書籍情報

純情のかけら【特別版イラスト入り】

純情のかけら【特別版イラスト入り】

著者:妃川螢

イラスト:かんべあきら

発売年月日:2014年10月17日

定価:935円(税込)

大事にするから――――今だけ、泣かせる。 幼い頃のトラウマから、他人と深く関われなくなってしまった雪也。学校では優しげな容貌も手伝って、皆の憧れ、「王子様」と呼ばれる人気者だ。だが内心では偽りの姿を演じる自分を嫌悪していた。そんなある日、トラウマの元凶、幼なじみの将臣が転校生として現れた! 強い瞳の精悍な男に成長した将臣は、雪也の気も知らずに何かとかまってくる。昔と変わらぬ真っ直ぐな視線と物言い。逞しい腕に無理やり押し倒されて、雪也の被る、穏和な「王子様」の仮面は剥がされ…!? 一途な純情、大人の欲望がせめぎあう、不器用ロマンス♥

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登場人物

蔵沢雪也(くらさわ ゆきや)
高校2年生。やさしげな容貌。高校では、「王子様」と呼ばれる人気者。クラス委員長。幼い頃のトラウマで他人と深くかかわれない。
伊達将臣(だて まさおみ)
強い瞳の精悍な男。雪也の幼馴染。子供のころほかに引っ越したが、幸也の高校に転校してくる。

立ち読み

「ユキ……」
昔のまま、その名を呼ぶ。
けれど、雪也はそっぽを向いたまま。
伏せられた長い睫(まつげ)が頬に影を落とし、白い頬がうっすらと桃色に染まっている。制服の襟ぐりから覗(のぞ)く首筋は白く滑らかで、匂い立つような色香を漂わせていた。
想い出のなかの小さな「ユキ」が、こんな魅惑的に成長しているなんて……転校初日、密かに感嘆した自分。愛らしい笑顔は艶めいた微笑みに変わり、あのころ紅葉(もみじ)のようだった小さな手は今、将臣の囲いから身を守るように雪也自身を抱き締めている。
けれど、将臣が本当に見たいのは、あのころのままの満面の笑顔の雪也だった。純粋で無邪気な可愛らしい笑顔だった。あのころと同じように、自分に笑いかけてほしかったのだ。
「別に……嫌ってなんか……」
弱々しい声が、先の問いに対する答えを紡ぐ。
「だったら、なんでそんな態度なんだよ」
「僕は誰に対してもこんなだよ」
「嘘だ」
即答されて、雪也はわずかに瞠目(どうもく)した。
「俺が、気づかないとでも思ってるのか?」
その言葉に、どういうわけか必要以上の動揺を見せた雪也は、それまで自分自身を抱いていた腕で、将臣の胸を押し返した。
将臣が何気なく発した言葉は、雪也にとっては脅迫に等しかった。
それも、一番隠したい相手からの……。
「離し、て…くれっ」
「ユキ?」
「嫌だ……っ、や…、はな、せっ」
何を怯えるのか、震える身体が非力な抵抗を繰り返す。竦み上がってしまった身体では力が入らず、雪也は弱々しく将臣の制服の肩に皺を寄せるばかりだ。
「ユキ……、くそっ」
涙さえ浮かべて抗う雪也の悲壮な表情に、将臣は不謹慎だと思いつつも煽(あお)られてしまう。
赤く染まった目尻が凶悪に色っぽくて……抗う腕を拘束して、イヤイヤとがむしゃらに振られる顔を顎(あご)を固定することで上向けて、ハッとした雪也が大きな目を見開いたときには、驚きにかたどられた唇を、奪っていた。
「――――――っ!?」
風に煽られたカーテンが、差し込む夕日からふたりを隠す。
そうでなくても、そのときふたりの五感からは、互いの存在以外のものすべてが遮断されていた。少し強くなった風の音も、遠くから聞こえる部活動の歓声も、何もかも。
抗う隙も与えず雪也の口腔(こうこう)の奥深くに侵入を果たした将臣は、驚き引き篭もろうとする舌を捕らえ、絡めとる。ビクリと背を震わせたものの、舌を噛むことなど考えもしないのか、雪也はなし崩し的に将臣を受け入れてしまった。
甘い舌を畷って、熱い口腔を蹂躙(じゅうりん)する。もはや抵抗さえ忘れてしまった雪也は、震える指先で将臣に縋るばかり。捕えていた腕を自身の背に回させ、自由になった両手で、震える背を力いっぱい抱き締めた。
「ユキ」
どちらのものとも知れない唾液に濡れた唇を啄(ついば)みながら、呆然と見上げるばかりの雪也に、将臣が呼びかける。けれど停止してしまったらしい雪也の思考が回復することはなく、今度はゆっくりと唇を寄せても、雪也は抗わなかった。
心地好くて……温かくてふわふわしてて……雪也の思考がトロンと蕩(とろ)ける。与えられた場所は甘くやさしく雪也を包み込み、言い知れぬ安堵へと導いてくれる。
頭の片隅では、自分が何をされているのかわかっていた。
けれど、抱き締められる腕の強さが、間近に感じる将臣の男の匂いが、雪也に考えることを拒否させていた。
「ん……っ」
広い背に縋る指先に、力が篭もる。
甘く喉を鳴らして口づけに応え、震える身体を将臣の腕にあずける。広い胸に受け止められて、その逞しさにますます思考が滞(とどこお)った。
身の内から届くのは、濡れた淫靡(いんび)な水音。将臣の舌が自身の口腔内で蠢(うごめ)くたびにその音が発せられていることに気づいて、キスされているのだという事実を認識する。やがて視界が霞(かす)みはじめてやっと、長い口づけから解放された。
「は…、ふ…ぁ……っ」
喘ぐように息をついて呼吸を整えていると、頬に瞼(まぶた)に触れるだけのキスが降ってくる。それでもまだ雪也の思考は停止したままで、将臣の胸に体重をあずけながら、甘苦しい余韻に酔っていた。
「嫌じゃないだろ?」
耳朶(じだ)を櫟る声に、ノロノロと思考が回復をはじめる。それまで考えることを拒否していた脳がやっと置かれた状況を理解して、雪也はハッと我に返った。
――な…に……?

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