋げるのは、確かに有り難い話でもあった。
◇◇◇
不安で押し潰されそうな思いを抱えながら、王城へ上がることとなった。
だが到着してすぐ、オフィーリアの不安は払拭された。まずは獅子王に相応しい女性であるかどうか、書類と面接で選別されたのだ。
広告の案内には書かれていなかったことだから、驚いた。
どうやら選ばれた女性達だけが、彼の目に留まる場所に配属されるらしい。
それはそうかと、安堵感と共に納得した。獅子王の相手に相応しいとされた女性達だけが城内勤務となり、そこから更に身分や容姿によって順繰りに配置場所を決められる。
その内容については、オフィーリアはあまり知ることもなかった。
親もいない平民だった彼女は、一番に候補者から外された。そして、あまり整えられてもいない王城裏の一角にある荒れた庭が担当場所となった。
「たぶん、庭というよりただの裏口ね……」
そこに一人置いていかれたオフィーリアは、呆気に取られた。
案内した係の者も、ざっと説明しただけで「あとはよろしく」と言って去っていった。その態度からしても、自分がまるで鼻にもかけられていないことが分かった。
でも、気持ちはだいぶ軽い。
仕事があるだけ有り難かった。これで、飢え死ぬ心配はしばらくない。
それに他の担当者はいなくて、誰かの訪問もないような場所。唯一の同僚は、歩いてしばらくしたところにある小さな裏口の番をしている兵士くらいだ。
「本日からよろしくお願い致します、臨時メイドのオフィーリアと申します」
「ああ、これは丁寧にどうも。門の警備をしているブノワです」
「俺はエドゥ。他にもあと数人が、こっちの担当班だ。顔を合わせたら紹介するよ」
まさかメイドが置かれるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をされた。
オフィーリアは、笑ってみせたけれど困り顔だった。雇用期間が終了するまでの仕事を、適当に振ったんだろうなと確信した。
仕事は、裏口まで続く細いうねった道の落ち葉を掃き掃除すること。花を付けている物以外の野草を刈り、木々に伸びてきている蔦を取ること……。
ノルマはない。ゆっくりやっていてくれれば、それでいいらしい。
事実上の雑用作業だ。でも一人なので気も楽であるし、これまで下働き一本だった彼女には有り難くもあった。
その日から、彼女の臨時メイドとしての王城勤めが始まった。
一日、二日と出勤すると流れは習慣化した。朝、王城の小さな裏口から出勤する。建物に上がってすぐの小部屋で臨時メイドのお仕着せに着替え、長い髪を軽く編んでリボンでひとまとめにする。
まず取りかかるのは、掃き掃除だ。
周りが植物だらけなので、落ち葉はすぐ細い道にたまった。使用人や兵が時々通ることがある道なので、そこは一日に数回こまめに落ち葉を集めた。
「蔦はさ、先にカットしてから回収するといいよ」
裏口に近くなると、顔が見えるようになった兵達が親切にもアドバイスしてくれる。
今までこちらで暇を持て余していた兵が、時たま、通路や景観整備などをやっていたらしい。
「花壇もないし、植えられている木が鑑賞用みたいなもの、というか」
「木々に囲まれているのは、もともと関係者用の休憩場所で外から見えないように配慮されていたせいなんだ」
「昔は、あの芝生のスペースは荷馬車が停まれる場所だったとか」
今は、裏口の中でもっとも小さくて使う頻度も少ないところ。外からの訪問は、月に三回、第三棟の使用人達が使う消耗品を業者が持ってくるだけだという。
王城は大きいから、第一から第三まで使用人の区分がされていた。
オフィーリアのいるこちら側が、第三棟と呼ばれているところだ。王城の裏手にあたり、雇用されているほとんどが一般クラスだった。
中央の王室がある第二棟。政治を担う部屋などが多くある第一棟は、それなりに貴族にも対応できるエキスパートが多く揃えられている。
「初日に正面から入った時は、とても人も多くて音もたくさんありましたけれど、こちらは静かですね」
勤務から四日目、おかげでオフィーリアも緊張が抜けていた。
裏口に近付くたび言葉を交わしてくれるので、人柄のいい兵にも慣れた。
「使用人の行き来も少ないからな。控え室はもうちょっと向こうだし、支度部屋も古くて小さいところが一個所あるくらいだろ?」
「はい。私と、他に七人の女性使用人のロッカーがあるくらいですね。皆さん、地方からいらしている方々で驚きました。お針子の見習いもあるんですね」
「こっちで技術を学んで、町で働く人も多いよ。王城での仕事経験があるってだけで、就職に有利になったりする」
ということは、私もそれを推せば来月には採用通知がもらえたりするのかしら?
オフィーリアは、帰りに立ち寄っている就職案内所を思った。
臨時メイドの期間は一ヵ月だ。その旨を申告書に書いておけば、運よく空きもなく次の仕事に就けるかもしれない。
「倉庫とかゴミ出しの場所とか、分からないことがあったら聞いてくれ」
「はい。ありがとうございます」
礼を告げて、最後の落ち葉を集めて来た道を戻った。
細い道を抜けると、植物に囲まれた王城の裏手の一角に出る。見える範囲が狭いせいもあるのか、古き時代の名残のような壁の一部は威圧感も薄い。
茂っている雑草をかき分けるように壁沿いを進むと、古い扉が一つある。
落ち葉類のゴミは、ここに収納することが決められていた。
「乾燥する順番を、間違えないようにしないと」
奥の方から袋が取られていく仕様になっていて、そのたび順列を示す札の位置が変わる。薄暗い中で確認して、間違いがないように仕舞った。
次は蔦にとりかかろう。ここからだと、道具の収納場所が近い。
オフィーリアは、続いて壁沿いに生えた木々の方へと進み出した。しかし突然、日影に現われた大きな影に悲鳴を上げそうになった。
寸でのところで呑み込んだのは、その頭に獣の耳が見えたからだ。
「あっ……ま、まさか」
あまりにも予想外のことで動揺する。
今まさに駆けつけたかのような呼吸をしている男のシトリンの目が、こちらを真っすぐ射抜き、脚を硬直させる。
そこにいたのは高価な衣装に身を包んだ、端整な顔立ちをした長身の男だった。頭には、狼に似た獣の耳。尻のあたりには、毛並みもしっかりとした尻尾が揺れている。
「……へ、陛下」
新聞で描かれていた絵姿と同じ相手に、オフィーリアは息が止まりそうになった。
冷酷な若き獅子王、ヴィクトル・ベルナンロッド。
赤味の強い茶金の髪、太陽のような強い意志を覚える黄色い瞳。目元は勇敢さに溢れ、全体的に凛々しい印象がある。
だが、その目は今、とても恐ろしいことになっている気がした。
恐ろしい王だとは聞いていたが、冷静ではない様子がよりオフィーリアを怯えさせた。肉食獣のような瞳は血の気が増し、短く繰り返される呼吸は荒い。
――まさか、発情を?
でも、どうして。それに、なんで彼はここにいるの?
周りに誰もいない状況に恐怖が増し、足が一歩後ろへとずれた。その音に反応したのか、ヴィクトルは不意に動き出し、素早くオフィーリアの手を掴まえた。
「あっ」
心臓がはねた直後、大きな手に腰を抱き寄せられた。
近くから見つめ合ったオフィーリアは、美しい獣のような彼の黄色い瞳に、瞬きすらできなくなった。
「お前を抱きたい」
「えっ?」
ぐんっと視界が傾いた。
木々の間で芝生の上に押し倒され、困惑している間に組み敷かれる。
「やっ、何を――きゃあ!?」
不意にスカートの下に手を入れられ、あろうことか直接掴んできたヴィクトルに、足を大きく開かれた。
オフィーリアは、秘められた場所を隠す下着が、異性の目に晒されていることに慌てた。けれど抵抗する暇もなく、彼が頭を押し込んできた。
「あっ!?」
薄い下着越しに、口付けられてびくんっと腰がはねた。
とても敏感な場所なのに、早急に吸われ、甘噛みされる刺激に翻弄される。
「あぁっ……あっ、あ……っ」
初めての快楽が走り抜けて、オフィーリアはわけも分からず腰を躍らせた。咄嗟にヴィクトルの頭を押さえるが、全然引き離せない。
何かが下腹部の奥にたまっていく。
熱くて、じんじんとするモノが込み上げてくる。
「やぁあっ、歯でぐりぐりするのも、だめぇっ」
秘所全体を強く刺激するように口で揉まれ、急くような早さで、官能的な快感を高められていくのを感じた。
恥ずかしいのに、鼻にかかったような声が出てしまう。
自分の秘められた場所が、しっとりと濡れるのも感じて羞恥に震える。するとヴィクトルが、荒々しく下着を抜き取った。
「あっ、そんな……あぁあ!」
風が直に触れた蜜口に、柔らかな唇と熱い舌が触れた次の瞬間、腰を引き寄せられて獣のように舐められた。
何がなんだか分からないくらいの快感が、淫猥な感覚と共に強く走り抜ける。
先程よりも強い刺激だった。たまらず浮く腰を、ヴィクトルが押さえ込んで荒々しく舐めしゃぶった。
「ひぅっ、あっあ、だめっ……そんなに、舐めたら……ゃあっ」
蜜壺がきゅんっと収縮し、びくびくっと何度も体がはねる。
――陛下の〝求め〟は断ってはいけない。
〈第二話へ続く〉